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第五章 ~不帰の傭兵(1)(改)~

 ケイとカイルに別れを告げたシュイは、ギルド支部への道すがらキャノエの銀行に寄った。そこでニルファナに借りていた金、残りの20万パーズをすべて振込み、生活費諸々を差し引いた残りを自分の口座に預金した。



 ギルド支部に到着した時には、既に太陽が地平線の下へ隠れていた。やぼったい赤が衰退し、緩慢かんまんな闇が町を包み込んでいく。町のあちらこちらでは大分灯りが点き始めていた。

 建物内に入ると小走りで掲示板に駆け寄った。依頼書はまだいくつか残っていたが、さすがに割の良さそうな依頼は見当たらなかった。時間が時間だけに傭兵の姿も数人しか見られない。受付終了時間は十九時、中央の大きな時計花に目を移すと花弁は藍に近い色で、あと三十分もなさそうだった。

 儲けはさておき、どんな依頼を受けよう。シュイが依頼書の詳細項目に注視し始めた。



「よう、早いな。もう依頼は終わったのか?」


 聞き覚えのある声に反応し、後ろを振り向くと見知った顔があった。


「見ての通りだよ、アルマンド。そっちこそ、まだここにいるとは思わなかった。いい依頼がなかったのか? それとも、もしかしてもう終わったとか?」


 シュイの軽い口調に、アルマンドはポリポリと頭を掻いた。


「まぁなんだ、ちょっと面倒な事になっちまってよ」

「面倒……?」


 言われてみれば、妙に浮かない顔をしているようだった。こちらの疑問を察したのか、アルマンドは溜息交じりに続けた。

「実は、ピエールのやつが仕事中にドジ踏んじまって、深手を負っちまってな」

「……なんだって?」

「ここでの手当てだけじゃ重症化しそうだから知り合いの治癒術士(ヒーラー)を呼びつけたんだ。そろそろ来るって連絡を受けたもんでここで待ってるってわけさ」


 さすがに驚きを禁じ得なかった。少なくとも、六日前に別れた時まではピンピンしていたはずだった。


「大毒蜂の掃討依頼を受けていたようなんだが、どうやら大群に遭遇しちまったらしくてなぁ。この近辺でそんなに大量発生した前例はないし、大方油断していたんだろ。目ぇ覚めたら少し説教くれてやらなきゃな」


 大毒蜂の掃討といえば、ピエールがシュイに一緒にやらないかと勧めてきた依頼だった。シュイは定員が埋まってしまい、遠慮したことを思い出した。


「……かなり悪いのか? それと、他の二人は無事なのか?」

「俺の所見じゃ、今日中に受けた毒を浄化できれば問題ねえはずだ。おまえらと一緒にいた獣族ビーストの嬢ちゃんも幸い掠り傷で済んだ。怪我したピエールを運んできたのも嬢ちゃんだ。が、もう一人、一緒に受けていた奴は……」


 アルマンドはただ力無く首を振った。それで全てを察した。


「……ま、そいつはまだDランクだったみたいだから、不測の事態を乗り切るだけの実力がなかったんだろう。こういう仕事をしていりゃ偶にあることなんだが、それでも遺体くらいは回収してやりたかったな」


 ディジーが緊急クエストの説明の時に口にした言葉が、頭の中で反芻された。一番多いのは任務中に死亡、若しくは再起不能。

 傭兵の任務は常に危険と隣り合わせだ。多少なりとも命の懸かっている仕事だからこそ、短期間で高い報酬が得られる。今日顔を合わせた仲間が、明日には棺桶に入っていたとしても何らおかしくない職業。今回みたいに棺桶にすら入れない死に方をすることだって有り得るのだ。


『当たり前だけど、結構しんどいよ?』


 傭兵になる前、ニルファナが言った念押しの言葉が脳内で再生され、微かに震えが込み上げてきた。自分は、あまりに軽く考えすぎていたのかも知れない。今にして思えば、最初にやった護衛の仕事にしてもたまたま襲われなかっただけだ。仮に大人数で襲撃されれば依頼人を守りながら戦わねばならぬ分、護衛側は著しく不利になる。誰かを守りながら戦うことがどれだけ難しいか、嫌というほどわかっているはずだった。



「アルマンド、お待たせしました」


 背後からの落ち着いた声に、アルマンドが振り返った。マイナス思考の束縛から解かれた事に気付き、自然と安堵の息が漏れた。


「おぉ、来たかデニス。待ちかねたぜ」


 デニスと呼ばれた男は、レンズの小さな眼鏡をかけ、神父が着ているような黒と赤が基調の修道服を身に着けていた。あるいは、本当に神父かも知れなかった。粗野で奔放な印象を受けるアルマンドとは対照的に、非常にゆったりとした雰囲気の男性だ。柔和な表情とラピスラズリを彷彿とさせる青みがかった眼が印象的だった。


「それで、患者はどちらにいらっしゃいますか?」

「一階の医務室だ。正直に言ってかなり悪い」

「……わかりました、急ぎましょう。えっと」


 デニスの視線がシュイに投げかけられ、次いでアルマンドの視線がそれを追った。シュイは躊躇いを含みつつも口を開いた。


「あ、じゃあ、俺はここで」

「……ん? 何だぁお前、見舞いに来ねぇのか?」


 アルマンドは意外そうに、どこか不服そうに眉を上げた。


「ちゃんとした治癒術師がいるなら俺に出来る事は何もないし、見舞いにいったところでかけてやれる言葉がない。じゃあ、もたもたしていたら受付が締め切られるから」


 そう言い残して、シュイは左隣にあるもう一つの掲示板へ向かった。遅れて「アルマンド」とデニスが急かす声が、反対側の廊下の奥から聞こえた。アルマンドはシュイの背中を一瞥し、まもなくデニスと共に通路の奥へ消えていった。



 依頼書を一通り確認したものの、残っているB級の依頼は定員が三人以上の物が多く、今すぐに受けられそうな依頼は見当たらなかった。どうせ明後日にはまた依頼書が増えるのだ、とC以下に妥協することにした。ランクが低いのなら、試しに複数受けても良いかも知れない。そんなことを思いつつ、書かれている目的地が同じか近接した依頼書を探し、並行してできそうな依頼に絞っていく。数分後、シュイは掲示板の右端と左端に張ってある依頼書をそれぞれ剥がし、照らし合わせていた。



 ――D級任務、薬草の採取(キプロの森、中央部)、定員一名、報酬10万パーズ(達成後即払い)、任務時間三日前後 締め切りまで残り五日。



 ――C級任務、人喰い虎退治(キプロの森、中南西部)、定員一名、報酬20万パーズ(達成後即払い)、任務時間三日前後 締め切りまで残り五日。



 同じキプロの森内での依頼で薬草の採取場所と虎の出現場所がほぼ被っており、時間的にも幾分余裕がある。虎を倒した後であれば安全に薬草を採取できるしそんなに手間も掛からないだろう。もし順番が逆だと任務中に虎の襲撃を受けないとも限らない。万が一の可能性だが警戒するにこしたことはないはずだ。

 シュイは二枚の依頼書を重ね、カウンターに持っていった。受付の女性は既に身の回りの物を片付けて帰る準備を始めていたが、シュイに気づくとにこやかに話しかけてきた。


「お疲れ様です。依頼の受諾手続きですか?」

「ああ、帰り支度中で恐縮だが、この二枚をお願いする」


 顔どころか、声にも嫌味の欠片すら感じられなかった。改めて、大人ってすごいと思わされた。もし自分がその立場だったら、帰る直前に客がきたら仏頂面をせずにいられるか自信がなかった。良くも悪くも今はフードが隠してくれているが。


「複数の依頼受諾ですね。そうしましたら、明日の午前中に時間をずらして依頼人をお呼びするという事でよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」

「畏まりました。それでは明朝九時にD級の依頼の方を、十時にC級の依頼の方をお呼び出し致しますので、その時間の十五分前にこちらの方まで来てください」

「了解した」


 シュイは、受付に二枚の控えを受け取った。去り際に視線を後ろに転じると、受付は必要事項をスラスラと書いていた。間もなくファイルを閉じると後ろの戸棚に入れ、カチャリと鍵をかけた。それを見送ったシュイは踵を返し、その場を後にした。



「アルマンド、どうかしたんですか?」


 不機嫌そうな気配に気づいたのか、歩いていたデニスが肩越しに後ろを見た。


「……いや、随分薄情だと思ってよ」

「と言いますと、さっきの黒衣の方ですか?」

「あぁそうだ。こういうのは気持ちの問題だろ。顔くらい見せてやったっていいのに、ちんけな依頼を引き合いにして断るのはいただけねえよ」


 アルマンドは如何にも面白くなさそうに、わざとらしく息を吐き出した。


「ははは、あなたらしいですね。ですが、来ない理由にも一理あるかも知れませんよ」

「あん、なんでだよ」


 まるでシュイの肩を持つかのようなデニスの言動にアルマンドが訝った。


「私も詳細は聞いていませんが、目の前で仲間を失ったのでしょう? 二、三日は立ち直れないんじゃありませんか」

「だったら尚更だ。背中叩いて元気付けてやりゃあ良いじゃないか」

「しばらくは何を言っても気休めにもなりませんよ。時間でしか解決できないこともたくさんありますから。それに、彼はこう前置いていたでしょう。ちゃんとした治癒術士がいるなら、ってね。あれは、もし私が来なければ何かしてくれるつもりだったんじゃありませんか?」

「……まぁ、そう取れなくもないが」

「我々みたいに長年こういった仕事に携わっているならいざ知らず、普通の人間が死を直視すれば、割り切るまでにそれなりの時間を要するものですよ。そして、ひとりの人間の在り方としてそれは実に正しいことです」


 苦笑するデニスを見ていてアルマンドは、まるで自分たちがそうではないと仄めかしているようにも思えた。デニスの言葉をそのまま用いれば、それは実に正しい。傭兵としての地位が高ければ高くなるほどに任務の難易度も上がり、人の死を間近で見る仕事も比例して増えていく。多少なりとも感情を殺すことを覚えなければ、遅かれ早かれ心を擦り減らして狂ってしまうだろう。

 そんな話を交わしているうちに、二人は医務室の前にいた。



 チーク材で出来た薄茶色のドアを軽く二回ノックすると、はい、とドア越しに女の声が聞こえた。


「嬢ちゃんか? 俺だ、ダチの医術士連れてきたぞ」

「あ、アルマンドさん! ちょっと待ってください、すぐに開けますっ」


 パタパタと足音が聞こえ、ほどなくカチャリと錠の外れる音がした。アルマンドとデニスは束の間顔を見合わせ、部屋の中に入っていった。

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