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・・・できちゃったの

作者:
掲載日:2014/10/10

「あの・・・みなさんせっかくだからゲームでもして遊びませんか」


 ひと月ほど前のことである。

このキャリアデザインセンターにまたひとりの男が送り込まれてきた。

これで総勢11人となったわけだが、会社側はもちろんサッカーなどやらせるつもりはない。

各部署のいわゆる「出来ない奴」をこのキャリアデザインセンターに押しこめて様々な嫌がらせを行い、自主退職に追い込んでいく。


 ここはいわゆる「追い出し部屋」というわけである。

どんなに部署が忙しくても残業を一切拒否するマイペース社員、指示されたこと意外は一切やらない指示待ち社員、「働いたら負け」と言ってはばからない無気力ゆとり社員など・・・

あらゆる職場の問題児たち・・・とりわけ向上心がなく仕事に消極的な若い社員がこの部屋に集められている。

口を開くと他の社員を「社畜」と言い、会社のことを「ブラック企業」と非難していた。


 そこへ先月配属されたばかりの男が、それまで名前意外は一切喋らなかったのに突然口を開いたかと思うと「ゲームをしよう」などと提案してきたのである。


 聞けばその男は趣味でスマートフォンのアプリを作っているという。

それで「みんなで遊べるゲームを作ってきたのでやらないか」と、こう持ちかけてきたのである。

どうやらオタク社員のようだ。


 このキャリアデザインセンターという名前の追い出し部屋でやることと言えば、誰もが面倒に思える単純作業ばかりである。

オタク社員の話によると、その単純作業を面白くするゲームだというのだ。

会社側は彼らに単純作業を課し、この部屋の連中が音を上げてリタイアするのを待っている。

 そんな辛い職場環境が少しでも楽しくなるならやってやろうじゃないかと、みんなはオタク社員の話を詳しく聞いてみることにした。


 オタク社員が説明をはじめる。

それによると、その日にやらないといけない事務作業をアプリに入力する。

その作業を無事に達成するとアプリ内で架空の通貨ゴールドがもらえる。

そのゴールドを使ってアプリ内で武器や道具を買い揃えることができて、アプリ内のキャラクターを強くしていくといったゲームらしい。

ゲーム自体は全くどこにでもある内容だが、それと実際の仕事の達成状況と連動しているところが新しい。


 やはりテレビゲームで育った世代だ。

「面白そうだからやってみよう」

「どうせ作業自体はやらなくちゃいけないんだし」

そんなセリフをみなが口々に言い、さっそくアプリに本日の作業内容を登録しはじめた。





 一ヶ月後・・・人事部は「その異変」にすぐに気付いた。

キャリアデザインセンターの連中の生産性がこの一ヶ月間、恐ろしいペースで上がっているのだ。

試算してみると以前のおよそ8倍の生産効率だった。

単純作業とはいえ伸長率では社内でNo.1の成績である。


 一体どうなってるんだ・・・

この追い出し部屋を創設することを社内で提案した張本人の人事部長は慌ててキャリアデザインセンターに出向いた。

そこで見た光景に人事部長は度肝を抜かれた。

およそ社会人とはとても思えないダメ社員だった彼らが一心不乱に各々が作業に取り組んでおり、人事部長が部屋に入ったことに気付きもしないでいるのだ。

どういうことだ、何が起きているんだ・・・。




 人事部も他の部署の人間もキャリアデザインセンターの躍進をすぐに信じることができず、見てみないふりをしていた。

今までは落ちこぼれだと思って馬鹿にしていた連中が突如として凄まじい成果を残しはじめたのだ。

とても認めるわけにはいかなかった。


 しかし、そんな彼らの思いも虚しくキャリアデザインセンターの連中は次の月も、その翌月も素晴らしい実績をあげ続けたのである。


「あーー!炎の杖なんてお前いつの間に買ったんだよ!なんかずるいぞ!」

「ずるくないよ。君はすぐにゴールドが手に入ると新しい武器を買っていたけど、僕はコツコツいままで貯めていたんだ」

「くそー!今まで買った武器を売ったりできるようにしてくれよ!」

「なるほど!次のアップデートで実装してみるよ」


 元々、そんなに頭が悪いわけではない。

仕事にやる気を見い出せないだけだった。

彼らからすれば本気を出せばいつでもできると思っていたし、実際やれば【できちゃった】のである



 キャリアデザインセンターの躍進でひとつの問題が持ち上がっていた。

社内の各部署から彼らに回していた単純作業が底をつきはじめたのだ。

あまりにも恐ろしいスピードで処理されていくため、他の部署の仕事が追いつかなくなってきていた。


「人事部長!仕事をもっと回してくれないと全然ゴールドがたまらないよ!」

「はぁ?なんだその口の利き方は!ゴールド??何を言っておるんだ君は」

「このままだと魔神の大金槌が買えないんすよ!残業でもなんでもやりますから仕事ください!」

ほんの数ヶ月前まで漬物石と変わらないくらいの存在感しかなかった人間の言葉とは思えなかった。人事部長の脳みそは混乱の極みにおちいっていた。


 こうなると人事部も知らん顔をしているわけにはいかなくなった。

もはや彼らはリストラ候補者ではなく、会社にとってなくてはならない戦力になっていた。

もっと彼らを有効活用する方法はないものか・・・。

人事部長はアプリを開発した例のオタク社員を呼び出すことにした。



「さっき人事部長に呼ばれたんだけど仕事が増えそうだよ」

「おお!やった!これで装備が充実するぜ」

「それで、今回から単純作業じゃなくてプロジェクトを任せるって言われたよ」

「!」

「!」

「!」

オタク社員の発言を聞いた途端、さっきまで意気揚々としていたメンバーがあからさまにしょんぼりしはじめた。



「・・・プロジェクトなんて俺らには無理だよ。」

「そうさ、単純作業だからやれたんだ」

キャリアデザインセンターのメンバーは口々に出来ない理由を述べ始めた。

元々がダメ社員とレッテルを貼られた連中である。

マイナス思考はじめたら右に出るものはいない。

たちまち部屋中にどんよりとした空気が流れた。

お葬式の方が木魚の音が聞こえる分だけマシなくらいだ。


 彼らが積極的にダメな理由を次々と発言していると・・・コンコン!誰かが部屋をノックしている。

オタク社員は「こんな大変な時に」とブツブツ言いながらドアを開けた。

てっきり人事部長が様子でも見に来たのかと思ったが、そこに現れたのは意外な人物達であった。

総務の女子社員が3人でやってきたのだ。


「あの・・・ちょっとこれ作り過ぎちゃって。みなさんで食べてくださいっ」

そう言いながら女子社員たちは可愛いリボンのついたずっしりとやや重みのある包みをオタク社員に手渡すと、きゃっきゃと言いながら立ち去って行った。

オタク社員は呆然としながらも包みを開けてみる。

すると中から大量のクッキーが現れた。

どうやらキャリアデザインセンターの躍進を聞きつけて、めざとい女子社員が将来の旦那候補に挨拶に訪れたようである。

これだけ大量のクッキーを作り過ぎてしまうわけがないのだ。

もちろん彼女たちはあらゆる部署へこの「営業活動」を行っている。

オタク社員は苦笑いしながら、このあざとい差し入れを他のメンバーに配ろうと振り返った。




・・・メンバーの様子がおかしい。




「お、俺、女の子から初めてクッキーもらったよ・・・」

「これってどういうこと!?どういうこと!?」

「もしかして・・・もしかして仕事ができるとモテるのかな!」

ピュアである。

このあからさまな営業活動に100%好意をもって受けとれる彼らを見て、オタク社員は一人心で泣いた。

無人島の野鳥が人間を怖がらない現象ととてもよく似ている。





オタク社員はこれをチャンスと考えた。

「そうだよ。このクッキーは僕らの頑張りが認められたという証なんじゃないかな。今回のプロジェクトをやり遂げればさっきの女子社員たちとデートすることだってできるかもしれないよ」

オタク社員のこのひと言で部屋の空気が一変した。



「・・・デートだと?」

「うん。デートだ」

「さっきの女子社員たちと?」

「うん。それに、もしかしたら受付の女の子とだってデートできるかもしれないよ」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・ればいいんだ?」

「え?」

「・・・どうすればいいんだ?どうすればプロジェクトを成功できる?お前のことだから何か勝算があって受けたんじゃないのか?」


小さな小さな声が聞こえた。

それは土の中で春を待つ種子が内に秘めるエネルギーを解き放つ音と似ていた。

ささやかだが確かな生命の息吹を感じさせるあの音である。


「・・・勝算はある」

「おお!」

「やっぱりか!お前いったい何者なんだよ!」


「ゲームをプログラミングするときも同じなんだけど、プロジェクトって言っても実はその仕事をどんどん分解していけば、結局は小さな単純作業の集合体に過ぎないんだ。」

「・・・そうか!」

「なるほど!」


 オタク社員はみんなの反応を見ながら話を続ける。

「僕はプログラミングで仕事を分解して作業単位にしていくことは慣れているからそれをやるよ。みんなはいままで通り作業に没頭してくれれば大丈夫だ!」

「各作業のかかる時間や難易度に応じてゴールドが支払われるのも今までと同じってことか」

「うん。今までとなんにも変わらないよ」

「おお!それならできるかも!」

「・・・実は最近、キャラクターを強くするのも楽しいんだけど、自分自身の仕事のスキルが上がっていくのがちょっと楽しいんだよな。」

「わかるわかる!キーボード打つのも早くなったし、仕事を早く処理するための効率の良い方法が見つかったら嬉しかったりするしな!」

「きっと今の俺達ならできるぜ!頑張ろうぜ!」


「おー!」

「やるぞー!」

「デートだ!」

「デートだ!」

「デートだ!」

「ついでに夢幻の防具一式揃えるぞー!」


お葬式に勝る沈痛なムードだったキャリアデザインセンター様相は一変していた。

メンバーはみなピンク色のやる気と決意に満ちていたのである。







 ・・・あれから10年が経った。

キャリアデザインセンターはその後も凄まじい成果を残し、いまや会社の中心とも言えるポジションを確立している。

「仕事にゲーム性を取り入れて若手社員の生産性を上げる」という社長からの極秘ミッションを受けていた例のオタク社員は今や副社長の座についていた。

キャリアデザインセンターの初期メンバーたちも会社の重要なセクションの長となっている。


「若手社員には会社の残業には指一本動かさないが、帰宅してからはお金を払ってまで徹夜でソーシャルゲームをするという謎の習性がある」

仕事にゲーム性を取り入れることを思いついた社長が今の副社長であるオタク社員にだけ語った言葉である。

この分析が見事に的を射ていたのだ。


 会社が用意したゲームの種類も増えた。

戦国時代のシミュレーションゲームや、農場ゲーム、お洒落を競うゲームなど、社員の好みに応じて様々なゲームが仕事に取り入れられた。

また、社員同士の恋愛や結婚も会社は認めており、むしろカップルが誕生するよう積極的に後押しした。

ゲームの力とピンクの力・・・この2つのエネルギーを得た社員たちはみな「お金以外の何か」に向かって今日もがむしゃらに働いている。





 「社長、やはり今のままでは問題です。他の社員にも悪影響が出ています。」

オタク社員、いや、オタク副社長はレポート片手に今日も社長に会社の問題点や改善案を報告している

「仕方ないな。本当はやりたくないが君の案を承認するよ」

「ご決断ありがとうございます。会社存続のためです。致し方ありません。しかし、わたしに作戦がありますのでご期待ください」


 その日、人事異動の内容が発表され11名の社員がひとつの部屋に集められた。

くたびれたネクタイがとてもよく似合う40代から50代の社員たちである。

会社がゲーム性を取り入れて躍進していく中でどうしてもゲームを好きになれず、流れから取り残されてしまった者たちだ。

また、恋愛を原動力をしようにもすっかり自信をなくしてそちらを期待することもできそうにない。


【人材強化事業部】

これが彼らに与えられた新しい職場の名称である。

みな、毛髪もほとんど抜け落ち心身ともに疲れ果てていた。

口を開くと他の社員を「ゲー畜」と言い、会社のことを「ブラックゲーマー企業」あるいは「ピンク企業」と非難していた。

彼らは自分たちが今後どんな立場になるか、十分すぎるほど理解していたのだ。

額に「絶望」とさえ書かれているように見えてくる。


・・・たった一人の男を除いて。


 その男はおもむろにこう言った。

「ゲーム性による生産効率ばかりが全てではない。みなさん、我々世代がいままで培ってきた勘と経験をこの部署で活かしてみませんか・・・それにおじさんだって仕事ができればモテるんですよ?」

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