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第十二章 ~(2)(改)~

 フォルストロームの歴史は四大国の中でもっとも浅い。ジュアナ戦役に乗じ、ザーケイン帝国から独立を果たした獣族たちは解放軍を指揮した奴隷剣闘士、イデ・フォルストロームという男を王に据えて国を成した。彼らは同時期に独立した人族を中心とするセーニア教国と交流を深め、未開の土地を開拓しつつ生活様式を発展させていった。世界最大の森林資源を有していたが、賢明にもいち早く輸出規制をかけたために砂漠化するようなことはなかった。

 気候は温暖で降水量も多く、国土の大半が森林で覆われている。そのため、人口密度も河口や平野部に偏っている。自然を尊び、その恩恵を享受し、保護する姿勢を変えることなく、建国以来300年に亘って栄えてきた。のんびりとした気風を好んで移住してくる者は後を絶たず、人口も年々増加傾向にある。

 この国では政治家、官僚の給与面に関して非常に面白い体制を取っており、それによって根が腐敗することを避け続けてきた。

 まず、国会議員の数が他国に比べて非常に少ない。その数わずか48名。任期も三年と短いのが特徴だ。

 その代わりに、彼らの作った国策を検討する評議員が政治家一人につき2名ずつ付く。彼らの任期は二年で、一年ごとに受け持つ政治家を変わる。国王が4分の1、国民が4分の3を選ぶことによって、政治家は常に双方から監視されている状態になる。

 斬新な方策としては、国会議員の給与が年一回の国民投票で決められるということと、投票の結果が一定数を上回らなかった者は強制的に辞職させられるところだろう。つまり、不正が発覚した政治家には即座に国民の審判が下されるのだ。

 そしてもう一つ重要なルールがある。政治家になった者は3期連続では出馬できない。これは各派閥の構築によって思考が固定化、流れが汚濁することを避けるためであり、常に若い政治家を入れることによって新しい発想を国に招き入れることを目的としている。


 王都を図形で表すと、北東と南西に鋭角を持つ平行四辺形に近い。東西を流れる大河によって北区と南区に分かれており、南区の四分の一が王城の敷地にあたる。そして、シルフィールの支部は北区から南区へ繋がる陸橋を渡ってすぐの所にある。

 国民的アイドルであるアミナがギルドに所属してからというもの、フォルストロームでは自然とシルフィールに好意的感情を持つようになり、1年ほど前には空いている国有地に誘致を行った。フォルストローム王都において、シルフィールは南区に存在する唯一のギルドだ。


「確か、この辺りだった、ような」


 自信のなさそうな声が漏れた。リズ・ヘイロンが前任のメイド統括長から後継に指名されてから三年になる。普段は城で使用人たちを指揮する立場にあるため、買い物は専ら部下メイドたちに任せていた。それ故に街へ出歩く機会はそれほど多くない。長年住んでいるにも関わらず地理には未だ疎く、地図を片手に練り歩く有様だった。


「困りましたわ。かなり大きな建物と聞いておりましたのに、見当たらないなんて」


 まさか潰れてしまったわけではないと思うのだけど。リズは芝の敷き詰められた広場を見回し、通りかかった通行人を見つけ、一瞬にして捕まえた。文字通りに、さながら獲物を捕らえる蜘蛛のように。


「わっわっわ、な、何ですかぁ!」


 制服と黒縁眼鏡を身に付けた若い男を後ろから羽交い締めにして持ち上げ、リズは悠々と言葉を続ける。


「あの、申し訳ありませんが。差し支えなければ、シルフィールという傭兵ギルドまで案内していただけないでしょうか」

「え、シルフィール、ですか? それならここですよ」


 宙に持ち上げられた男は左でも右でも前でも後でもなく、下を指差した。そこにはヒビ割れた正方形の石畳があった。


「ここ、でございますか」


 リズは首を傾げつつも真顔で足踏みをしてみた。男が少し困った顔をした。


「ええと、あちらに下り階段が見えますでしょう。高台を少し下りた所に入口があります。ここの地下がシルフィールですよ」

「あらまぁ」


 その言葉をきっかけに、リズは聞きかじっていた雑学を思い出した。元々ギルドは正規の組織ではなかったために、古くは地下や洞窟の中にひっそりと作られていた所も多いのだ。至極納得し、男の両腕を解放した。


「御親切にありがとうございました。では、ごきげんよう」


 リズはフリル付きの黒いスカートの端を両手で持ち上げ、丁寧に礼をした。


「ご、ごきげんよう」


 眼鏡の男は先ほど背中に押し付けられていた二つの柔らかい感触を思い出し、赤面しながら礼を返した。


 段差の大きい階段を慎重に下りていくと、中腹くらいのところで一旦階段が途切れた。その脇には確かに入口、というよりもトンネルらしきものが二つ存在した。リズはちらほらと出入りしている人の流れに、躊躇なく加わっていった。



「依頼書は、依頼書はいずこ?」


 ギルドに入るなり、リズはキョロキョロと辺りを見回し始めた。そこは本当に洞窟の様なところで、端っこの方に小さな窓が空調のために付けられているのみだった。ロビーには大きな灯火が硝子で出来た四匹の動物の中で燃え盛っている。虎と羊と海豚と猿。関連性の無さそうなラインナップだ。

 ほどなくして、依頼書の置いてあるテーブルを発見した。用紙を一枚抜き出し、記載事項をスラスラと書き連ねていく。依頼内容、名前、報酬、期限、備考。客が詳細に書かれた依頼書を提出し、受付のギルド員がそれを元にランク付けをするのだ。

 アミナの話では、シルフィールで受付をやっている者のランクはB以上ということだった。ある程度の依頼の数を実際にこなさないと明確な基準がわからないし、ごねる客を力ずくで納得させることもできるためだ。

 幸い今日は月曜日なので、この場で依頼書を出せばすぐに受諾してくれる。リズは埋められた空欄を二度見直してから比較的空いている列へと並んだ。そこは五人待ちの列だったが、七人待ちの隣の方がやたらと早く列が動いているのを見て、何だか負けた気がする、と口を窄めた。

 更に二十分ほどが経過し、ようやくリズの番がやってきた。


「いらっしゃいませ、シルフィールへようこそ。依頼の申込みですね」

「はい、そうでございます。あの、こちらって人探しとかでも、お願いできるのでしょうか?」

「承っておりますよ。ただ、探索対象によってはお受けできないこともありますし、相当な時間お待ちいただくことも多々ございます」

「左様でございますか、一応書面の方だけでも確認して頂けますでしょうか?」

「畏まりました。では拝見させて頂きます」


 受付はリズから受け取った書類に目を通し――注目せねばわからないほどかすかに――頬をひきつらせた。


「…………」

「やはり、この報酬では受け入れられないでしょうか?」

「い、いえ。報酬は問題ありません。――ありませんが、ちょっとこれは難しいかと」


 受付がそこに書いてあった依頼内容をもう一度流し読みした。『人を探して欲しい(ただし顔はわかりません)』。高名な占い師でもない限り、この依頼を進んで受けようとする者はいないだろう。報酬と内容を考慮すればC級の依頼だが、その実達成は容易ではない。有体にいえば報酬と難度のバランスが悪い。このお客は天然であろうか。受付員は表情に出さないように留意しながらもどう扱うべきか迷っていた。


「難しいですか」


 相手の沈黙に何かを嗅ぎ取ったのか、リズが小首を傾げた。


「そ、そうですね。せめてお名前か、そうでなければ特徴を教えていただければ」


 特徴か、とリズは燭台の灯火に視線を移した。


「そうでした。最近キャノエで騒動が起こったと聞いていますが」

「えぇ、確かに。シルフィールの傭兵の何人かも事件解決に関わっていますね」

「その方たちの名前ってご存知でしょうか」

「申し訳ないのですが、所属する傭兵の名を部外者に教えるのは控えさせていただいております。傭兵というのはある種当たり前のように恨みを買う商売ですから、所属員を守るために過度の情報提示は……」

「そうですか。では、人数だけでも教えていただけませんか?」

「うーん、まぁそれくらいなら良いでしょう。小さいですが地方紙にも名が載りましたから探そうと思えば探せますしね。ちょっと待って下さい。――あ、ありました。シルフィールで大毒蜂の殲滅に関わったのは五名ですね。そのうち、功労賞が送られている人物は二名います」


 リズがおもむろにメモ帳を胸ポケットから取り出し、手掛かりになりそうな情報をすらすらと書き留めた。


「付かぬ事をお聞きしますが、その中に顔を隠している方はいらっしゃいますか?」

「顔、ですか?」

「ええ、例えばあちらの方ように――」


 リズは傍らを通り過ぎていく大鎌を背負った黒衣の男を指差した。


「そういえば、そういった方がいたと耳に挟んだような……」


 受付は曖昧な記憶を辿るように、腕を組んで中空に視線をさまよわせた。



 企業の秘密文書の配達を終え、依頼の達成報告に来ていたシュイは、四方に設置されている掲示板を見渡しながら感嘆した。依頼書の圧倒的な数に加え、ホーヴィやキャノエの支部に比べて明らかに高ランクの任務が多い。王都と言うだけあって人口も富裕層の数も他の町とは比較にならないようだ。

 これまでお目にかかったことのなかったS級の依頼書も二つあった。【ブランシー一家を壊滅せよ】。【暴走海豹オルトンを討伐せよ】。

 何気なく成功報酬の数字に目を走らせ、仰天した。ブランシー一家の方に関しては標的の賞金とは別に二千万パーズ。国からの賞金を加算すれば億を超えてしまうかも知れなかった。


 ――えへへ、世界各国に別荘を立てるのも悪くはないなぁ。


 などという妄想はさておき。CランクではどうやったところでS級は受けられない。B級だって決して捨てた物じゃないじゃないか、と自分を慰めた。塵も積もればなんとやらだ。

 と、ここまで考えて、自分の金銭感覚が狂い始めていることに気がついた。C級任務の報酬に感動していた自分が、たかだか一月ちょっとでB級だって捨てた物じゃないなどとうそぶいていることに、ある種の危機感があった。

 安くてもいいからとにかく何か受けよう。そう決心し、次に目に入ったB級の依頼書を受けることに決めた。

 十秒もしないうちにBの文字を確認。上の方に貼ってある紙を背伸びしてひっぺ剥がす。紙には【ケセルティガーノへの物資輸送】と書かれていた。


 ――よし、やめよう。


 硬い決意を紙吹雪よりも細かく砕いた上で空の彼方へと解き放った。ここにきた目的の一つである知識習得が終わらないまま他国に行けるわけがない。気を取り直し、隣の依頼書に目を移した。


 B級任務、大怪鳥退治、定員二名(残り一名)、報酬200万パーズ(前金25%支払いあり)、任務時間六日前後、締め切りまで残り七日 

 

 募集人数が残り一名となっているから、すぐにでも始めることができる。今度こそ即断したシュイは依頼書を持ってカウンターへ向かった。

 建物内の中央にある柱の四方を囲むようにカウンターテーブルがあり、その中で各方面3人、合計12人の受付が対応していた。シュイは傭兵専用の受付に近づいていく。


「こんにちわ」


 軽く会釈をすると、男性の受付員は笑顔を返した。


「やぁ、こんにちわ。依頼の受諾手続きかい?」

「ああ、これをお願いしたい」


 手にした依頼書をカウンターに置き、受付がうなずいた。


「承わった。身分証の確認いいかな?」


 皮袋から取り出した身分証を依頼書の隣に差し出した。身分証に書かれている名前を見て、受付はふんふんと納得顔でうなずいた。


「へぇ、やっぱりそうか。おっと失礼、もう仕舞っていいよ。今から依頼人ともう一人の傭兵に連絡する、ちょっと待っていてくれ」


 なかなか親しみやすい、もっと言えば馴れ馴れしい話し方をする男だった。男は魔石を2つ取り出し、念を込め始めた。少しして水色の霊体(スピリット)が手の平から飛び去るのを確認し、ゆっくりとこちらに向き直った。


「最近活躍しているらしいね。随分とギルドポイントも溜まっているじゃないか」

「ギルド、ポイント?」


 不思議そうに聞き返したシュイに、受付があんぐりと口を開けた。


「ちょ、ちょおっと待ってくれよ。きみってば、もしかしてうちのシステム理解してないのかい!?」

「システム? ごめん、何を言っているか良くわからないんだけど」

「ちょっとー、頼むよー。確かにたまにいないこともないけどさ。もう10に近い依頼こなしてるでしょ?」


 十個もやっただろうか。シュイは自分のやった任務を指折り数えてみる。護衛、家庭教師、薬草採取に虎退治、大毒蜂の件と教会の件、文書の輸送。


「まだ七個しか――」

「――十分だって。ちょっと、仕舞った矢先に申し訳ないけど、もう一度身分証出してくれるかい?」

「お、おお」


 シュイは皮袋に放り込んだ身分証を再びごそごそと漁り始めた。


「はい、どうぞ」

「いや、渡さなくて良いからちょっと裏側の、右下の数字を見てくれるかい?」


 そう言われ、指をスライドさせてカードの裏側を見る。すると――

「――ああ、確かになにやら数字が書いてあるね」


 おっかしいなぁ、入団した時に絶対説明あるはずなんだけどなぁ。そんなことをぶつぶつ言いながら、受付は後ろの本棚から黒いパンフレットを持ってきた。


「じゃあ、大雑把に説明するよ。うちはDからSまでランクがあって、昇格するにはギルドポイントが必須となる。Aランクまではね」

「Aランクまでって、Sランクはどうなるんだ?」

「ランカーに関しては、一年毎に依頼や貢献度を審査されるんだ。問題が無ければそのまま更新になるし、死亡や怪我、病気などで離脱することもある。若しくはAランクで他に有望な者がいれば落とされることもある。ランカーは19人って決まっているからね」

「じゃあ、常にランカーでいられる保証はどこにもないってことか?」

「正解じゃない」

「というと……」

「簡単なことさ、ランカー落ちを危ぶむような傭兵はランカーになれない。それくらい審査が厳しいんだ。傭兵としての実力は言わずもがな、向上心に溢れていて、他人の尊敬を集めることが出来る人物でなければならない。一度でもランカーに上がれるような人ならまず落ちてこないってことさ」


 シュイはニルファナの姿を思い浮かべ、肩を窄めた。実力はまったく問題ないし、向上心も……むしろ好奇心と探究心に溢れているが、尊敬できる人物かと言われると困ってしまう。


 ――でも、何故か周りの評価はやたらと高いんだよな。近くにいないと見えないものがあるってことか、あるいはその逆か。


「ありがとう、参考になった」


 別れを告げかけたシュイに、受付が小刻みに首を振った。


「いやいやいや、まだその数字の説明してないから」

「あ、そっか」


 受付は軽く溜息を吐き出してから、パンフレットをカウンターに広げた。何かの資料なのか、アルファベットの横に数字が書き連なっている。


「このパンフレットにあるように、昇格するための規定は決まっている。二年以内に規定のポイントを貯めた者か、半年以内に規定のポイントを貯めた者だ」

「何で分かれているんだ?」

「半年以内の方は規定ポイントの敷居が相当に高い。己のランクで受けられる中でも難易度の高い依頼を短期間で集中してこなさなければならないため、かなりの実力者でなければ無理だ。これは、有望な実力者を手早く発掘するため。それから怪我などの事情があって長期離脱し、ランクが落ちてしまった者に対する救済措置ってところだね。焦らず普通にこなしても、決められたポイントが貯まれば二年以内には上がれるよ」

「へぇ、よく考えられているんだなぁ」

「で、今の君のポイントはいくつになってる?」


 シュイは慌ててカードの方に視線を移し、297と答えた。


「よし、君が傭兵登録したのっていつだったか覚えてる?」

「ああ、きりが良かったから。7月1日だよ」

「いいペースだ。今は8月17日だから、あと四ヶ月半以内に703ポイント獲得すれば、君は無条件でBランク傭兵に昇格できるよ」

「1000ポイントも必要なんだ。それを逃すとどうなる?」


 受付がCランクの文字から指を横になぞった。


「次の半年間で新たに1000ポイントを貯めるか、二年以内に合計で2200ポイント貯められれば昇格だ。でも、今の君のペースなら十分半年以内を狙えるんじゃないかな」

「そうか、わかった。頑張ってみるよ」


 ややあって、青い鳥の霊体が二人の前に羽をばたつかせてカウンターの上に乗り、魔力球と化して文字を描き始めた。


「依頼人のものだね。あと二十分で到着します、か」

「なら、このまま待っていようかな。ところでもう一人の傭兵の方は――」

「ん、多分あれじゃないかな」



 受付が指差した入り口の方を見て、体が硬直した。あれじゃないことを切実に祈るや否や、耳に叫び声が飛び込んできた。


「お、おおほおおーぉ。……きた、キタ、キタキタァー!」

 ――お、おいおい、大丈夫かあいつ。呂律(ろれつ)が回ってないぞ。あ、今度はなにやら怪しげなリズムを刻み始めたぞ。


 鳩が餌を(ついば)むように地面スレスレにヘッドバッキングする背の高い男を見て、背中を冷たい汗が下りていった。


「やっぱりそうだ」


 受付の言葉に思考停止。肩をいからせるように、痛みきった長い金髪と筋肉質な尻を左右に振りながら、のっぽの男がこちらに近づいてきた。


「彼が今回君と一緒に依頼を行う傭兵だよ。まぁ、その、色々あると思うけど頑張ってくれ」


 受付はシュイの肩を手の平で軽く励ますように叩いた。やっぱりもくそもなかった。遠目からだって見間違うはずがない。

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