第七章 ~(3)(改)~
~2012年1月1日、改稿
空を埋め尽くす蜂群から溢れ出でるように大毒蜂が2体、やや遅れてその上から更に2体。教会の門前に陣取っているシュイたちに向かって降下した。
「ふっ!」
いち早く背負っている剣の柄に手を掛けていたピエールが溜めていた息を一気に吐き出し、襲ってきた蜂に対して長剣を抜き放った。
鞘走りの音に遅れて、銀色の刃が縦に弧を描いた。振り抜かれた刀身の先が見事に口を開きかけていた蜂の身体を捉え、胴から背中へと抜ける。真っ二つにされた蜂が左右に分かたれながら、ピエールの背後に墜落した。切断面から体液が流れ出し、鮮やかな芝生を黄緑色に汚していった。
「ギィィィッ!」
けたたましい鳴き声と共に後から突進してきた蜂を、ピエールが素早く伏せてやり過ごした。それを見計らうように、彼の斜め後方に控えていたピオラが手に持つ短剣で素早く真横から切り込む。ピオラの構えた刃に顔面から突っ込んだ蜂は体を斜めに傾かせ、そのまま地面に転がった。
やや遅れて二体が、低空を滑走するように突進してきたが、既にピエールは体勢を整えていた。斜め前に飛び込むように動き、蜂の顎から逃れつつも横一文字に長剣を振りかざした。並列して飛んでいた二体がまとめて横薙ぎにされ、蜂たちは緑色の体液を撒き散らしながら墜落した。
おぞましき光景と体液の臭気に、シュイはフードの下で顔をしかめた。だが、命がかかっている状況で気持ち悪いなどと言っている余裕はない。何より女の子であるピオラが平然としているのに、自分が怯んでいては格好が付かないという思いがあった。所詮は見栄の話であるが、ゴキブリに大騒ぎする男がみっともないのは確かだ。
「次、来るぞ!」
ピエールの叫び声に呼応して、シュイとピオラが空を睨んだ。先ほどの攻防を見定め、少数では埒が明かないと判断したか、上空では蜂が10匹近く寄り集まり、襲撃の機を窺っていた。
ほどなく集まっていた蜂たちが、左右に展開しながら一斉に突撃してきた。こうなると予想通り、蜂の飛翔音で声がほとんど聞き取れなくなった。連携に必要不可欠な会話を封じられた3人は、しかし焦りを見せずに蜂の位置を確認した。
<一番に入る、五秒前だ>
シュイの念話にピエールとピオラがうなずいた。いよいよ蜂が間合いに入りそうな頃合いで、3人はピエールが描いたコの字に向かって走り出した。
蜂たちは突然逃げ出した目標を仕留めるべく進路を変えた。先を行くシュイたちに追いつこうと、広がっていた蜂の陣形が段々と密集してきた。
その様子を見届けた3人が足を止め、後ろに向き直った。蜂たちとの距離が残り10メード程度に詰まったところで、ローブから覗くシュイの手が下から上へと振り抜かれた。
「<裂風壁>!」
シュイが高らかに魔法を唱えた。イメージし易いように描かれたコの字の溝から、突風が吹き上がった。
三人に向かって滑空してきた蜂たちが、高さ4メードはあろうかという不可視の障壁に次々とぶつかり、弾き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられた。5秒ほどして風の障壁が消滅した時には、襲いかかってきた蜂たちは残らず地面で身悶えていた。
「……上出来」
ピオラがのたうっている蜂たちを横目に呟いた。守りの呪文故に蜂達を一撃で殺すとまではいかないが、衝撃で羽を痛め付けるには十分なようだった。
障壁魔法の持続時間はある程度調整出来るものの、維持する時間が長ければその分消耗も大きくなる。それを考慮し、シュイはある程度の効率が見込めるだろうと考慮した時間で魔法を解呪していた。
「また来るぞ!」とばかりに、ピエールが上空を勢いよく指し示した。
大毒蜂は懲りずに10匹程の集団を形成し、3人に襲いかかってきた。再び教会の周囲が大音量の飛翔音で包まれていく。
<なるべく集団から外れている敵を優先的に始末してくれ。後は障壁で対処する>
シュイの念話にピエールとピオラが目礼で答えた。シュイは素早く自分たちと蜂の位置を確認し、それから迎え撃つのに最適な位置を見定めた。
<次は4番、8秒前だ>
合図と共に3人が、一番最奥にあったコの字に向かって走り出した。蜂たちはシュイたちを逃がすまいと、地面すれすれで弧を描き、低空で飛行しながら後を追う。
蜂は先ほどよりも長細い列を作っていた。先頭の方に突出していた2体を見止め、ピエールは両腕を交差させるように投げナイフを1本ずつ持ち、振り向きざまに投擲した。
最前列の1匹の胴体にナイフが潜り込んだ。体を左右に振ってナイフを避けた2匹目に、今度はピオラが手をかざした。
「……<集束する雷>」
囁くような声。小さな手の平が発光し、放たれた雷の手が蜂を絡め取った。体から白い煙を撒き散らしながら、蜂が先にやられた1体の傍らに落下した。
後を追って、蜂の群れの本体が一丸となって突っ込んできた。2人は慌てた様子で、障壁魔法の準備をしているシュイの元に走った。2人がコの字に滑りこんできたところで、シュイが向かってきた大量の蜂を見据え、詠唱した。
<烈風壁>。突撃してきた蜂たちが再度出現した障壁に阻まれ、三方に弾き出された。やはり5秒ほどで障壁が消え、列の最後方にいた蜂が障壁に当たることなく突っ込んできたが、立ち塞がったピオラが素早く短剣を振るい、あっさりと片付けた。
「これで20体強ってところか。へへ、順調だな」
「……油断、大敵」
不敵に笑うピエールの横で、ピオラはあくまで淡々と息を整えていた。
シュイは再度の襲撃を警戒して空を見上げたものの、何故か蜂たちはその場で滞空を続けていた。
「……あ! やべえ、教会が!」
焦りを含むピエールの叫び声に、シュイとピオラ、2人の視線が瞬時にそちらへと向けられた。
教会に集るように蜂たちが旋回を始めていた。何匹かが建物の壁に体当たりしているのを目撃し、3人の顔が揃って引き攣った。
「ピオラ、こちらに注意を引くぞ!」
「……了承」
おもむろにシュイは腰に下げていた茶色い布袋の中に手を突っ込んだ。じゃらじゃらと音がし、石の冷たい感触が感じられた。つい先日、キャノエの魔法具屋で購入していた攻撃魔石だった。
それらを握りしめ、教会の屋根に集る蜂たち目掛けて全力で放り投げた。群れの中に投じられた紫の煌きが明滅し、蜂を巻き込むように連鎖爆発を起こした。何匹かの蜂が破裂して息絶えると、旋回を続けていた蜂がこちらへと敵意を向け始めた。
尚もピオラの雷魔法が蜂の群れに突き入れられた。突進を繰り返していた数匹の蜂が雷撃を浴びせられて地に落ち、教会への攻撃が止んだ。が、代わりに敵の目標はこちらに固定されたようだった。蜂たちは数的優位を見せつけるかのように空に広がり、ガチガチと顎を克ち鳴らして威嚇した。
「……う、いっぱい」
ピオラの唇が、覆面の下でもわかるほどに歪んだ。30体ほどの蜂がバラバラに、三方から取り囲むように降下を始めた。教会を襲っていた蜂だけでなく、様子見に徹していた蜂の攻撃意識をも誘発したようだった。
周りの音は、先ほどの音が川のせせらぎに感じるほどの轟音となった。密度を増した蜂の羽音が、鼓膜を断続的に震わせていた。五月蠅さに顔をしかめながらも、シュイは長老樹の方を向いた。町の通りに人通りはなく、避難は済でいるようだったが、未だ援軍が到着する気配も感じられなかった。
<今のうちに呼吸を整えておけよ。2番5秒前>
蜂の接近に応じて、シュイたちは再び目標地点へ向かった。敵の陣形に乱れが生じたが、数が数だけに完全に密集するとまではいかなかった。
シュイたちがコの字に辿り着いたが、相手も少しずつ学習してきているのだろう。今度は横だけでなく上空からも蜂が迫ってきていた。蜂たちは障壁の弱点、展開できる壁の高さに限界があることを、それとなく勘付いているようだった。
もっとも、シュイもいずれそうなることは織り込み済みだった。
「<焔焼壁 (ファイア・ウォール)>!」
詠唱を終えると共に、今度はコの字型の炎壁が生まれた。前方から突撃してきた蜂が、炎の壁に当たって火に巻かれた。上から突撃を仕掛けてきた蜂は炎による熱と、空気延焼によって発生した上昇気流に怯えて再び上空へ逃げ帰っていく。それでも黒い煙に燻された何匹かの虫がふらふらと、当て所なく彷徨っていた。
「……うへぇ、薄々覚悟はしていたけど、やっぱりあちぃな」
「……うぅ、我慢」
ピエールとピオラが呻くように言った。身を守るためとはいえ、炎の壁に囲まれているのだ。長居をすればミイラになりかねなかった。
シュイは先ほどの烈風壁と同じように、5秒で魔力供給を止めた。炎が段々と弱まり、壁の高さが低くなっていった。ピエールとピオラがほっとしたように息を継いだ。
「ここからは我慢比べになる。俺は詠唱と念話に集中するから露払いは任せたぞ」
「あいよ!」
「……わかった」
再び3人が走り出した。炎の中から飛び出してきた3人を追って上空から蜂が迫ってきた。
<次、2番6秒前>
シュイは蜂たちの大まかな動きを視認しながら、2人に念話で指示を飛ばした。蜂の一番少なそうな番号のエリアに走り込み、目一杯引き付けたところで比較的消耗の少ない障壁魔法で一網打尽にする。それがシュイの考えた作戦だった。
コの字にした理由は、四方を障壁魔法で覆ってしまえば、魔法が切れた瞬間に包囲攻撃を受けるリスクがあるためだ。不利な戦いで主導権を握り続けるには、攻撃と防御のタイミングを保ち続けることで、徒にスタミナを浪費せぬよう工夫する必要があった。
相手に攻撃と防御のタイミングを刷り込ませるために、魔法の効力が切れる寸前で空けている一方から走り出し、相手に無防備な姿を晒して攻撃を誘発する。次のコの字に向かう間はピエールとピオラの2人がシュイを護衛し、蜂を始末することで負担を軽減、疲労を溜めぬようにする。
<次、2番5秒前>
敵が低空飛行で密集している場合は風の障壁魔法で、敵が分散して襲ってきた場合は殺傷力の高い炎の障壁魔法で迎撃する。ただし、炎は発せられる熱によって中にいる3人の体力をも奪ってしまうので乱用は避ける。それが当初の取り決めだった。
だが、状況は予断を許さなかった。既に蜂たちは3人に対して包囲網を築きつつある。援軍は必ず来るとわかっていたが、それがいつ来るかはわからない。必死に攻撃を掻い潜りながらも、一向に減った様子のない蜂の群れを見せつけられていれば、精神的にもきついものがあった。
それから数分もすると、風の障壁を展開する余裕はもうなくなっていた。蜂たちは真上からの攻撃を織り交ぜるようになり、すべてを炎の障壁で対応せねばならない事態となっていた。相手を寄せ付けぬための熱や煙は、しかしこちらにも負担を重ねていく。3人のうち1人でも戦線離脱することは、すなわち全員の死を意味していた。そういった不安や焦りを飲み干し、シュイは額の汗を拭いながらも何度目かの念話を飛ばした。
<次、……1番7秒前>
うなずき返した2人の表情には、しかし濃い疲労の色が浮かんでいた。走り通しで蜂に対処しているため、障壁を展開しているわずかな時間しか息つく暇がないのだ。しかもそれは、喉の渇きを誘発する熱気だ。耳に鳴り続ける大きな飛翔音も、休息を妨げる一因となっているに違いなかった。
軽く見積もって50匹以上は片付けたはずだったが、大毒蜂の襲撃が止む気配はついぞなかった。数が徐々に減ってきてはいたが、飛んでくる頻度は相変わらずだった。ざっと空を見渡しても、まだ半数以上は確実に残っているだろう。
「く、くそったれが。なんてしつこい連中だよ、いい加減諦めろっつうの」
「……援軍、……ハァ……遅い」
追ってくる蜂を肩越しに見ながら、蜂を始末したピエールとピオラが、息を切らしながらもシュイに追いついてきた。
「……ピエール、投げナイフはまだ残っているか?」
「残念ながら品切れだ。おまえこそ、魔石のストックはもうないのか?」
「悪い、さすがにこんな大群を相手にするとは思ってなかったからな」
「ははっ、……だよなぁ」
ピエールはさも可笑しそうに笑ったが、その笑顔もどこか痛々しかった。戦闘開始時には軽々と担いでいたはずの長剣が、どことなく重そうに見えた。
脇にいるピオラも相当に疲れているのか、肩で息をしていた。剥き出しになった首の部分を、とめどなく汗が伝っている。厚い布地で作られた黒装束は、体のラインが浮き出るほどにぐっしょりと濡れていた。
2人ともに限界が近いようだった。シュイの黒衣は耐魔性に優れていたため、炎壁の熱をある程度遮ることが出来ていた。装備の差で残っている体力に少し差が出ていたのだ。
それでも、敵の攻撃を凌ぐには<焔焼壁>を使わざるを得なかった。シュイは申し訳ない気持ちに歯を軋ませながらも、炎壁を再展開した。数匹の蜂が焼き出されたのを確認し、後ろに向き直った。
「教会は……まだ無事のようだな。……行くぞ」
呼吸を整え、3人が疲れた身体に鞭を入れて走り出した。
その直後、思いがけぬ事態が起きた。
「……んな!」
飛び出した直後にピエールが驚愕の声を上げた。360度、周りが蜂に覆われていた。コの字のエリアがどこにあるかもはっきりと確認できない。視界が滞空する大毒蜂で埋め尽くされていた。
足を止めざるを得なかった3人に対して、蜂たちが我先にと襲いかかった。
<……引き返す! 残り3秒っ!>
急遽3人が反転し、つい先ほどまでいた1番のエリアに駆け戻った。前方に割り込んだ2匹の蜂にピエールとピオラが武器を振るう。なんとか追い払ったところで背後から蜂が迫ってきたが、すんでのところでシュイが炎の障壁を展開し、難を逃れた。
「はぁ……畜生……、はぁ……逃げ場が、ねえぞ」
「……ハッ……ハッ、……困った……ハァッ……あれ」
炎の壁が消えないのをピオラが訝った。その刹那、ふらりとシュイの身体が揺れた。
「お、おいっ!」
「……シュイ!」
蜂たちの飛翔音に混じって、左右から呼びかける声が聞こえた。鎌の柄を杖代わりに地面に突き立て、辛うじて倒れることだけは避けられた。拳を強く握り締め、手の平に爪を食い込ませた。その痛みによって遠ざかりかけた意識を辛うじて引き戻した。
「無理しやがって、ふらふらじゃねえかっ! 障壁を長く展開し過ぎだ! 一旦――」
「――大丈夫、だ」
口ではそう言ったが、余裕など残ってはいなかった。如何に念話と障壁魔法の消耗が少ないとはいえ、あれだけ連続使用を強いられれば疲弊して当たり前だ。こめかみの辺りに痛みが走るのは、おそらく精神的な疲労によるものだろう。蜂の位置と距離で最適な迎撃地点を瞬時に割り出す。思考を瞬間的に切り替えるのは決して楽な作業ではない。
加えて、2人よりましだとは言っても、熱の影響がないわけではない。頭皮からしみ出した汗が雫ではなく流水となって頬を伝っていた。
だが、今の状況で詠唱を途絶えさせれば間違いなく無数の蜂の襲撃に晒される事になる。今の3人の体力でどうにかなる数ではない。そして、3人が倒れれば教会に避難している者たちの命運も遠からず尽きるだろう。他の選択肢は、残されていなかった。
「……汝、留まり、続けよ。……その身に宿る焔により、天をも焦がせ」
シュイは地面に突き立てた鎌を両手で持ち、身体を預けるようにして詠唱を紡ぎ続けた。鬼気迫るその姿は、ピエールとピオラを怯ませるに十分な迫力を有していた。
「……詠唱に集中させよう。俺たちは今出来る最善の事をやるだけだ」
「……同意」
ピオラとピエールが、武器持つ手に力を込めた。この場を必ず守り抜く、その決意を新たにしつつ。
一向に消えぬ炎壁に業を煮やしたのか、包囲していた蜂の動きに変化が生じた。どこか穴がないか探っているように、ぐるぐると壁の上空を回り始めた。ほどなく空いた方角に気づき、そちらから侵入を試みようとする蜂が次々と現れた。
ピエールとピオラは、そんな侵入者を倒すことに注力した。中央で障壁を維持しているシュイを守るように並んで出入り口付近に陣取り、武器を振るい続けた。
轟々と炎が燃え盛る音を耳にしながら、シュイは戦う二人の背中を見つめた。武器の刀身が炎に熱せられ、赤みを帯びていた。それは、柄も例外ではないはずだ。もう握っていることすら辛いはずだったが、それでも呻き声ひとつ聞こえてこなかった。2人もまた、必死に耐えていた。その2人を救い、教会に避難している者たちを救い出すには、2人を苦しめている炎を維持するしかなかった。
無理はお互い様だな。そう思うと口元に微笑みが浮かんだ。高さが半分ほどにまで落ち込んでいた炎の壁が、元の高さにまで燃え上がった。
だが、極限まで張り詰めた糸が切れる瞬間は、もうそこまで来ていた。
「……あぐっ!」
積み重なる蜂の死骸の上で、ピオラが迫る蜂に短剣を突き立てるや否や、悲鳴を上げた。手元から短剣が零れ落ちるのが、後方にいたシュイにもわかった。
『ピオラッ!』
シュイとピエールが同時に叫んだ。そして目を疑った。
長時間に亘って短剣の柄を握り締めていたピオラの手は、真っ赤に焼け爛れ、肉を炙るような音を立てていた。柄に布を巻いていたピエールの長剣と違い、短剣には布が巻かれていなかった。その分熱の伝導が早く伝わり、酷い熱傷を負っていた。溶けているという方がしっくりくる有様だった。
「それ以上は無理だ、後は俺に任せて後ろに下がれっ!」
「……へ、平気」
一人でも欠ければ凌ぎ切れなくなると考えたのだろう。ピオラはピエールの制止を振り切り、落とした武器を拾おうと屈みこんだ。
ところが、短剣を突立てられて動きを止めていた蜂の後方から、別の蜂が勢い良く体当たりした。体当たりを背中に受けた蜂の身体がピンボールの玉のように前方へ弾き飛ばされ、短剣を拾い直そうとしていたピオラの右半身に直撃した。
「――きゃあっ!?」
悲鳴が耳を叩いた。強かに全身を打ちつけられ、ピオラの両足が地面から押し剥がされた。口を覆っていた覆面が外れ、ふわりと宙に舞い上がる。蜂の動きに気を取られていたピエールが、咄嗟にピオラへ手を伸ばしたが、わずかに届かない。
弾き飛ばされたピオラの姿が、シュイの目にやたらゆっくりと映った。気絶しているのか、わずかに開いた目は色を失っている。飛んでいく先には炎の壁。解呪しても数秒炎が残ることは確認済み。火に焼かれるのは、避けられない。
死ぬ。ピオラが火に焼かれる光景が、強い現実感を伴って脳裏に浮かんだ。はたとシャガルとのやり取りが思い出された。仲間を慮る真摯な眼差しが。
頭より先に体が反応した。独りでに手足が動いていた。支えにしていた鎌を投げ出し、詠唱を中断。精神的負荷が緩和されると同時に顔を上げ、自分の真横を通過しかけた小さな身体に、目一杯手を伸ばした。
辛うじて中指の先に、黒いズボンが触れた。柔らかな生地にしわが寄る。一瞬遅れて人差し指と薬指が引っ掛かった瞬間、力の限り下に引き付けた。