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第九章 ~疑惑(1)(改)~

 いつの間にか酒場の奥に立っていた獣族の少女に、ようやく傭兵たちが気づき始めた。

 文字通りに目を奪われていた。セミショートの煌めく銀髪とそこから覗く三角耳。深い緋色の瞳はやや釣り目で芯の強さを感じさせた。しなやかな四肢と褐色の肌。タイトな服を身に付けているせいで、スタイルの良さがこれでもかというくらいに強調されていた。飄然としたニルファナを風と称すならば、彼女は炎だろうか。傍にいるだけでこちらが圧倒されてしまうような存在感を持っていた。

 一方でシュイは、気配を悟れないまま接近を許してしまったことに愕然(がくぜん)としていた。図書館でピエールに意表を突かれた時とはわけが違った。

 実力者に囲まれている状況を敏感に察知し、店内に薄い魔力の警戒網を張り巡らせていた。現に、シャガルがエリクと戻ってきた時もちゃんと認識できていた。

 にもかかわらず、彼女に関してはどういうわけかその存在を知覚できなかった。完全なる気配の消失。シュイはニルファナと出会った日のことを思い出した。



「ひ、姫様!」


 エリクの発した言葉に目を丸くし、座っていた4人が慌てて立ち上がった。シュイは、失礼にならない程度に、しかし少女をしげしげと見た。

 獣族だということを差し引いても、目の前にいる美少女がランカーに迫る実力を持つようには到底思えなかった。年齢は16ということだったが、背丈だってせいぜい自分と同じ程度だ。

 シュイはフードの奥で目を閉じた。視覚を絶ち、少女が裡に秘めている純粋な力を感知しようと意識を集中した。

 途端、後頭部が痺れるような感覚に陥り、全身が泡立つのを感じた。闘気が猛獣を象るかのような錯覚に襲われた。準ランカーと聞いていたが、下手をしたらアルマンドやデニスをも上回るかも知れない。そうと思わせるほどの実力を隠しているのだとわかった。


「固くならずともよい。祝勝会が催されているとリーグに聞いたのでな。偶にはこういう場に出てみるのも悪くはあるまい。それで、こちらの四人がそうか?」

「は、はっ! 彼らの迅速な対応によって多くの人命が救われました」


 敬礼するエリクにアミナは軽くうなずき、四人の方へ向き直った。何気ない所作ではあるが、それがまたいちいちさまになっていた。


「4人ともに初見のようだな。お初にお目にかかる、アミナ・フォルストロームだ。我が国の民を守るために尽力してくれた事、真に感謝する」


 そう言ってアミナが、仮にも一国の王女が、シュイたちに向かって頭を下げた。


「と、とんでもない! こ、こちらこそ!」


 虚を突かれた4人が急ぎ礼を返した。アミナよりも更に深く頭を下げているのは言うまでもなかった。むしろ頭を下げられたことで、器の大きさをまざまざと実感した。


「ひ、姫様! 仮にも王族が軽々しく頭を下げるなど!」

「下げるなど、何だ? 恩ある者に対して礼を尽くす事になんの躊躇(ためら)いがあろうか」

「い、いや、しかし」

(まつりごと)に携わる者は民の模範とならねばならぬ。高慢ちきな姿を晒していては民心は離れ、国は傾く。国とはすなわち親であり、臣民は子に等しきものだ。感謝は言葉だけでなく、節度と態度を以って表さねばならぬことを、親は子に教えねばならぬ」

「た、確かに、仰る通りでございます」

「王の威厳とは威張ることに非ず、あらゆる物事において厳かであることだ。それは自分に対しても例外ではない。そなたの目には、私が頭を下げる姿が卑屈に映ったのか?」

「い、いえ、滅相もない!」


 エリクが可哀想になるほどの雄弁さで、アミナは抗弁の余地をことごとく潰していった。言葉の節々からは気の強さと、王族としての信念が垣間見えた。


「そんなことよりも、エリク。私の事をお前が出世できない言い訳に使われてはたまったものではないな。少なくともこの者らはその様な印象を持っておるようだが?」

「うぐ……」


 歯に衣着せぬ物言いがエリクを仰け反らせた。結構はっきり物を言うタイプらしかった。


「もし真に私のためだと申すのならば、一年以内にフラム・ガーディアンの列席に名を連ねてみせよ。行動で示せる者が覚悟を口にする分には私も咎めることはせぬ。それに、そなたにその力が備わっていることも疑ってはおらぬ」

「は、はっ!」


 すっかり酔いが醒めた様子のエリクは、背筋を伸ばして再敬礼した。さり気なく(おだ)てられたせいか鼻の穴がぴくぴくと動いている。

 年齢に見合わぬ、有無を言わせぬ迫力がアミナの身体から滲み出ていた。シュイは出会ったばかりの、ほとんど齢が変わらぬはずの少女に、深く畏敬の念を抱いた。周りの席では、アミナが来ていることに気づいた傭兵たちがヒソヒソと言葉を交わしていた。


「……うん? そなた、その黒衣は脱がぬのか?」


 本当に何気ない言葉だった。それを聞いて初めて、シュイはアミナの視線が自分へ注がれていることに気付いた。

 酔っていたせいか、それとも王族が目と鼻の先にいるという現実感のなさのせいか。一国の姫君である彼女から投げ掛けられたその質問が、自分にとってどれほど都合の悪いものなのかを悟るのに、更に数秒の時間を要した。



 周りの傭兵たちは雑談を止めて事の成り行きを見守っていた。注目されてことを今更ながら知り、自分の体温が何度か下がったような気がした。口の回るエリクがあっさりと封殺された有様が、頭の中でフラッシュバックした。

 アミナはそんな気持ちを知ってか知らずか、言葉を続けた。


「雨の多い時節柄だ、そんな格好では少々暑かろう。ましてや今宵は酒の席ぞ。それに私としても、できれば民たちを守ってくれた者の顔を覚えておきたいのだが」


 ごもっともだ。言い換えると正論だ。などと考えている時点で、混乱していることは否めなかった。

 必死に対応策を巡らせようとするシュイだったが、酒のせいかいまいち考えがまとまらない。

 と、窮状を察したのか、隣で突っ立っていたピエールが助け舟を出してきた。


「お、恐れながら、姫様。実はシュイの顔には酷い火傷の痕がありまして……本人も気にしているようなので」


 一瞬、シュイはピエールをポカンと呆けたように見つめた。


 ――そうだ、それだよっ!


 自分で設定しておきながら、その話をすっかり忘れていた。シュイは覚えていたピエールに深く感謝した。後で好きなだけ酒を奢ってやろうとも思ったくらいだった。心の中で盛大な拍手を送りつつ、その助け船に乗り込もうと口を開いた。


「そ、そうなんですよ。あまりに醜いんでとてもこのような場で晒せるような顔では――」

「――ほぅ、それは難儀な事であるな」


 アミナは目を伏せながらそう言った。シュイが内心でほくそ笑んだ次の瞬間、アミナは目を元の位置に戻し、朗らかに笑った。眩しいくらいの笑顔だった。


「案ずることはないぞ。私は見てくれで人を判断することは一切せぬ。人間、大切なのは中身であるからな。それに、私の友人の中には世に名を知られている治癒術士もいる。彼の者たちであれば古傷の一つや二つ、目立たなくすることくらい朝飯前であろう。うむ、そうだな、それが良かろう。此度の礼も兼ねて近日中に診察の機会を設けるから是非診て頂こう。何、遠慮は要らぬぞ」

「あ、そうですか! 出過ぎたことを、失礼しましたっ! ……だってさ、おい良かったなぁシュイ!」

「……あ、……ああ」


 傷を治してくれるというアミナの発言に喜びを表し、あまつさえ肘で小突いてくるピエールに、シュイはどうにもやるせない気持ちになった。助け舟は船板を剥がされ、甲板を撃ち抜かれ、あっという間に穴だらけになった。最早補修出来る余地もなかった。

 しかし、何と言うアミナの押しの強さだろうか。もしかしたら、樹脂で出来た変装用の樹脂もアミナには見破られてしまうのではないか。そんな恐れにも近い思いに囚われた。顔を出した途端に剥がされそうな予感がするのは気のせいではないだろう。シュイは自分の甘さを、浅はかさを呪った。


「ん、どうした?」

「……シュイ?」


 未だ躊躇しているシュイに、シャガルとピオラが不審げに首を傾げた。


「シュイ殿、姫様もこう言っておられるのだ、私の顔を立てると思って見せてくれぬか?」


 エリクもさぁさぁと催促してきた。


「あ、ああ」


 様々な想いが渦巻く中、シュイは何とか震える手をフードに掛け、握り締めた。だが、万が一自分が賞金首だとバレたらどうすればいいのか。ここにいる者たち全員を振り切って逃走出来るのか。否、ピエールが見逃してくれるとしても、フラムハートの実力者たちとフォルストロームの軍人、誰よりアミナがそれを赦すはずがない。無論、戦ったところで到底勝ち目はない。

 と、そこで厄介な事実に気付く。そんな心理的葛藤以前に、バレれば推薦人のニルファナにまで害が及んでしまう。それだけは何としても避けなければならなかった。自分だけがこの場で捕まるか殺される方がまだマシだ。


「――い」


 などと思っているうちに、再びアミナの声が聞こえ、思考が現実に戻った。


「……あ、はえ?」


 シュイはフードに手を掛けたまま間抜けな声を出す。


「もう良い、と言ったのだ。醜い顔を(さら)け出すのに抵抗があるのは致し方なきこと。それを興味本位で無理矢理に晒そうとするはいささか配慮に欠ける行為であったな。……私の不徳だ、許せ」


 沈痛な表情を浮かべるアミナに、シュイは経験したことがないほどの罪悪感に襲われた。自分の付いた嘘が、あろうことか彼女に謝罪の言葉を述べさせてしまった。傷のことを気遣い、治療の手筈まで整えようとしてくれた優しさに砂をかけたのだ。


「……あ、……と、とんでもございません。過分の御配慮、感謝いたします」


 申し訳なさで胸が一杯になりながらも何とかその台詞を口にし、深々と頭を下げた。彼女が先ほど言ったように、せめて謝意を態度で示す他になかった。

 気を取り直したのか、アミナは表情を元に戻した。


「そなた、シュイと申したな。所属ギルドはどこか」

「は、はい。シルフィールでございます」

「ほぅ、私と同じか。それならば近いうちに再会することもあろう。シュイ、治療後でも構わぬ故、次会った時には必ず顔を見せてくれ。……約束したぞ?」


 『必ず』という言葉を強調したアミナの大きな目がシュイの顔を真っ直ぐに捉えた。緋色の瞳がフードの闇をも見透かすのではないかと思い、シュイは大きく身を震わせた。もはや了承する以外に選択肢は残されていなかった。



 宴もたけなわとなった頃、シュイは人目を逃れるようにして酒場の外に出た。あの後エリクに何度となく酒を奨められ、頭に靄がかかっているようだった。風に当たって少し酔いを醒ましたかった。店を出て少し歩いたところで目の前にある長老樹を見上げ、深々と溜息を吐きだす。


「まいったな……」

「何がまいったのだ?」


 またしても後ろから声を掛けられ、シュイが身体を戦慄かせた。慌てて酒場の方を振り向くと、いつの間にかアミナが傍に立っていた。先程と同じように真っ直ぐな視線をシュイへと向けていた。


「じゅ、獣姫様。あ、あの、まだ何かご用でしょうか」


 訊ねながらも、焦りを禁じ得なかった。敵意や殺気を漲らせている賞金稼ぎならいざ知らず、害意のない実力者に対して魔力の警戒網はあまりにも無力だった。


「……その呼び方は止めよ、あまり好いてはおらぬのでな」

「え、そ、そうなんですか。では、アミナ様でよろしいでしょうか?」


 戸惑うシュイに、アミナは満足そうにうなずいた。


「うむ、本当なら『様』もいらぬと言いたいところだが、まぁこの国の中ではそれも許されまいな。それはそうと、そなた、酒は苦手なようだな」


 ほとんど反射的に息を呑んだ。もしや、あれからずっと一挙一動を観察されていたではという考えが浮かんだ。何かぼろを出すような真似はしていなかっただろうか。かなり気にはなったが、今は応答が先だった。


「は、はぁ。普段はあまり嗜まないもので、申し訳ありません」

「いや、別に責めているのではない。エリクは優秀な男だが、酒が入ると少々強引になるのが玉に瑕でな。自分が飲めるのだから他人も飲めるはずと信じて疑わぬ。困った奴だ」


 アミナは腰に手を当て、やれやれと溜息を吐き出した。


「でも、エリクさんはアミナ様を心底尊敬しています。いや、今日こうしてお会いして、実感しました。エリクさんだけではなく、フォルストローム中の方々がそうなのでしょうね」

「……それが辛い時もあるが、な」

「……え?」


 シュイは訊ね返した。近くにいても聞き取れぬほどに小さな呟きだった。


「いや、何でもない。――ところで、顔を見せぬことを許した代わりにといってはなんだが、お主に一つ訊きたい事があるのだ。構わぬか?」

「訊きたい事、ですか。……わかりました。私に答えられることであれば何なりと」

「では問おう。何故、お主は傭兵になったのだ?」


 シュイは幾分拍子抜けした。もっと核心に迫る質問をされるのかと思っていたのだ。安堵の溜息を飲み込み、ピエールやミルカにした時と同じ説明を口にした。もちろん、名誉と金のためだと。


「それはおかしいな」

「……え、何がですか?」


 シュイは動揺を飲み干し、本心から訊ねた。傭兵が名誉と金を得ようとするのは、極々自然なことだ。実際、ピエールたちは真っ当な理由だと納得したのだ。 

 それに対するアミナの説明は、エリクに対して展開した弁論のように、淀みなかった。


「金のためだと言うならばまだ納得もいく。が、名誉の定義を考えてみよ。名誉とは自己と他者がいて初めて成り立つ概念だ。称賛し、羨望し、嫉妬する者がいてこそ成り上がろうという欲が生まれる」

「は、はい」

「名誉とはすなわち、己の存在を世間に知らしめること。この一言に尽きる。顔を隠している者が名誉を求めているというのは矛盾があるように思えるが?」


 シュイは、自分が追い詰められていることを悟った。顔を隠すことが、このような論点に帰結するとは思いもよらなかった。アミナは目を瞑り、更に問答を続けた。


「それにだ、たとえ火傷の痕があろうと、強く名声を欲している者ならば、少し傲慢に聞こえるかも知れぬが、王族たるこの私に顔を見せぬとは思えぬ。そなたは頑なに顔を見せる事を拒んだ。……それは何故だ?」


 至極真っ当な論理だった。アミナはフォルストロームの姫君であり、こちらは今回フォルストロームに少なからず恩を売った立場にあった。名誉を望むものが有力者に顔を覚えてもらうのは自然な流れだ。

 名誉と金。傭兵が求めるものとして自然な動機をチョイスしたつもりだったが、そんな落とし穴があるとは考えていなかった。


「念のために断っておくが、此度(こたび)の件において、そなたがいかに力を尽くしてくれたかは私も耳にしている。人命を優先し、長老樹に向かわず蜂の分散を食い止めてくれたことも。教会に避難した者たちを守るべく力と頭を尽くし、懸命に戦ったことも。頭ではわかっているのだ。キャノエの恩人であるそなたに対し、疑いを向けるべきではないことくらい。だが」


 息を大きく継いで、アミナは目を開いた。


「そなたも承知の通り、私はこの国においてどのような懸念をも放置しておける立場にない。私にだけは、本当のことを話してくれぬか。何なら、全てはこの胸に仕舞っておくと誓っても構わぬ。たとえそれがどのようなことであれ、だ」


 アミナの言葉が強制力を伴ってシュイの耳に届いた。おそらく、アミナは沈黙を守ると言うからには必ず守るだろう。出会ったばかりの自分に、そうと信じさせる力、カリスマ性とも呼ぶべきものがアミナには備わっていた。

 しかしながら、ここで引くわけにはいかなかった。例外を作ることは、自分を律する力を弱めることに等しかった。


「ほ、本当に名誉と金なのです」


 呻くようにそう言ったシュイに対し、アミナは少し苛立ったように土を踏み抜いた。


「そなた、私の話をちゃんと聞いていなかったのか? 先ほど私は火傷を治せる当てがあるとも言ったはずだ。それなのに何故顔を晒す事を躊躇った!」

「そ、それは……」


 返事に窮したシュイは、ひたすらに考えを捻り上げた。


「……ア、アミナ様の眼前で晒すのが躊躇われたので」

「それも答になっておらぬぞ。私は見かけで人を判断したりはせぬとも言った。なれば、私の言を疑ったと申す気か」

「と、とんでもない! アミナ様が有言実行を地で行くお方だということは疑っておりません。ただ、そう、あなたがあまりにも可憐過ぎて……」

「――な、何と?」


 アミナが声を裏返した。


「その、悪鬼の如き醜い顔を妙齢の美少女に晒すのはやはり堪え難く……ですね」

「……バ、バカ者。……くだらぬことを」


 アミナの攻勢が止まりかけたのを見計らい、シュイは早口で捲し立てた。この機を逃しては説得しきれないという確信と恐れが、言葉に力を与えた。


「も、もちろん私も名誉は欲するところですし、アミナ様の見かけで人を判断しないという言葉を疑ったわけでもありませんが、万が一私の顔を見た時にあなたの表情が嫌悪に歪むようなことがあればと想像してしまい私も一人の男としてどうしてもそれが我慢できず……」

「……う、……む」


 アミナは曖昧にうなずいた、ように見えた。


「そ、そんなわけなのでどうかこれで……お許しくだされば」


 シュイは観念したように、フードを少しだけ斜め上にずらした。額の部分にケロイド状の痕が見え、アミナは口を(つぐ)んだ。


「た、確かに、火傷の痕のようにも見える、が」


 あるいは、明るい店内でそれを見せていれば、見破られたかも知れなかった。だが、店の外は家々から漏れる光と街燈の照明のみで薄暗く、一見ではわかりにくいはずだった。


「幼い頃に負った火傷です。家が貧乏だったので、いずれ自力で金を溜めて高名な治癒術師に見てもらおうかと思っています。その、アミナ様の温情には心底感激しております。ですが、必要以上に特別扱いされては良からぬ思いを抱く者もおりましょう。そう、一年以内には何とか金も溜まるだろうと考えておりまして、その後でよろしければ、先ほど店内でも申しました通り、いくらでも顔をお見せいたします。も、もっとも、火傷を治した所でたいした顔ではございませんが。出来ればそれまで猶予を与えて下されば、と存じます。何卒……」


 シュイはそう言い、頭を下げた。全身に冷や汗をかいていたのは言うまでもなかった。慣れない酒、恐怖、そして口にしたもっともらしい嘘。自分でそう思っているだけだが、それに矛盾がないだろうかという焦燥が、体に異様な熱を生じさせていた。一年以内という期限を言葉として発してしまったことだけが、やたらと鮮明に記憶に残った。



 混乱の渦中にあったシュイは、アミナの方を見遣る余裕がなかった。故に、目の前にいる少女の変化に気づかなかった。

 自分が口にした言葉が、熱を生じさせていたことを。必死に平静を装うアミナが、真っ赤に染まった三角耳を忙しなく動かし、せっせと放熱していたことを。

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