16日目 建国祭の日(上)
一卵性の双子なのか、彼女はセレンさんとそっくりだった。セレンさんが活発だったらこうなったのだろうな、と想像させる。
第三王女のイアリカ様。軍にいるからなのか、身に纏っているのは濃紺の軍服だ。しかしその格好は、彼女の生き生きした表情と健康的な焼けた肌によく合った。筋肉がついた引き締まった身体で、本当に剣を振るう人なのだと思わせる。
バルコニーへ王族が出て行くのを室内から見ていたけど、イアリカ様への声援が一番だったような気がする。健康的な美人で、努力の人。声に応えて手を振り、華やかな笑顔を浮かべている。人気が出ないわけがないか。
「セレン、棒立ちだね」
隣の吉野くんが苦笑する。セレンさんはローブでなく豪奢な薄桃色のドレスを着ている。ドレスのドレープは優美で、薄桃色は色白の肌に合い彼女の印象を柔らかくした。しっかり化粧もしているから、いつもより血色良く大人っぽく見える。
しかし、身じろぎしないからマネキンみたいだ。そばに控えているのだから、ヨームさんも何か言ってあげればいいのに。
バルコニーから戻るときや部屋で少し休憩したときに様子を見ていたけど、イアリカ様は正妃としか話していない。セレンさんは国王と王子たちとちょっと話して、おしまい。変な感じだ。
傍目には和気藹々としているように見えるけど、イアリカ様と正妃はお互いとしか話さない。魔力がない二人は、まるで他の人から無視されているかのようだ。セレンさんには時折誰かが話しかけるけど、それは機嫌をうかがっているだけのようにも見える。
セレンさんは早々に隅にいるわたしたちのところにやってきた。
「肩が凝る」
いつもはつけていない装飾品の類が重いらしい。
「でもセレンさん、綺麗ですよ。お洒落は我慢です。吉野くんも綺麗だと思うよね?」
「うん、綺麗」
ふわりと花が咲いたようにセレンさんが笑う。その笑顔に見惚れる。
「我慢も悪くない」
普段はあまり愛想がないけど、感情表現がないわけじゃない。ときどき見ることのできる笑顔は、同性のわたしでも心臓を鷲掴みにされる。
「お姉様」
セレンさんにそう呼びかけてきたのは、イアリカ様だった。近くで見ると、背筋をぴんとはったその姿勢の良さがよくわかる。
他の王族は移動済みなのか、もういない。
「ご無沙汰しております」
セレンさんの方が少し小さく、見下ろされている。セレンさんは彼女を見上げて、「久しぶり」一言だけで立ち去ろうとした。
「セレンさん、もっとないんですか」
せっかく話しかけてきてくれたのに、それだけじゃあんまりだろう。声をかけてきたということは、思っていたよりも険悪ではないのかもしれないし。
「何を話せばいいかわからない」
「元気か、とかで良いんだよ」
「……元気か」
そのまま言った。
「……ええ、変わりなく。お姉様もお元気そうで何よりです」
会話は終わったとばかりに、セレンさんは立ち去る。吉野くんはちゃんと引っ張って。
壁際に控えていたヨームさんがわたしに何か言おうとしてきたけど、「噂に違わず、お姉様は彼にご執心のようですね」イアリカ様がわたしに話しかけてきた。最後に残ったからか。
「お姉様はあなたの言うことも聞いていたようですが、どういったご関係ですか?」
「……友人、のようなものです」
自分でもどういった関係なのかわからない。なんとか答えるけど、まだ会話が続きそうな気配がする。
「あなたは――」
「彼女はわたしの客人です」
ヨームさんが遮った。イアリカ様は、ヨームさんに気づくと微笑んだ。
「つれない返事ばかりのヨームじゃない」
ナダンさんたちが伝言していた、自分のところに戻らないか、という誘いのことだろう。
「これで最後にするわ。わたしの下に戻るつもりは?」
ヨームさんは静かに首を横に振る。
「わたしは、愚直に仕事をするしか能のない人間ですから」
自嘲気な口ぶりだった。そんな声音、初めて聞いた。
イアリカ様との会話を切り上げて、ヨームさんはわたしに部屋を出るよう促した。わたしはもう屋敷に戻らなければならない。門のところまで送ると言ったきり、ヨームさんは黙りこんだ。
彼の隣を歩きながら、考えた。
ヨームさんに何があったのかは知らない。過保護で真面目で優しい人だということしか知らない。
どうして彼が自嘲するのか。『愚直に仕事をするしか能のない』なんて言うのはなぜか。
本当は、イアリカ様のところに戻りたいのだとしたら。ナダンさんだって、そんな口ぶりで話していた。
馬鹿みたいに真面目だったから、ヨームさんはセレンさんのところで働くことになった。セレンさんの下にいるのは、ヨームさんしかいない。
イアリカ様のところに戻りたくても、戻れないんじゃないか。
セレンさんを放ってしまうことになるから。
それに、わたしの面倒を見ているから。イアリカ様のところに戻ったら、わたしなんて本当に邪魔でしかないだろう。迷惑だと思っても、ヨームさんは行き場のないわたしを追い出そうとはしないかもしれない。
イアリカ様との会話が続きそうで困っていたとき、自分の客人だと遮ってくれた。
ナダンさんと訓練場で会ってから、ヨームさんとは何となく気まずい空気になっていたのに。
「門の外に馬車を待たせていますから、それで帰ってください」
建物の外に出ると、彼はそう言った。
そんな風に、何でもないかのように気を使ってしまう人なのだ。
「ヨームさんは、どうしたいんですか」
唐突な問いかけに、ヨームさんは面食らったようだった。
「どう、とは」
「ヨームさんの気持ちがわかりません」
「なぜ、いきなり」
いきなりなんかじゃない。ずっと考えていた。ヨームさんはどうしたいのか。
ヨームさんは話してくれない。ナダンさんたちのことも、イアリカ様のことも。
だからない知恵を絞って考えて、邪推して、行き詰まって。
もう、確かめなきゃだめだと思った。
「イアリカ様のところに戻りたいんですか」
「どうしてそんな……」
「ヨームさんはいいかげんなことはしないから、我慢しているのかもしれないって思ったんです。仕事も、わたしの面倒も」
「そんなことは――」
「ヨームさんはっ、いつも自分を犠牲にしてます!」
わたしをかばって怪我を負ったときだって、そうだ。ヨームさんは自分の怪我に構わずに、わたしなんかの心配をした。ヨームさんは自分のことを省みない。それは他人に対する優しさなのかもしれないけど、その代わり彼自身がないがしろにされている。
そんなヨームさんに気づかずに、ずっと甘えていた。当たり前のようにわたしを保護して、面倒を見て、気遣って。それはおかしいことだったのに。
ヨームさんがイアリカ様たちのことを話したがらないのも、わたしに言ったって仕方がないからだろう。全部ひとりでどうにかしてしまう。邪魔でも面倒でも、わたしには何も言わない。
放り出してしまえばいいのに、そうしない。
胸が苦しい。
馬鹿だ。わたしも、ヨームさんも。
視界がにじむ。
「そんなの、誰もしあわせになりません」
涙が零れる前に、わたしは逃げ出した。
もちろん、馬車には乗っていない。
大通りから離れた公園のベンチで、ぼんやりしていた。パレードはもう始まっている時間だ。ここから見ることはできないけど、人々の喧騒が聞こえてくる。
好き放題言って逃げてしまったけど、どうしよう。
もっとうまく出来なかったのか、と反省する。何もこのタイミングで言い放って逃走することはなかっただろう。
戻らなかったら心配をかけるけど、戻ったら世話をかける。
何も言わずに出て行くつもりはないけど、もうヨームさんの厄介になるつもりもなかった。今まで散々面倒をかけてきたのだから、せめてもうかけない。
日本に戻るまでの日数を、どこかで過ごせたら。住み込みで働けるところはないだろうか。しかしあてがないし、知り合いもいない。
いや、知り合いならいる、と思いついて。
「ひとり?」
「っ、」
キアスさんが背後から声をかけてきた。悲鳴はすんでのところで堪えた。パレード中なのになぜこんなところにいるのだろうか。
「見回り中だからサボりではないよ。クルミちゃん発見したから声かけてるし、職務中」
どことなく嘘っぽい。それに、迷子なんかじゃない。突っ込む気力がないので、聞き流すことにした。
キアスさんはわたしの隣に腰掛ける。
「それで、なんでこんなところにいるの?」
「もう、ヨームさんに迷惑かけたくないと思って。あの、二週間くらい住み込みで働けるところ紹介してもらえませんか」
知り合い、と考えて思いついたのが、キアスさんとナダンさんだった。ナダンさんはこの前の話がなんだかひっかかるし、あまり会いたくなかったから、キアスさんに頼めないだろうかと思っていた。
「ヨームの家出るの? あいつは許可してないでしょ、その様子だと」
「頼りきってたって、やっと気づいたんです。何も言ってくれないし、当たり前に何でもやってしまうから、甘えて――違いますね、ここまで気づかなかったのはわたしのせいです。わたしが気づかなかったのが悪い」
「誰のせいとかいうのは無意味、みたいなこと言ってなかったっけ?」
召喚されてセレンさんを恨んでいないのか、と聞かれたときのことだろう。
それはそれ、これはこれ、だ。
「自分のせいにしないと、戒めになりませんから」
そうしないと、また甘えてしまいそうだ。
「クルミちゃんは頑固だねぇ。いつかぽっきり折れそうだ」
話が脱線している。わたしが頑固かどうかなんてどうでもよくて。
「働き口、紹介してもらえるんでしょうか」
「うちなら雇ってあげられるよ。ヨームの家より広いし。おれの侍女とかどう?」
「お願いします!」
キアスさんの侍女とか面倒そうだな、と思わないこともなかったけど、贅沢は言ってられない。
「でも、すぐうちに戻れるわけじゃないから。露店覗いて時間潰して、王宮戻ってからにしようか」
時間潰して、って言った。やっぱりサボりだったんじゃないか。
街中は人でごった返していた。パレードは終わったようだけど、露店はずらりと並んでいて、お祭り騒ぎは続いている。
食べ物の露店もあるけど、玩具や服を売っているところもある。何でもありだ。
「はい、これあげる」
ちょっと待ってて、とおもむろに露店のひとつに入ったキアスさんが、串揚げをわたしに差し出した。食べ歩きできそうな、団子を揚げたみたいなもの。
「良いんですか?」
「せっかくなんだし何か食べたいでしょ。苦手じゃないならどうぞ」
買ってもらう義理はない、というかこれからお世話になるわけだしもらってしまっていいのだろうか。わたしの迷いを見破ったかのように、キアスさんは追い討ちをかける。
「もう買っちゃったし。早く食べないと冷めちゃうよ」
「……いただきます。ありがとうございます」
一本受け取り、かじる。揚げたてなのか、熱くてちょっとずつしかかじれない。表面はカリッと、中はふっくらと柔らかい。ほんのり素朴な甘さがあって、おいしい。
歩き出すかと思ったけど、食べ終わるまで待ってくれるらしかった。露店の脇に行って、人の流れを避ける。
「クルミちゃんは遠慮深いのかな」
「何でもすぐもらう人はそういないと思いますけど」
それにキアスさんとは何回かしか会ったことがないし、一応雇い主になるわけだし。
「まあ、そうかもしれないけど。さっきヨームに迷惑かけられないって遠慮してたから」
「遠慮というか、反省というか……」
「迷惑かけるって言うけどさ、そんなもんどんどんかければいいんだよ」
「そんなことできないです」
いきなり何を言い出すのか。見上げると、キアスさんは「クルミちゃんは突然別居宣言したけどさ」食べかけの串揚げでわたしの方を指す。別居宣言って。
「気になるだろうに、ヨームはクルミちゃんを追いかけてこなかったでしょ? あいつは馬鹿真面目だから自分がやるべきことをわかってるし、責任持ってる。クルミちゃんがちょっとくらい迷惑かけたって、あいつがやることは変わらないよ」
「それは、仕事だからです。仕事以外の……ヨームさんの気持ちが、ないがしろにされるのは駄目です」
「へぇ、ヨームが自分の気持ち犠牲にしてるって?」
キアスさんはわざとらしく目を見開く。何か含んだ表情に、少しむっとした。
「なんですか」
「いや、クルミちゃんにはヨームの気持ちがわかるんだーって驚いただけ」
「……わかりませんよ」
わからないから、言いたい放題ヨームさんに言ってきてしまった。イアリカ様のところに戻りたいというのは邪推しすぎかもしれない、とは思う。
でも、何かやりたいことがあったとしても、仕事を放っておけないからやりたいことができない、というのはあり得ると思った。わたしが迷惑をかけていることに変わりはない。




