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第八章 ~祝勝会(1)(改)~

「やっと起きたか。おはようっ、人間椅子君っ!」

「……おまえ朝っぱらから、ぶん殴っていいか?」


 ドアの隙間から爽やかな笑顔振り撒くピエールに、シュイは頬をひくつかせた。一晩を経てようやくかさぶたと成りかけていた記憶を出会い頭に剥がされたのだ。一日の始まり方としては最悪の部類だった。大方(おおかた)向こうとしてはこれまで散々からかわれた事への仕返しのつもりだろうが、起きて間もない開口一言目で椅子呼ばわりされれば黙っていられるはずもなかった。



 大毒蜂との激闘から一夜が明けていた。戦いが終わった後、シュイとピエールは疲労困憊ひろうこんぱいの中、シルフィールのギルド支部にて今回の件に関する報告書を纏めさせられた。無論、治癒術師ヒーラーによる傷の手当てが終わってからのことではあったが、それにしても体力まで戻ったわけではない。手足は鉛のように重く、頭にも気だるさが付き纏っていた。

 明日にして欲しいと二人して訴えてみたものの、ギルド支部員は切実な申し出をあっさりと却下した。記憶が鮮明に残っているうちに書き上げないと意味がないとの一点張りだった。記憶が鮮明でも思考が不鮮明ではまともな報告書を書き上げられるわけがない、と食い下がると、眠気が吹き飛ぶことで有名な【マダヤレ草】の粉を半ば強引に飲まされる羽目になった。

 唯一の救いと言えば、大毒蜂撃退に特別報酬が出ることくらいのものだ。任務外報酬の詳細な取り決めなど聞いたこともなかったシュイにとっては確かに思いがけぬニュースだった。

 とはいえ、何を置いてもまずは早くシャワーを浴びて、鬱陶しい汗と土埃の臭いから解放されたかった。それでもって、一刻も早くベッドに身を投げ出したかった。

 口腔内で反復横飛びする苦味に涙ぐみながら、シュイは大急ぎで筆を動かした。ちょっとした辞書くらいはあろうかという厚さの報告書が纏め上がった頃には町の灯りのほとんどが消えていて、遠くから梟の鳴き声が聞こえた。もう開いている宿もないだろうということで、二人はギルド員のささやかな配慮によってギルド支部の部屋で寝泊まりすることになった。そんな優しさがあるならさくっと寝かしてくれたって良いのに。シュイは不満をぶつけるかのように、用意されたベッドにダイブした。



 腕をぐっと天に伸ばし、ストレッチしながらピエールの後に続いた。歩いている間にも、生欠伸が後から後から出てきた。


「……今何時?」

「もう正午に近いぜ、何度かノックしてもなかなか反応がなかったし、ぐっすりと寝ていたみたいだな。ま、俺もさっき起きたばかりだけど」

「そっか。……あいてててて!」


 体を横に傾けた途端、脇腹に鈍い痛みを感じた。シュイは痛んだ箇所をそっと擦った。


「はぁ、失敗した。昨日寝る前にちゃんと身体を(ほぐ)しておくべきだった」

「はは、同感だ。俺もここまで酷い筋肉痛は、ちょっと記憶にねえなぁ」


 全身を(むしば)んでいる筋肉痛に顔を歪めながら、二人はロビーの方へよたよたと歩き出した。

 今夜は長老樹に面した大きな酒場<ヨッテ亭>で大毒蜂撃退の祝勝会が催される事になっていた。身一つで構わないと言われていることから、奢りと考えて良さそうだった。差し詰め、町のために戦ってくれた者たちの労をねぎらうささやかなご褒美といったところだろう。


「シュイ。お前ももちろんいくんだろう?」


 後ろ手を組みながら歩くピエールに、シュイは決まり悪そうに口を開いた。


「……いや、実はパスしようかと思っているんだ」

「ハァッ!? なんでだよ、飯は食い放題だしタダ酒だって飲めるんだぜ?」


 この条件で断ることなど有り得ないといった感じで、ピエールが眉をひそめた。確かに酒好きには魅力的な話だろうが、未成年にとっては単なる食事会に過ぎなかった。体がだるい今、無理に行く必要はないように感じられたし、二の足を踏ませる理由もひとつあった。


「ははーん、わかった。わかっちまったぜ」

「……あ? 何がだよ」

「そりゃそうだよな、昨日の今日だ。おまえ、ピオラに会うのが怖いんだろ」

「……うるせー。わかってるんなら訊くな」


 余計な一言で、昨日の気鬱な記憶がありありと蘇った。意図的ではないにしても、出会って間もない女の子の服を脱がしてしまった後ろめたさといったらなかった。緊急時だから辛うじて許されたが、町中でやれば即手錠をかけられるレベルだ。


 ――当然まだ怒っているよなぁ。はぁ、会わせる顔がないよ。


 悶々とした感情が頭に渦を巻いた。昨日はピオラの顔を見る限りそんなに怒ってないのでは、という推測とも願望ともつかぬ考えがあった。

 だが、今朝になって冷静に振り返ってみると、腰掛け代わりに使われるなんてどう考えても普通の出来事ではないように思われた。


「でもよ、こういうのは後に回せば回すほど問題が(こじ)れるぜ。今のうちに手を打って置いた方が無難じゃないか?」

「簡単に言うなよ、それが出来れば苦労しないって。――ところで一つ訊きたいんだけどさ」

「おう、何だ?」

「ピエールは椅子にされたことある?」

「ないないない。ていうか、そんなくだらない質問をされたこと自体今日が初めてだ」


 ビッビッビッ、とテンポの良い手振りを交えつつ、ピエールが肩をすくめてみせた。


「……だよなぁ。ってことはやっぱり相当怒っていたんだろうなぁ」

「だな、常識的に考えれば逮捕モン。俺がやっちまったら生まれてきてごめんなさいって土に額を擦りつけつつ平謝りするレベルだからな」


 訳知り顔でうなずいているピエールにシュイは拳を震わせた。ピエールだって下着は見たのだから全くの部外者というわけでもないのだ。


「じゃあやっぱり行くのはよすよ。出来得る限り正直に話したし、状況説明も怠らなかった。心から謝罪したつもりだ。それでも許してくれないとなれば、時間が解決してくれるのを待つしかないだろ?」

「……ふふん。お前もまだまだ甘いな」

「何が甘いって?」


 ちっちと舌を鳴らしたピエールに、シュイはじと目を送った。


「一つ、効果的な手段を忘れているぜ。昔から言うだろう、謝罪と賠償をって」

「……賠償?」

「なんだおまえ、案外鈍いなぁ。プレゼントだよ、プ・レ・ゼ・ン・ト!」

「プ、プレゼント? 許してもらうのに物で釣るのかよ。それで償いになるのか?」

「おいおいシュイ、そういう考え方は不健全だぜ。もっと楽観的に考えろ。単純に、おまえの誠意を目に見える形で渡すと思えば良いんだよ」


 誠意ねぇ、とシュイは首を捻った。効果のほどが疑わしいというように。


「誠意ねぇ、ってお前だって、彼女にあんな真似しといて悪いと思っていないわけじゃないだろ?」

「当たり前だ!」


 シュイが叫んだ。そもそも、昨日の時点でピエールがちゃんと庇ってくれさえすれば、これほど鬱々とせずに済んだのだ。

 そんな心情を察することなく、ピエールは気楽そうに言葉を続けた。


「ならいいじゃないか。それで機嫌が直るなら安いもんだろ? 別に、そんな高いもの渡せとは言わねぇよ。大切なのはセンスと気持ち、ちゃんと選ぶのに時間を掛けることだ。露店でポッと見つけたのをあげるのたぁわけが違うぜ」


 したり顔で説明するピエールだったが、それなりの説得力はあった。意外とマメな性格なのかと独りごちた。そう言えば以前にも、兄弟が多いみたいなこと言っていた気がした。


「じゃあさ、おまえの目から見てピオラっていくつくらいに見える? 俺、あんまり魔族を見た経験がないからわからないんだけど」


 ピエールはそうだなぁ、と腕を組んで考え込んだ。


「そういや前に、魔族は森族と成長の仕方が似通っているってアルマンドさんに聞いた事があったな。森族の老化が停滞するのは早くて二十歳前後くらいらしいだけど、彼女の年齢はどう考えてもそれよか下だろ。見たまんまの印象じゃないか?」


 森族は二十歳くらいから八十歳くらいまでは老化が緩やかに進行する。例えば森族の十歳は人族の十歳とそう変わりないが、森族の八十歳は人族でいうとせいぜい三十台にしか見えない。魔族の成長がそれと似通っているというのならば、成人までの成長の仕方は四種族共通しているということになるのだ。

 そして、寿命の差は異種間婚にかなり影響する。平均寿命がおよそ似通っている獣族、人族のカップリングは割に多い。

 反して、森族と魔族のカップリングが多いかというとそうでもない。ザーケイン帝国が滅びるきっかけとなったジュアナ戦役から約300年。それだけの時を経ても尚、支配者として長らく君臨していた魔族を毛嫌いしている者は少なくない。他三種族を見下す古典的な魔族もまた然りなのでお互い様といったところだ。


「ふーん。なら十三、四ってところかな?」


 シュイはピオラの姿を思い起こしながら言った。背丈は低めだし線も細い。少なくとも自分より上ということはないだろう。相手の年齢によって態度を変える必要はないだろうが、ある程度の目星が付けば喜んでくれそうな贈り物にも見当が付く。


「うーん、俺はもうちょい上な気がする。ギルドによっては入団に際しての年齢制限もあるしな。何歳からっていうのは各々違うけど。まぁ、多少の誤差があったって気にすることなんかねえよ。どちらにしたって俺たちから見ればお子様であることに変わりはないだろ?」

「……お子様で悪うござんしたね」


 シュイがボソリと呟いた。


「ん、何か言ったか?」

「何でもない。ま、いいや。ちょっとは参考になったから一応礼は言っておくよ。ありがとさん」

「うわぁ、全然気持ち()もってねぇ」


 おざなりな言葉を残して離れて行くシュイの背中を、ピエールは呆れ顔で見送った。


 キャノエで一番大きな商店街は町の北側にあった。やたらに葉の大きい街路樹があちらこちらに植えられていて、木陰が多かった。これなら夏の日中でも過ごしやすそうだ。

 周りの店を物色しつつ、何を買おうかと悩んだ。まず、洋服類は絶対に買わないことを決めていた。ピオラの体形を知っているわけではなかったし、昨日の事を否応なしに連想させてしまうからだ。

 贈る対象が傭兵であることを考えて、家具に類する物もなるべく避けるつもりだった。持ち家がある傭兵もいないことはないだろうが、世界中を回る職業には違いない。選び抜いた贈り物が半年も経たぬうちに埃に塗れるのは少し寂しかった。

 そうなると、やはり普段から持ち歩ける物だろうか。それでいて嵩張(かさば)らないものがいい。この結論に至って、宝飾品類が古今東西持てはやされている理由が初めて理解できた。特に、指輪や首飾りなどの装飾品は普段から持ち歩けるし嵩張らない。しかも見栄えまで良いときている。可愛らしい小物入れでも良さそうなものだが、ピオラの着ていた黒装束に合う物を探すのは難しそうだった。


 値段の幅も考える必要があった。金を出すのが惜しいというわけではない。ニルファナへの借金は返済を終えているし、家庭教師の依頼報酬が大きかったので懐はそれなりに温かくなっている。買おうと思えば大概のものは買えた。ただ、あまり高い物だと気を遣われるかも知れないし、そもそも昨日会ったばかりの相手ピオラにそんな高価な物を送るのは不自然だろう。

 始めはスタンダードに指輪をあげようかと考えていたが、指輪は相手に対する好意を表すのに良く使われる贈り物だ。誠意を表すのにはあまり向いていないような気がした。

 そのうちに何でもいいやと投げやりな気持ちになり、その後で適当に選ぶんじゃ誠意は伝わらないだろと自分を叱咤する羽目になった。


「意外と迷うなぁ……。僕って案外優柔不断なのかなぁ、いや、そんなことは……」


 ぶつぶつと呟きながら、時に首を捻りながら。シュイは二時間弱、商店街を彷徨い続けた。

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