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31話 母さんの小屋

 木のこぶを上手に避け、小枝を飛び越え僕らは走った。するとまもなくあの場所に出た。

 間違ってない。

 僕は自分の記憶の確かさに満足しながら、モラウル山の麓の反対側へ出たことを確信した。小さく開けた場所に茅葺の小屋がぽつんと建っていた。

 ああここだ。

「ウィスタリア。あそこだ。」

 藁葺きの小屋の前に、細長い下り坂が見えた。あの道を真っ直ぐに下っていけば、市場へ通じる道に出る。おおかみ、いやウィスタリアも市場まで出れば何とかなるだろう。

「あの細い道を下っていけば市場へ出るよ。」

 ウィスタリアを振り返ると、彼は小屋をまじまじと眺めているところだった。

「どうしたの?」

「何だ?この小屋。」


 母さん。

 この小屋は母さんの薬草小屋だった。

「僕の母さんが薬草を取って保管していた小屋だよ。」

「薬草?」

 ウィスタリアは目を見開きちょっと驚いたような顔をした。その表情には何かに興味を惹かれたような好奇の色が浮かんでいた。

「薬草に興味があるの?」

 聞いてみた。

「う、うん。まあな。」

 へえ。薬草に興味のあるおおかみ?山羊の肉にしか興味がないのかと思っていたけど。

「・・・よかったら中覗いてみる?」

 遠慮がちに声を掛けた。だいぶ長い間僕もその小屋に足を踏み入れたことがなかった。母さんを思い出すのがつらいからだった。

 母さんは自身も体が弱かったこともあって、薬草に興味を持っていた。いろんな野原や山を歩き、薬草を集め、病気の人に処方をしていた。母さんの薬草に対する知識はたいしたもんで、山をいくつも越えて母さんの薬を頼ってくる者も大勢いた。

 

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。

 手探りで小屋の入り口を確かめ、ドアの取っ手に手を掛ける。ドアを開くといろんな薬草の混じった香りがぷうんと鼻をついた。

 ドアの付近を手探りで探すとカンテラに手が触れた。

「あ、あった。」

 月明かりの下でカンテラに火をともすと、ぽうっと中の様子が垣間見えた。

「どうぞ。」

 僕はおおかみを促した。

 中に入ってカンテラの灯りをかざす。

 天井から干す為に吊るされたままの薬草。煎じて粉にしたものは透明のビンに入れて保管してある。 そして部屋の隅に詰まれた木の箱。

 母さんの文字で箱に薬草の名前が書いてある。

 懐かしい母さんの文字。胸がどきどきして涙が落ちそうだった。

 だけどおおかみの前では平然としていなければ。弱いところを見せたら今度こそがぶりといかれるかも知れない。

トッポリ、キハナ、ドンゴン、タマハリ・・・・

おおかみは黙って興味深そうに重ねてある箱の薬草の名前を見ていた。


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