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第二十八話 -瞳に映らない手話歌-

 一輝と心音ここねがお互いの呼び方にも慣れてきた、とある金曜日の昼休み。

 心音ここねかなでの二人は学校の屋上で昼食をとっていた。


『ねぇねぇ心音ここねちゃん』

『ん? 何?』

『最近一輝さんの所に行ってないけど何かあったの? もしかして喧嘩をしちゃったとか?』


 かなでが心配そうな表情で尋ねる。


『え? 別に喧嘩なんてしてないわよ、ただ、かずくんが忙しくてなかなか施設に来られないみたいなの……たぶん大学の課題とか福祉のお勉強とか色々とあるんだと思うけど』

『そっか~、大学生って大変ね~……でも卒業したら心音ここねちゃんと結婚して幸せな家庭を築かなきゃって考えたら頑張らずにはいられないんでしょうね』

『うん……でも私はかずくんが傍に居てくれるだけでいいから、あまり無理はしないでほしいわ……』

『ほほぉ~、最近はこの手の突っ込みにも動じなくなってきたわね、早くも妻の自覚が出てきたって事かしら?』

 

 かなではそう言うと、笑いながら心音ここねの額を指で突いた。


『もう、そんなんじゃないわよ……ただ、この先なにがあっても……どんなに遠回りをしたとしても、私はかずくんと結ばれるんだろうな~って、そんな予感みたいなものがあるから焦る事は無いかな』

『うわ~、すっごいリア充発言! 爆発しろ! えいえい!』


 かなでは連続してチョップを繰り出した。


『だったら尚のこと、一輝さんに会えなかったら寂しいんじゃないの?』

『ううん、かなでちゃんがこうして一緒に居てくれるから大丈夫よ』

『へぇ~、なかなか嬉しい事を言ってくれるじゃないのよ~』

『それに明日は久しぶりに施設に来られるってメールもあったしね』

『そうなんだ、じゃあ今夜はお風呂で全身ピッカピカに磨いて、明日は一輝さんが喜ぶような下着を付けなきゃ駄目ね』

『へ! 変な事言わないでよ! 施設には小さな子供もたくさん来てるのに何をしろって言うの!』

『何って、私は久しぶりに会うんだからオシャレしなさいって意味で言ったんだけど?』


 かなではニヤニヤと笑いながら心音ここねに詰め寄った。


『あれ~? 変な事って何~? 心音ここねちゃんはどんな事を考えてたのかな~? 小さな子供が居ると出来ない事って何かしら~? 詳しく言ってくれなきゃ私わかんな~い』

『もう! かなでちゃんの意地悪!』


 その後も心音ここねに対するかなでの激しい追及は続いた。


 日付が変わって土曜日の朝、心音ここねはさっそく施設へと足を運ぶことにした。

 中に入ると、そこには何やら準備をしている一輝の姿があった。


『おはようかずくん』

「おはよう心音ここね、暫く会えなかったけどごめん」

『ううん、だいがくのこーぎとかで いそがしかったんでしょ? それよりきょーわ なにかいいことでもあったの?』

「え? どうして?」

『だって さっきからかずくん あかちゃんみたいなえがおで にこにこしててかわいいんだもん』


 あまりにも嬉しそうなその表情に、心音ここねはつい冗談を言ってからかいたくなってしまった

 冷やかされた一輝は慌てて両手で顔を覆い、上下に動かしたり叩いたりして表情をもとに戻そうとする。


「実は最近ここに来られなかったのは友人にある事を教わってたからなんだけど、やっと全部覚えられたから、今日はそれを心音ここねに見てもらおうと思ってね」

『わたしに? なにかしら すごくたのしみ』


 どうやら一輝は歌の楽しさを心音ここねに伝える方法を多くの健常者の友人にも相談をし、色々とアドバイスを貰っているようだった。

 その中の一人が大学の手話サークルに所属しており、週末になると聞こえる子供たちが通う幼稚園や保育園に出向いては手話歌を教えているらしい。

 そして月に何度かは聞こえない人達を招待しては一緒に楽しんでいるのだと話してきた。

 友人の話では手話歌を歌っている時の子供達はとても楽しそうで、自分も子供たちも手話をとても身近な言語なのだと感じる事が出来たと言う。


 それを聞いた一輝は、手話歌と言う物なら心音ここねに歌の楽しさを伝える事が出来るのではないかと考えた。


「それじゃ今から歌ってみるから見ててね」


 そう言うと一輝は音楽を流し、心音ここねの前で手話歌を歌い始めた。

 手話を全く知らない者が手話歌を覚えるのは容易ではない。

 ましてや目の見えない一輝は友人の動きを見て手話を覚えたり、鏡で自分の動きを見ながら確認することは出来ない……

 おそらく一つ一つ単語の動きを手を取りながら教えてもらい、間違っている所を指摘されながら一生懸命覚えてきたに違いない。

 その苦労している姿が目に浮かび、心音ここねは嬉しさの余り涙が溢れてきた。

 

(かずくん……今までここに来られなかったのは私の為に頑張ってくれてたからなのね)


 歌い終わった一輝が心音ここねの横に座り、二人は指を重ねた。


「どうだった? これで歌の楽しさが伝わったんじゃないかな?」

『ありがとーかずくん すごくうれしい』

「手話におかしな所はなかった? それだけが心配だったから」

『ひとつひとつのしゅわたんごわ あってるわよ でも これだけおぼえるのわ たいへんだったでしょ?』

「ううん、心音ここねが喜んでくれる事を考えてたから、大変とかそんな考えはなかったな~」


 優しく微笑む一輝に対し、心音ここねは一瞬躊躇したが、その後も話を続ける事にした。


『かずくんのしゅわうたわ すごくうれしいんだけど でも』

「でも?」

『いみが わからないの』


 心音ここねの言葉に一輝は驚きを隠せなかった。

 日本手話と日本語対応手話の二種類がある事を知っている一輝は、友人が日本手話を覚えている事を確認していた。

 また絵本などの物語を訳すときは直訳するのではなく、大きな意味で捉えて訳さなければならない事も以前に心音ここねから聞いていたので、その事に関しても注意は怠っていない筈である。

 なので心音ここねに伝わらない原因は自分にあるのではないか? そう一輝は考えた。


「分からないって、やっぱり僕の手話が下手だったからなのかな?」

『ううん そーじゃなくて』


 心音ここねは何が分からなかったのかを順を追って説明し始めた。


 ネットの世界では「日本手話を習っています」と自己紹介している者が『歌を口ずさみながら手話歌をしている動画』を度々見かける事があるが、歌詞の口形をしながら、歌詞の単語の通りに手話単語を並べている時点でそれは『日本語対応手話』なのだと気付いていないのだろうか?

 もしかすると今回の一輝のように両方の手話を知らない者が、この単語の並べ方が『日本手話』なのだと教えられ、伝えられてきた為に勘違いしているのかもしれない。


 だが、文章が日本語対応手話になっているだけなら、心音ここねにもカタコトの日本語のような感覚で意味だけは読み取ることが出来る。

 なのに手話歌になるとカタコトの文章にさえならず、意味の分からない物になる場合が生じてくるのは何故なのか?


 それは、曲に合わせた為に生じる『手話の読み取りには邪魔なスピードやタイミングの変調や不必要な間』に加え、抽象的な歌詞の直訳に問題があるように思える。


 例えば……「Good morning everyone」と言った英語を訳す場合、三つの単語で一つの意味なのだと捉え……「みんな~おはよ~」と訳せば意味が通じるが、単語をバラバラに訳し、しかもおかしな間を取り「良い、朝…………皆」と訳してしまえば意味が通じなくなってしまう……


 一つ一つの単語は間違っていないが意味が通じない……それは、これと同じ事が手話歌でも起きているのではないだろうか?


「ちゃんと日本手話を話すろう者にも見て確認してもらってたらよかったんだよね……ごめんね心音ここね

『ううん かずくんわ わるくなんかない』

「でも意味の分からない物を見せられて、気分が悪かったんじゃないか?」

『そんなことない! かずくんわ わたしのために がんばってくれたんだもん すごくうれしいよ』


 確かにネットに投稿されている手話歌などに対しては嫌いと言った感情が大きく、見ても興味を持てなかったり、不愉快な気分になったりする事も少なくなかったが、一輝の手話歌に対して嬉しいと言った感情を抱いた事は嘘ではない。

 歌詞の意味が分からない……歌の楽しさが伝わってこない事は同じなのに、一輝の手話歌には愛しささえ感じられるのは何故なのか?

 世間に溢れている手話歌と、一輝が見せた手話歌の違いは何なのか……それが分かれば解決策が見つかるのではないか。

 心音ここねは手話歌を嫌いになった原因を含め、それらを一輝と一緒に考えることにした。


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