表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

19日目      相談した日

 考えていたよりも、複雑な立場なのかもしれない。

 建国祭の日にキアスさんから話を聞いて、少しは理解したつもりだった。でもどこか現実味がなくて、イアリカ様と直接話をしたことで実感がわいた。

 話したことのある人なんて限られているから、容易く利用されることなんてないと思っていた。しかし、キアスさんから話を聞く前にイアリカ様から話を聞いていたらどうだっただろう。ヨームさんの屋敷から出なければならないと考えていたときに、悪意が見えないまま軍で保護すると言われていたら、言うことを信じて頼っていたかもしれない。

 ナダンさんがちょっかいをかけてくるのも、そういう魂胆があったからだろうか。セレンさんの悪評を話してきたり、揺さぶりをかけていたように思える。


 思っていた以上に、ヨームさんに『保護』されていたことも理解した。

 話したことのある人が限られているのも、ヨームさんの屋敷で暮らして、ひとりで外出したりしていないからだ。行動が制限されていることに不満を抱えていたりしたけど、それはやむをえないことだった。誰に利用されるかわからないのだから。

 それなのに、建国祭を見たいと言ったり魔術院で働かせてもらったり、わがままを通してしまった。

 ナダンさんと勝負をして、わたしに近づかないようにしたのも、わたしがナダンさんの言葉に動揺させられたからかもしれない。はじめからナダンさんのことは警戒していたようだし、わたしが彼の言葉を真に受けてしまったから、二の舞にならないようにしたのだろうか。

 考えれば考えるほど、自己嫌悪に陥っていく。どこまでヨームさんに面倒をかけてしまっているのだろう。




「元気、ない?」

 セレンさんが顔を覗きこんできて、はっとした。毎日のささやかなお茶会の最中、ついぼーっとしてしまっていた。

「ちょっと寝不足なんです」

「何か考えていたようだが」

 テーブルを挟んで、正面からじっと見つめられる。答えるまで追求されそうな予感がする。

 苦笑しながら正直に答えた。

「……なにもしないのが、一番良いのかなと思って」


 屋敷に閉じこもっているのが、一番迷惑をかけないことなのかもしれない。

 ヨームさんもはじめはそのつもりだったはずだ。魔術院に来ているのは、働きたいというわたしのわがままを通してしまったからだし。

 ヨームさんに面倒をかけてしまっているという話をすると、セレンさんは首を傾げた。


「ヨームが迷惑だと言ったのか?」

「……迷惑かもしれない、みたいなことは言いましたね」

「よくわからない」

 セレンさんの眉間にしわが寄る。わたしもよくわからない。

「迷惑とは、不利益を被ることだろう。ヨームは不利益を被っているのか?」

「……たぶん、そうだと思います」

「それはクルミの推測だろう」

「ヨームさんは、不利益を被っていても正直に言わない気がします」

 ああ、とセレンさんは頷いた。なにがひっかかっているのか、セレンさんとの問答は続く。


「迷惑は、悪いこと?」

「不利益を被るんだから、悪いことだと思いますよ」

「『迷惑』には、不利益しかない?」

「……どういうことですか?」

「たとえば、わたしにとってこの時間は不利益だ」


 どきりとした。『この時間』が問答のことをさしているのか、いままでのお喋りをさしているのかはわからない。でも、面と向かって自分と過ごしている時間を不利益だと断言されるとそれなりに衝撃を受けた。

「まだ終わっていない仕事がある。今日中にと言われたがまだ手をつけていない」

 真面目な顔で言われて、笑いそうになる。

 たしかに、わたしと会話しているせいで片付けなければならないものが片付けられないのだから、不利益だろう。


「でも、クルミと話すのは楽しい」

 ふわりと笑う。

「不利益はあるが利益もある」

 純粋に、セレンさんにそう言ってもらえたことがうれしかった。落としてから上げた、無意識なんだろうけど手玉に取られた。

 迷惑しかかけていない、なんてことはないのかもしれない。普通に考えれば、そうだけど。

「ヨームさんに、利益はあるんですかね」

 細々とした掃除とか、雑用だとか。魔術院に押しかけてしていることなんてそれくらいだ。


「本人に聞けば良い」

「それはちょっと」

 わたしはあなたに利益をもたらしていますか、なんて聞くのは恥ずかしい。

「どうして」

「……正直に答えてくれなさそうですし」

 恥ずかしいからいやだと答えたら『どうして』と言われそうな気がして、そう答えた。

 たしかに、と頷いたのを見てほっとする。

 この話はそれで終わったと、思っていたのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ