第一章 ~(3)~(改)
「うーん、物はよさそうだけど、とりあえず保留かな」
そんなことを呟きながら、シュイは持っていた幅広の剣を鞘に納め、そっと棚に戻した。
おおよそ六十平方メードのスペースには、多種多様な武器が所狭しとばかりに置いてあった。中には、どのように使うのかピンとこないような物もある。
なめし革の匂いが充満する薄暗い店内には、数人の客が見受けられた。値札を見るだけで手に取ろうともせず、ポケットに手を突っ込んでいるのは明らかな冷やかし。その隣には、まるで恋人の頬を撫でるかのように武器を触り、うっとりとした表情を浮かべている怪しげな女がいる。棚越しに、客と店員との値段交渉が聞こえてきた。「あちらの店では」と言うのは交渉の常套句だ。
傭兵審査から四日後。港町ホーヴィに滞在していたシュイは、宿泊しているホテルからほど近いところにある武器屋にいた。傭兵業をやっていく上で、これから長く世話になるだろう武器を探しにきていたのだ。
武器は古今東西、様々なものが生み出され、そして進化してきた。狩猟道具、農耕具、戦道具、魔法道具、調理道具、はては医療道具から派生した物まである。狩猟道具であれば獲物を仕留める弓矢や投げ槍。農耕具であれば木を切り倒す斧、草を刈る鎌といった具合に。それは他者を傷つけるための物であり、威嚇によって危険を遠ざけ、結果として本人の身を守るための物。
戦道具や魔道書は言わずもがなであるが、調理道具や医療道具と効くと首を捻りたくなる者もいるかもしれない。けれども、大半の家に存在する果物ナイフや鋏。氷を砕くためのアイスピックは、持っていてもさほど怪しまれない上に、手に入れやすいという長所がある。それゆえに、古の時代からたびたび暗殺に用いられてきた。医療道具に至っては薬や毒劇物。注射器やギブスなどの、拷問にも使えそうなものが一通り揃っている。これらも狭義の中に十分当て嵌まるだろう。
その中から一つないし二つを選ぶのは大変な作業だ。射程、長さ、大きさ、重量、威力、そして形状。様々な要素と使用状況。何より使いこなす自分の技量と相談し、慎重に選ばなくてはならない。傭兵にとって武器とは、自分の命を預ける相棒と言って良い物なのだ。
ギルド入会の申請をする以前に、シュイはニルファナから三ヶ月間みっちりと鍛えられた。ただし、その割り振りは基礎体力と魔力の底上げ。あとは念話の訓練と、物質に魔力を付与する速度の向上という地味な訓練に終始している。
元々、素手での戦い方は多少心得ていたが、武器の扱いに関しては経験がなかった。全くのど素人と言って差し支えない状態だ。ともすればニルファナは、下手に適当な武器を扱わせることで、変な影響が出てしまうのを避けたかったのかも知れない。
自分にあった武器を見つけるのは、傭兵の第一歩。そんな彼女の言葉を思い出しながら、シュイはきょろきょろと商品を物色する。気に入った武器を選べば良いとのことだったが、その種類の多さには戸惑いを隠せなかった。 細剣、長槍、手斧、片手弓、両手弓。腕防具を兼ねた爪のような物も。金属製の鞭などは、ディジーやニルファナにはいかにも似合いそうであるが、黒ずくめの男が使うには色々と怪しすぎる。こんな格好をしておいてなんだが、好き好んで世間様の注目を浴びようとは思わない。
武器屋に入るまでは、漠然とどんな武器が便利か考えていただけだった。だが、武器の種類を絞ったところで形や大きさ、使われている金属等、選択肢は幅広い。
あっちにいったりこっちにきたり。値札を見、0の数を見て溜息をついたり。迷うのにも飽きてくると、オーソドックスに剣と盾にするか、と大衆的な価値観に流され始める。
ところが、剣の売り場に戻ろうとする時、一つ変わった武器が目に留まった。
――あれ? 鎌かな。
先ほど通ったときは気づかなかったが、斧や槍が並んでいる棚の裏側に、大きな鎌が立てかけてあるのが見えた。かなり埃を被っていることから察するに、随分長い間買い手がついていないようだ。どれどれ、と値段を覗き込むと、何度か二重線を引いて書き直された跡があった。デザインも悪くはないし、周りの大物に比べれば4割ほど安い。ただ、相当重そうなのが玉に瑕だ。まだ体が出来ておらず、腕力にそれほど自信のない自分には、いかにも扱いにくそうだった。
さて、と視線を外し、他の物を見回ろうと歩き出そうとした時だった。
「いらっしゃいませ、お客様!」
突然の声に驚き振り向くと、少し頭の薄い、愛想の良さそうな中年の男がニコニコ顔でこちらを見ていた。着ているスーツは如何にも高級そうで、しかしはち切れんばかりにピッチリとしている。留められているボタンがキィキィと悲鳴を上げ、今にも弾け飛ぶんじゃないかと心配になるくらいに。
店主と思しき男は、十年来の友人に出会ったように両手を広げる。ついでにいうと、それだけで第三ボタンが飛んだ。床に転がった白いボタンに一瞬店主の目が泳いだが、次にはすぐにこちらを見て手を揉み始めた。こいつは、プロだ。
「いや、流石ですな、お眼が高いですなぁ! そちらの大鎌は当店でも非常に人気の品で、仕入れてもすぐに売切れてしまうのですよ! いや、たまたま入荷した次の日にご来店なさるとは、真に運がよいお客様だ!」
早々と前言撤回。身振り手振りを交えて捲くし立てている店主に、馬鹿にするなと言わんばかりの侮蔑の視線を投げつけざるを得ない。回転率の速い売れ筋商品が埃塗れになる道理はない。いっそ小一時間説教してやろうという考えが浮かんだが、時間を無為に過ごすのも気がひける。肩を竦め、何も言わずに出口に向かおうとすると、店主が脇から慌てて食い下がった。妙だ。自分と棚の間に店主の巨体が入るスペースがあったとも思えない。商人魂は空間をも超越するのだろうか。
くだらぬことをシュイが真剣に考え始める最中も、店主の説明がつらつらと続く。
「せ、性能自体は本当に良いんですよ! ホントにホント! 見た目よりずっと軽いですし強度も折り紙つき! 何よりコレ、お客様のコーディネイトにぴったりマッチするんじゃないですか?」
「……コーディネイト、ね」
たとえそれが真実であっても、店主の必死さがかえって嘘っぽく見せる。この店の経営状態が心配になってくるほどだ。物が悪くないのに売れないのは、その店の店員の接客力不足に尽きる。今こうして話を聞いていても不良在庫を吐き出そうといった魂胆だけが透けて見え、どうにも気が乗らない。
そもそも、コーディネイトのために黒い衣を纏っているわけではない。顔を隠すのは当然として、黒色の服は体型のラインを隠せる。ひいては年齢を悟られにくいし、夜の闇に紛れるのにも都合がいい。身元を隠す必要がなければこの暑い時節、あえて長袖のローブを着ようとは思わない。
と、ここまでぼろ糞に言っておいてなんだが、自分を別人と印象付ける方法、としては悪くない気がするのも確かだ。鎌に黒衣となれば、まさに死神のようではないか。少なくとも、元の自分と連想出来る者はいないだろう。
「まぁ、そこまで言うならちょっと持たせてもらおうかな」
考えた末に、そう言って腕を伸ばす。埃を手で払おうとすると、店主が腰に差していた白い鳥の羽で作られた埃取りを差し出した。遠慮なくそれを借り、柄の埃をざっと払い落とす。
少し灰色に汚れた埃取りを店主に返し、鎌の柄に手を掛け、試しに持ち上げてみて、シュイはなるほどとうなずいた。
予想に反して悪くない。長さは5尺程と標準的な武器より長めだが、斧よりも金属部分が薄い分かなり軽い。しかも店主の言っていた通り、それなりに良い金属で出来ているようだ。おぼろげながら魔力を帯びているのが、指先からも感じられる。魔力を帯びた金属は得てして耐熱、耐電性が強く、加工が難しい。それだけに、見た目は粗悪でも高額で取引されることが多いのだ。
ふと、手触りに意識したことで何か彫ってある事に気づく。よくよく見ると、柄には銘らしきものが彫ってある。小指の爪ほどの小さな文字を辿る。どうやら武器の制作者はこの鎌を<砂時計(HOUR GLASS)>と名付けたようだ。なかなか洒落た名前ではある。
そこでシュイは考える。買い手がなかなか付かない、もっと言えば人気がない武器は使用者もそういないはず。対人戦を想定する際、この形状の武器に即対応できる者は少ないかも知れない。それに、一から武技を習得することを鑑みれば、幼い時分から修練する者が多い剣や槍などを扱うより適しているとも考えられる。純粋な技量のぶつかり合いとなれば、極めたものに比べて不利になる。
「どうです、なかなかの物でしょう」と店主は自慢げに胸を張っている。胸を張る暇があったら他の武器にない特性のひとつでも説明して欲しいのだが、というシュイの視線に気づいた様子はない。
――あぁ、特性で思い出した。一つだけ確認しなきゃな。
どや顔の店主を無視し、シュイは持っている鎌に意識を集中し、指先から柄に魔力を送りつつ祈歌を口ずさむ。鎌刃がぼんやりと光を帯び、鎌刃をくまなく覆ったところで詠唱。突如として鎌が白み、キンと吃音を響かせた。
「うわっ!」
一瞬にして空気中の水分が鎌の先端に凝縮され、黒い刃が凍りついた。と同時に、店主が仰け反って尻もちをつく。
――金属と魔力との親和性、問題なし、と。
金属によっては魔力を受け付けにくい物もあるため、付与する者ならば武器の素材の確認作業は必須である。無論ニルファナの受け売りだ。
ちゃんと魔力を付与出来ることを確認し、シュイは魔法を解除すると「もう少しまけてくれないか?」と交渉を開始した。
鎌を丈夫な麻布で包んでもらい、それを背負って外に出る。持って歩くとなると、やはり重量が気になってくるが、反して厄介な作業を終えたので足取りは軽い。
ラン・ラン・ルン。無意識にスキップを刻むシュイを見て、町の者たちは裸族を見てしまったような何とも言えぬ表情を浮かべ、次には慌てて顔を逸らす。
「ねえママー、あれって――」
「――み、見ちゃいけませんっ」
そんな会話が囁かれているとも知らず、シュイは腰に両手を添え、弾むような足取りでホテルに向かった。
ホテルのロビーに戻ってくるなり、フロントの女性から声をかけられた。
「さ、304号室にお泊りのエルクンド様でいらっしゃいますね? お手紙を預かっております」
シュイのあからさまに怪しい姿を一目見て、少し及び腰になっている黒髪ショートカットの女は、ぷるぷると震える手で手紙を差し出した。
手紙を受け取り、裏返して送り先の欄を確認する。シルフィール本部。待ち望んでいた物が届いたことを確信し、シュイは女に礼を言ってその場を後にした。
「……ふぅ、怖かったぁ」
シュイの姿が通路の奥に消えた後、何かされるんじゃないかといらぬ心配をしていた女は、その場でへなへなと座り込んだ。彼女の後ろ、柱の裏ではホテルマンたちが良くやった、とガッツポーズしている。人に押し付けておいて、と彼女は忌々しげに後ろを睥睨し、それから通路の奥へと視線を戻した。
――ちゃんとお礼いってくれたし、意外としっかりした人みたいね。
後ろから聞こえてくる再度の歓声にいらっとしつつも女は、人は見かけによらないものだ、と独りごちた。
部屋に戻り、布に包まれた新しい相棒を壁に立てかける。身体が軽くなったことを実感する。この重さに慣れるまでには少し時間がかかりそうだ。ベッドの端に腰を下ろし、早速手紙の封を開ける。中には一枚の厚紙が入っていた。
――通知書――
シュイ・エルクンド殿
貴方を当ギルドのCランク傭兵として登録しました。
今後のご活躍に期待しております。
1567年 7月1日(水)
シルフィール・マスター ラミエル・エスチュード
Cランク傭兵の登録が完了した旨を伝える通知書。少々味気ない文章ではあるが、何はともあれこれでやっと<シルフィールの傭兵>を名乗れる。ひとつ壁を越えた実感とともに、頭の中で様々な感情が色めき始める。新たな環境へ飛び込む不安と期待。そして、未だ色褪せぬ悲哀と憎悪が交錯する。
シュイは俯き、自分の手を強く握り締めた。いよいよ別人としての人生が、傭兵としての人生が始まる。
浮かれてはならない。仲間たちの汚名を晴らすための、ここが出発点なのだから。
――――――
翌朝。認証書が届いたらギルドへくるようディジーに言われていたシュイは、ホーヴィのギルド支部に向かっていた。
建物内に入ると、ホールのロビーは五日前に彼女と共に訪れたときよりもずっと人が多く、活気に溢れていた。その喧騒に立ち尽くしていると、人垣を割るようにして黒縁眼鏡をかけた黒髪の女性が彼の方に近づいていった。
「こんにちは、マクレガーさん」
先にシュイが会釈したのを見て、ディジーはたおやかに微笑む。
「いらっしゃいませ、シュイ・エルクンド。どうやら認定書が届いたようですね」
シュイはうなずきながらもローブの襟を正す。
「ええ、つい昨日に。祝日を跨いでしまう前に来たのですが」
「何事にも早く対応する。感心な心掛けです。傭兵は能力だけでなく、依頼を達成する期日も重要視されますからね。お越しいただいたのは他でもありません。ギルドのこと、シルフィールのことについて、触りだけですがお教えしておこうと思いまして」
「本当ですか? 助かります。何しろ――」
ニルファナのむっつり顔が過り、「何から何まで初めてなもので」という言葉を、シュイは辛うじて飲み込んだ。
「何しろ、何ですか?」
一瞬詰まったのが気になったのか、ディジーがその先を促した。
「――何しろ、そう、四大ギルドと言われるシルフィールですから、ぼ……俺のいたギルドと色々違うのではないかと思いまして」
頭に浮かんだ言葉を適当に切り繋いで、なんとかその場を切り抜けようとする。
ギルドとは古い言葉で職業集団のことを指す。傭兵ギルドの他にも商人ギルド、冒険者ギルド、はたまた芸人ギルドなど。いわゆる会社とは立場を異にし、一部思想を共有する者たちが情報や力、人脈を持ち合うことによって、そこに所属する仲間たちがより働きやすい環境を構築する、と言えばわかりやすいだろうか。
自主性が尊重されていることもあって――試験に受かるかは別としてだが――束縛を好まぬ者でも入りやすい。気の合う者同士で仕事をやる者もいれば、孤高を貫く者も、その日の気分次第な者もいる。自分で仕事を探し、新たな人脈を開拓し、更なる仕事を受けられるようにする。そういった背景から、ある程度の実力と自立心がなければ、ギルドに所属したところでやっていくことは難しい。
そして、俗に言う四大ギルドというものがある。世界に存在するフラムハート、シルフィール、アースレイ、ミスティミスト、四つの傭兵ギルドの総称である。雰囲気や規模はそれぞれ異なるが、いずれも大陸に名を馳せた傭兵が複数名所属している有力ギルドだ。
<シルフィール>の発足は約三十年前とニルファナより聞かされている。これは新興ギルドと言って差し支えない歴史の浅さと言っていい。代々貿易業、人材派遣業を営んできた商家、エスチュード家の当主が派遣傭兵業にも手を伸ばし、現在のシルフィールの礎を作ったらしい。
それが四大ギルドとまで言われるほどに成長した理由については、エスチュード家の膨大な資産と、貿易業で培ったコネクション、それに代々の当主の辣腕振りによるものだ、と目されている。それについては、ニルファナもシュイがシルフィールに入る前に触れていた。
『今のうちのマスターは三代目で、エスチュード家のご当主としては二十六代目か。ラミエルって言うんだけど、まぁ何というか、商魂逞しい娘なの。傍目には深窓の令嬢って感じなんだけど、この辺りはやっぱり血の成せる業なのかな。うちは他ギルドと比較しても自由な気風だけど、依頼報告や手続き等の取り決めに限って言えば、相当厳しいから注意してね。すっぽかすと最悪除名もありえるし、ランカー、つまりお姉さんクラスの傭兵が送られてくる、って都市伝説もあるから』
要約すると、依頼報告や手続きはちゃんとやれ、ということだろう。言われるまでもない。万が一、ニルファナが刺客として送られてきたらどうするのだ。目を閉じればニルファナが燕の如く空を華麗に飛び回りながら爽やかな笑顔振りまきつつ巨大な氷を雨霰の如く降らせる光景が浮かんでくる。
「そう……ですね」
鼓膜を震わせたディジーの声が、精神世界で挽肉にされていたシュイを思考の海から救い上げる。
「基本的なことは、前に貴方がいたというギルドとあまり変わらないと思いますが、幾つか注意点だけ述べさせていただきます。まず、シルフィールの傭兵は階級がDからSまでのランクに分かれております。Dから始まり、Sが最高位。認定書を見てもご存じの通り、現在貴方はCランクに登録されています」
なるほど、とシュイは相槌を打った。
「そして、シルフィールではAランクの傭兵を総称して<準ランカー>、Sランクを<ランカー>と呼んでいます。私もその一人ですが、Sランクに該当するのは19人。これはあなたもご存知だと思います」
「ええ、その辺は」
知っていて当然、ニルファナもランカーの一人だ。人当たりが良く、美人で飾らない彼女だが、その外見とかけ離れた強さは嫌と言うほど身に沁みている。
初めて遭遇したときには死ぬ思いをさせられた。彼女から戦闘の手解きを受けた際にも、明らかに手加減されているとわかっているのにコテンパンにのされた。それなりに腕には自信があった分落胆も大きく、何日もの間へこんだのは記憶に新しい。ニルファナに出会ってからというもの、自負とか経験といった物が片っ端から粉々にされている気がする。
とはいえ、新たな出発をするに当たっては、そういったものは返って邪魔になるかも知れないので、そこは彼女なりに自分のことを思って厳しく接してくれたのかも知れない。と、そう信じたいところではある。
ディジーは思い悩むシュイを見ながらも話を続ける。
「ちなみに<依頼>、<クエスト>とも言いますが、それは他ギルドと共通でFからSS級という区分けになります。ただし、シルフィールでは傭兵のランクによって受けられる依頼が異なります。F~B級までは誰でも受けられますが、A級はBランク以上、S級はAランク以上、SS級はSランクしか受けることができません。中小ギルドでは制約が設けられていないところもあるとのことですが、我々のギルドでは受諾者の安全面、有為な人材の損失を憂慮し、若干細かく区分されています。また、Bまでの依頼は同時に二つまで受けることが可能ですが、A以上の依頼は一回ずつしか受けられません。これを破ると厳しい罰則がありますし、最悪の場合は永久除名処分になります。ここまではよろしいでしょうか?」
その話と照らし合わせると、現状ではシュイはCランク傭兵なので、B級までの依頼を同時に二つまでしか受けられないという事になる。
「把握しました。えっと、少し気が早いような気もするんですが、A以上の依頼とB以下の依頼は掛け持ちできるんでしょうか?」
「基本的にA以上の重複依頼は避けていただきたいんですが、日程に無理がなければ実力を考慮して認められることもあります。ただ、<緊急クエスト>と<共通クエスト>については例外ですね。今からそちらも説明させていただきます」
「そうなんですね、わかりました」
「ではまず、緊急クエストの方から。これはギルドからの依頼で、時に強制力を伴うこともあります。傭兵が依頼を受けていないか、傭兵が既に受諾している依頼の期限、難易度に差しさわりが無いと判断された場合、こちらから各傭兵に打診します。具体的に言いますと、凶悪な盗賊団や猛獣が町を襲ってきたというパターン。後で説明しますが、救助隊を組んで援護に向かうパターン。それから、他の傭兵が受けていた依頼が何らかの事情で達成できなくなってしまったときに、手の空いている傭兵に引き継ぐパターン。基本的には、この三パターンになります」
「何らかの事情といいますと?」
シュイは気になって訊ねた。
「一番多いのは、任務中に死亡。もしくはこっ酷くやられて再起不能になったという理由からですね。シルフィールには優秀な治癒術師も何人かいますが、再生不可能な傷がないわけではありませんし」
さらりと言われ、首筋から嫌な汗が一筋流れるのを感じた。ディジーの軽い口振りからすると、そう言ったことは意外と多いんだぞ、と仄めかしているようにも感じられる。
「続きましては共通クエストです。これは国や町などの公的機関から依頼されるものです。シルフィールに対してだけの依頼ではなく、他ギルドに対しての依頼でもありますので、その分締め切られるのが非常に早い。事によっては、他ギルドの傭兵たちと合同で任務をこなすこともあります。共通クエストは、主要都市の公的な施設、公会堂や公民館などで受けることができます。シルフィール固有の依頼と違ってランク制限はないですが、達成困難なものが多いです。大体の任務なら国軍や自警団で事足りるはず、共通クエストの半分くらいはその手に余るものになるわけですね。報酬は魅力的ですが、失敗すればギルドの信頼を失墜することになりますので罰則規定も設けられています」
つまり、共通クエストはギルドで受け付けている依頼ではなくて、公から直接頼まれる依頼、ということらしい。
「良くわかりました、わかりやすい説明ありがとうございます」
「呑み込みが早くて助かります。では、最後にこちらを渡しておきます」
そう言って、ディジーは身分証と、赤、青、黄の小さな玉を差し出した。シュイが受け取って指先で小突いて数えてみる。青い石は十個、黄色い石は三個、赤い石は一個。それぞれがくすんだ光を放っている。指の腹で撫でてみると、何らかの文字が彫られているような感触があった。
「これは……もしかして、魔石ですか?」
「ええ、魔石の一種で、シルフィールの傭兵が使う通信手段です。これを標準装備にしていることが、うちの一番の特徴かもしれませんね。ちょっと上を見て頂けますか?」
「え、ええ」
ディジーに促されて天井を見ると、前回見た時と同じように蛍火みたいなものが宙を飛び交っていた。やはり淡い青色の物が大多数で、それに少しだけ黄色が混じっている。前回は気づかなかったが、受付の方へ飛んでいる物と、受付から放たれる物、双方向の流れが存在するようだ。
「ああ、もしかして――」
「――お察しの通りです。シルフィールではこれらの魔石を使うことでより簡単に、迅速に最寄りのギルドに連絡できるのです。軍にはぼちぼち導入されているところもあるようですが。青い魔石は通常の報告、連絡。黄色い魔石は緊急性、若しくは匿名性の高い報告、連絡。赤い魔石は援護要請で滅多に使う機会がない、というよりもそうあって欲しいと望みます」
「基本的に、赤は使っちゃいけないってことですか?」
首を傾げるシュイに、ディジーは困ったように笑った。
「あなた本人か、他の傭兵仲間が命の危険に陥った時にはもちろん使っていただいて構いません。赤い魔石を使いますと最寄りの支部から救助隊が編成され、派遣されるような仕組みになっています。ただし、濫用されては困るのも事実ですけれど。何せ魔石自体支給される数が少ないですし、隊を組むわけですから人手もかかります。そうなると当然、ギルド支部の運営にも支障が出てしまうでしょう? ですから、緊急性が無い時に呼び出したと判断されますと法外な罰金が科せられます。明らかに悪質と見なされた場合には永久除名処分と思っていただいて差し支えありません。尚、石は使い終わりましたらギルド支部の方へ申請していただければ、再度有料で差し上げられます」
確かに、大した用も無く救助隊が呼び出された場合、本当に救助が必要な者たちを救えない場合も考えられる。あくまでも、窮地に陥った時のみの非常手段といったところだろう。
「承知しました、大事に使わせていただきます。お忙しい中、本当にありがとうございました」
シュイは丁寧に頭を下げる。
「いえいえ。では、今日はこの辺で失礼します。あなたの今後のご活躍に、期待しています」
説明を終えたディジーは目を細めて会釈し、再び人垣の中に溶けていった。シュイはもらった身分証と魔石を一瞥し、腰に下げていた皮袋の中にしまう。指を折ってディジーの話を再び思い返し、頭に刻み込む。数分かけてその作業を終え、やっと掲示板に向かって歩き始めた。
掲示板の前は、冒険者や戦士、魔法使いの出で立ちをした傭兵たちで賑わっていた。その中には「依頼を一緒にやらないか」と募集をかけている者もいる。人ゴミを避け、遠目から覗いて見ると様々な依頼書が貼ってある。依頼書の左上の方に大きく文字が書いてあるのが見て取れた。依頼の級の文字だ。
――Cランクだと、B級の依頼まで受けられるんだよな。でもBって全然ないなぁ。
四日前に依頼書でビッシリだった掲示板は、既に穴だらけだった。どうやら割りの良さそうな依頼書は、他の傭兵に剥がされてしまったらしい。仕方ないので、シュイはC級の依頼書の中で報酬の良さそうなのを探し始めた。
――お、あれは良さそうだ。
シュイは、人垣の中に割って入り、掲示板に近づいて目を付けた依頼書の詳細をまじまじと見てみる。
C級任務、フォルストローム領キャノエの町までの馬車護衛、定員三名(残り一名)、報酬102万パーズ(達成後即払い)、任務時間六日前後、締め切りまで残り二日。
――ひゃく……に!?
シュイの目が点になる。視線が上下左右の依頼書へと向き、元の位置に留まる。他のほとんどのC級依頼書に書いてある報酬が大体20~40万パーズであることを考えると、相当に割りのいい仕事だ。これを見逃す手はないだろう。シュイは直ぐさまそれを掲示板から剥がすと、軽い足取りで受付に向かった。
「お疲れ様です。依頼の受諾手続きですか?」
カウンターに赴くと、受付の女性が愛想良く話しかけてきた。どうやらギルドの建物内では、黒ずくめの格好もそんなには目立たないようだ。シュイはローブを来ている魔法使いや僧侶たちに人知れず感謝した。
「ああ、これをお願いしたいんだが」
ニルファナの言い付け通り、なるべく硬い言葉で話しながら依頼書を提出する。
「承りました。身分証の確認させていただいて宜しいですか?」
「ああ、わかった」
ついで、皮袋から先程受け取ったばかりの新しい、くすみ一つない身分証を取り出し、受付に見せた。
「――シュイ・エルクンド様。はい、結構でございます。依頼の方はエルクンド様で定員一杯となりましたので、あちらの時計花で午後一時に着くよう依頼人をお呼びします。十五分前までにこちらへお越しください。こちらが控えになりますので後ほどお持ちください」
そう言い添えて、受付の女性は依頼書の控えをシュイに手渡した。