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第十七話  -似て非なる手話言語-

 日本手話から日本語への変換、また口話から日本手話への変換、それらは決して簡単な事ではなく、聴覚障碍者の誰もが出来る事ではなかった。

 当然の事ながら出来ない者は他者との意思の疎通が出来ないまま孤独の中に居続ける。

 その事がより一層、言葉の通じる者だけを集め、壁を高くしてしまう原因なのだと思う。


「でも確かに言葉の通じない状態が長く続いたら、しかもその辛さや苦しみが誰にも分かってもらえないのだとしたら、壁を作ってしまうのも仕方の無い事なのかもしれないな……」

『わたしわ そんなおともだちを たくさんみてきましたから そのおもいわよくわかるんです でも やっぱりちがうとおもうんです』


 心音ここねも幼い時から言葉の通じない辛さや、思いの伝わらないもどかしさは嫌と言うほど味わってきた。

 しかし心音ここねの場合はそんな時いつも、だったら自分の出来る事をまずやってみればいいのではないか? 思いを伝える事の出来る方法を探せばいいのではないか? そんな事を考えるのだった。


「そう言えばさっきから気になってたんだけど、どうしてわざわざ手話の前に『日本』って言葉を付けてるのかな? 手話って目で見る言葉だから世界共通なんじゃないの?」


 これは多くの健常者が誤解をしている事の一つかもしれない。

手話は一つの言語である、音声言語にも世界共通の言葉は無いのと同じように、手話も世界共通の言葉ではなく、それぞれの国にそれぞれの手話が存在する。

 なので日本の手話は日本でしか通じない。


「そうだったんだ、でもどうして今回に限って日本手話って言い方をしてるの?」

『それわ わたしのあたまのなかにあるかんがえかたを せつめいするためにいいわけたんですよ』


 心音ここねは手話には日本手話と日本語対応手話の二種類がある事を話し、自分が普段から使っているのは日本手話なのだと説明した。


「二種類? それって音声言語にある方言みたいに話し方が違うとか、物の呼び方が違うとかそんな感じの事なのかな?」

『いいえ そーじゃなくて』


 心音ここねは日本手話と日本語対応手話、その二種類の手話の違いについて話をした。


 日本手話とは、ろう者の歴史の中で生まれた言語で日本語とは文法も全く違う、ろう者独自の言葉である。

 手や指の動きだけでなく、眉の上げ下げや口の形、表情やうなずき、動作の遅い早いなど、さまざまな要素が文法として使われている言語となる。

 なのでこの場合の『日本』と言う文字は、『日本語の手話』と言う意味ではなく『日本のろう者の話す手話』と言う意味になる。


 一方日本語対応手話とは、日本手話独自の文法など難しい事柄を排除して、健常者や中途失聴者が覚えやすいように変えられた言語で、日本語の文章にある単語の並びそのままに手話単語を置き換えて話すのが特徴である。


 簡単な例文で説明すると、


「みんな集まりましたか?」

「いいえ、まだ四人来てません」


と言った会話の場合日本手話だと


「集まる/か?」

「四人/まだ」


 となるが、日本語対応手話の場合は


「みんな/集まる/した/か?」

「いいえ/まだ/四人/来る/ない」


 と言う単語の並びになる。


「たしかに単語の順番は違うみたいだけど、それってキッチリと二種類あるって分けるほど重大な事なのかな? 音声言語でも言い方の癖とかで結構単語の順番なんか変わると思うけど」


 この説明だけだと単純に単語の並びが違うだけ、文法の違いで全体の長さが変わるだけ、そう思ってしまうかもしれない。

 しかし『日本手話は日本語とは違う言語』だと言う事を思い出してほしい。

 日本語の文法を使い、日本語の文章のまま単語を並び替える事……それは手話の動作と言う単語を使っているだけの『音の無い日本語』だと言える。

 つまり日本手話と日本語対応手話は見た目はとても似てはいるが、言語としては全く別の物なのだ。

 そして、その別の物だと言う思いこそが、言語の対立、中途失聴者や難聴者との関係、孤立や疎外感など、ろう社会における問題の全ての根底にあるものなのかもしれない。

 

 二つの言語の対立は何故あるのか、どうして日本語対応手話を受け入れらないろう者が居るのか、心音ここねは一輝にどう話せばそれらの事が伝わるのかを考えた。

 そして例え話を一つの物語として話す事にした。


…………


…………



 昔々、人里離れた深い山の中に、小さな村がありました。


 その村には『日本語』と言う言葉を話す村人たち五十人と、『英語』と言う言葉を話す青年が一人暮らしていました。

 『英語』しか知らない青年は、村人たちの言葉はもちろん、書いている文字も分からなかった為に話をする事も出来ず、いつも疎外感を感じていました。


 だけど村からは簡単に出る事が出来ず、青年はずっとここで暮らしていくしかありません。


 だから青年は一生懸命村人達が話しているのを聞いて覚え、なんとか『日本語』を少しだけ話せるようになりました。

 でも文字の方はとても難しく、全然覚える事が出来ません……なので青年はまだ想いの半分も正確には伝える事が出来ませんでした。


 そんなある日の事です、村人の一人が青年に話しかけてきました。


「君の使っている『英語』と言う言葉は不思議な魅力があるね、もしよかったら僕に教えてくれないかな?」


 急な申し出に青年はとても驚きましたが、それと同時に大きな喜びが込み上げて来ました。


(これで村のみんなが『英語』を覚えてくれたら……ううん、みんななんて贅沢は言わない、たった一人でもいいから覚えてくれたら、その人といっぱいいっぱいお話が出来る! 今まで分かって貰えなかった想いの全てを伝える事が出来る!)


 青年は大喜びでその日から村人に英語を教え始めました。


 でも、文法も文字も全く違う『英語』はとても難しく、村人はなかなか覚える事が出来ませんでした。

 ようやくアルファベットと言う文字を覚えた頃、村人はある事を思いつきました。


「そうだ! 別に難しい文法なんか覚えなくてもいいじゃないか! アルファベットと言う文字は覚えたんだから、それを『日本語』の言葉通りに並べ替えればいいんだよ!」

「エ? ナニヲイッテルンデスカ?」

「だって『 This is a pen 』とか難しくて他の村人たちもきっと覚えられないよ、 だから『 KOREWA PENDESU 』って書いた方が簡単じゃないか」

「デモソレハ エイゴジャナイデスヨ」

「でもこれなら君だって読めるだろ?」

「タシカニ……ヨメルケド……」

「それに意味だってわかるだろ?」

「ワカルケド ソレハ ボクガニホンゴヲ オボエタカラデアッテ……」

「アルファベットと言う文字を使って、君が読める文を書いて、君に意味がちゃんと伝わるんだから、これは立派な『英語』だよ!」

「チガウヨ! ソレハ、エイゴノモジヲツカッテルダケノ、ニホンゴダヨ!」

「もう! こっちの方が覚えやすいって人の方が絶対に多いんだから、多い方が正しいに決まってるだろ? 君も正しい事には合わせる努力をしなきゃ!」

「アナタハ、エイゴガミリョクテキダカラ、オボエヨウトシテクレタンジャナカッタノ? ナノニ……」

「よ~し! この覚えやすい言葉を『日本語対応英語』と名付けて村のみんなにも広めなきゃ!」

「…………」

「これで君も村のみんなと想いを伝え合う事が出来るし、よかったよかった」

「…………」


 最初に村人が『英語』を覚えたいと言ったのは、青年ともっと話をしたいからだったのではないでしょうか?

 困っている青年を助ける事が出来たら……そんな想いがあったのではないでしょうか?

 その為に難しい事を簡単にする工夫は大切なことかもしれない……

 みんなが出来るようにする事は良い事なのかもしれない……

 

 でも、ずっと『英語』を話してきた青年の気持ちはどうなるのでしょう?

 『日本語対応英語』が正しい英語だと広められた時、青年はどう感じるのでしょうか?

 

 青年が日本語を覚えなければ理解できない『日本語対応英語』……

 村で生きていく為には必要な言葉なのかもしれないけれど、本当にそれでいいのでしょうか?



…………


…………


『えっと もしかして よけいにわかりにくく なっちゃいましたか?』

「ううん、本当に理解できたかって聞かれたら自信はないけど、でも聞こえない人の日本語対応手話への気持ちは分かったような気がするよ」

『このもんだいわ とてもふくざつですから ゆっくりとりかいしていかないと』

「でも、だとしたら普段日本手話を話してる心音ここねさんも日本語対応手話の事を嫌ってるって事なの?」


 心音ここねは日本語対応手話に対する思いを、そして日本語対応手話を嫌っている人への思いを話し始めた。



補足として……

日本手話と日本語対応手話の問題は幾度と無くネット上でも議論されてきました。

その議論の内容にしても、二つの手話の説明にしても凄く難しい言葉ばかりが並んでいますよね? あれって読まれてる方は本当に理解されているのでしょうか?

当事者である私はおバカさんなのでサッパリ分かりません……


まずは分かりやすい言葉で説明をして、理解してもらって、自分から調べてもらえるくらい興味をもってもらって……それがいい方法のような気がするんです。

ただ、どう書けばいいのか、どう説明すれば分かりやすいのか考えた末、今回のような形になったわけですけど……

余計に分かりにくくなってしまった感があります、申し訳ありません。


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