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第十五章 ~(2)(改)~

 二つの人影が幾つもの水溜りを踏み越え、次々と波紋を連ねていく。側溝を勢いよく下る雨水にも負けぬ軽快さで、シュイとランベルトは流される落ち葉と並行しながら並木道を駆け抜ける。


 町の景観が後ろへと、高速で流れていた。街路樹、垣根、あるいは門前に置かれている植木鉢が。

 先に行くランベルトの背を見失わぬよう目を凝らす。視界は白い霧が立ち込めており、景色が霞んで見える。雨は走る速度が速いせいで横殴りに近かったが、それでも視界を遮られることはなかった。普段はわずらわしいフードも雨天では非常に有用だ。

 時折ちらほらと人影が見えたが、そのほとんどが軍人か傭兵の格好をしていた。小勢ながらも果敢に任務を果たそうと町の各所で動いているようだ。


 轟音が迸った。ランベルトが視線を上に向け、飛竜が飛んでいる位置を確認。進行方向を微調整していく。たまにシュイの方を振り返っては、距離が開いていないことを確認している。走る速度も徐々に上がっている。気を遣っていたのか、ちゃんとついてこれるように速度を抑えていたようだ。


「先に聞いておくが、ぬしは実際に飛竜と戦った経験があるか?」


 雨音に混じって聞こえてきた問いに、シュイは小さく首を振った。


「ないのか、知識としては知っているのだろうな? 動きの傾向とか弱点とか」

「ああ、昨日頑張って読んだからある程度は」

「そ、そうか。何というかタイムリーだな」


 言葉からは若干の不安が読み取れたが、それ以上何かを言ってくることはなかった。アルマンドが下手な補佐を推薦することはないだろうといった信頼の表れだろう。

 世間一般に<飛竜ワイバーン>と呼ばれている魔物は、<ドラゴン>とは別個の種として考えられている。竜は四足を持つが飛竜は二足。前足が翼に進化したという点では、竜よりも鳥類に近い種だ。長距離飛行が出来るように骨格もいく分軽くなっている。

 ただ、それはあくまで竜と対比したらの話だ。いくら骨が軽いと言っても体の質量は大きい。少なくとも、衣服を全段に目一杯詰め込んだタンスの数倍は重いはずだ。まともに圧しかかられたらぺしゃんこになるだろう点は変わりない。

 飛竜は、知能や身体能力においては竜に劣る。ブレスの威力に関しても、魔力の潜在量、肺活量で圧倒的に劣るので比べるべくもない。だが、その飛行能力、特に旋回能力においては小回りが利き、竜をも凌駕する。それでいて鋭い鉤爪と牙の他に、鋼鉄並みに硬い皮膚に覆われた尻尾をも併せ持っている。評価が低く見られがちであるが、恐るべき魔物には違いない。

 一方の竜族は翼を持っている者が大半で、わざわざ飛竜と呼ばれることはない。そもそも人間が使役できるような存在ではないのだ。ありとあらゆる生物を上回る力と、頭を頼りに生きてきた人を遥かに凌駕する知性を持つ。仮に神という絶対的存在がいるとしたら、竜はそれに一番近い所にいる種族だ。

 シュイは昨日流し読みした<魔物解体新書>の記憶を頭の中でなぞっていた。


 広い背が細い路地に入ったのを見て、すかさずシュイも後に続く。段々と燃えている家屋が大きくなってきた。戦場が近いことを確認し、ランベルトが肩越しに視線を送ってくる。


「魔法の心得はあるのだな?」


 シュイが小さくうなずいた。飛んでいる敵が相手とあって、基本的に魔法が主体の戦いとなることを見越しての質問だ。


「一応は。攻撃魔法よりは付与や干渉の方が得意だけど」

「それはまた珍しいな。ふむ、アルマンドが敢えてぬしを奨めたのはそういうことだったか」


 感心したような響きに、シュイは首を傾げた。


「どういうことだ?」

「なに、私の武器は付与と実に相性がいいのでね」


 ランベルトは腰に手をやり、何かを解き始めた。金属の(こす)れ合う音が聞こえ、もしかしたらと想像する。

 予想通り、それは細い金属の鎖を繋ぎ合せて作られた鞭だった。ベルトのように腰に巻き付けていたのだろう。先端の方には殺傷力と遠心力を高めるための分銅が付けられている。


「チェーンクロス、だね。なるほど、確かに相性いいかも」

「ぬしの背負っている得物よりは、マシだろうな」


 ランベルトが濡れた髪を左右に選り分けながら、どこか可笑しそうに言った。気に入り始めている武器を(けな)された気がして少し腹が立ったが、あまり使いこなせていない事実は否定できなかった。今までの戦いを省みても、肝心なところでは手放しているのだ。


「ところで、かける付与魔法は何にする?」

「風か水、どちらでもいい」


 雷という注文がなかったので、シュイは一瞬おやっと思った。だが、その理由はすぐに思い当った。雨天で施される雷付与は物質の電位を低くする性質がある。効果は高くなるのだが時として本物の雷を誘導してしまうことがあるのだ。

 落雷とは本来地面から天に向かって放電する現象を指す。雷雲があるときに雷を付与すると発生した電磁波が自然由来の雷を引き寄せる。その際に生じた電流が術者の制御を上回った場合、余った分の雷は使用者に跳ねかえってしまう。準ランカーであり、実績の確かなアルマンドの推薦に従ったものの、組むのが初めてなこともあり、少々慎重になっているといったところだろう。

 シュイは湧いて出た微かな不満を吹き消し、祈歌の詠唱に入った。



――――――



 火災が発生した家の周囲は騒然としていた。飛竜が現れたのが住宅街であったことが災いし、周囲の建物から一斉に人が出てきてしまったために街道がごった返し、収拾が付かなくなっていた。


『おい、押すな……ってぇ! 今俺の足踏んだ奴どこいった! だ・か・ら、押すなって! あっ、お前か? それとも手前かぁ!?』

『お祖母ちゃん、こっちよ! ……って、あなたは違うわ、お隣のお祖母ちゃんでしょ。皆さんはどこいったの?』

『全く、軍は何をやっているのだね! 町に容易く侵入を許すとは責任問題だぞ、これは!』

『皆さん落ち着いて! 焦らないで! 二列になって公民館の方へ!』


 人々が雨でびしょ濡れになりながらも、火と飛竜の両方から逃れようと右往左往している。その結果揉みくちゃになり、押し合い、倒れては諍いを起こしている。

 町に残っていた軍人が声を張り上げて避難誘導を試みているものの、贔屓目に見てもあまり上手くは行っていない。注意を促す声が喧騒に混じり、雨の音に溶ける。飛竜の影が地面を横切る度に、しゃっくりのような悲鳴が零れていた。


 避難民の列の最後方では獣族と人族の軍人二人が二体の飛竜を迎撃すべく弓を手に戦っていた。だが、悪天候下に置いて遠距離武器を当てるのは非常に困難だ。対空となれば尚のことだ。上を向けば否応なしに雨水が目に入るし、高度が上昇するほどに遮蔽物が減って強い風に煽られてしまう。結果、イメージした軌道を大幅に()れてしまう。

 軍人たちも狙いを定めることすらままならないことは承知の上だった。あくまで攻撃の動作を飛竜に見せる事が狙いであり、飛竜の目が逃げている民間人に向けられぬようにするための牽制(けんせい)だった。ブレスや体当たりによる攻撃を自ら囮になって誘導していた。

 とはいえ、内心が穏やかなわけではない。滝のような雨によって建物に付いた火が拡散することは免れていた。だが、避難民の列にブレスが放たれたら守る術がない。恐怖による混乱も相俟って大惨事になるのは避けられないだろう。


 必死に時間を稼いでいる軍人たちを嘲笑うかのように、列の中ほどから叫び声が上がった。誘導していた軍人と牽制していた軍人がほぼ同時に振り返り、上空を睨んだ。


「なっ、三体目だと!?」


 驚愕の声が発された。先ほどまで相手にしていた飛竜とはまた別の飛竜が、建物の屋根の上から姿を現した。軍人たちが慌てふためいた直後、上空から細長くなった列の真ん中辺りに向けて<炎の吐息(ファイア・ブレス)>が放たれた。

 誘導している軍人も、牽制している軍人も手の出しようがなかった不可避の一撃。数名の女子供から悲鳴が(ほとばし)った。大人たちが子供を庇うかのように覆い被さり、強く目を瞑った。


 突如、何かがあさっての方向から勢いよく飛んできた。巨大な球体のようなものが(たわ)みながら、軍人たちの視界を横切り、上から覆い被さってくる炎に命中する。炎が地面に届くまであと数メートルという瀬戸際だった。

 ランベルトの放った水系魔法、<凍てつく泡沫(フリーズ・ブロウ)>が破裂音を立てて拡散した。水膜の上部が蒸発して割れた途端、中に溜められていた冷気が空いた穴から一気に噴出し、上空からの炎を相殺していく。

 吐き出された炎が途切れたときには、白い湯気が辺りに濛々と立ち込めていた。失われた視界の中、泣きじゃくる声がまだ聞こえることに軍人たちが安堵の息を付いた。

 湯気が薄らいでいき、急ぎ被害状況を確認する。流石に全員無傷とはいかなかったようで、起き上がれずに(うずくま)っている民間人が何人かいた。が、全員息はあるようだった。続いて水泡が飛んできた方角を見やると、見覚えのある傭兵の男が、やはり傭兵と思しき黒衣の男を連れ立って走ってきた。


「タルッフィ殿か! 危ないところを助かった」


 その名を聞いた軍人たちからも歓声が上がった。シルフィールの支部を統括しているだけあってランベルトの知名度は高いようだ。


「キーア様の依頼により馳せ参じた。やつらは我々に任せて民間人の避難に専念してくれ」


 頼もしき援軍の登場に、軍人たちの顔が綻んだ。


「助太刀(かたじけな)いっ。よし、余裕のある大人たちは熱傷を負ってしまった者に肩を貸してやれ。北の公民館への避難誘導を開始するぞ」


 再び慌しく動き出した軍人と避難民を尻目に、ランベルトは手に持っている鎖をシュイの方に差し出した。シュイが紡いでいた祈歌を止め、ランベルトの武器に手をかざす。


「<風精の加護を以て(ウィンド・リロード)>」


 自身の魔力を<解放(リリース)し>、武器に付着させて<結合(ユニット)>。術者の手元から離れるため、持続時間は二分少々。そのことを走りながらのやり取りで伝えていた。それでも祈歌を紡いだ分、初級の付与魔法としては長い方だ。


 <風精の加護を以てウィンド・リロード>は熱や電撃で威力を後押しするタイプの火、雷系統とは違う。代わりに空気抵抗を弱める風の膜を周囲に張り巡らせる効果を持つため、防御魔法としても使える。風の影響を受けにくい斧や大剣などの重い武器には向かないが、弓矢や鞭などの軽い武器には打ってつけの付与魔法だ。嵐などの悪天候の状況下では特に力を発揮する。


「感謝する。では、行くぞ」


 おもむろにランベルトが膝を曲げ、傍らにあった家屋の二階の手すりに向かって驚異的なバネで跳躍。宙に身を躍らせた。しっかりと手すりを掴んだかと思うと、間をおかずに今度は後方へと跳躍し、屋根の上に姿を消した。大柄な体格にも関わらず、ピオラに勝るとも劣らぬ身軽さだった。


「凄いな。でも、そう簡単に言われても、ね」


 鎌を背負っている自分にはまず不可能な動きだった。シュイは猿のようなランベルトの身のこなしに舌を巻きつつも、飛び移れそうな高さの石垣を探し始めた。



 ランベルトが屋根から屋根へとジグザグに飛び移り、自分に背を向けたまま低空を飛んでいた深緑色の飛竜を追う。

 上空から、何者かが仲間の飛竜との距離を縮めつつあるのを見咎めたのだろう。ランベルトが追っているのとは別の飛竜が急降下してきた。足元の水溜りに映った巨影を見止め、ランベルトが宙に視線を移す。

 飛竜の尾が斜め上から薙ぐように振るわれた。咄嗟にランベルトが身を屈め、濡れた屋根に這い(つくば)る。大きな尾が頭上の空気を斜めに切り裂き、髪を靡かせた。


「うわっぷっ!」


 遅れて屋根にあった水溜りの水が尻尾の風圧で跳ね上がり、水の柱となってランベルトを襲った。全身にまともにひっ被ったがダメージには至らない。

 飛竜がランベルトの真横を通過。そのままの勢いで宙に戻ろうと上昇を始める。が、そのときには倒すべき目標を変更していたランベルトが、反撃に移行していた。

 屋根に付いていた両手を腕の力だけで押し出し、勢い良く身を起こす。次いで驚異的な脚力で後ろ向きに、上昇中の飛竜の背に向かうように跳躍。

 身を捻って飛竜の姿を目視。手に持つ鞭を肩から背にかけて垂らす様に置く。間合いをぎりぎりまで詰めたところで、渾身の力で振り下ろす。

 鎖が軋み、銀色の鞭が(しな)った。分銅の重量によって遠心力が加わり、更には鎖を覆う風の膜が強い横風を遮断。脳裏に描いた軌道を外すことなく、剣とは比較にならぬ大きな円弧を縦に描く。

 頬を平手で打ち据えるのを何倍にも大きくしたような音が生じた。傷と痣の中間のような、赤黒くも太い筋が飛竜の右片翼に刻まれた。翼膜を損傷した飛竜がバランスを崩して地面へと落ちていく。

 それを横目にしながら、ランベルトが飛んだ先、前方にあった建物の壁面に備え付けられている木の雨どいを鷲掴む。掴んだ雨どいに体重がかかり、みしみしと音を立てた。

 壁にへばりつくような格好で、肩越しに飛竜の落ちた位置を確認。そのまま壁に両足を付け、膝を曲げる。

 次いで墜落した飛竜の方へ向かうべく雨どいを手放し、膝を伸ばして壁を蹴り放った。壁に大きな足型が穿たれ、その周りに細かいヒビが入る。雨どいの一部が破損し、その中を流れていた水が穴から溢れ出す。

 巨大な猛禽類(もうきんるい)が地上の獲物に飛来するかのような威容。ランベルトの体が再び空へ戻ろうともがいていた飛竜の首に両足を揃えて着地する。爪先から膝の辺りまでが飛竜の分厚い首肉に埋もれ、遅れて鈍い音が二度鳴り響いた。前後の頚骨を砕かれた飛竜の体が、ぐったりと弛緩した。


 一方でも戦いが始まっていた。付与を掛けた後、ランベルトを追うべく石垣から屋根に飛び移っていたシュイは、数十メードほど先に滞空している飛竜を発見した。何かを狙っているのか下に向かって長々と炎を吐き続けており、こちらに気づいた様子はない。

 先手必勝とばかりに、無防備な飛竜の背に向けて<集束する雷(ライトニング・ボルト)>を放った。不意に後方から飛来した雷に飛竜は反応しきれず、わずかに振り向く素振りを見せたところでまともに命中。雷に体を硬直させ、崩れ落ちるように落下していく。建物の裏側に消えた飛竜を見送ったシュイは口元に笑みを浮かべた。

 飛竜の巨体が地面に真っ逆さまに落ちていく。が、落ちていく途中で瞑っていた目が大きく開かれた。翼を横に広げ直して風を受け、羽ばたいて落下速度を弱める。

 墜落を免れて着地した飛竜が、今度は元の高さまで一気に上昇、そこで手をかざしているシュイを捕捉する。

 不意打ちを仕掛けた憎き敵シュイに対し、飛竜が唸り声を上げた。ワニを思わせる口蓋を何度となく噛み合わせて威嚇する。

 流石に初級の攻撃魔法くらいで倒すというのは虫が良すぎたようだ。背負っていた鎌を手に持ち、持ち手が滑らぬように刃を巻いていた布を素早く柄に巻く。飛竜の噛み合わせている牙の隙間から、炎がちろちろと漏れているのが見える。

 ほどなく、<炎の吐息(ファイア・ブレス)>が勢いよく吐き出された。降りしきる雨をものともせず、放射状に広がった炎が視界を席巻する。

 横方向には避け切れないと判断し、後方へ駆け出す。鎌の柄を掴んだまま屋根の下へと身を躍らせる。その際、屋根の角に鎌刃が引っ掛かるよう上に向けた。屋根の(くぼ)みに引っ掛けた鎌に両手でぶら下がったのとほぼ同時に、炎が頭上を通過する。

 五秒ほどを経て、炎が途切れてもまだ屋根へ上がらない。遠距離は不利だと判断し、その場で魔力の感知網を広げていく。

 息を潜めて飛竜が近づいて来るのを待つ。飛翔音が段々と近づいて来ているのがわかる。魔力の感知網でおよその位置を確認。10メードほどの距離に縮まったところで壁を蹴り上げた。同時に鎌を窪みから外して回転し、屋根の上へと舞い戻る。

 突然下から飛び上がって来たシュイの姿に、低空で羽ばたいていた飛竜がたじろいだ。それを目にしたシュイが鎌から片手を放し、飛竜のいる方角と逆に向ける。


「<吹き荒ぶ風ウィンド・ショット>!」


 手の平から突風が生じ、雨の水が後方に噴霧となって拡散。反動でシュイの体が前傾し、前へと弾き出された。

 急加速した黒い影が屋根に出来ていた小さな湖を水鳥のように滑る。靴の爪先に水が割られ、白い水飛沫が四重に上がる。そのまま勢いを殺すことなく、通常走行に切り替えた。消えていた足音が水の跳ねる音と共に戻ってくる。

 両手で鎌を持ち直し、飛竜に飛びかかる。飛竜の尾が鞭のように撓るのが見えたが、このままいけると判断。尾が振り切られるよりも早く、飛竜の懐に飛び込む。軸に近ければ近いほど、回転の勢いを殺すのも容易い。迫る尻尾を肘で受けつつ、鎌刃を斜め下から振り上げる。

 確かな手応えが両手に伝わった。鋭く尖った鎌刃が飛竜の顎に深々と食い込んでいた。

 下顎を貫かれた飛竜がたまらずしゃくり上げるように、鎌を手に持つシュイごと振り落とそうとする。宙に振り上げられたシュイは、それでも鎌を手放さない。更なる追撃を掛けるべく<ライトニング・リロード>を詠唱。手元から鎌刃へ電撃が伝わり、飛竜の顎、脳幹にまで至る。

 飛竜が苦悶の叫び声を上げた。耳が潰れたかと錯覚するほどの音に思わず顔が歪む。顎を貫かれたことで口が半分閉じていなければもっと酷い音が出ただろうが、断末魔は数秒と続かなかった。流石に口蓋内からの電撃は効果覿面(こうかてきめん)だったようだ。飛竜は炎の代わりに泡を吹き始め、痙攣しながら屋根の上にどっと身を横たえた。

 深く食い込んだ鎌刃を外し、ホッとしたのも束の間、シュイは体に微かな揺らぎを感じた。足元の屋根を見て、横たわる飛竜を中心として亀裂が広がっていくのがわかった。


「――やばっ」


 危機的状況に気づき、慌てて隣の屋根に向かって二歩、三歩、段に乗って跳躍。着地するや否や、今まで足場にしていた側の屋根が下に撓んだ。

 飛竜の重みを支えきれなかった家屋が崩れゆく様子を目にしながら、今度こそ安堵の溜息を付いた。



 と、後方から飛竜の咆哮が(ほとばし)り、慌てて振り向いた。しかし、空には何の姿も見受けられない。訝りつつも下に視線をずらしていくと、屋根の上に人影を見止めた。霞んでいるがランベルトに違いなかった。どうやら先ほどの咆哮も断末魔だったようだ。

 シュイはわずかな間に二匹を(ほふ)ったランベルトの力量に、驚きを隠せずにいた。

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