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物語の終わりに一杯のコーヒーを

朝日が喫茶店の壁を照らす。窓の外から鳥の囀りが聞こえる。凛は久しぶりに自分に与えられた部屋のベッドで目が覚めた。屋根裏の小さな部屋。初めてこの世界に来てからずっと過ごして来た部屋だ。


(こことも、お別れか…)


凛の胸が締め付けられる。


(ここに来てから色んなことがあった。スイさんに会って…アッシュさんが守ってくれると約束してくれた)


今はもう、元の世界での思い出より、鮮明に濃ゆくなっていた。


(チェスさんも私の中でいつの間にか、大きな存在になっていた)


凛は階段を降りてカウンター席へ向かう。足音に気づいたスイが振り返る。


「おはよう。よく眠れたかい」

「はい。おかげさまで」


凛が頷くと、スイはカウンター席に座る様、促した。


「コーヒーはいるかい?」

「ありがとうございます。いただきます」

(初めてこの喫茶店に来た時も、コーヒーを飲んだな)


スイは自分と凛の分のコーヒーを淹れると、隣に座った。


「凛。君は今、仮ではあるが…番契約をしている。そのことについて詳しく話しておきたいんだ」


凛は姿勢を正し、頷く。


「いいかい、獣人は本能が獣に近く、特に番に執着する生き物だ。独占欲や嫉妬心が人間より強い。そして…一度番になったら他を見なくなる」


スイは真剣な顔で静かに語る。


「例え死別しても他に番を作ることは無い。とても一途で重い絆なんだ。だから…軽い気持ちで受け入れない方が良い」


その言葉は凛の胸に重く響いた。スイは続ける。


「もし、お前さんが人生を共にする気が無いのなら…彼とは離れて元の世界に帰った方が良い」


スイはそう言って明るい声を出した。


「ま、少しおせっかいだったかもな。お前さんがどんな選択をしても…僕は最後まで付き合うさ」


立ち上がったスイは白い猫耳を動かした。


「アッシュが来たみたいだぞ」


その言葉通り、アッシュが店に入って来る。


「失礼。あまり目立たちたくないのでな。馬車では無く、徒歩で向かおう」


アッシュは歩み寄り、凛に手に持っていたローブをかけた。


「これで顔を隠してくれ。君は今、王宮の獣人達に狙われている」


アッシュはスイに目配せする。スイは頷き、店の裏口に案内する。朝の光が石畳の道を照らす。凛達は獣人達に見つからない様、歩いた。


「こっちが裏道だ。向かおう」


スイが道案内をする。アッシュが声を顰めて言った。


「王宮は君を保護しようとしている。だが中には…保護という名目で君を拘束しようと考えている勢力もいる」


スイが鋭く言った。


「王宮にも、派閥があるわけか」

「ああ。そしてその筆頭が王宮お抱えの占い師達だ」


アッシュが目を細める。視線の先には丘の上にある王宮があった。


「そして…それは現国王の指名で選ばれる」


スイが息を飲む。


「それはつまり…王が関わっていると言うことかい?」

「そんな…何の為に…」


凛は呆然と呟いた。


「分からない。だが、扉の間に行けば…何か手かがりが見つかるかもしれない」


アッシュの手引きで凛達は王宮の門を潜る。扉の間がある塔の方へ向かおうとすると、騎士達に見つかる。


「人間だ!居たぞ!追え!」


アッシュが低く唸る。


「人間が満月の日に帰るのを邪魔するとは…ここは俺に任せて先に行け!」


アッシュは剣を構えて飛び出す。


「何故、邪魔をする!国王直々の命に逆らうのか!」


アッシュが顔を歪ませる。


「やはり…王よ、何故…」


彼は首を振り、剣を構え直す。


「俺は…騎士道を貫く!」


刃がぶつかり合い、火花が散る。鈍い音が螺旋階段に響いた。スイが凛の手を引く。


「凛!彼に任せて君は逃げるんだ!」


凛は手を引かれて長い階段を駆け上がる。そして階段を上がった先にある光景に目を見開く。白いファーの付いたマントと王冠を身につけているライオンの獣人がいた。近くには深くローブを被った占い師達もいる。


「国王!何故、人間を捕らえようとするんです!?」


塔にスイの声が響く。


「スイよ…この件から手を引け。人間はこの世界に必要な存在だ。帰られては困る。歴代の王達は…扉を封鎖し、人間を帰さない様にしていたのだ」

「それは…何故ですか?」


凛が尋ねると王は凛に目を向けて言った。


「獣人にとって人間は愛玩対象であり…癒しであり、本能的に求める存在なのだ。人間だけが唯一、本能を抑えてくれる」


凛はチェスを思い出す。彼は本能が強く凛を求めていた。


「人間はここで捕らえろ!」


王直属の騎士団達が現れる。


「囲まれたか…」


スイが背に凛を庇い、短剣を構える。彼は顔に焦りを浮かべていた。


(どうしよう…!ここで捕まったら…)


ーーその時。カツン、と何がが床に投げられた。コロコロと音を立てて大理石の床を転がる。


「…?なんだ?」

「おい!気をつけろ!…発煙弾だ!」


発煙弾から煙幕が放たれる。凛の手を誰かが引っ張る。


「こっちだ」


聞こえた声に目を見開く。


「…チェスさん…?」


チェスは振り返らずに扉の間に続く階段を走る。後ろからスイも追いかけて来た。


「チェス!?何故お前が…本能に苦しめられているはずじゃ…」


チェスは肌に汗を滲ませ、荒い呼吸をしていた。鋭くスイを睨む。


「さっさと…連れて行け。あいつらの相手は俺がする」


煙の向こうから騎士団達がやって来る。逃げ場は無い。


「チェスさん…どうして…」

「なぁ、賭けようぜ」


振り返って彼は凛に笑いかけた。


「お前が俺を選ぶか、元の世界に帰るか。俺は帰らない方に賭ける」


そう言って彼は騎士団に向かって行く。


「チェスさん!待っ…!」

「凛!ここで捕まったら意味がない!行くぞ!」


凛はスイに引っ張られて行く。背中を丸めて荒い呼吸を繰り返すチェスを騎士団が囲む。


「ぜぇ、はぁ…」


拳銃を構えて頭を抑えながら騎士団達を睨みつける。その顔色はひどく悪かった。


「なんだ。マフィアのボスも案外大したことないな」


剣を避けるチェスの動きはいつもより鈍い。ジリジリと階段の端へと追い詰められていく。


「ここで捕らえて死刑にする!」


身体をふらつかせながら彼は笑った。


「そうかよ。なら…死ねば諸共だ」


ピンを噛んで外し、階段に手榴弾を投げる。音を立てて階段を転がり落ちていく。


「なっ…!ここで爆破すれば、お前ごと…!」

「正気か!?」


騎士達が目を見開く。チェスが声を出して笑う。


「くくっ…はははは!」


カチ、と音が鳴った。瞬間、閃光が放たれた。


ーードカアアァァンッ!!


爆音が鳴り、煙と風が巻き起こる。爆風がすべてを吹き飛ばす。足場が崩壊し、チェスの身体が傾いて行く。凛は振り返って叫ぶ。


「チェスさん!!」


落下していく彼と目が合う。金色の瞳に凛の泣き出しそうな顔が映る。微かに笑って彼は瓦礫と一緒に下の階へと落ちて行く。凛は身を乗り出して見下ろし、震える声で呟いた。


「嘘…そんな…」

「奴は…自分の命と引き換えに、君を守ろうと…?」


チェスが落ちた先。そこには剣を交えて戦っているアッシュが居た。落ちて来たチェスにアッシュが目を見開く。


「チェス!?」


チェスは崩壊した壁から剥き出しになった鉄の棒に服が引っかかって宙吊りになる。無事を確認した凛は安堵の息を吐いた。


「良かった…!」


凛は涙を拭う。スイは優しい穏やかな声で尋ねた。


「…どうする?帰るかい?」 


凛はゆっくりと首を振り、笑って答えた。


「いえ、ここに残ります」


アッシュ達の元に王子が近く。


「アッシュ!人間は無事か!?」

「はッ!ですが王が…!」


王子は厳しい声で王に言う。


「父上よ!人間は異世界から来た客人です!尊重し、保護すべき相手です!」

「しかし…」

「人間と私達は共存出来るはずです!互いの違いを認めて心を通じ合わせる…そんな世界を、私は作りたい」


王は王子の訴えに静かに返す。


「理想だけで、世界は作れない」


アッシュが前に出る。


「ならば、俺が理想を護る剣となりましょう」


アッシュは王子に跪き、忠誠を誓った。


「私達と人間は友人になれる。きっと」


王は項垂れた。


「分かった。封鎖していた扉を開放しよう」


スイが嬉しそうに凛を見つめた。


「凛、良かったな」

「はい…!」


王子が宙ぶらりんになっているチェスを見つけ、指を指す。


「マフィアのボス、チェス!?この者を捕らえよ!」


チェスが顔を顰める。


「…チッ、面倒なことになった。まぁ、ここにもう用はねぇ」


チェスは上の階にいる凛を見て笑った。


「またな」


懐から発煙弾を出した彼は煙に紛れて逃げた。


「ごほっ…煙が…」

「まだ近くにいるはずだ!探せ!」


塔が騒がしくなる。


「喫茶店に戻ろう、凛」


スイの言葉に凛は笑って頷いた。


「はい!」

(また会えたら…その時は美味しいコーヒーを淹れよう)


空は茜色に染まり、夕日が塔の壁を照らしていた。凛は閉店時間にやって来るであろう客を思い浮かべてくすりと笑った。


喫茶店の窓から月明かりが差し込む静かな夜。凛は閉店後の喫茶店でチェスを待っていた。扉の鈴が鳴り、来客を告げる。


「チェスさん!いらっしゃい!」


凛は笑顔で駆け寄る。だが、チェスは扉の前で立ち止まったまま店の前に入っては来ない。


「チェスさん…?」

「ん」


チェスは花束を差し出した。凛は目を丸くする。


「獣人は求愛する時、贈り物をするんだよ。食べ物だったり、アクセサリーだったりな」


チェスは金色の瞳で凛を射抜く。


「これを受け取れば、俺を受け入れたって取る。それでもいいなら受け取れ」


差し出された花束を前に凛は笑って手を伸ばした。花束を受け取り、花の香りを嗅いだ。胸いっぱいに花の香りが広がる。


「…はい。チェスさんが私を好いてくれてるって伝わりましたから。私も、チェスさんが好きです」


凛が笑顔を浮かべてそう言うと、チェスは照れくさそうに目を逸らした。


「…俺はまだ発情期は終わってねぇ。けど、安心しろ。今日は何もしねぇ」


チェスの頬は微かに赤く染まり、呼吸も浅い。


「その上で聞く。…入っていいんだな?」

「はい!どうぞ」


チェスは開いた扉からするりと店の中に入り込む。カウンター席に座った彼は匂いを嗅いでは時折耳をぴくりと動かす。凛は花を花瓶に入れて飾った。


「今、コーヒー淹れますね」

「いい。それより隣に来いよ」


凛がコーヒー豆を挽こうとするとその前に呼ばれる。凛が隣に座ると彼はゆっくりと抱きしめた。首元に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。


「…巣にお前の匂いが残っているのに、お前が居ないのが落ち着かなかった」


凛はそっと背中に腕を回す。


「チェスさんが来てくれて…助けてくれたのは分かります。でも、チェスさんが死んじゃったかと思った時、悲しかったです。チェスさんが一瞬でも死を覚悟したのも」

(あの時、チェスさんがどれだけ大事か分かった。この世界で居場所も、大切な人も出来ていたんだ。だから残ることを決めることが出来た)


凛は目を閉じて彼の胸に顔を寄せた。鼓動音が伝わってくる。


「マフィアの鉄の掟には、夫は妻を尊重しなければならないってのがある。番であるお前を悲しませるつもりはねぇよ」


チェスは凛を引き寄せて囁いた。


「お前と一緒に生きていく」

「…はい!私も、チェスさんと一緒に生きていきたいです」

(この世界にも、スイさんやアッシュさん達のような希望がある。大変だろうけど…きっと乗り越えていける)


凛は共存の理想を掲げる王子に忠誠を誓ったアッシュやずっと人間である凛の意志を尊重し、守ってくれ続けたスイを思い浮かべた。チェスの黒い尻尾が揺れる。


「…あの」

「何だ」


凛は照れながら尋ねた。


「尻尾、触ってもいいですか?実はずっと気になってて」


チェスは珍しく目を丸くした。ゆらりと尻尾を動かし、頷く。


「先端はやめろ。根本ならいい」


凛はそっと尻尾の付け根を触る。チェスは微かに笑った。


「…ふ、んなに恐々触らなくていい」

「う…はい」


ふわふわとした尻尾を撫でていると凛の腕にくるりと尾が巻き付く。凛の手にチェスの指が絡まり、握られる。


「何で手を…」

「テメェは俺の尾を握ったろ」


チェスは口角を上げてそう言うと身を寄せて来る。


「獣人にとって耳や尾はデリケートな部分だ。番にしか触らせねぇ」

「…えっ、でもチェスさんは私にずっと耳を触らせてくれてましたよね?」


凛は番になる前からチェスは頭を撫でる様、要求していたことを思い出す。


「俺は最初、人間であるお前の匂いに惹かれてた。それは否定しねぇ。けど、獣人のガキだと思っていた頃からいつか番として迎え入れたいと思ってた」


凛は初めて知る事実に目を見開いた。チェスは真剣な声で続ける。


「お前のお人よしなとこに呆れてたし、新鮮にも感じてた。ずっと1人で生きて来て…初めてお前みたいな奴に会ったから」


静かな喫茶店で彼の本音が静かに語られる。


「お前が欲しくなっていってた。本能が愛だとは言わないが、これが俺の本性だ」


手を強く握られる。金色の瞳が凛の答えを静かに待っていた。凛はチェスの手を握り返す。


「私は、チェスさんの意志を信じます。私も自分の心で選びましたから」

(チェスさんは発情期でも私に何もしないって約束してくれた。それが多分、答えなんだって思ってる)


凛が微笑むと、チェスはため息をついて立ち上がる。


「…もう行く」

「はい!おやすみなさい」


店を出て行く前、彼は見送る凛に顔を寄せた。擦り寄りながらコツン、と軽く頭突きをされる。


「いた、何で頭突きするんですか」

「発情期終わったら巣に呼ぶ。そん時、教えてやるよ」


悪戯っぽく笑うと、彼は片手を上げて去って行った。夜の暗闇に尻尾が機嫌が良さそうにゆれながら溶けて消えて行った。


「自由だなぁ…」


凛は苦笑いをしてそっと呟いた。


「また明日も来てくださいね。待っていますから」


喫茶店の明かりが消えて優しい月の光だけが窓から差し込む。少し欠けた月が空の上で輝いてた。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。 チェス……好きだ。 最初の時はどう考えても悪くて危ないタイプの人だ!と思ったんですけど、意外と周囲のこと見てて尊重もしてくれるし、やぱいい人ですよね(人?) 故郷を捨ててでも愛する人…
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