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23話 ひとつの魂

 アーバンはリュックからライ麦サンドイッチを取り出し、口一杯にほおばった。

「うまい!」

「クロムは料理が上手だね。」

 サンドイッチを手に取って僕に手渡してくれる。

 一口かじってからやっとの思いで口を開いた。


「アーバン、君が僕の話を信じてくれるなんて嬉しいよ。だけど、僕は恥ずかしいんだ。」

 彼は何が?と不思議な顔をした。

「おおかみのこと君に言えないまま、山に誘ったこと。君を危険な目に合わせるのを承知でここへ連れてきたこと。それにあの実。おおかみが市場に持ってきた栽培が出来るという実。僕は自分のことしか考えていなかったんだよ。実が採れれば自分が楽に冬を越せるかもしれないって思ったんだ。あの上玉の実を見てね。フォレストや他の生活に困っている友達の事まで考えたりなんてしていなかった。僕は自分勝手だ。」

 じっと黙って僕の言葉を聞いていたアーバンはぽつん、ぽつんと話し始めた。

「まずさ、おおかみのこと。クロムにとっておおかみとの出会いは大切なことだったんだ。でも、普通に考えれば山羊とおおかみは天敵。僕ら鹿にとっても天敵だからね。怖い存在なんだ。だから僕に話しても信じてもらえないかもしれないって思ったのは当然だろう。僕を危険な目に合わせたことを悔やんでいるなら、それは心配しなくてもいいよ。どこにいたって危険は転がっているし、もし、そんな危険な場面に出くわしても、一緒にいれば僕が君の側で助けてあげられるかもしれないし。」


 アーバン!君は何てやつなんだ。

 胸が締めつけられた。何故そんなふうに思える。僕なんて君に何もしてあげられない。今までだって、何ひとつしてあげられることなんてなかった。

 小学生の頃から今までのことを思い出しても、アーバンに助けてもらったことしか頭に浮かばない。 夏休みの工作が出来なくて、夜遅くまで手伝ってもらったこと。競歩大会で足を痛めた僕をおぶって学校まで戻ってくれたこと。子供の頃から父さんがいないことで苛められた僕をかばってくれたこと。引っ込み思案で、皆の陰に隠れて自分から率先して何も行動できない弱い僕。そんな僕のためにアーバンはそこまで思ってくれてるなんて。

 目の前が滲んで、青い湖の色がうっすらとぼやけた。僕は涙を悟られなくて、必死に下を向いて歯を食いしばった。

 そんな僕の様子に気づいて、アーバンはそっと僕の肩に手を回した。

「クロム。それにさ、市場でおおかみをかばった発言をしたことね。僕は凄いなと思ってたんだよ。天敵であるおおかみを庇うようなことを口にすることなんて、なかなか出来ない。それはクロムがおおかみを信じたから、そんな発言をしたんだと思うよ。皆の前で意見が言えない引っ込み思案な自分が嫌だって、いつも言ってたじゃないか。だけど、クロムは信じたことのために勇気を出して、行動することがちゃんと出来るんだよ。信じたことのために行動するって、凄く大事なことだと思うよ。」

「アーバン。」

 肩に回された手の温かみが心地良かった。

 僕は涙をそっと拭った。誰よりもアーバンがそう僕のことを認めてくれた。それが嬉しかった。


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