第十三話 -理解され難い世界観-
数日後の教室……
そこにはまるで魂が抜けたかのようにぼんやりと窓の外を眺めている心音の姿があった。
『心音ちゃん大丈夫? 最近ずっとぼんやりしてるけど体調が悪いんじゃないの? もし座ってるのが辛いんだったら保健室に行く?』
心音はただ首を横に振るだけで何も答えようとしない。
こんな時はいつもの様に一輝の事でからかえば何かしらの反応があるのでは? そう考えた友人は冗談交じりに話題を振ってきた。
『う~ん、突然集中力が無くなり呆けてしまう謎の症状が発症している、しかもそれは病気でもなく、かといって薬物を盛られた形跡もない、これらの事案から導かれる答え、それは……そうか! 謎は全て解けたよワトソン君! 心音氏は恋わずらいなんだ!』
人差し指を立ててポーズを決める友人をよそに、心音は少し間を置いたあと頬を染めながら小さくうなずいた。
いつもなら速攻でツッコミが入る場面なのに、反論も何もしないで素直に認めてしまうとは。
この反応にはさすがの友人も驚きの色を隠せなかった。
『うそ! 恋わずらいって認めちゃうの? 本当にそれでいいの?』
『うん……』
『だけどこの前はハグなんて凄い事をしたあとでも全力で否定してたじゃないの! そりゃあ心音ちゃんが照れ隠しで言ってたのが分かってたから私もからかってたんだけど、急に素直に認めるようになったのはどうしてなのよ?』
『……』
『ま……まさか、ハグ以上の事をしちゃったんじゃないでしょうね!』
『ハグ以上の事?……』
心音は少し考えたあと、顔を真っ赤にして手を横に振った。
『ち、違う違う違う! そんなんじゃないって』
『じゃあ何があったの、正直に言いなさい』
『それは……』
心音は一輝とレストランに行った時に遭遇した親子の会話と、それを見た時に涙が溢れ、悔しさや怒りが込み上げ胸が締め付けられるような思いをした事を淡々と説明した。
『なるほどね~、好きな人を侮辱されたような気持ちになって、ようやく自分の気持ちに素直になれたって事ね』
『素直にって、私そんなに否定してた?』
『してたしてた、もうバレバレなんだから早く認めちゃいなさいよって突っ込みを入れたくなるくらい意固地になってたもの……でも、今の素直になった心音ちゃんはすっごく穏やかな表情してるわよ』
心音は恥ずかしさのあまり顔を両手で覆ってしまった。
『まぁ心音ちゃんの事だから、自分の気持ちに気付いても告白とかはまだしてないんでしょ? なんなら私が手伝ってあげましょうか?』
『そんな恥ずかしい事出来る訳ないじゃない、それに、私が一方的に好きなだけで、もし断わられたらって考えたら怖くて……』
落ち込んだ表情になる心音の頭を友人は軽く叩いて励ました。
『まだ何も伝えてないし相手の返事も聞いてない段階なのに、今からそんな弱音を吐いてどうするのよ? 言い出すキッカケが無いんだったら自分で作り出すくらいの気迫が無いと駄目よ!』
『作り出すって?』
『簡単な事でしょ? 一輝さんが望んでる色と虹の美しさを教えてあげたらいいだけじゃない、そうしたら
(ありがとう、これで虹の美しさが分かったよ、でも調べるのは大変だったんじゃないの?)
(ううん、そんな事ないです、私は一輝さんが喜んでくれたら、それだけで)
(そんなに僕の事を想ってくれてたなんて、本当に嬉しいよ)
(だって、私は一輝さんの事が大好きだから……あなたの笑顔を見るのが私の幸せだから)
(心音さん! 僕もキミの事が!)
そして二人は熱い口づけを交わし、そして……な~んて事になるかもしれないじゃない』
『何よそれ! もしかしてバカにしてる?』
『してないしてない』
友人の過激な妄想には呆あきれてしまい開いた口が塞がらない。
『私も協力するからさ、もっといっぱい色について調べてから良い答えを報告しに行って、ついでに告白もしちゃいましょうよ』
友人の半ば強引な提案で、お昼休みには図書室でパソコンを使い色を伝える方法について調べる事になった。
『心音ちゃん、こんな記事を見つけたわよ』
画面を見るとそこには「生まれつき目が見えない人に空の青さを説明してください」の見出しがあった。
どうやらそれは某企業での面接で聞かれる有名な質問の一つらしい。
『これって結構大きな会社みたいだから、きっと福祉関連の事業を広める為に関心のある社員を募集してるのよね? だったら絶対に皆が納得出来る答えが書いてある筈だわ』
心音達は期待に胸を膨らませ模範とされる回答に目を通してみた。
だがそこには「コップに冷たい水と氷を入れて持たせる」と書いてあるだけであった。
余りにも予想外の答えに二人は見つめあったまま暫く言葉が出ない。
『これが模範解答なの?』
似たような書き込みがいくつもあったので順に読んでみたが、どれも同じような答えが並んでいるだけだった。
"青色は冷静や氷と言った冷たさの色なので水や氷の入ったコップを手に持たせる"
"赤色は情熱や炎と言った暖かさの色なのでカイロを持たせたり火に手をかざしたりする"
"黒色は絶望や死と言った孤独感の色なので音の無い状態で目を瞑った時の色だと伝える"
"白色は希望や生と言った高揚感の色なので全ての光が合わさった色だと伝える"
『何よこれ! こんなの全然答えになってないじゃない』
書かれている内容に心音達は呆れ果ててしまった。
確かにその内容は矛盾だらけである、なのにこの回答を正解とする面接とは一体何なのか。
福祉などには全く興味が無く、難解な質問で困る者を見て喜び回答にすらなっていない回答を自慢げに話す面接官の姿が目に浮かび、心音はやるせない気持ちになった。
『青色がお水や氷に触れた感覚って言うけど、それって冷たい物には青い物が多いって知ってるからじゃないの? 氷やお水の色が青いって目で見て知っているからこそ頭の中でイメージが繋がるだけなんじゃないの?』
『心音ちゃんの言う通りだわ、これじゃ青色とは青い絵の具の色ですよって言ってるのと同じよね?』
『だいたい黒色の目を瞑った状態って何? 光を感じた事が無くて目を開けている状態と閉じている状態の違いも分からない人に、それが黒い色だと理解出来る筈なんてないと思うわ』
ページをめくって行くと同じ議題で話し合っているサイトもいくつか見つかった。
だが、どの討論を読み進めても回答らしい回答が一つも見つからない。
『ねぇ心音ちゃん、これで本当に生まれつき目が見えない人に色を伝える事が出来ると思う?』
『ううん、色の特徴は分かるかもしれないけど、それがどんな色なのか、どう美しいのかは伝わらないと思うわ』
『そうよね、だって”青空に浮かんだ虹”をこの回答で説明するとしたら、コップに入ったお水や氷のような感覚の色の空間に、カイロを持ったような暖かい色や氷を持ったような冷たい色が円の形で並んで浮かんでいるってなっちゃうし』
『そうよね、そんな答え方だと絶対に感動出来ないと思うし、見える人が何に感動してるのか理解出来ないと思うわ』
やはり生まれつき目が見えない者の世界や、生まれつき耳が聞こえない者の世界と言うのは、健常者の人達には理解してもらえないものなのだろうか?
いくら調べても健常者目線での回答しか得られない二人はそう思った。
『でもね、もしかしたら私も心音ちゃんもこれじゃ伝わるわけが無いって思い込んでるだけで、本当はここに書かれてる事が正しいって可能性もあるんじゃない?』
『う~ん……それは在り得るかも』
『だったら心音ちゃんが今日施設に行って一輝さんに直接聞いちゃえばいいじゃない』
『そうよね、ここでアレコレと考えるよりそれが一番確実だしね』
心音は調べた事柄を全部ノートに書き、放課後の合図と共に施設へと向かうのだった。