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2話 食べられる!

 僕は冷や汗が滝のように背中に噴出すのを感じながら、恐る恐る頭の上方の声の主を確認した。

 恐ろしく尖った目。細長い顔に灰色の毛がびっしり生えてる。僕の顔ほどもある大きな耳がついていて、手も足も毛むくじゃらでびっくりするほど大きい。それにあの尻尾。大きな庭箒を5本か6本合わせて束ねたような、大きくて太いふさふさした尻尾を、やつは悠然と右に左に動かしていた。

 (逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。)

 頭の中では、早く逃げろと指令が出ているのに、僕の足は一歩も動かない。脳と体が切り離されてしまったように、自分で自分の体の動きをコントロールすることが出来ない。

 おおかみは尻尾を悠然と振りながら、一歩、一歩確実に僕に近づいてくる。僕の視界にどんどん灰色の恐ろしいその姿が大きく映し出されていく。

 なのに、どうすることも出来ない。冷や汗の冷たさだけがいやにはっきりと感じることが出来る。それだけだ。

 にじり寄って来たおおかみが、僕のほんの鼻の先で歩を止めた。そして僕の顔をじっと見つめ、にやりとその大きな口を横に動かした。


「お願い。食べないで!」

 咄嗟に叫んだ。半分引きつったような、枯れたような悲鳴は自分のものではないように感じた。その声に反応するように、おおかみが目にも留まらぬ速さで飛び掛り、僕の首根っこを押さえた。

 万事休す。

 ああ、食べられる。

 ごつごつした大きな石の固い感触が胸の辺りにあった。それだけがはっきりと意識の中にあったけど、この後おおかみの腹の中に入ってしまえば、痛いとか、ごつごつしてるとかそんな石の感触すら消えてなくなる。そう、僕の体はこの数分後に消えてなくなってしまうんだ。

 いやに冷静に心が決まった。ばかみたいだけど。

 それでも、僕は無意識に呪文のように唱えていた。

「お願い、食べないで。食べないで。」


 首の辺りに、おおかみのふさふさした毛の感触を感じた。熱い体温を持ったその肉球の嫌な感触も。

すると、おおかみがふと僕の首根っこからその手を離した。すっと楽になった首の辺りを、するりと風が撫でていくのがわかった。

 だけどまだ、心臓はものすごい勢いで鼓動を鳴らし続け、手も足もしびれたように感覚がなくなって、冷や汗が背中から腋から勢いよく噴出した。

 僕はじっとそのままその場所から動かず、おおかみの様子を伺っていたのだが、おおかみが動く気配はなかった。おおかみの真意がわからず、僕はそのままその場に死んだように横たわっていた。

 背中の上を風が吹き抜け、沈黙が続いた。


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