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第二十章 ~追放劇(1)~(改)

 フォルストロームの王都が魔物に襲撃されてから二週間が経過していた。朝、キャノエのシルフィールギルド支部には早くから二人の軍人の姿があった。

 受付員は、物々しい雰囲気を纏う獣族の男たちに戸惑いつつも応対したが、話を聞いている内に己の手に余る案件だと判断し、早々に支部長に取り次いだ。


 やってきた軍人たちを応接間に招き入れるとキャノエの支部長エヴラール・タレイレンは背中まである銀髪を撫でつけながら、三人掛けの椅子に座るよう奨めた。二人が座ったのを見計らうようにして、四角いテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰掛けた。


「朝っぱらから済まないな。こちらも手間を取らせたくはないんだが事情が事情でな」

 右側にいる背の低い軍人が言った。

「取り次いだ支部員からおおよその話は聞いている。が、二、三腑に落ちぬ点があるな。それを確認してからでないと判断は下せない」

「わかっている。こっちもアンタの判断を仰ぐことになるのはわかっていたんだ。ところで、それがあるってことは吸ってもいいのかな?」

 テーブルの隅に置かれた銀の灰皿を指し示した軍人に、エヴラールは表情を変えずにうなずいた。


「――というわけで、結果的に村人は手を出されずに済んだらしい。が、中には殺されかけたと訴えている者もいるようだ」

 一旦話が途切れると、軍人は火の付いた煙草を指で挟んだままエヴラールを見た。エヴラールは束の間視線を合わせて聴いているという合図だけ送り、目を伏せた。少しの間に、テーブルに置かれている灰皿はひしゃげた吸い殻で一杯になっていた。室内の空気が灰色に淀み、独特の臭いが充満している。


 軍人たちの話を取り纏めるとこのような内容だった。つい三日ほど前、フォルストロームとセーニアの国境に程近い、セーニア領の小村が野盗の一団に襲われるという事件があった。その野盗たちが相当長い期間に亘って近隣の村々を荒らし回っていたこともあり、セーニア南部にあるいくつかの町では遺族たちが報奨金を集めて討伐を国に要請し、公的な共通クエストとして貼り出されていた。その共通クエストを受諾したという者の名前を軍人たちから聞かされ、無表情だったエヴラールの片眉が微かに動いた。

 深夜、村に押し入った野盗たちは見境なしに建物に火を放ち、逃げ遅れた村人たちを容赦なく殺害した。程度の差はあれど、それくらいならこのご時世、どこの国にでも転がっている話だ。

 ところが、事後処理に訪れたセーニア騎士団の話によると、驚いたことに死体の大半は村人のものではなく、野盗のものだった。そして生き残った村人たちは口々に、野盗たちがたった一人の黒ずくめの男によって始末されたと証言した。その後の調査で、男の特徴が別の町で共通クエストを受けていた男と一致したという。

 宗教国家を自認するセーニアは、戦意を喪失した者に対しては法による裁きを重んじるところがある。しかしその男は命乞いをした者たちをも次々と殺して回ったらしい。騎士団の見回りの間隙を縫っての犯行でもあったため、彼らとしてはせめて見せしめとなる者だけでも捕えたかったはずなのだが、皆殺しにされてはそれも叶わず、二重に面子を潰された格好だ。


 そこまで聞いて、エヴラールは彼らが提言しようとしていることをほぼ予想出来ていたのだが、敢えて自分からは何も言わず、思慮深い顔を作るだけに留めた。軍人たちはそれを見てどう勘違いしたのか、少し卑屈っぽい笑みを浮かべた。

「そんな顔しないでくれよ。軍人の中には傭兵なんて、って卑下するやつもいるが、俺ぁあんたらとはこれから先も仲良くやっていきたいと思ってる。たとえ獣姫様がシルフィールに入っていなくたってそうだ。一介の戦士として尊敬できるやつはシルフィールに何人もいるし、アンタもその一人だ。だが、わかるだろう? このままじゃどうにも収まりが付かない。ただでさえ、獣姫様が泥まみれにされたって噂は国中に広まっていることだしな」


 支部を預かる立場である以上、町の噂などは嫌でも耳に入ってくる。キャノエの支部を預かるエヴラールもその話は聞き及んでいたし、軍人も大雑把にしか話さなかったことから既に知っていると予想していたのだろう。

「しかし、当のアミナ姫からは何の苦情もきていないが?」

「それは、あれだ。彼女はシルフィールの準ランカーという立場でもあるし、一応はギルドの評判が落ちないよう気を遣っているんだろうさ」

 そう言いつつ、軍人は口にした言葉が自分でもやや説得力に欠けると思ったのだろう。おさまりが悪そうに吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。アミナ・フォルストロームは若いながらも礼節を弁えており、どちらかと言えばはっきり物を言うタイプだと周囲からも認知されているはずだ。実際にそのようなことをしようものなら倍返しに遭う可能性の方がずっと高いし、目の前にいる二人とてその気質は重々承知していると思われた。

 だが、支部を預かる責任者としては、取るに足らない話であろうと付き合わねばならぬこともある。エヴラールは如何にも聞いているという風に、話の合間合間で「ほぅ」とか「ふむ」などという相槌を繰り返した。


「良く考えてみてくれ。いくら相手が野盗だからと言っても、命乞いをした者ですら皆殺しにするようなやつだぞ。それほどの危険人物だったら泥を引っ掛けるくらい平気でやりかねないじゃないか」

 熱弁する軍人を前にして、心持ちは一層冷えていった。エヴラール本人としては、殺された野盗たちに一切同情の念は湧かなかった。罪なき者を殺めし罪が命乞い如きで帳消しにされては被害者も浮かばれまい。結局の所、目の前の二人はいちゃもんを付ける口実が欲しいだけなのだ。


「……証拠はあるのか?」

 ずっと黙っていた左側の軍人が、その言葉を待っていましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。

「凶器が残されていた。黒い大鎌だそうだが村の路傍に放置されていたらしい。血糊がこびり付いていることからも、実際使われていた物であることは間違いなさそうだ」

 それを聞いて、しかしエヴラールはますます解せないという面持ちになった。敵味方が入り乱れた乱戦や撤退戦などであったなら、武器を失うこともあるかも知れない。もしくは、使われたのが手槍や手斧などの投擲に適する武器なら納得もいく。

 けれども、敵を皆殺しにした後で回収する余裕があるのにも拘わらず、自分の得物を置いていくとは到底思えなかった。武器だって無料(ただ)というわけではないのだ。


「……何だ? まさか俺たちが嘘をついているって言うんじゃないだろうな」

 エヴラールの訝るような顔を見て、軍人たちがいきり立った。

 村人という目撃者が多数いる以上、そういった殺戮劇があったことは事実なのだろう。だが、果たしてそれは本当に本人だったのか。そのような意図の言葉をエヴラールが淡々と口にすると、右側の軍人はヤニ臭い溜息を一つ吐き出し、声を荒げて反論した。


「何を言ってやがる。どこの世界に他人の名を騙ってそんな大仕事をする馬鹿がいるんだ。まさかあんた、同じギルドの傭兵だからって庇い立てするつもりじゃあないだろうな」

「そんなつもりは毛筋ほどもない」

 エヴラールのきっぱりとした口調に、軍人たちが気圧された。左側の軍人がいち早く気を取り直し、姿勢を改めて尚も続けた。

「もし仮に、あんたの言うように野盗を皆殺しにした奴がエルクンドって傭兵の名を騙った偽者だとしても、だ。エルクンドという傭兵がそれだけの恨みを買うような人物であることには変わりないな」

「まぁ、その理論は否定しないが。それで、どうしろと?」

「納得できるような処断を求めたい。火のない所に煙は立たないって言うからな。先に言っておくが、そちらが動かないっていうならこちらにも考えがある」

 エヴラールは微かに眉をしかめた。

「脅しのつもりか? 法的な罪を犯したわけでもないのに処断だと?」

 軍人の要望は言い掛かりといって差し支えないものだった。そもそも傭兵自体が倫理と一つ境界を隔てたところにある職業だ。討伐依頼を果たしただけで処断するわけにいかないことくらいは軍人たちにだってわかっているはずだった。その上で、疑わしきは罰せよ、と言っている。これは明らかに相手が踏み込み過ぎだ。

 エヴラールの眼光に射竦められ、左側の軍人が沈黙した。そうかと思うと今度は右側の軍人が喋り出した。

「いいか、度重なる魔物の襲撃で民たちはいつまた襲われるんじゃないかって不安がっているんだ。しかも先日王都を襲った連中の何人かは、揃いも揃ってやつと同じような黒ずくめの格好だったって話じゃないか。やつが連中と仲間じゃないって保証はどこにもない」


 そうは言うものの、黒衣を好む者が魔法使いに類する者に根強くいるのは事実だ。同じ服装をしているというだけでは根拠が薄過ぎる。確かに弱過ぎる根拠と言えども積み重なることによって真実味を帯びてくることはある。が、シュイはキャノエで襲撃者の一味と思しき者たちと戦っているのだ。


 ――これ以上は不毛だな。

 エヴラールは思案を巡らした後にゆっくりと立ち上がり、予め用意しておいた台詞の一つを重々しく口にした。

「この国の民のことを思えば仕方あるまい。一応調査はさせてもらう」


 譲歩の言葉を引き出した軍人たちが意気揚々と退室すると、エヴラールは足早に部屋の窓に向かい、ガラス戸を掴んで回転させた。縦に仕切られた窓から直ぐに新鮮な空気が流入してきたが、数秒後には淀んだ空気が逆流してきた。そこで一息付くと、再び座っていた元の椅子へ腰掛け、灰皿の方へ手をかざした。ぼっという音と共に、山盛りになっていた吸い殻が煙を出す間もなく消し炭となった。

 段々と煙が薄まってきた室内で、エヴラールは腕を組みながら肘の辺りを指でとんとんと叩いていた。

 先ほどの軍人たちの態度は多分に虫が好かないものだった。愛国心に溢れる、といえば聞こえはいいが、頭が固くてどうにも柔軟性に乏しい。こんな些細なことでいちいち騒がれてはアミナとてありがた迷惑なだけだということがわからないのだろうか。自然と鼻息が荒くなった。


 会ったのは一度きりだったが、エヴラールはシュイのことをよく覚えていた。ギルド支部内でシュイがエグセイユと一悶着起こしている所に遭遇したときには不快感が先に立った。シュイに対する評価があのまま変わっていなかったら、庇うことすら考えずに軍人の要求に従っていた可能性もあっただろう。

 しかしながら、先の大毒蜂の騒動ではアミナに次ぐと言っても良い功労者であるし、彼の仕事振りに対し、依頼人の満足度が高いのも事実だ。その一人、ケイ・モーガンからはご丁寧に礼状まで送られてきている。単に仕事をこなしたというだけでは、この手の物が届くことはまずない。

 その堅実な仕事振りから、エヴラールはシュイに対する評価を改めていた。着々と成果を上げている者をそう易々と切り捨てる気にはなれなかったのだ。


 その上で、エヴラールは打開策を黙考する。現実問題として、アミナがシルフィールに所属する傭兵に泥を掛けられたという噂が広まってから支部に舞い込む依頼の数が一割弱減ってきている。今後更に依頼の受付数が減少していくとなれば無視することはできない。受けれる依頼が減ってしまえば、傭兵たちがシュイに不振を抱くことも避けられないだろう。

 ともあれ、本人の所在と意志の確認が肝要か。そう思い立ったエヴラールはローブのサイドポケットから黄色い魔石を二つ取り出し、それぞれに念を込めると宙へと解き放った。

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