22話 秘密
「市場での噂を僕も聞いたよ。君がそのおおかみをかばうような発言をしたことも聞いたよ。」
僕はまた深く俯いた。
「クロム。俯くことなんてないよ。」
横に座るアーバンは優しく僕の肩を叩いた。
「だって。」
言いかけると、
「君の言うことも一理あるよ。何か揉め事が起こった時に、一方だけの言い分を聞いて判断しちゃいけない。アンフェアだ。いつも父さんがそう言うよ。」
アーバンの父さんは偉い。凄い。僕はいつもそう思う。あの親父にしてこの息子。どうしたらいつもこんなふうに晴れ晴れとしていられるんだろう。
「アーバン。僕さ、そのおおかみの事知ってるんだ。」
アーバンはびっくりして目を丸くした。
「知ってるってどういうこと?」
「僕はそのおおかみが、本当にそんな悪者だなんて思えないんだ。」
僕は彼に洗いざらい話しをした。
前回、モラウル山に登った時に、そのおおかみに出くわした事。足を挫いた事。だけど、そんな僕を食べずに、おぶって山を下ってくれた事。ジョークを言う面白いおおかみだったこと。
僕は話しながらアーバンがこんな話を信用してくれるかどうか、心の中で冷や汗をかいていた。だけど、もうここまで来たら途中で止める訳にはいかない。僕はどこかでアーバンが僕の話を少しでも信用してくれるのではないかと、ほのかな期待をしていた。
話を聞きながら、アーバンはその大きな目をさらに丸くして、口を半開きにして、だけど真剣に僕の話を聞いてくれた。
話し終わると、どこからか冷たい風がふたりの間を吹き抜けた。
僕は心の中で、アーバンとの友情もこれまでかと、覚悟を決めた。
僕が見守る中、アーバンは口を開いた。
「いやあ、びっくりしたよ。父さんの親戚にね、冒険が大好きな叔父さんがいるんだ。モラウル山の向こうにアンデス山ってあるだろう。」
僕は頷いた。
モラウル山など、取るに足らない峰の尖ったものすごい大きな山だ。
「あのアンデス山に何度も足を運んだことのあるつわものなんだ。その叔父さん。」
「凄いね。その叔父さん。」
「そうだろう。」
その山に入っていって、戻ってこなかったものも多い。それ程の山なのだ。
「その叔父さんですら、したことのない冒険だよ。」
アーバンは大きな声を上げて笑った。
冒険だって。僕が?
僕はきょとんとして、彼の顔を見上げた。
「ひょっとして、僕の話信用してくれるの?」
「もちろんさ。」
アーバンは真っ直ぐに僕を見た。
君が僕に嘘をつくなんて思えない。ありえないよ。
それにね、父さんがいつも言っている。
友達って、ふたつの体に宿るひとつの魂なんだって。
「それ、どういう意味?」
リュックをがさごそとし始めた彼の背中に尋ねると、
「だから、君が言うことは僕が言っているのも同然。自分が言うこと、自分が経験したことを信じないわけないだろう。それとおんなじだよ。」
僕がアーバンで、アーバンが僕?
ま、そんなとこ。
お弁当食べようよ。食べながらその話、もっと聞かせてよ。




