表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/66

第十三章 ~(2)(改)~

 人一人通るのがやっとくらいの狭い林道が奥へと続いていた。日差しが高木の梢によって遮られ、正午前にも関わらず地面の大半が影に侵食されている。道の両側にある木の根が所々で張り出しており、土が盛り上がっている箇所も見受けられた。

 それらに足を取られぬよう注意しながら、シュイは慎重に歩を進めた。水はけが悪いためか足場が柔らかく、湿気が籠もり、腐葉土の臭いが漂っている。その臭いに微かに獣臭さが混じるのを感じ、シュイは息を(ひそ)めて慎重に行動――

「あばあババばバピー! ぎゅイーンギュイーン!」

 ――しても意味がないことを悟り、後ろを振り向いて声を荒げた。


「アンタさっきから、って違う! 昨日からだ! どういうつもりだ! やる気あんのか!」


 怒声で(まく)し立てるシュイに対し、ビアラスは目を大きく見開いた。シュイを見ようとしているのではなく、シュイの目の奥にある何かを探しているようだった。


「アーあ? 足りない! 足りなーイ!」


 ビアラスは筋肉質な尻を左右に素早く往復させた。尻文字で跳ねを、若しくはクイックを表現するような所作に(はらわた)が沸騰した。果たして目の前にいるのは本当に人間なのか。そんな疑問すら湧き出てくる。

 出来ればそのまま無視したいところであるが、むざむざ敵に気付かれそうな行為をする彼をこのまま放置しておくわけにもいかず、シュイは恨めしげに頭を抱えた。


「……大体、アンタどうやって戦うつもりだよ。楽器しか持っていないじゃないか」

「戦う? チッガーウ! 俺はオレハ癒して愛しテ信じてるールルルーーー」

 ――今夜は何を食べようか。麺類が良いかな。でも、折角なら郷土料理的な物を食べたいな。


 シュイは現実から目を反らした。


「アッホーイッ!」

「あぁ、まじうぜえ!」


 しかし回り込まれてしまった。何で無意味な一言がこんなにイラつくのか。上手く説明が付かないのがまた腹立たしい。一体こんな調子でどうやって今まで生き延びてきたんだ、こいつは。シュイは(わだかま)る疑問と不満を抱えつつも森の奥へと向き直る。


「お……」


 急に静かになったビアラスにも構わず、足を進めようとする。ところが、突然枝がパキパキと折れる音が聞こえ始めた。次いで、上後方から突風が吹いてきたことに気付き、咄嗟(とっさ)に身を屈め、フードを抑え付ける。強風が木々と二人を包み込み、時を同じくして魔力の警戒網の端にその存在が感知された。巨大な質量が、シュイの警戒網を掠めるようにして、二人の進行方向へと飛び去っていった。

 一瞬にして理解した。件の鳥は大毒蜂とは比べ物にならぬ程の力に満ち溢れていた。


 恐るべき力を肌で感じ、シュイは息をひそめて立ち上がった。宙を見上げると、まだ瑞々しい緑色の葉が風圧で剥がされ、ひらひらと舞っていた。

 葉っぱに混じって大きな羽が何枚か落ちてきた。シュイは手の平を上に向け、それを空中で受け止める。根の方は白いが、先端に近づくに連れて段々と青緑色が濃くなっていく。触ってみると、まるで針金のような硬さがあった。どう見ても、それはメルセグの羽ではなかった。


「参ったなぁ、こりゃ。俺一人じゃ手に負えないかも」


 その弱気な台詞にはビアラスを戦力として数えていない皮肉もわずかながら含まれていた。が、肝心の当人から反応が返って来ない。不思議に思い、後ろに視線を移すと、ビアラスは立ったままうつらうつらと船を()いでいた。

 引っ(たた)くべきかおおいに迷ったが、なけなしの良心が振り上げた腕を留めた。いけ好かない男ではあるが、戦いの巻き添えで死んで欲しいほどではなかったし、それ以上に邪魔をして欲しくなかった。

 シュイは踵を返し、鳥の飛んでいった方角へ歩き出した。少しして、その場に取り残されたビアラスの鼻孔(びこう)から、呼気に合わせて水洟(みずばな)が顔を出し始めた。



 道は徐々にせまくなり、獣道といって差し支えなくなってきた。土道が伸び放題の芝や苔に覆われ、ほとんど原形を留めていなかった。

 草を掻き分けて進むにつれて、獣臭さが濃くなってくるのがわかった。先の方を窺うと、木々の隙間から木漏れ日が漏れているのが見えた。

 シュイは強い臭いに顔を(しか)め、なるべく鼻からではなく、口から息をするようにした。音を立てぬよう抜き足差し足で歩いた。やがて密集していた杉の樹が途切れると視野が急に明るくなった。

 空が見える円形の草むらだった。森の切れ目から30メード程奥。広場のほぼ中央の位置には葉っぱ付きの細い枝が折り重なるように積まれていた。その上では人を丸のみにできそうな巨鳥が翼を畳み、身を縮めていた。目を瞑っていることから察するに、眠っているようだった。

 無防備な姿を晒す鳥に一瞬戸惑うも、素早く相手の全身に視線を走らせた。エメラルドグリーンの、青銅を思わせる堅そうな羽毛に覆われ、頭には(くし)にも似た黄色い鶏冠(とさか)が乗っかっている。それを含めれば背丈は4メードといったところか。巨大な鋏のような(くちばし)は長い刃物のようで鈍い光を放っている。

 図鑑で見たメルセグの姿と重ね合わせ、やはり突然変異種であることを確信した。姿形はメルセグに近いが、大きさは二回り以上もあったし、羽毛の色も毒々しい朱色ではなかった。

 メルセグ討伐の依頼書であればC級だが、ガラムの話によればサンダーブレスまで吐くようであるし、確かにB級以上と考えてかかるべきだった。


 侮れる相手ではないことを再確認した上で、残る問題は、どう対処するべきかだった。

 今回の依頼は討伐しなければいけないわけではない。寝首を掻くならそれこそ今の内だが、まだ一般人に被害が出ているわけではないから、殺すとなると気が引ける。

 だが、少なくともこの近辺から去ってもらわねば依頼を果たしたことにはならない。中型の動物だったら運搬も可能だが、この巨体を運ぶとなるとかなりの大作業だ。そもそも生かしたままそれが出来るかというと疑問の余地が残る。万が一運搬中に目を覚ましたら大惨事に見舞われるだろう。

 ここから退去するようお願いし、尚且つ鳥がそれを受け入れてくれれば問題ないのだが、念話を通じさせるには少なくとも相手の知能が人間並に高い必要がある。それに、移動した先で問題を起こさぬとも限らない。何しろこの巨体だ。お腹が空けば人くらい食べてしまいそうだ。

 止むを得ない。仄かな罪悪感を抱きながらも、シュイは背負っていた鎌を手にした。その途端、巨鳥がパチリと眼を開けた。シュイの殺気に反応するかのように。

 鋭敏に過ぎる野生の勘に舌打ちしつつ、寝起きの巨鳥に疾走。体を半身にし、鎌を自分の体に隠れるように構え、最接近するタイミングで跳躍。斜め下から勢いよく振り抜く。

 柄が(しな)り、先端の鎌刃が巨鳥の無防備な喉元に襲いかかった。鉄火場で耳にするような、鋭い金属音が奏でられる。

 硬い。鎌を支える両の手に予想外の強い痺れを感じた。巨鳥が頭を引くとほぼ同時に鎌から手を離し、急ぎ後方に跳躍。一瞬遅れて、巨鳥が頭突きするような所作で嘴を振り下ろした。長さが大人の背丈程はありそうな嘴が堅い地面に突き立てられ、その衝撃で掘られた土や砂利が飛び散った。

 シュイは両手を地面に付き、バク転の要領で大きく跳ね上がり、四つん這いで着地した。10メード程の距離を取って顔を上げると、巨鳥の嘴の半分程が地面に埋もれていた。これほどの威力であれば人間の体如き、易々と貫いてしまうだろう。

 巨鳥を覆う羽毛はそれこそ合金の頑強さを備えていた。何といっても勢いよく振り抜いた、鋼より堅い金属の鎌が弾き返されたのだ。流石に無傷とはいかなかったようで、巨鳥の喉元からは薄らと鮮血が流れ出ているが、致命傷とは程遠いものだった。傷を付けた鎌も今は巨鳥の足元に横たわっている。もっとも、手放さなければ先ほどの一撃を避け切れたかどうかは怪しい。

 覚醒した巨鳥を前にして、戦法の見直しを迫られた。ほとんど無防備状態の相手に渾身の一撃が通じなかった以上、武器単体での効果はおよそ期待できない。鎌を拾い直して付与魔法付きの一撃を喰らわせるか、弱点を見つけて攻めるのが上策か。


 ――ヒェッ ヒェッ!


 午後の惰眠を妨げられ、あまつさえ己を傷付けたシュイに巨鳥は威嚇(いかく)を以って応じた。その鳴き声はしゃっくりの音が引っくり返る寸前の音に少し似ていたが、音量は比較にならなかった。あまりの(やかま)しさにシュイが両の耳を抑えた。

 ほんの一瞬、巨鳥の口の外に電気が散るのが垣間見えた。猛烈な悪寒に襲われ、咄嗟にその身を側面に投げ出した。

 巨鳥の細い嘴から雷が放たれた。細く束ねられた<雷の息サンダーブレス>が巨鳥の足元から土を抉り、空に向かう(くちばし)に従って扇を描く。

 本来拡散するはずの吐息を集束させた雷線は土の水分を瞬時に蒸発させ、シュイの後方に生えていた木々の太い枝までも難なく断ち切った。射線上にあった幹からは切断された大小の梢が、ドサドサと地面に落ちた。

 その音を聞きながら、シュイは先ほどよりも気持ち長い間合いを取っていた。破壊力だけなら最上級魔法にも匹敵しそうなその一撃に身が震えた。現状、自分が扱える障壁魔法くらいでは防ぐことは不可能だし、避雷針が通じる類の攻撃とも思えなかった。

 状況を再度整理する。障壁魔法は牽制に使えるかも知れないが、下手に視界を悪くするとブレスの餌食になるかも知れない。弱点となりそうな目や嘴、首を狙って攻撃するのが効果的だと判断するが、鎌で頭部を狙うとなれば一瞬とはいえ相手の目の前にその身を晒さねばならない。

 かといって、現時点では相手に効果のありそうな攻撃魔法を扱う事が不可能だ。あれほどの雷を放つ化け物に雷魔法の効果があるとは思えないし、炎魔法を森の中で使うのはリスクが大きい。水魔法は足場を悪くするから空を飛ぶ相手には向かない。唯一使えそうなのが風魔法だが、果たしてあの巨体に通じるかどうか。

 巨鳥が大きく翼を広げた。飛翔に備えてシュイが身構えた。

 広げられていた双翼が、不意に交差した。

 対魔物の実戦経験の浅さが初動を遅らせた。突風だ。避ける間もなく、全身を風に煽られ、肌が突っ張った。身を低くしようと頭を下げ、足を懸命に踏ん張ったが、すぐに限界がきた。体が起こされ、弓なりの格好になり、踵が堅い土を抉っていく。

 束の間突風が止み、再度の風圧が放たれた。一瞬風が止んだことで、踏み止まっていた体が前に泳いだ。今度は踏ん張ることすら出来ず、風をまともに受けた。


「うわぁっ!」


 足が地面から離れ、弾け飛ぶようにシュイが宙を舞った。広場を囲む木の幹のひとつに背中から突っ込んだ。


「がはっ!」


 衝撃が肺にまで達し、息が強く押し出された。意識が遠ざかり、体中の感覚が失われた。

 不幸中の幸い、剥き出しの木の根に尻餅を付いた拍子に、意識を取り戻すことができた。倦怠感と背中の痛みに蝕まれ、体の反応は鈍かった。

 でたらめな強さだった。視線を前に向けて巨鳥の姿と位置を確認し、20メード近くも吹き飛ばされたことに気付いた。攻守共に隙が見当たらない。これで空まで飛ばれたら、それこそ手の出しようがなかった。

 遥か遠くに巨鳥の姿を見据え、シュイは激しく咳き込みながらも樹の幹を支えにして立ち上がろうとした。 再び、巨鳥の嘴が青白く光るのが見えた。痛みを押し殺し、踏んでいた木の根を強く蹴り出した。

 シュイの体が(かし)ぐや否や、雷線が巨鳥の足元から彼が寄りかかっていた木の根へ、そして空へと弧の軌道を描く。

 縦に真っ二つに裂かれた木の、燻ぶっている切断面を眼前に見据え、脳裏を安堵と恐怖が同時に掠めた。体が反応してくれなかったら、間違いなく息絶えていた。


 たかが魔物一匹倒せないなんて、何て様だろうか。シュイは己を恥じ、慢心を強く(いまし)めた。A級任務を成し遂げたことで心のどこかに隙があったのだと。

 今は、あの時とは状況が違う。敵は群ではなく個であり、何より助けてくれる仲間がいない。

 とにかく必死にやるしかなかった。蜂の群れを相手取った時のしんどさを思い出し、今の状態と比較した。まだいける。背中も、骨に異常はない。膝を立て、痙攣する足に力を込めた。意志に体が応じてくれた。打ち見の痛みを堪え、巨鳥に向かって身構えた。



 そこで、シュイはようやく気付いた。巨鳥の視線が自分から逸れていることに。

 そちらには、どこか呑気そうに巨鳥に近づいていくビアラスの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] シュイがオレツエーでないところがいいですね。これからビアラスさんのターンでしょうか。ワクワクです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ