23日目 不審者を発見した日
セレンさんが使っている建物には、知らない人の出入りはあまりない。物置と化した空き部屋が大量にあるから、そこにある資料を取りにくる人がたまにいる。あとセレンさんは特別顧問という地位らしく、彼女のところに人が訪ねてくることもある。
空き部屋の掃除を済ませて廊下に出ると、黒いローブを着た子がそわそわしていた。
十六歳くらいの女の子。書類を持って、セレンさんの部屋の前で歩き回っている。何をしているのだろう。
不意に彼女はわたしに気づいた。雪山で遭難して救助隊を見つけたらこんな笑顔をするんだろうな、というくらい、希望に満ちた笑顔だった。
「セレンデュート様のお付きの方ですかっ!?」
「違います」
クレバスに落ちていくみたいな絶望の表情だった。
魔術師たちはローブを着ている。
深紫、茶、黒の色分けは地位を示したもの。簡単に言うと上級、中級、下級。だいたい一割、三割、六割といった割合。わたしに嫌がらせしてきた茶色ローブの少年は、それなりの地位だったわけだ。出世に性格は影響しないのか。
セレンさんの部屋の前でぐるぐるしていた黒ローブの女の子は、泣きそうな顔で助けを求めてきた。
セレンさんは基本的にこの建物から出ないけど、彼女にも仕事は割り振られる。ヨームさんを間に入れることもあるもののすべてではない。セレンさんを訪ねるのはみんな嫌がるため、二週間ごとの持ち回り制にしている。その当番が自分に回ってきてしまった、怖すぎて無理、ということらしい。
運んでくれないかな、と少女がちらちら視線を送ってくる。運んであげてもいいんだけど。
「当番って二週間なんでしょう? 毎回他の人に運んでもらうわけにはいかないですよね?」
二週間後まで、わたしはいない――たぶん。
結局自分で運ばなければならない。ここでわたしが運んであげたとしても。
「なんでそんなに怖いんですか?」
「命の保証がないからですよ! 実験台にされるとか腕切断されるとか聞きました!」
ずっとここにいるけど、悲鳴なんて聞いてないし血痕だって飛び交ってない。そんなに。
「それ、実際そういう目に遭ってる人見たことありますか?」
「ない、ですけど……。あ、でも同い年の男の子が、この前頬に傷作ってました。頭にたんこぶできてたこともあったかな。『茶色』の子なのに」
茶色のローブ。それって。
「その男の子って、小さくて生意気そうな感じの?」
「そうです、よくわかりましたね。あの子有名なんですか? まあ、実力があっても性格に難ありすぎですもんね。尊大で不遜で」
あっさり言うこの子も他人の性格のことは言えない気がする。
「怪我したのが悔しかったのか、あれからすごく魔術に励んでますよ。一泡吹かせてやるって」
セレンさんをか。
「あの子すごくかませ犬っぽいのに!」
彼女は良い笑顔で言う。きらきら輝いて見える。
セレンさんのところに行くの、本当は平気なんじゃないだろうか。




