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5日目      働き始めた日

 わたしはこの世界の人と言葉が通じない。そんな状態で仕事なんてできるのだろうか、と思いきや。

 ヨームさんの執務室は散らかっていた。わたしの仕事は、まず整理整頓らしい。


 魔術の元となる魔力をどの程度持つかは、生まれながらに決まっているという。セレンさんみたいに異常なほど持っている人もいれば、まったく持っていない人もいる。

 魔術師と呼べるほど魔力のある人は、人口の一割にも満たないらしい。その中でも試験を通ってきた魔術院の魔術師たちは、エリート意識がすこぶる高い。魔術院という主に魔術師だけの施設にいると気も大きくなる。用があっても魔術師でないヨームさんを訪ねたりはしないそうだ。

 魔術院で勤める者以外は入るのにいちいち手続が要るらしく、魔術院外の人がヨームさんに用がある場合でも、呼び出しを受ける側なのだという。


 他人が入らないから片付ける必要はなかった、とヨームさんは言い訳をした。

 魔術師でない人への風当たりは厳しいから、片付けてくれる使用人を入れることもしなかったとか。わたしが仕事を求めたから、やむをえず、といった感じらしい。


 魔術院といっているけど、それは王宮の中の施設で、建物はいくつかある。建物を塀で囲ったその場所を、魔術院と呼んでいる。その中の一棟をセレンさんが与えられ、ヨームさんの執務室もその中にあるのだと来るときに説明を受けた。そのときに少し、違和感を覚えた。

 ヨームさんは主に二部屋使っていた。応接室と、執務室。どちらも散らかっていたけど、執務室で仕事をしているようなので、先に応接室をどうにかすることにした。


 応接室の方は、書類や本の数はそれほどでもない。完全に放置されていたようで、書類よりも埃っぽいことの方が問題だった。

 ひたすら掃き掃除と水拭き。すぐに水桶の水が嫌な色になっていく。水を替えたかったけど、水はヨームさんが持ってきてくれたものだから水場がどこにあるのかわからない。場所を尋ねようと執務室を覗くと、ヨームさんはいなかった。

 建物のどこかにあるだろうか。とりあえず適当に探してこよう。水桶を持って、わたしは部屋の外に出た。


 部屋の外は長い廊下が続き、窓から陽射しが差し込んできていた。窓の外は色違いのローブを着た人たちが行き交っている。ローブは三色で、多い順に、黒、茶、深紫。深紫は数えるほどしかいない。などと観察していると、廊下の先から何か話しかけられた。不機嫌そうな声で。

 眉をひそめた、茶色のローブの少年。十六歳くらいだろうか。頬にできたばかりみたいな赤い切り傷がある。苛立たしげに、つま先が床をコツコツと叩いていた。


 わたしは無言で少年と反対側に歩き出す。さっき吐き捨てられた言葉が、初対面のわたしに対する爽やかな挨拶だとは思えない。何を言われているかわからないし、気づかなかったふりをしよう。

 そう思って足早に歩いていると、後ろから何か呟いている声が聞こえた。なんとなく聞き覚えがある感じ。セレンさんに吹き飛ばされたときに聞いたような。これ、呪文ってやつじゃないだろうか。

 不意に、足が止まった。止めたくて止めたわけじゃなく、勝手に止まった。うそ、何これ。

 動かせる上半身だけで振り返ると、彼は嗜虐的な笑みを浮かべていた。そしてまた何か呟きだす。


 今度は足が勝手に動き出した。自分の意志と関係ない動きに、気持ち悪くなる。そして、少年が開けた扉から部屋に入ってしまった。少年は扉を閉めようとしている。

「ちょっと待って!」

 閉じ込められてしまう。焦った瞬間、

「金重さん!?」

 吉野くんの声がした。助かった、と思ったのも束の間。


 数秒後には吉野くんも同じように部屋に入れられていた。まあ、そんな気はしていた。

 扉が閉まると、足は自由になった。けど、窓も扉もびくともしない。扉の向こうでは、少年が何か話している。

「一生閉じ込められてろ、だって」

「え、わかるの?」

「セレンに魔術かけられたから」

「わたしもかけてもらいたい……」

 なぜこんな理不尽な扱いを受けているのか、抗議したくても言葉が通じない。言葉が通じないのはやはり不便だ。

 力なく吉野くんは床に座る。わたしも水桶を置いて座った。


「たぶん、セレンがそのうちおれを探しにくるよ」

 あまりうれしくなさそうにそう言った。

 扉の外で喚き続けている少年の声を聞き流しながら、謝る。

「なんかごめん、巻き込んだみたいで」

「いや、あの子八つ当たりみたいだよ? 今はセレンの悪口言ってる。謁見してひどい目にでもあったんじゃないかな」

「ああ……」

 少しだけ同情した。


「セレンも悪い子じゃないんだよ。でも、まだ子どもっていうか」

 吉野くんにしか興味がない様子は、たしかに子どものようにも思える。でもあの力は子どもが持っていいものじゃない。

「ちゃんと教わらなかったのかな、セレンさんは」

「魔力は生まれたときから持ってるし、セレンくらいだと呪文が一言だったりするんだよ。暴発みたいなのもあるみたいだし……爆弾を持った子どもに、近づく人間がいると思う?」


 魔術はそれだけの脅威なのだろう。いつ爆発させるかわからないのだから、爆発に巻き込まれたくなければ近づかない。

 セレンさんが実際どれくらいすごい人なのかは知らないけど、数秒の呪文で吹き飛ばされたことを思い出すとあまり近づきたくないと思ってしまう。できるのなら、刺激せずに遠くから帰してもらう交渉をしたい。

 わたしが考えたみたいに、そんな風に距離を置かれているのかもしれない。たぶん、あの子もあの子なりに苦労しているのだろう。


「吉野くんは近づきそうだよね」

 だから特別なのだろうか。

 などと考えていたら、扉の向こうで喚いていた少年の声が途絶えた。おもむろに扉が開く。

「トシヤ、戻ろう」

 何事もなかったかのように、セレンさんがそこにいる。意を決し、わたしは彼女の前に立った。

「わたしにも、言葉がわかるように魔術をかけてください」

 セレンさんが目を瞠る。


「……代わりにあなたは何をしてくれる?」

「吉野くんの話をします」

 え、と後ろで吉野くんが呟いた。

「そんなの、本人から聞く」

 会話はできてる。交渉の余地はあるのだ。拳を握って、引かずに畳み掛けていく。

「視点が違えば、違う話になります。それに自分の話をするときに、恥ずかしい話はしないでしょう。吉野くんが酔っ払って泣き上戸になった話とか、興味ありませんか?」

 セレンさんの目が輝く。

 勝った。

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