アリスと猫
気付くと、また野原に立っていた。
「あれ、またこの夢・・・」
空はオレンジに染まり、黄色い雲はふわふわと風に流されている。
下を見るとやはり細く長い道が延びていた。
亜李咲はいつの間にか、どこかの童話で見たような赤いワンピースを着ていた。
しばらく歩いていたが、前の夢に出てきた男の子はいない。
そういえばあの人、よくよく思い出してみるとかっこよかった気がする。
歳は亜李咲と同じくらいか。
多分身長は180cmくらいだ。アリスは160cmなので見上げる形になっていたのを覚えてる。
その時は不思議に思わなかったが、男の子は、足まで隠れる丈の長い茶色いフードを着ていた。しかもフードに猫耳のような物が付いていた。
顔はかろうじて見えていたが、あれは・・・。
「人形みたいな顔だったような・・・」
「誰がだい?」
いきなり後ろから声が聞こえた。
びっくりして振り向くと、どこからわいたのか、夢で会った男の子が立っていた。
びっくりしすぎて声もでない。
「どうしたんだい?アリス。どこか痛いのかい?」
男の子は真顔で口を開く。
「い、痛くないよ!どこも痛くない!」
男の子の素っ頓狂な言葉に慌てて答えた亜李咲ははたと気付いた。
「・・・アリス?」
「さぁ、アリス。白兎を追い掛けよう。早くしないと逃げられてしまうよ」
猫耳フードを被ったままの頭を少し傾け、また無表情に言う。
「ちょっ、ちょっと待って!アリスって誰?」
男の子は確かに自分の事を『アリス』と言った。
亜李咲の発言に、男の子は、わからない、ともっと首を傾げる。
「何を言ってるんだい?アリスは君だよ」
「違うよ!私はあ・り・さ!ちょっと似てるけど、あなたの言うアリスじゃないわ」
「・・・」
男の子は少しの間思案するように亜李咲を見つめていたが、不意にコクッと頷き、言った。
「君はアリスだ。僕らが間違えるはずがない」
亜李咲はガクッと、足の力が抜けるような感覚を覚えた。
なんかこの人、疲れる。夢なのに。
「・・・そうだ。名前」
ふと思い出した。
自分はまだこの人の名前を聞いていない。
「あなた、名前なんていうの?」
「・・・名前?僕に名前はないよ」
「・・・そうなの?」
さらっと答えられたそれは、衝撃事実。
だが不思議と、名前がないということに疑問が沸かなかった。
・・・夢、だからかな・・・?
「僕に名前はない。だからアリスが好きにお呼び」
「・・・」
好きに、と言われても・・・。
男の子を改めてまじまじと見てみる。
肌は透き通るように白く、髪は金髪のような茶髪。目は綺麗なスカイブルーときた。
瞳を覗き込み、ふと気付いた。
あれ、繋ぎ合わせたような線がある。
これじゃまるで、人形ではなく、ロボット・・・。
アンドロイドっていうんだっけ?
「どうしたんだい?アリス」
男の子は己を見たまま黙りこくっているアリスを不思議に思ったのか、首を傾けた。
「あ、なんでもない」
そっか、アリス。これ夢なのよね?なら楽しむべきだわ。
アリスは一人納得すると、昔絵本で読んだ不思議の国のアリスを思い返してみた。
アリスは白兎を追い掛けて穴に落ち、不思議の国を旅する。
そこでいろいろ口を出してくるのが・・・。
「チェシャー猫」
「ちぇしゃぁねこ?」
初めて聞いたと言うように男の子が繰り返す。
「そう、チェシャー猫。不思議の国のアリスの登場人物の一人なのよ」
「ふしぎのくに?」
例の如く、また男の子は繰り返す。
アリスはにっこり笑って言った。
「あなたの名前はチェシャーで良いわね?」
「うん。良いよ」
本物のチェシャー猫は四六時中ニヤニヤ笑っているキャラだったはずだが、まぁ猫耳付いてるし所詮夢の世界だしと、男の子に名前を付けた。