21話 市場での諍い
「でもさ、それってクロムも危険なんじゃないの。」
僕は頷いた。
「ま、いいじゃないか。山に入れば危険はつきものだよ。どこで、天敵に出くわすかなんてわかんない。時の運だよ。おおかみ以外にも禿鷹だっているし、足を滑らせて滑落する危険だってあるし。」
アーバンは笑って、そんなこと気にするなよ、実を求めてきたのはお互い様だよ。と僕の肩を叩いた。
だけど、僕の気は晴れない。アーバンは大切な友達なのに、その大切な友達を危険な目にあわせて平気な僕。何てやつなんだろう。自分が嫌になる。
僕の表情をアーバンはじっと見つめて、ふふん、まだ何かあるんだね、と独り言のようにつぶやいて、
「そのおおかみのことだけどさ。」
心臓が音を立てた。彼は知っているらしかった。
それは、僕が先日市場でちょっとした諍いを起こしたことだ。
あの後、市場に出かけた時に、例のおおかみの噂をあちこちで聞いた。
乱暴物で、荒くれで、諍いが多く、いい加減この市場を去って欲しい。
出入り禁止にするにはどうしたらいいんだろう。
誰かが言ってくれないか。
そんな話だ。
僕はそれを行く先々で黙って聞いていたが、あの僕を助けてくれたおおかみが、そんなふうに悪く言われているのが面白くなかった。それでつい口走ってしまったんだ。
「ここでは、みんな仲間だ。そのおおかみにだって言い分があるのかもしれないし、一方的に非難して、市場から追い出すなんてどうだろうか。」
僕は言ってしまってから、しまったと思った。
と、同時に、先にたって周りに意見をしたり、自分の思っていることを発言したりすることがひどく苦手な僕が、そんなことを言うなんて、自分で自分の行動にびっくりして戸惑ってしまった。
僕は言ってしまってからおろおろし、足で近くにあったバケツを引っ掛け、入った林檎をぶちまけてしまった。
その場にいたアライグマや、猪や猿たちがその騒動に驚き、僕を非難した。
「山羊のくせに天敵のおおかみをかばうなんて、おかしいじゃないか。市場では仲間といっても、場を乱したり、みんなに迷惑をかけるやつなんて、とんでもないよ。そういうやつらはここには来られない。道理だよ。」
「そうだよ。クロム。君おかしいよ。」
その場にいた者が口々に僕を非難した。僕は困惑してしまい、どう言葉を返していいのかもわからず、その場に立ち尽くした。
見るに見かねて、コーラルおばさんがその場に割って入った。
「クロムは優しい子だからね。みんなに公平なんだよ。なるべくならみんなで仲良くしたいからだよね。」
おばさんは僕の顔を見て頷いた。
僕はおばさんに頭を下げると、逃げるようにしてその場から走り去った。
あれが、一週間ほど前のことだ。




