月夜のうさぎ
あらすじが合ってない気もしますが…
どうぞ読んでみてください
今日で最後の仕事を終え、行きつけのbarへ寄り道をした。
私がいつもの端の席へ座ると
「お疲れ様でした。こちらは私からのお気持ちです」
マスターはそう言って一杯のカクテルを出してくれた。
「ありがとう。いただきます」
私は一口飲んで「はぁ…」とつい溜め息をもらしてしまった。
それが聞こえたのか、隣に座っていた女性が
「溜め息をした分だけ幸せが逃げてしまいますよ」
と、微笑んできた。
「あっ!ごめんなさい。いきなり話しかけてしまって。驚かせてしまいましたね」
女性は私があまりにも怪訝な表情をしていたからか謝ってきた。
「あ、いえ…溜め息、聞かれちゃいましたね」
苦笑いをする私に彼女は
「何か嫌なことでもあったんですか?」
と訊ねる。
「まぁ嫌な事と言うか、残念な事がありまして…」
「そうですか。気休めにしかならないでしょうが、あなたには明日があるんですから笑顔を忘れないで」
彼女は笑顔でそう言って、『乾杯』と口パクをしグラスを上げた。つられて私もグラスを上げた。
彼女はそのグラスを空け、席を立った。
「あの…」
声を掛けようとした私にマスターが手を差し出し首を振る。
彼女はそのまま出口へ行ってしまった。
去って行く彼女の背中を見たままマスターに問いかけた。
「あの女性は?」
「―分かりません」
「そう……」
私はそれ以上聞かなかった。
暫く沈黙が続いた中、氷を割りながらマスターが口を開いた。
「…彼女は一ヶ月ほど前に一人で来店したのですが、いつもこの席に座って店内を微笑みながら眺めていたんです」
「微笑みながら?」
「はい。そして十分ほど経ってから一杯の水割りを頼み、また店内を眺めるんです」
「へぇ」
「一時間掛けて水割りを飲んで『今日も大丈夫』と呟き笑顔のまま帰るんです」
「『今日も大丈夫』、か」
マスターはそれだけを伝えて洗い物を始めた。
「ごちそうさま」
お代をカウンターに置いて席を立った。
帰り道、さっき彼女が私に言った言葉を思い出した。
『あなたには明日がある』
もしかしたら彼女には時間がない何かがあるのかもしれない。
そう思ったらもう一度彼女に会いたくなった。
―翌日、朝早くに目が覚めたが、今日から私は無職だ。
十年勤めていたお店が無くなったから。
小さな喫茶店で、可愛らしいおばあちゃんが一人で切り盛りしていたお店。
高校を卒業後、あてもなく上京し、この街に来て住む場所を探していた時に出会ったおばあちゃん。
住み込みで働かないかと声を掛けられ、その行為に甘えた私。
おばあちゃんはいつも優しく私を見守っていてくれた。
好きな人ができた時も、告白する勇気を分けてくれた。
父親が倒れた連絡が来た時も、不安がる私の気持ちを拭い去ってくれた。
どんな時も優しく支えてくれた。
そのおばあちゃんが先月亡くなった。
喫茶店は私が後を継ぎたかったが、おばあちゃんの遺言で取り壊すこととなった。
それが昨日の事。
私の第二の実家がなくなってしまった。
おばあちゃんが亡くなり、この一ヶ月、手続きや片付けに追われていた為か、今になって悲しみが込み上げてくる。
自然と涙が流れる。
拭っても拭っても溢れ出てくる涙。
いつしか泣き疲れて眠ってしまった。
次に目が覚めた時にはすでに夜だった。
起きてからも感傷に耽っていたら、昨日の彼女の事を思い出した。
barへ行ってみる事にした。
barに着いたらちょうど彼女が出てきた。
「こんばんわ」
彼女に声を掛けた。
「こんばんわ。今日は少し元気そうですね」
「昨日の私ってそんなに落ちてました?」
「それはもう!この世の終わりみたいな感じでしたよ」
舌をペロッと出して微笑んだ。
私は昨日のお礼を言おうと思い、立ち話も悪いから近くのカフェに誘った。
「昨日はありがとうございました。あなたの言葉のお陰で、少しは前を向いていく元気が出ました」
「それは良かったです。何があったかは聞きませんが、落ち込んでいると周りもそれを感じて嫌な気持ちになったり、あなたと距離を置いたりしちゃうから、外に出た時だけは笑顔でいることを忘れないで」
「はい。あなたと話しているとすごくやる気が出てくるわ!これからもたまに会えないかしら?」
「…それは出来ないわ」
彼女から今までの笑顔が消えた。
「あなたと会えるのはこれが最後になるから」
「え?どこかへ行っちゃうんですか?」
「そう。遠い所へ…」
彼女は微笑みながら遠い目をした。
「さて、そろそろ行かなくちゃ。最後にあなたとこうして会って話ができて楽しかったわ」
「私もです。出来たら連絡先だけでも…」
彼女は静かに首を横に振る。
「あなたとはこれで最後。悲しい思いはしたくないから。じゃあね」
彼女は笑顔のまま、手を振ってお店を出て行った。
彼女と別れてから二ヶ月。
あれから私は彼女にまた会えないかと思い、行きつけのbarで働くことにした。
しかし、彼女は来ることがなかった。
ある日、barの電話が鳴った。
「もしもし、向井と申しますが…」
―電話の相手はあの女性の母親からだった。
「いつも娘がお世話になりました。実は…」
電話を受けたマスターの顔が曇っていくのがわかった。
「それでは失礼いたします」
20分程経って電話は終わった。
険しい表情のまま私の横へきた。
「どうかしたんですか?」
「それが…」
マスターが重い口調で、今あった電話のやり取りを話始めた。
「そんな!」
あの時の彼女が先日亡くなったそうだ。
彼女は亡くなる前日に、入院する前に来ていたこの店の事を話してて、私の事を最後にできた友達と言っていたそうだ。
そして私宛に手紙を書いていたから渡す為に母親が住所を聞いてきたと言う。
最後に残した『悲しい思いはしたくないから』と言う言葉の意味がわかり、私は込み上げる涙を止めることはできなかった。
後日、お店に私宛の手紙が届いた。
手紙には
『お久しぶりです。その後、しっかり前を向いて歩いていますか?
最後にあなたに出会ったのは、私の残りの時間を精一杯生きる為の気力となりました。
私と出会ってくれてありがとう。
辛い事があっても笑顔の耐えたい女性になってね』
短めの手紙には私への感謝と励ましの気持ちが詰まっていた。
彼女のように、どんなに辛いことがあっても、笑顔でいることを忘れないと誓った。
この手紙は一生の宝物だ。
思い付きで物語にしてみたので小説として成り立ってるんだか…