第十四話 -想いが伝わる日まで-
心音は施設に到着すると早速一輝の隣へと座り、学校で調べて来た内容を順に聞いてみた。
目が見える人と見えない人は色に対して同じイメージを持つ事が出来るものなのか?
見える人が感じているイメージをそのまま伝えても分かるものなのか、もしかしたら本当は理解されていないのではないか?
目が見えない人は教えられたそのイメージで色の違いを区別する事が出来るのか?
そして色が綺麗な物だと感動する事が出来るのか?
「う~ん、それはかなり難しい質問だね」
一輝はどう説明すれば心音に理解してもらえるかを考えているようだった。
「氷を手に持った感じが青色で、カイロを持った感じが赤色だと言う伝え方は僕も小学生の時に教わったから知ってるけど、それで色の事が全部理解出来たとは思ってないよ」
心音が調べた色の伝え方は支援学校でも普通に使われているようだった。
しかしそれに対する一輝の話からは正解でも不正解でも無いと言ったあやふやな印象を受けた。
「この伝え方で僕が分かったのは、見える人の目には色と言うものがどう映り、その色に対してどんなイメージを持っているのかって事だけで、色の美しさそのものじゃないからね」
『ごめんなさい もーすこしわかりやすく せつめいしてもらえますか?』
「うん、例えばの話だけど、世の中の人全員の目が見えなくて、色と言う物の存在を知らないのが当たり前の世界だったとしたら、それでも炎に触れた時には熱いって言う感覚以外の何かが伝わってくるのかな? 手に触れている熱い炎が赤い色をしているって分かるものなのかな? 心音さんはどう思う?」
『それわたぶん あついしかわからないとおもいます』
戸惑う心音に対し一輝は続けて質問をしてきた。
「もし目が見える人が明かりの無い真っ暗な部屋に居るとしたら、それでも青い色紙に触れた時は冷たいと感じ、赤い色紙に触れた時は暖かいって感じて、指先に触れた感覚だけで何枚もある色紙の中から特定の色を見分ける事が出来るものなのかな?」
『わたしにわできませんし たぶんほかのひとでもおなじだとおもいますよ』
「うん、だから熱いや冷たいといった感覚と色の関係って言うのは、見る事が出来ないと結びつかないんじゃないかな」
やはり心音が考えた通り、氷の冷たさが青だと言うイメージを理解する為には大前提として見ると言う行為が必要であった。
そしてその伝え方は決して色そのものを的確に表しているのではないと言う事も分かった。
ならばどうして支援学校では見えない人には伝わらない健常者のイメージをそのまま教えているのだろうか? 他に考えられる方法が無かったのか? あるいは教育者が考える事すら放棄してしまったのか? 心音にはその理由が分からなかった。
「それは聞こえない人にとっての口話や文字の丸暗記と同じで、僕達がこの世界で生きていく為には絶対に必要な情報だからだよ」
その言葉で心音は少しだけだが理解出来たような気がした。
一輝の例え話にもあったが、もしも見る事が出来ないのが当たり前の世界だとしたら、服と言う物はどうなっていたのだろうか?
そこに求められるのは肌触りや重さと言った着心地だけで、色や模様の組み合わせと言った見た目は意味を無くしてしまう。
どんな色の服を着ても、どんな色の組み合わせをしても誰も気付かず何の問題も起こらない。
夏に赤い服を着ると暑苦しい印象を与えてしまう。
上下の服で不揃いな色の組み合わせをすると笑われてしまう。
また服だけではなく、変な色の壁紙を貼った部屋では落ち着かない、奇抜な色の食器では食べ物が不味く感じられる。
それら色に関する問題は全て見ると言う行為があって初めて起こる事なのである。
だからこそ目が見えるのが当たり前の世界で生活していく為には、見えない者はたとえ意味がわからなくてもこれらの情報を丸暗記するしか無かったのだろう。
つまりここで取り上げられた色の情報とは、見える人の目にはそれがどの様に映っているのか、そして見える人がどんな風に感じているのかが重要な事であり全てなのだと思う。
(やっぱり学校で調べてきた方法では色の美しさを一輝さんに伝える事は出来ないのね)
ある程度は予想していた結論だったが、心のどこかに僅かだが希望があったのかもしれない。
心音はガックリと肩を落としてしまった。
その雰囲気は指先を通して一輝にも伝わってしまったようだ。
「でも、これだけ色々と調べるのは大変だったんじゃない?」
『そんなことわないですよ でも けっきょくわたしわ なんのやくにもたたなくて』
一輝は首を横に振ったあと、大きく深呼吸をしてから答えた。
「心音さん、前にも話したと思うけど、これはそんな簡単に解決するような問題じゃないから……だから」
見ると一輝はいつに無く真剣な表情を見せ、何やら話しにくい様子で黙ってしまう。
『どーしたんですか?』
「……」
暫く沈黙が続いた後、一輝は意を決したかのように話し始めた。
「こんな事を人に言うのは初めてだから、その……うまく言えないんだけど」
『……?』
「お互いが納得できる答えが見つかるまで……心音さんが僕に虹の美しさを教えてくれて、そして僕が心音さんに歌の楽しさを伝えられる日まで……それは何ヶ月掛かるのか何年掛かるのかは分からないけど……もしかしたら一生掛かってしまうような難しい事なのかもしれないけど、それまでずっと……ううん、その後もずっと僕の傍に居てくれないかな」
突然の言葉に心音の時間は止まってしまったかのようだった。
自分の気持ちに気付いたあとも、その想いは一輝に伝えなくてもいいと考えていたのに……
一輝にどう思われていようともいい、好きな人を見守ることが出来ればそれで満足なのだと自分に言い聞かせていたのに……
一輝の為に何かが出来ればいいと、一輝が笑顔で居てくれたら他には何も望まないと、そう思っていたのに……
自分の想いが届き、一輝も同じ想いを抱いてくれた事が嬉しくて……
これからもずっと一輝に寄り添い力になれる事が嬉しくて……
気が付けば心音の瞳からは光る物が零れ落ちていた。
『ほんとーに ほんとーにわたしなんかで いいんですか?』
「うん、他の誰でもない、心音さんに傍に居てほしいんだ」
心音は震える指で答えた。
『はい わたしわ ずっと いつまでもずっと かずきさんのそばにいます』
そのあと二人は何も話さなかったが、そこには優しく暖かい時間が流れていた。
補足として……
テレビの字幕でよく「~♪(音楽)」のような表示がされていますが、小さい頃はそれが何を意味しているのか、どんな効果があるのか全く分かりませんでした。
学校の授業で「楽しい音楽とは心が弾んで踊りだしたくなるような音楽」「悲しい音楽とは思わず涙が流れてしまう音楽」と言った説明を受けた後は、ドラマの字幕で「~♪(音楽)」の表示が出た時の役者さんの表情や仕草を見て
(あぁ、今は楽しい音楽が流れているのね)
と判断出来るようにはなりました。
でも……
それは『耳が聞こえる人は楽しいと感じる音が今流れている』と言った事が分かるだけで、私自身は楽しい音楽とは何なのか、笑ったり、踊ったりしたくなる音とはどんな物なのか理解できないままでした。
色の世界も同じで、健常者の人たちが『見える事を前提』としている事に気付いていない答えが余りにも多い気がしてなりません。