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第十一章 ~(2)(改)~

 なだらかな傾斜の山道をのんびりと歩いていく。路傍の叢には白髪頭を出しているタンポポがちらほらと見受けられた。

 何となしにニルファナの方を向けば、彼女が必ずと言っていいほど自分の方を向いていて、どこかくすぐったい感じが否めない。そんな感情を読み取られぬよう、シュイは素知らぬ振りを通していた。


「ところでさ、これからシュイはどうするつもり? 何かあてはあるの?」


 ニルファナが首を傾げながら訊ねた。シュイは前々から考えていたことを口にした。


「褒めてもらった手前、言うのも心苦しいんだけど、キャノエの一件では反省点も多くてさ。後学のためにも世界中を旅してみようと考えているんだ」

「なるほどね、それで、最初の目的地は決まってる感じ?」

「まずは王都の図書館で勉強をするのと、新しい魔法の習得を考えている。あとは、途中でレムザ大聖堂にも寄り道しようと思っている。ここからそう遠くないからさ」

「新しい魔法かぁ、確かにA級並の任務をこなした後じゃあ、パンチ不足に感じるかもね」

「念話を除けば使えるのは基礎的なものばかりだし、そろそろ切り札や駆け引きに役立ちそうな、一点に特化した魔法も身につけたいんだ。今のままじゃ準ランカークラスが相手だと全然歯が立たないからさ」

「うーん、早く走ろうとすれば転びやすくもなるんだけどなぁ。まぁ、アレを使われるよりはよほどいいけどさ」


 ニルファナの目が鋭さを増した。値踏みするような目に、シュイが体を戦慄かせた。アレというのが何を表しているのかはよくわかっていた。


「うん、ちゃんと言いつけを守っているみたいだね。感心感心」

「そりゃ、あれだけ説教されたら――」

「説教?」

「……心配していただいたのですから、使う気もなくなりました、はい」

「シュイ、本当の力っていうのは身を削った後で身に付くものだよ。身に付いた後で身を削ってしまう力は外法」

「……わかってます」

「それならいい。それはそれとして、大聖堂だっけ。確かにあれは見て置く価値があるかもね」



 レムザ大聖堂。デニスらレムース教徒たちの総本山はフォルストロームの最北部に位置する。

 元々は違う位置に建てられていた聖堂だが、300年前のジュアナ戦役の際に跡形もなく破壊され、やむを得ず険しい山の奥に居を移したと言われている。標高7000メードという世界最高峰の頂に見守られたその建物は、誰もが一度見たら忘れられないほどに荘厳であるようだ。


「その言い回しからすると、ニルファナさんも足を運んだことがあるんですね」

「うん。まあ、ねぇ」


 おや、と思った。ニルファナの歯切れが悪い事などそうそうあることではなかった。だが、表情を伺うと、別段いつもの彼女と変わらないように見えた。ポーカーフェイスを貫く彼女の感情を読み取るのは至難の業だ。


「とりあえず、城下町までは一緒に行くよ。たまにはのんびり歩くのもいいもんだし」

「そ、そうですか」

「あれ、あんまり嬉しくない?」

「そ、そんな事はありません!」


 眉間が狭まったニルファナを見て、シュイが慌てて首を振った。嬉しいような、おっかないような。そう、手放しでは喜べない、という例えがしっくりきた。


「ところで話は変わるんだけどさ。シュイって、アミナちゃんに何かした覚えある?」

「え、何かって、何です?」


 何かしたかと問われれば何かしたんじゃないかと不安にもなってくる。シュイは宙に視線を向けて記憶を辿り、教会での一件を思い出した。体と体の隙間がなくなるほどに密着したことを。

 だが、アミナの性格からして本当に怒っていれば、その場で平手打ちにしそうなものだ。


「ひとつ確認しておきたいんですが、ニルファナさんがアミナ様と会ったのっていつ頃ですか?」

「十日前かな」


 シュイは頭の中で計算した。今日は教会の件が片付いてからちょうど一週間。その前にアミナと顔を合わせたのは、蜂撃退の祝勝会時だけ。つまり、その時に何かしたということらしい。


「何と言うか、君に抱いているのは疑いだけじゃないような節があってさ」

「それだったら、フォルストロームへの貢献に対する感謝の気持ちとか」

「それとも違うかな。彼女って個人の話題を口にすることが滅多にないからさ、取るに足らない人なら尚更だし」


 さらりとひどいことを言われ、思わずむっとした。ニルファナは自らの言動を気にした様子もなく、歩きながら空を見上げた。


「なのに、君の事に付いて色々訊いてきたからおかしいなーって思ってさ。だから、もしかしたら彼女の印象に残る様なことをしたのかなーって」

「うーん、ちょっと記憶にないです。結構飲まされてあまり覚えてないんです」


 疑われ、それを晴らそうと必死に弁明したことは記憶に残っていた。それでも、会話の細かい内容までは頭に靄がかかっていて思い出せなかった。


「そっか、それならいいや。酔っていたならそんな気の利いた事、言えないはずだしね」


 気の利いたことって何だろう、と首を傾げるシュイを尻目に、ニルファナが顔を下ろして前を向いた。早足で隣に並ぶと、にっこりと笑いかけてきた。

 誰もがこの笑顔を前にしたら、見惚れてしまうだろう。そんな感想を抱いたのは、きっと自分が見惚れてしまっているからだ。



 1000メード近い高さまで上ってくると、進行方向の右手に剣山が見え始めた。逆側、左手に見える崖の下には大森林が広がっていた。このまま進めばレムザ大聖堂――の前にレグゼムという小さな町があるはずだ。

 そこは絶滅した種族、翼族(ガルガリン)が住んでいた町だ。当時の名残として背丈の高い建物が多く、玄関が一階だけでなく、二階以上に設けられている家も多い。別種族を招くときには一階から入ってもらわなければならなかったが、自分たちはいちいち地上に降りなくても家に入れるという親切設計というわけだ。

 中には一階に入口がないものもあったが、そういった家にはちゃんと二階から入れるよう外付けの階段が取り付けられていた。


「ニルファナさん、レグゼムにはシルフィールのギルド支部ってある?」

「流石にないよー。あそこは町って言うよりも村に近い規模だし。フォルストロームの王都まで行けばちゃんとあるけど」

「そっか。王都に着くまでは依頼もお預けか。もしかして、シルフィールの本部もそこにあるの?」


 ふいにニルファナが手を振り上げかけ、シュイが身を(すく)ませたところで引っ込めた。


「あ、やっぱ言ってなかったか。ギルド本部は首都に作ってはいけないという暗黙の了解があるんだよ」

「へ、へぇ。どうしてなんだろう」


 危うく勘違いで殴られるところだったようだ。シュイはホッとした表情の奥でムッとした。


「どうしてだと思う? 自分なりに考えてみて」


 首都には大勢の人間が住んでいるし、国の経済を回す中枢でもある。何事か起きた時には被害も拡大する。傭兵ギルドと言えば響きは良いが、やや斜めから見れば単なる戦闘集団だ。それを懐に招き入れるのには抵抗があっても不思議ではない。


「――多分だけれど、その国に対して在らぬ疑心や危惧を必要以上に抱かせないため、かな」

「うんうん、なかなかいい解答だね」


 お褒めの言葉に預かり、シュイが少し誇らしげに胸を張った。別に今回だけが特別というわけではなく、ニルファナはしばしばある物事について自分なりに感じたことを訊ねてきた。


「概ね正しい。補足すると、ギルド同士の抗争をむやみに誘発しないようにするためでもあるんだ」

「いい餌場の取り合いを防止するってこと?」

「そんな感じだね。なんであそこのギルドに許可を出してるのに、こちらのギルドは駄目なんだ、って不満に思われても困るだろうし。

 結局のところ、首都に本部を設けるメリットがそれほどない。仮に実力の拮抗したギルド同士で抗争が起きたら、本部を潰して一気にケリを付けようと目論むことも考えられる。でも、国のお膝元で殺し合いってことになったら巻き込まれる人が大勢出るでしょ」


 シュイはニルファナとアミナが相争う姿を想像し、重々しくうなずいた。ありとあらゆる建物が消し飛び、大地が沸騰し、人々が逃げ惑う光景がやたら鮮明に描かれた。

 と、自分に向けられている目が疑わしげなものに変わっていた。


「今、とても失礼な想像していなかった?」

「全然、していないです。それより、ギルドの本部って申請すれば作れちゃうものなの?」

「それは国に寄るかな。四大国であればそれなりの武力を備えているし、必要以上に戦力を囲う必要はない。さっき説明したようなリスクもあるから許可は出さない。でも、小国なら出すことも十分に有り得る。他の国への示威目的でね」

「……そういうことか」


 つまりはギルドを国の戦力として囲い込み、他国に攻め込まれないよう威嚇するということだ。ただ、必要以上に力を持つと逆に警戒させることもあるだろうから、その辺の兼ね合いは難しそうでもあった。



 道行く2人の前にレグゼムの建物、三角形の屋根が姿を現した。崖の切れ目まで差し掛かると真っ直ぐだった道はV字に分かれており、道の途切れている先、谷の部分には幾つもの円筒形の建物が建っていた。普通の町と違って高低さを活かした作りになっており、至る所に吊橋がかかり、上下で交差している。

 シュイは道の真ん中に立っている看板を確認し、右側の道に進んだ。左側に目新しい町を望みながら、緩やかな坂を下っていった。


「シュイは、今何か依頼を受けているの?」

「あ、ええとね。ある企業の公文書の郵送依頼を受けて――あだいっ」


 不意に脇腹をぎゅっと(つね)られ、シュイが大きく身悶えた。


<シュイー、秘密文書の郵送任務は誰にも喋っちゃ駄目だよ>


 シュイは痛みに堪えながらがくがくと何度もうなずいた。訊いてきたのはそっちじゃないか、という念話を返すのを何とか堪えた。


「ニ、ニルファナさんの方は何か依頼を受けているんですか? そういえば、ホーヴィで別れた時、南の方に用があるって言っていましたね」


 話題を振ることによってニルファナの手からようやく解放され、シュイは怯えるようにしてニルファナと少し距離を置いた。


「お、良く覚えてたね、お姉さん嬉しいよ。どこにいてもシュイはちゃんとお姉さんの事気にしてくれているんだね」

「……ま、まぁ」


 ばつ悪く頬をかいた。彼女の言い分はあながち間違ってもいないが、こうもストレートに喜びを表現されるとどうしても照れてしまう。あるいは彼女はそこまで先を読んだ上で、敢えて仕向けているのかも知れないが。


「実はギルドにタレコミがあったらしくてね。ホーヴィに向かう船の上で連絡用の魔石を受け取っていたんだ」

「え、気づかなかった。火急の用事だったんですか?」

「キャノエの近くに小さな港町があるんだけど、そこにある物が持ち込まれたって噂を確かめにいったんだ。S級の緊急クエストだね」


 シュイが耳を疑った。自分たちが何度も窮地に陥った大毒蜂の騒動ですらA級任務。確かめにいくだけでS級とは、どう考えても普通ではなかった。


「一体何が持ち込まれたの?」

「ヘレブの実、通称<神獣殺し>っていう希少な毒の果実だよ。極北の秘境で生息している樹から何年かに一度採れるんだ」

「何だか、物騒な名前だね」

「名前だけじゃなくて効果も相当物騒だよ。見た目は真っ白なパプリカみたいで可愛らしいんだけど、強靭な生命力を持つ竜であっても飲み込んだら無事ではいられない。たとえ死に至る事がなかったとして、苦しみにのたうち回り、怒り狂うだろうね」

「……何のためにそんな物を持ち込んだんだろう」


 そう訊ねてはみたものの、シュイは漠然とその理由を察していた。大毒蜂の騒動とタレコミのあった時期が重なっているのは偶然の一致とは思えなかった。


「そう、まさにそれが問題。仮にシュイが悪人だとして、そんな実を手に入れたら何に使う?」

「……えっと」

「ああ、漠然と悪人と言われてもわからないか。じゃあ、フォルストロームの敵対国に所属している人間だったとしたらどうする?」


 ニルファナの言葉の意味を考え、背筋がぞくりとした。国家転覆。現状、表立ってフォルストロームと敵対している国はいなかったが、仇成すことを目的とするならばやるべき事は絞られる。

 そして、浮かんだ考えのどれもが非人道的なものだった。粉末状に加工した上で大きな町の水源地となっている湖に投じれば、それだけで大勢の人間が死ぬだろう。


「……そう、人に使う事も考えられるけど、それだと他者の悪意に寄るものだと直ぐに察知されるよね。意図をぼかす狙いがあったとしたら、それこそ有名な森竜(フォレスト・ドラゴン)とか、他の強い生命力を持つ獣に飲ませて暴れさせるとか」


 神格化される程の魔物にそれを上手く飲ませて怒り狂わせれば、国は容易に滅茶苦茶になるのではないか。

 いつの間にか、自分がそれを己の目的に当て嵌めようとしているのに気付き、シュイは頭を振った。


「そうだね、その可能性もあったとは思ってる。もっとも、そういった生き物は人を遥かに超える知能を持っているから飲ませること自体が難儀だろうけれどね」

「それで、賊の方は見つかったの?」

「何とかね。実の方は跡形もなく燃やしたんだけれど、賊を一人逃しちゃった」

「……逃がした? ニルファナさんが?」


 シュイの声には相当な驚きが含まれていた。ニルファナから逃げ切られる人間がこの世にいるとは思えなかったのだ。


「そりゃ、私だって無敵ってわけじゃないからね。準ランカークラスの敵が二人混じっていたことを鑑みれば上々の結果だと思っているよ」

「え! ……準ランカーが二人って、怪我とかしなかった?」

「んん? もしかして心配してくれているのかな?」

「そりゃ当たり前だよ!」

「そっか、嬉しいなぁ」


 人の気も知らないで照れ笑いを浮かべているニルファナに、シュイはわずかな憤りを感じた。


「……はぐらかさないで答えてよ」

「大丈夫。掠り傷は負ったけど、それくらいだね」

「見せて、どこに負ったの!」

「いやー、シュイったら意外と大胆になったなぁ。寝言でもなしに、こんなところでお姉さんに脱げって言うなんて」

「……え、脱ぐって一体なんの」

「相手の攻撃魔法が左胸の辺りをちょっと掠めてねぇ。でも、シュイが見たいと言うのならお姉さんは異存ないよ。じゃあしっかり確認してね」


 そう言うなり、ニルファナは着ていた水色のブラウスのボタンを外し始めた。


「……ちょ、ちょっと待ってよ! ――うわ!」


 ニルファナが両手をバッと開いたのを見て、シュイが慌てて両手で顔を覆った。が、しばらくしても何の反応もなかった。

 恐る恐る指に隙間を作って覗いてみると、お腹を抱え、声も出せないくらいに笑っているニルファナの姿が目に映った。


「……ひ……くく。ふふっ……はは……」

「……キャミ、ソール?」

「か、可愛いなぁほんと。私だってねぇ……ぷぷ……公衆の面前で素っ裸になるほど落ちぶれちゃいないよ。まぁでも、シュイがどうしても確認したいって言うなら、そうするのもやぶさかじゃないかな。そう、今夜宿に泊まった時にでもね」


 甘い言葉を囁くニルファナのワンピースの下には、胸にリボンの付いている黒い薄手のキャミソールがあった。シュイにとっては「だからどうした」と言うところだ。道行く者たちが顔を赤らめ、立ち止まったり足早に通り過ぎているのを見て、ただただ頭痛を感じた。


「――早く着直してよ! その格好だって十分恥ずかしいってば!」



 こんな、ペースが乱されっぱなしの状態で王都まで行くのか。

 シュイは重い溜息を一つ、ニルファナに悟られぬよう留意しながら吐き出した。

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