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13日目   吉野くんの誕生日

 どたどたと、慌しい足音が近づいてくる。勢いそのままに、扉が開け放たれた。

「金重さんが倒れたって――」

 扉が開いた瞬間、セレンさんの手元でクラッカーもどきの魔術が起動する。小さな破裂音に遅れて、細かな紙が舞った。

 頭に紙を乗せた吉野くんは目を丸くしていた。

 せーの、とセレンさんと声を合わせる。

「誕生日おめでとう」

 吉野くんは口をぽかんと開けた。



 計画は単純。

 セレンさんと話していると、急にわたしが倒れた。持病があったのではないか、とヨームさんが吉野くんに尋ねに行く。吉野くんが慌ててセレンさんの部屋の扉を開けると、というサプライズ。

 誕生日といえばクラッカーだ、とセレンさんに話したところ、魔術で似たものを作ってくれた。すごい。


 セレンさんとお喋りをしているのが午後のおやつの時間なので、豪勢な料理はない。あるのはわたしのケーキもどき、ワンホール。

 昨日の朝から試行錯誤し、一睡もせずにつくった大作だ。厨房を間借りして、料理人の方々にも手伝ってもらった。

 スポンジはふっくら焼き上がり、生クリームは少しもっちりしているけど、なんとか作れた。スポンジを半分に切り、間には生クリームと甘酸っぱい果物を挟んでいる。表面にも生クリームを薄く塗り、その上には見た目は苺似味は葡萄似という果物を並べた。なんちゃってショートケーキ。


 ケーキはテーブルの上に鎮座している。いきなりクラッカーを鳴らされて呆けていた吉野くんの目が、ケーキを捉える。

「え、ショートケーキ!?」

 吉野くんはケーキを見てぱっと顔を輝かせると、テーブルに駆け寄った。

 なんだかんだ、お菓子にも飢えていたのかもしれない。和食でなくて申し訳なかったけど、喜んでもらえたようで良かった。


 張り切って、ケーキは直径二十センチくらいのものを作ってしまった。食べるのは吉野くん、セレンさん、ヨームさん、わたしの四人しかいないのに。あまり長く保存もできなさそうなので、今四等分して食べてしまわなければならない。

 まず縦に切る。それを固唾を呑んで見守っていたセレンさんが口を開いた。

「わたしも切りたい」

 ナイフを手渡すと慎重にケーキもどきを切っていく。表情は真剣そのものだ。ケーキを十字に切っているだけなのに。


『生まれたときからどこかおかしかったんだ』

 不意に、ナダンさんの言葉を思い出してしまった。

 気にすることなんかない。わたしは自分で、セレンさんは話せばわかるとか成長してるとか言ったんだから。

 ――そう、信じたいだけなんじゃないのか。

 そうじゃなきゃ、帰れないから。

 わたしはちゃんと、本質を見抜けているのだろうか。


 ふう、とセレンさんが息を吐いて、意識を現実に引き戻される。

「まっすぐ切れた」

 誇らしげにセレンさんが笑う。その笑顔は無邪気だ。

「クルミ、どうした?」

 ぼーっとしていたからか、セレンさんがわたしの顔を覗きこむ。

 わたしはなんてことを考えていたのだろう。セレンさんが心配してくれているような気がして、罪悪感が芽生える。それに、今は吉野くんの誕生日のお祝いをしてるのに。


「……ヨームさんも参加してくれたらうれしかったなって思って」

 そうごまかすけど、嘘じゃない。ヨームさんは吉野くんを呼ぶのに手伝ってくれたけど、すぐに執務室に戻ってしまった。

「まあ、建国祭の準備があるから仕方ないんじゃないかな」

 建国祭。建国の日のお祭り。

 セレンさんも王族として顔を出すらしく、ヨームさんは準備に忙しそうだ。


「バルコニーから手を振ったり、パレードで街中を行くんでしょう? セレンさん、愛想よくしなきゃ駄目ですよ」

「面白くないのに笑えない」

「面白そうじゃないですか。見られないのが残念です」

「え、金重さん見に来ないの?」

 どうせなら見たい。王族っぽいセレンさんとか見たい。

 でも、わたしはヨームさんの許可がないと外に出れない。というか。


「ヨームさんに目の届かないところに行くのはだめだって言われたの。当日はセレンさんの護衛としてついて回るから、留守番してくれって」

 わたしの様子を気にかける暇がないから、わたしは留守番ということらしい。

 まあ、わがままを言えるような立場でもないし。仕方ないことなのだろう。過保護だと思うけど。

「わたしに護衛なんて要ると思う?」

 不敵な顔でセレンさんが言った。

 国一番の魔術師とか、ヨームさんが言っていた。すごく強そうだけど。

「ヨームの言うことなんか聞かなくていい。クルミがいてくれた方が退屈しない。だから――」




 四つ切のショートケーキもどきを持って、ヨームさんの執務室に入る。

 ヨームさんは書き物机に向かって何やら書いていた。

「ヨームさん、甘いもの大丈夫ですか?」

「……食べられます」

 ……好きじゃないのかな。

「甘いもの苦手ですか?」

「苦手ではありません」

 苦手ではないが好きでもない、といったところか。

「クリームが一番甘いので、食べられなかったら残してください」

 ケーキをテーブルに置く。


 ここらへんが立ち去るタイミングなんだけど。仕事の邪魔はしたくないんだけど。

 ヨームさんはずっとガリガリ書いている。忙しいんだろうな。一昨日買い物に付き合ってもらっちゃったしな。

 やはり黙って出よう。と、決意した次の瞬間。

「何かありましたか」

 声がかけられてしまった。


「……明日、建国祭ですね?」

「はい」

「わたし、外出しちゃだめですかね」

「だめです」

 容赦がない。

「わたし、もう言葉通じますよ。お金もないから変な物買いませんよ。道も迷いませんよ。たぶん」

「何があるかわかりませんから」


 どうしてこうも過保護なのか。いろいろ面倒を見てもらっている手前、あまりわがままは言いたくないけど、わたしを小学生くらいに見ているんじゃないかと思ってしまう。

 ナダンさんやキアスさんたちに会ったときもそうだった。わたしが接触するのを防ごうとしていた気がする。ナダンさんは悪口を言うし、キアスさんはよくわからない質問をしてきたけど、軍の人だというなら犯罪者ではないし身元だってはっきりしている。

 過保護だと思ってきたけど、そういうのとは違うような気がしてきた。わたしが心配なんじゃなくて、わたしが何をやらかすかわからない、みたいな。そんなに、頼りにならないだろうか。

 もういいや。セレンさんの言葉に従っちゃおう、と思った。


「セレンさんが、一緒に王宮くれば? って」

 ヨームさんが顔を上げた。

「それならヨームさんとセレンさんと一緒ですし」

「当日は王宮も人がごった返します」

「バルコニーから手を振るところだけ見たら留守番します」

「しかし手続が」

「セレンさんが警備には伝えておくって。もともと控え室に吉野くんは連れて行く予定で、わたしひとり加わったところで大した変わりはないだろうって」


 実際、大した変わりはあるんじゃないかと思う。でも、おとなしくしてるし。すぐ帰るし。

 ヨームさんは黙りこんだ。

「……だめですか」

「…………良いでしょう。昼までには屋敷に戻ってください」

「ありがとうございます!」

 競り勝った。

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