表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/66

第七章 ~蜂群来襲(1)(改)~

 アミナたちが女王蜂の巣を壊滅させるよりも時間は少し(さかのぼ)る。シュイは午前中に前日終えた二つの依頼の達成報告を行った後、キャノエの町に繰り出していた。



 キャノエの中心部には大きな目印があるため、自分のいる位置を把握しやすい。目印とは言わずもがな長老樹のことである。万が一道に迷ったとしても少し開けたところに出れば長老樹が見えるのでそこを目指していけば問題ない。勿論所々に地図もあるが、そんなものがなくても太陽の位置と長老樹の向きさえわかれば容易に自分が町のどの辺りにいるのかが確認できるのだ。

 町の観光も兼ねてのんびりと辺りを散策しつつ、シュイは図書館の方へと向かっていた。これまでは何とか誤魔化してきたものの、傭兵としての常識やギルドに関する知識に疎い自覚はあった。いずれボロが出るのは避けられそうになく、最低限の勉強は急務だと考えていた。

 

 ギルド支部から長老樹を囲うように作られている六角形の環状道路を小一時間ほども歩いた頃。大人の背丈よりも高そうな灰色の外壁に囲まれた建物が見えてきた。何の変哲もない二階建てで、学校のような外観でもあるが、門の横には<キャノエ町立図書館>と書いてあった。

 敷地内には真っ直ぐな石畳の道を挟むように緑色の芝が敷き詰められており、両脇に生い茂る樹木からはステレオでポロロン蝉の鳴き声が聞こえてくる。竪琴を奏でるような音を発する彼らは他の蝉と違ってそこまで喧しくはない。鳴き声が眠気を誘うのである意味厄介なことに変わりないが、ただうるさいだけの蝉と違って乳児の母親や不眠症の者たちには喜ばれる存在だ。


 建物内に入ると、微かに(かび)の臭いがした。風通しがさほど良くない図書館には付き物だ。

 ロビーでは学生と思しき多くの者たちが机に座って本を広げたり、写本をしたりしていた。比率で表すと8割方は獣族ビーストで、1割5分ほどが人族エイル森族エルフ魔族デモンがおまけ程度にいる。

 階段を見つけて二階に移動した。本棚の縁に貼られているプレートを確認しながら、職業関係の本棚に向かった。四つ角にあたるそこでは、傭兵関係の本も数多く陳列されていた。

 数分ほどで読むべき本を吟味し、辞書のように分厚い<傭兵ギルドの変遷>という本と、その半分くらいの厚みの<徹底比較! 大手ギルド他中小ギルド>の二冊を選び取った。それから、すぐ脇にあった、仕切りだけで作られた読書用の個室に入った。


 まずは<傭兵ギルドの変遷>を開き、栞を外しつつ流し読みを始めた。それによれば、現存する数多の傭兵ギルドの枠組みを作ったのは<フラムハート>というギルドらしい。その名前だけは勿論シュイも知っていた。現在四大ギルドと言われているギルドの一つであり、知名度でいうならシルフィールよりも圧倒的に上だ。その歴史は千年に及ぶとも言われている、世界最古参のギルドの一つだった。

 <レグナール>と呼ばれているこの世界は、千年以上前からザーケイン帝国によって支配されてきた。しかしながらその領土はあまりに広大で、国軍だけで犯罪者の取締りをするのは困難だった。その内に心ある者たちが自警団を組み始め、報酬と引き換えに犯罪者の討伐、捕獲、時には魔物の退治までこなすようになったのだ。

 ところが、ある時期を境に滅法腕の立つならず者をリーダーとした盗賊団が各地に台頭し始め、自警団単独ではとても歯が立たなくなってしまった。事態を憂いた者たちは悪漢たちに対抗するべく志を同じくする者たちと手を取り合い、百人規模の一大組織を作り上げた。

 いつしかそれはギルドと呼ばれるようになり、同時期にフラムハートも発足している。それに続いて、六百年程前には四大ギルドの1つ<ミスティミスト>が。三百年前に起きた<ジュアナ戦役>後、百年の時を経て同じく四大ギルドの<アースレイ>が発足する。



 シュイは主要な単語を脳裏に刻み込み、続いて隣の本を開いた。徹底比較と銘打ったその本には各ギルドのデータが事細かに書かれていた。軽いタッチで描かれていて、かなり読み易そうだ。

 巻頭に書かれていたのはフラムハートだった。


『ギルドの中でも登録傭兵数が最も多く、末端の構成員まで合わせると三万にも及ぶ。マスターは上級傭兵たちの指名制で、立候補者の中から多数決で選出されている。マスター直属の傭兵は<フラム・ガーディアン>という通称で呼ばれており、大陸屈指の猛者が揃い踏む。

 北の大陸を統治する<ルクスプテロン連邦>より領地を割譲されており、自治権をも与えられている。その影響力の大きさはギルドというよりも国に近く、上級傭兵になることによって領土を得られることが安定した人気の一因であることは疑いない。所帯持ちを夢見る傭兵たちの最終目標とも言えるだろう』


 ざっと概要を流し読みしたシュイが、感嘆を漏らした。三万という数は、中規模の国が保持する全軍にも比肩する。それを一組織が持っているというのはどうにも想像がつかなかった。

 そういえば、とシュイはホーヴィにもフラムハートのギルド支部があることを思い出した。あそこのギルド支部がキャノエの支部に比べて暇そうなのは、それも理由の一つかも知れない。同じ町で同じ商売をすれば、当然顧客の取り合いになるからだ。

 頁を捲ると<ミスティミスト>の字が目に入った。


『歴史は六百年とフラムハートに次いで古く、ギルドとしてはオーソドックスな部類に入る。過去から現在に至るまでフラムハートと幾度となく衝突を繰り返していることもあり、潜在的に犬猿の仲であるようだ。勢力拡充のために小ギルドを幾度も併呑(へいどん)しており、組織は樹形図の如く複雑化している。

 亡国の浪人なども雇い入れているため、お尋ね者でも腕さえあれば雇ってもらえる懐の深さが魅力。報酬額や任務達成率に定評がある一方で、裏では要人暗殺や政治工作も引き受けており、懸賞金を目的とした仲間殺しなどの黒い噂も絶えない。そんなサバイバルでバイオレンスな環境で働きたいなら一押しだ』


 なるほど、こちらはこちらで需要がありそうだ。お尋ね者でも雇ってもらえるという謳い文句は、後ろ暗い者たちの心をさぞ(くすぐ)ることだろう。シュイは遠い目をしながら過去を思い返した。もしもニルファナに出会わなかったら、あるいはこちらのギルドに入るなどといったこともあったのかも知れない。

 自分の目的を果たすには確かに都合が良さそうだが、その前に同じギルドの傭兵に賞金目当てで殺されかねないのが玉に瑕か。そんな事を考えつつも頁を捲った。

 もう見慣れた名前が目に入った。


『シルフィールの歴史は三十年そこそこと非常に浅い。独自の組織構成により少数精鋭を旨として発足。大陸の各都市に支部を持ち、新興ギルドの中では知名度もダントツと言えるだろう。

 歴史が浅い故に若い傭兵が大多数を占め、戦闘以外の依頼も数多く受け付けているので一見門戸は広いように思える。ところがどっこい、内実は徹底した実力主義。入団審査は元熟練傭兵でも落とされる事があるほど厳しい年もあるようだ。お尋ね者に告ぐ。ランカーを見かけたら無駄だと思いつつ全力で逃亡することをお奨めする。目が合っただけで殺されるぞ!』


 ――この筆者のりのりだな、ちょっと尾ひれも付いているけれど。

 一応、ニルファナに遭遇した時は即殺されはしなかった。

 殺されかけたのは否定しない。

 その後には、最後の四大ギルド、アースレイについて書いてあった。


『エレグスを拠点とする世界唯一の宗教ギルドであり、元々は大陸に浸透している三大宗教の一つ、セーニア教の系譜である。二百年前、当時のセーニア教の教皇に双子が生まれ、死後後継者争いに発展して兄側の勢力がギルドとして分離独立した。

 一般的なギルドと異なり、厳しい戒律をギルドの指針にしているのが特徴だが、剃髪を強要されるなどといったことはないのでご安心あれ。二百年前の因縁からセーニア教とは対立しているが、それ以外はいたって平穏。初心者、中級者傭兵のサポートが充実しているので、堅実でストイックな方には特にお薦めだ。



 宗教も観賞する対象としては中々興味深いが、自分で入る気は露ほども起きなかった。シュイは一旦本を閉じ、今までの内容をちゃんと覚えているか反芻(はんすう)した。

 本にも記載してあったが、今現在、世界で三大宗教と言われているものがある。一つ目は教皇を頂く<セーニア教>。世界最大規模の宗教であり、生きとし生ける者皆平等である、と聞き心地のよい文言を謳っているが、過去には異教徒の浄化や聖戦と(うそぶ)いた殺戮(さつりく)もやらかしている。良くも悪くも人間らしい発想と矛盾が混在した宗教と言える。

 二つ目は、レムザという半獣半人の唯一神を信仰している<レムース教>。こちらは宗派がいくつにも枝分かれしており、過激派も保守派も存在する。教義や戒律も宗派によって異なるのだが、同一宗派同士の抗争は避けねばならないという暗黙の了解があるようだ。

 三つめは<ルクセン教>。世界最古の宗教と言われているが、どちらかというと秘密結社に近い組織だ。特定の何かを信仰しているわけではなく、<エスペラン>という概念的存在を絶対視している。教徒たち曰く、エスペランとは世界を形作る力の流れであり、この流れが歪まぬように活動することを目的としているらしい。


 補足として、ギルドの形態を取っているアースレイは<神獣>を信仰している集団だ。例えば竜族ドラゴン鳳族ファルコン、はたまた霊族スピリットなど。一般的に人よりも遥かに長寿で知能が高い存在を尊ぶ。真偽は定かではないが、この信仰は後継者争いという事態に陥り、(たもと)を分かたざるを得なかったセーニア教に対する揶揄から生まれたのでは、と言うのが有識者の見解の一つだ。



 その他の要注目ギルドにも目を通した。その中には悪名高いギルドも羅列されていた。<ダークロウ>、<クレア・レイズン>、<レッドボーン>、既に壊滅した<バイルワールド>など。この中には、犯罪者の温床となっているギルドもあれば、気に入らない他のギルドに対して狩りと称して襲うようなところも存在する。日々対人戦を繰り返しているような連中がほとんどで、実力者も多い。規模が大手より小さいからといって、上級傭兵の実力が劣るわけではないということだ。


 ――注意するに越したことはない、か。

 シュイは読み終えた本を重ね、再び脇に抱えた。



 二冊を本棚の元あった所に戻し、すぐ横にあった<良くわかる傭兵入門書(図解付き)>を引き出しかけた時、異変は起きた。


「あれ、シュイじゃないか。何してるんだ」


 ぎくっとして後ろを振り返ると、見知った色黒の顔がそこにあった。


「お、おおピエール。奇遇じゃないか」


 声がどもったが、別段怪しまれてはいないようだった。ピエールはただただ感心したようにうなずいていた。


「おまえ、見かけによらず勉強家なんだなぁ。まさか図書館にいるとは思わなかったぜ」

 ――いちいち一言余計なやつだ。

「あ、ああ。正直、世情に疎いからな、少し覚えておこうと思って」

 そう言いながらもゆっくりと後ろに下がり、引き出しかけた本を後頭部で慎重に押し戻した。

「はは、それがいい。獣姫様を知らないと聞かされた時は正直度肝を抜かれたからな」

「ま、まぁな。と、そういえば怪我の方は大丈夫なのか?」


 シュイが訊ね返すと、ピエールはばつが悪そうに笑った。


「ああ、おまえにもその事バレていたのか。できることなら内緒にしときたかったんだが、ま、いい。大丈夫、もう問題ないよ」


 ピエールは腕を掲げ、復調をアピールするように力瘤を作ってみせた。シュイが何気なく視線を反対側の手に移すと、生物学の本が二冊抱えられていた。ピエールはシュイの視線に気づいたのか恥ずかしそうに頭を掻く。


「これはその、魔物に付いてもう少し詳しく勉強しようと思い直してさ。連中の習性を知っていれば、もっと柔軟に対応できたんじゃないかって。単純なのは自覚してっけど、あんな目に合うのは二度と御免だしな」

「そうか、強いな。もう少し落ち込んでいるかと思ってたが」


 シュイは正直な感想を口にした。


「そりゃ落ち込んださ。でも、いつまでそうしてたって、死んじまったやつが生き返るわけじゃないだろ。だから、せめて同じ状況に会った時に無事切り抜けられる力を付けなきゃな。そうじゃなきゃ、犠牲になったやつに面目が立たねえ」


 事も無げにピエールはそう言ってのけたが、ショックを受けなかったはずはない。それでも、強がってみせるくらいには立ち直っていることに、シュイは驚きを隠せなかった。もしかすると、シルフィールの入団審査では強さだけではなくそういった精神面も見ているのだろうか。

 そうと思ったところで何時しか絡んできた青髪の男の顔が脳裏をよぎり、いや、それはないなと考えを改めた。



「ん、今日は彼女と一緒じゃないのか?」


 いつも隣にいるはずのミルカがいない事に気づき、シュイが辺りを見回しながら訊いた。


「ああ、あいつなら新しい依頼を受けてホーヴィに向かっているはずだ。そろそろ国境を越えた頃じゃないか」

「へ? 一人でか?」

「ああ、自分を一から鍛え直すんだと。それまでは俺にも会わないってさ」


 どうやらミルカもピエールと同じように考えているらしい。己の至らなさを恥じ、敢えてピエールと距離を取ったのだろう。


「こんなこと言うと怒られちまうかもだけど、あいつとは対等かそれ以上でありたい。だから、俺も足踏みしてはいられないんだ」

「切磋琢磨して上を目指す、か。理想的な関係だな」

「ああ、理想的な……、何だって?」

「ミルカのこと、好きなんだろ。違うのか?」


 極力済まして言ったつもりだったが、反応は顕著に表れた。


「な……ななな、何だとう! だ、誰があんな口煩い奴!」


 唾を飛ばして反論するピエールだったが、色黒の顔を真っ赤にしていてはなんとも説得力がなかった。


「いや、一般的に言ってかなり良い線行っているんじゃないかな。可愛いし面倒見が良いし。三人で町中を歩いていた時にも、擦れ違った時に振り返って彼女を見ている男は結構いたぞ、気づかなかったのか?」


 シュイが客観的な事実を包み隠さず述べた。ピエールは何か反論しようとしたが、口は動いても肝心の言葉が出てこないようだ。口内炎でも気にしているかのように唇を歪めていた。


「っていうかさ、おまえもいい齢して照れるなよ、こっちまで恥ずかしくなる。大体、好き合ってもいないのに年頃の男女が長い間一緒に行動したりするか? しないだろ? 大丈夫、数日しか一緒にいなかった俺の目から見てちゃんと脈はあったぞ。せいぜい励めよ」


 追い討ちをかけてからピエールの肩をしたり顔で叩く。と、しどろもどろになったピエールの遥か後ろから誰かがこちらへ近づいて来るのが見えた。その表情を見て、頬が引きつるのを感じた。


「う、うるさい! 大体おまえはいつもいつも――」

「――図書館ではお静かに!」


 ドスを聞かせた声にピエールが慌てて振り返ると、眼鏡を掛けた女性の図書館員がもの凄い形相で仁王立ちしていた。


「あ、す、すんません。でもこれはこいつが――」

「こいつって、一体どなたのことですか」

「……へ?」


 呆気に取られたピエールが折り曲げた指で後方を差しながら振り向くと、シュイの姿はもうどこにもなかった。



 図書館の敷地から出たところで、大きく息を吐き出した。ピエールには少し気の毒だったが、人の読書を邪魔したばちが当たったのだろう。邪魔する意図があったかどうかはともかくとして。

 だが、ピエールの話を聞いてみて少し思うところもあった。一所の町に留まらず、ミルカの様に依頼を受けながら世界中を回ってみるのも悪くないかも知れない。


 ひとまず依頼を見に行こうと、シュイがギルド支部に足先を向けた時だった。

 突如、町中にけたたましい警報が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ