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第十六話  -聴覚障碍者による壁-

 デフリンピック……一輝はその聞きなれない言葉について質問をした。


「ごめん、デフリンピックって言葉は今まで一度も耳にした事がないんだけど」

『それわ しょーがないですよ てれびやしんぶんでも わだいにわ なりませんからね』

「うん、とにかく分からない事が多すぎて何から聞けばいいのか」


 他の障碍者と一緒に聴覚障碍者もパラリンピックに参加している……一輝だけではなく多くの人がそう思っているのではないだろうか?

 また新聞などでも殆ど話題として取り上げられることが無い現状では、その言葉自体を知らない事の方が当たり前なのかもしれない……中途失聴者の中にさえ知らない人が居るのだから。


「え? ちょっと待って、僕が知らないのは認知度が低いからって理由で説明できるけど、聞こえない人の中にも知らない人が居るってどうしてなの? デフリンピックって聞こえない人の為の競技大会だよね?」


 一輝が不思議に思うのは当然の事だったが、そこには昔からの聴覚障碍者の立場や考え方、古くからの確執と言ったさまざまな理由があった。


『わたしのわかるはんいになりますけど せつめいしていきますね』


 まず聴覚障碍者がパラリンピックに参加出来ない理由……

 それは聴覚障碍者の国際ろう者スポーツ委員会が『国際パラリンピック委員会に参加していないから』……その一言に尽きるのだが、では何故、国際パラリンピック委員会に参加しないのだろうか?

 心音ここねは分かりやすいよう順を追って説明をした。


 まずデフリンピックとは何なのか?

deafデフ (耳が聞こえない者)』+『オリンピック』の造語で、文字通り聴覚に障碍を持つ者の為に行われるスポーツの国際大会であった。

 

 スタートの音が聞こえない事や音声言語による会議に参加できない事など、聴覚に障碍がある事を理由にオリンピックへの参加が認められなかった事から、1924年に聴覚障碍者の身体能力の向上と記録を目的に『第一回ろう者スポーツ大会』が行われた。

 これがデフリンピックの始まりと言われている。


 一方パラリンピクとは何なのか?

paraplegisパラプレジア (脊髄損傷における半身不随)』+『オリンピック』の造語で、戦争による負傷者のリハビリを目的に、1948年にある病院内で行われたのが最初だと言われている。

 その後1960年には国際大会が行われるようになり、1988年からは『国際パラリンピック委員会』が発足し、名称もパラリンピックとなった。


 つまり、聴覚障碍者は聞こえない事以外の身体能力に問題がある事は稀なので、リハビリ目的の大会に参加する必要がなかった事。

 最初のパラリンピックが行われた時にはすでにろう者の国際大会が行われていたので、あえて他の大会に参加する必要がなかった事。

 この二つが大きな理由だったのかもしれない。


 だが、国際パラリンピック委員会が発足し、目的が負傷者のリハビリから障碍者の祭典へと変わった翌年、1989年からは国際ろう者スポーツ委員会も加盟し、一緒に競技をしようと試みたことがあった……あったのだが1995年には脱退する事となっている。


 それは何故なのか?

 理由として挙げられていた事の一つに『身体能力の差の問題』があった。

 聴覚障碍者は聞こえないと言う事を除けば、体力的にはほぼ健常者と同じだと考えられる為、どうしても不公平感やクラス分けでの問題が生じてしまうのだと思う。


 もう一つの理由が『独自路線を歩みたいため』と言うものだった。

 簡単に言えばデフリンピックの運営をろう者自らが行いたい、ろうならではの文化を尊重したい、そんな強い意識があったのかもしれない。


「ろうならではって言うけど、聴覚障碍の人も僕達ほかの障碍を持ってる人も、みんな同じ日本って言う国に住んでいるんだからそんなに大きな文化の違いってあるのかな? そりゃあ地域によって食文化や流行なんかも違うけど、それは聞こえない事とは関係なくある訳だし」

『それわ ちょーかくしょーがいしゃが ほかのしょーがいをもつひとたちと ちがうからだと おもうんです』


 心音ここねは普段から聴覚障碍は他の障碍とは少し違うものなのだと思っていた。

 それは決してどちらが苦労しているとか、どちらが辛いとか、そう言った類の事ではなく、聴覚障碍者の周りにある見えない壁の様な物……それを感じているからだった。


 一つは言葉の問題。

 「手話と言う言語があるのを知っていますか?」と問われれば、多くの健常者が知っていると答えると思う、しかし「手話を話せますか?」と問われれば、殆どの人が話せないと答えるのではないだろうか?

 

 例えば英語なら、全く話せない人や小学生でも「I love you」や「This is a pen」くらいの文章ならば意味を理解したり話したり出来ると思うが、手話の場合「私」「あなた」「愛する」「これ」「ペン」の中の、たった一つの単語でさえ分からない事の方が当たり前であり、手話とは英語や他の外国語以上に認知度の低い言語なのだと思う。


 だから聴覚障碍とは聞こえない事の不便さ以外に、言葉が通じなく、意思が全く通わない外国に置かれているような孤独を感じる障碍ではないのか……心音ここねはそんな思いを持っていた。


「言葉が通じない事は確かに辛いと思うけど、それで壁を作ってしまったら余計に孤独になってしまうと思うんだけど」

『それわ みんなわかってるとおもうんです』


 だが、例えば学校でクラス替えがあった時、知らない人の中では真っ先に前のクラスメイトと集まって話をしたりしないだろうか?

 知らない外国で生活をしていたら、日本人と言うだけで仲良くなったり集まったりしないだろうか?

 言葉が通じないと言う事は、ただそれだけで集団の中から孤立したグループを作る充分な理由になるように思える。


「でも今ではサークルなんかで多くの人が手話を習ってるって聞くし、もうそんな考えは無くす方向へ進まないといけないんじゃないかな、それに手話も日本語なんだし最初から拒絶しないで話し合えば分かり合えると思うんだけど」

『かずきさん しゅわわ にほんごとはちがいますよ』


 心音ここねの意外な言葉に一輝は驚いた。


 手話とは文字の無い言語である。

 手話の本などではイラストで動作を示し、文字で説明しているが、それは手話と言う言語を日本語に訳して説明しているにすぎない。

 英語の教科書に日本語の翻訳が書かれているからといって、日本語と英語は同じ言語だとは言わないのと同じで、手話は日本語とは文法も全く違う別の言語だと考えた方がいいかもしれない。


 ここで一輝に新たな疑問が生まれた。


「手話は日本語とは違うって言うけど、今こうして指点字で話をしてるのは日本語だよね? 僕は指に伝わる文字を一文字ずつ頭の中で音として読み上げて理解してるけど、心音ここねさんは違うの?」


 心音ここねは普段どのようにして指点字を話しているのかを説明した。

 聞こえる者ならば頭の中で言葉を音として認識しながら考えているのではないだろうか?

「今日は暑いな、友達を誘ってカキ氷でも食べようかな」と考える時も、その文字を頭の中で声として読みあげていると思う。

 だが声のイメージが無い心音ここねの場合は物事を考える時は常に日本手話で考えている。

 頭の中に手話をしている姿を思い浮かべている訳ではないが、物事は全て見えない手話で考える。

 そしてその考えを音声言語の日本語に訳し、日本語の文字に置き換え、指点字の文字に置き換え一輝に伝える。


 一輝の唇を読む時も、口の形を日本語の文字に置き換え、文字の並びを音声言語の日本語に置き換え、それを日本手話に訳して理解する。

 それら一連の思考を繰り返して会話をしているのだった。


「そんな大変な事をずっと僕の為にしてくれてたんだね……」


 一輝は改めて心音ここねだけに負担をかけている事を申し訳なく思うと供に、聞こえない事や言葉が通じ無い事への理解を少しずつだが深めていった。


補足として……


今回から何話かに分けて『ろう者』の持つ闇の部分を書いて行きたいと思っています。

ろう者は生まれつき聞こえない事へ固執し、日本手話を絶対視し、ますます壁を高くして孤立していく……

その気持ちは分かりますけど、決してそのままでいいとは思っていません。

ネット等でもたまにそんな議論を見かけますけど、健常者の中には『障碍』を題材にする事自体をタブーとしている……そんな考えがあるように思えます。

障碍の事を話すのはいけない事。

障碍者に注意するのは差別だ!

そんな考えがますます障碍者と健常者の間の壁を高くし、誤解を生み、その誤解を解決しないで放っておいた原因になったのではないでしょうか?


だったら障碍者である私自身が書くのは構わないのでは?

私が経験してきた事から駄目だと思う事を指摘するのは差別だと言われないのでは?

そんな思いで書かせて頂く事にしました。

いつの日か障碍者、健常者と言った呼び名が無くなるくらい、壁が低くなればいいなと願っています。

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