3日目 買い物に行った日
目の前にはにこにこと愛想の良い店員さん。
隣には今日も無表情なヨームさん。
台の上には様々な服。
「お気に召しませんか?」
「いえ、そうじゃなくて」
買ってもらうのは、やはり気が引ける。
買い物に行きましょう、と朝一番にヨームさんに誘われた。
突然異世界トリップしたわたしは、生活必需品を持っていない。服とかはもちろん必要なわけだけど、お金も物々交換できそうなものも持っていない。
「お金、が……」
「その心配は無用です」
言い切られると一体どれだけ稼いでいるのかと勘繰りたくなる。セレンさんはわたしのことなんてまるっきり無視だし、どこかから費用が出るわけでもあるまい。
「どなたかのお下がりとか」
「わたしには親族がいません。第一、客人であるクルミ様にお下がりなど」
「でも、いま着ている服って」
一昨日、昨日、今日と服を借りている。
そういえば誰のものだ、と思ったら、あの使用人のお姉さんのものだと言う。お姉さんにもお世話になりっぱなしだ。申し訳ない。
やむをえず、わたしはヨームさんに甘えることにした。一番、ヨームさんに申し訳ない。
服屋に入り、ヨームさんと店員さんは短く会話を済ませると、ずらりと服を並べた。
ワンピース、ブラウス、スカート。ズボンはないようだ。おおよそ、全部で二十くらいはあるんじゃなかろうか。
「お好きなものを選んでください」
値札がついていたなら、桁数が少ないものからいくつか選んだだろう。けどそんなものはなかった。
うう、と迷っていると、愛想の良い店員さんが何事かヨームさんに告げる。
「どれも今若い女性の間で流行しているものだそうです」
それじゃ絞り込めない。
「おすすめありますか」
ヨームさんが店員さんに尋ねる。いちいち翻訳してもらって申し訳ない。
「どれも新作でおすすめだそうです」
それも絞り込めない。もしかして全部買わせる気か。あと新作ってたいていお高めだよね。
迷った末に。
「ヨームさん、どれが良いですか」
「……わかりかねます」
ですよね。
結局自分で選んだのは、上下揃いの服をひとつとブラウスとスカートを二着ずつ。数が少なくても、上下の組み合わせを変えれば気にならないだろうという考え。今は洗濯中の自分の服も着るつもりだし。
選ぶと、店員さんがコートを持ってきた。そちらにはこのコートが似合うんですよーとか言ってるに違いない。
日本で着ていたピーコートを着てもおかしくはないだろう。コートは要りません、と言ったのに、ヨームさんはそれも受け取った。ピーコート、おかしいのだろうか。
そして、お会計時に店員さんと何か話したヨームさんは、ワンピースニ着も追加購入した。なぜ。
お店を出るとき、見送ってくれた店員さんは良い笑顔だった。
次のお店に入ると、ヨームさんは眉間にわずかに皺を寄せた。
無理もない。そこは女性ものの下着屋さんだった。お客さんも店員さんも女性しかいない。背の高いヨームさんは人目を引きやすく、じろじろ見られている。街中に出て、この世界の人の平均身長は少し高めだということがわかったけど、ヨームさんはその中でも背が高い部類だ。
「あの、ヨームさん、外で待っていただいても大丈夫です。身振り手振りで何とかできます」
「……助かります」
やってきた店員さんに何か説明し、紙幣を先に渡したヨームさんは、そそくさと外に出て行った。その背中はいつもより小さく見えた。面白い、とか思ったらだめだよね。
買い物を終えお店の外に出ると、ヨームさんは誰かと喋っていた。
ヨームさんと同じ年頃の男性二人。一方は細身でつり目、黒髪の人当たりが良さそうな人。もうひとりはヨームさんとつり目の人より頭半分低い、筋肉質で茶髪のへらへらした人。
つり目の人とへらへらした人が基本的に喋っていて、ヨームさんは返事だけしているようだ。
へらへらした人が口元を歪ませて何か話すと、ヨームさんは眉をひそめて首を振った。
なんか、嫌な感じだ。言葉はわからないけど、嫌みでも言っているような気がした。
「ヨームさん!」
三人が一斉にこちらを見た。自分から呼びかけておきながらびくりとしてしまった。へらへらした人が何か話しかけながら、近づいてこようとする。
間にヨームさんが割って入った。彼らに短く何か告げると、「すみません、行きましょう」とわたしの背を押して彼らと反対側に歩き出す。後ろから声が聞こえるけど、ヨームさんは応えない。
「お知り合いですか」
「昔の同僚です」
「……大事なお話でしたか」
「いえ、……ただの世間話です」
それ以上は触れられたくないように、感じた。