表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

銃と宝石の巣で過ごす蜜月

馬車がとまった場所は町外れにある灰色の壁の館だった。組員達が頭を下げる中、凛を抱き抱えたままチェスは石畳の道を歩く。


「チェスさん!お、降ろしてください…!」


チェスの腕の中で凛は暴れる。


「俺がお前の言うことを聞く理由がねぇ」


チェスは凛を抱え直し、コンクリート製の建物の中へと入っていく。


「こ、ここは…?」

「俺のアジト」


赤いカーペットが敷かれた廊下を歩き、一番奥にある大きな木製の扉を開ける。室内の壁には様々な種類の銃が並んでいる。大きなソファと広いベッド。ベッドの周りには、宝石や金貨、アクセサリーが乱雑に置かれていた。


「これは…?」

「俺が用意した巣。色んな奴がいる。クッションやらぬいぐるみやらで囲う奴もいれば、狩って来た動物の毛皮で巣を作る奴もいる」


ベッドの上にある布団やクッションを動かして鳥の巣みたいにすると、宝を周りに散らばらせる。その中心に凛を降ろすと彼は満足そうに黒い尻尾を揺らした。


「ん、ここに居れば安全だろ。しばらくは王宮も騒がしい」


チェスが凛を押し倒す。柔らかいベッドが身体を受け止めてくれた。チェスは凛の上に馬乗りになる。ギジリ、とベッドのスプリングが音を立てた。


「何でここに連れて来たんですか?私、戻らないと」


凛の言葉にチェスが鬱陶しそうに顔を顰めた。


「戻ってどうすんだよ。もうお前が人間だってことは騎士団の連中にもバレた。お前を匿ってたあの猫の獣人の元に戻っても、連れ去られるだけだ」


チェスの言葉に凛は顔を曇らせる。


(今戻っても、スイさんを困らせるだけか…)


チェスが顔を寄せて真剣な声で告げる。


「王宮の奴らに保護されたいか?それともここで、俺のペットになるか、番になるか選べよ」

「つ、番…!?子供はしないって…!」


凛は目を丸くした。チェスがため息をつく。


「あの時はお前が人間だと気づいてなかった。獣人のガキだと思ってたからだ」


金色の瞳が獲物を捕らえた肉食獣の様に光る。凛はその目に見つめられて身体が動かなくなった。脳内で本能が警告音を鳴らす。


(もしかして今、かなりまずい状況なんじゃ…)


チェスが低い声で囁く。


「…人間なんて弱っちい生き物を番にしたいと思うなんざ…俺は頭がおかしいんだろうな。けど、もう異常でも何でもいい」


チェスは凛の肩に頭を乗せ、擦り寄った。髪が首筋に触れ、凛はくすぐったくて腰を引いた。すぐに腰に手がかかり、引き寄せられる。


「…ん」


目を閉じ、チェスが頭を差し出す。凛が戸惑っていると、不思議そうに目を開けた。


「…?頭、早く撫でろ」


凛の手を取り、頭の上に誘導される。ぎこちなく撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らす。


「…耳の後ろだ。…そう、そこだ…あー…頭痛がマシになる」


ふわふわとした黒豹の耳は暖かく、血が通っている感覚が指先に伝わった。金色の目が満足そうに細まる。


「お前はいい子だな…」


首筋に顔を埋め、匂いを嗅がれる。凛は耐えきれなくなって叫んだ。


「ま、待ってください!私満月には帰らないと!」


窓の外には満月になりかけた月が輝いている。チェスは顔を上げた。


「ん〜…そうだな。満月だな」


彼は興味の無さそうな声でそう言って再び擦り寄った。


「ここにずっと居ればいいじゃねぇか」

「…チェスさんは…私のことが好きなんですか?」

「好きだって言えば、お前はここに残るのか?」


チェスの問いかけに凛は何も言えずに黙り込む。その時、外が騒がしくなった。


「騎士団だ!人間を引き渡してもらおう!」


アッシュの声が響く。チェスはゆっくりと身体を起こした。


「…チッ、邪魔が入った。お前はここにいろ」


不機嫌そうに尻尾を揺らし、彼は外に出る。組員達が頭を下げて道を開ける。


「チェス!ここに居ることは分かっている!人間は王宮で保護する」


アッシュの言葉にスイが前に出て反論する。


「待ってくれ、彼女は帰りたがっている」


チェスはため息をついた。


「王宮が安全だって保証はねぇだろ」

「それは…」


アッシュは顔を曇らせる。スイはチェスに厳しい声で言う。


「彼女を返してくれ。ここだって安全ではない」

「お前に何が出来る?守れなっただろ。探偵さんよぉ」


チェスは腕を組み、ニヒルに笑った。


「大事なモンなら巣の中に隠しとけ。だから奪われたんだよ。…けど、そうだなぁ。満月の日には、返してやるよ」


アッシュが怪訝な顔をする。


「その言葉を信用すると思うか?」


チェスは口角を上げた。


「この事件はまだ解決してねぇ。アンダーの残党は捕らえられたが…王宮で隠蔽工作が行われていた。王宮ぐるみの可能性がある。そうだろ?」


スイは苦々しく頷いた。


「…ああ。どこまで関与しているかは分からないが…」


アッシュはチェスを睨む。


「何を企んでいる?」

「さぁな?」


チェスは笑って答えると背を向けた。


「精々頑張って守り抜けよ、ナイト共」

「待て!」


彼はひらりと手を振った。扉が閉まる。スイ達の行手を組員達が阻んだ。


「突破するか?」


アッシュの問いかけにスイは首を振った。


「いや…奴の言う通り、もう安全地帯は無い。満月まで匿っていた方がいい。…彼が約束を守るならの話だが」

「…もし約束を破られた時は騎士団が取り戻す」


アッシュは険しい顔をする。


「…お前さん、以外と脳筋だな。だが、僕も賛成だ」


スイは呆れた様に言いながらも笑っていた。アジトの奥、凛が居る巣に足音が近づく。


「チェスさん!アッシュさん達は…?」

「お前を取り戻しに来た」


チェスがベッドに乗り上がる。


「気が変わった。満月の日にはお前をアイツらに返すことにする」


凛は目を丸くした。


「本当に…?」

「ああ、本当だ」


彼は笑ってそう告げると、凛を抱きしめる。


「…やっと落ち着いて眠れる…」


そう呟いて彼は寝息を立て始めた。彼の隈は薄くなっていた。


(…チェスさんは私と出会うまでずっと頭痛と不眠に悩まされていた。でも、今は本能が落ち着いているみたい…)


凛はそっとチェスの頭を撫でた。月明かりが二人を照らす。満月まで後、六日。



夜風が窓を揺らす。夜が静かに深まっていく。暗闇の中、柔らかい布団やクッションに囲まれた巣の中心で凛は目を凝らした。銃や宝石が月明かりを浴びて煌めく。巣の中で凛はチェスの匂いに包まれていた。あれから、四日。凛は巣の中でチェスとずっと過ごしていた。チェスの手がシルクのシーツを探る様に動き、凛の手を捕らえた。ゆっくりと指が絡まる。巣篭もりが始まってから、凛はチェスの匂いと体温をずっと感じていた。時折、彼の耳がぴくりと動く。凛の匂いを確かめる様に近づき、身体が隙間なく密着する。布擦れの音が静かな巣の中に響いた。覆い被さったチェスが凛の耳元で囁く。


「今日は頭、撫でないのか」


巣の中のチェスの声は普段より低く、掠れている。凛がそっと手を伸ばすと耳を伏せた。


グルル…グルル…。


金色の目を細めて喉を鳴らす。黒い尻尾がゆっくりと揺れる。ふわふわの黒い耳がぴくりとよく動く。


「もっと強く撫でていい。…そうだ。痛みが引く。上手だな…」


言われた通りに撫でると満足そうに顔を寄せて擦り寄った。チェスは巣の中で良く頭を擦り付けてくる。


「頭痛、マシになりましたか…?」


凛が頭を撫でながら問うとチェスが優しく微笑む。


「心配してんのか、可愛いな…」


蜂蜜の様に甘くて蕩けそうな金色の瞳と声でチェスは凛を褒めると、そっと頬を指で撫でた。


「いつも俺ばかりだったからなぁ。不公平だ。そうだろ?」


チェスが舌を出す。ざらりとした舌で頬を舐められた。


「チェスさん!?急に何を…」


凛はびっくりして撫でる手を止めた。チェスが眉を寄せる。不満そうに尻尾が揺れた。


「獣人には互いに毛繕する文化があるんだよ。こんな風に」


再び顔を寄せたチェスが赤い舌で頬を舐めた。凛の顔に熱が集まる。


(前からそうだったけど…ここに来てからずっと距離が近い…!)


「明日で満月か」


窓の外を眺めて彼は呟いた。


(…そっか、私…明日で帰るんだ)


凛はシーツを握りしめる。凛の隣にチェスが寝転ぶ。


「くぁ…寝る」


凛を抱きしめて寝息を立て始める。その目の下に、もう隈は無い。尻尾が凛の足に絡みついてくる。


(…私は、この人を置いて帰れるのかな)


凛はもう、彼の孤独を知ってしまった。静かな夜には寝息しか聞こえない。凛は逃げる様に目を閉じた。


「…はぁ、くそッ…」


低い、唸る様な声で凛は目が覚めた。チェスを見ると彼は汗をかき、苦しげにしていた。眉間に皺を寄せて歯を食い縛っている。何かに耐えている様だった。


「チェスさん?どうしたんですか…?」


手を伸ばすと、振り払われる。手に走った痛みより、初めて拒否されたことに凛は驚いた。


「今は、触んなッ…!…発情期だよ。獣人は番を求めて理性が緩み、本能が強くなる時期がある」


息を荒くしながらチェスが言った。凛は目を丸くする。


「…早く離れろ!走って…出来るだけ遠くに!」


突き飛ばされて巣から追い出される。夜の冷たい空気が体温を奪う。凛は強烈な寂しさを感じた。


(この状態のチェスさんを放って置いていいの?でも…チェスさんは距離を取れって…)


迷っている凛にチェスが鋭い声で叫ぶ。


「早く逃げろ!捕まって…帰れなくなってもいいのかよ!?」

「…!」


凛は迷いを振り切る様に扉を開けて部屋の外に出る。赤いカーペットの敷かれた廊下を走りながら凛は心の中で謝った。


(…チェスさん、ごめんなさい…!でも、チェスさんの気持ちを考えたら離れないと…)


凛の目に涙が浮かぶ。


(ずっと優しかった。匂いに包まれると安心した。…私は、チェスさんのこと…)


走りながら凛は窓の外に誰かを見つけた。


(あれは…スイさんとアッシュさん!?)


アジトの前で組員にバレない様、声を顰めて二人は話していた。


「まさか人間をずっと匿っていたとはな。人間を許可無く飼うことも、隠すことも罪だ。アッシュもお前も本来なら処罰対象だが…」


そう呟いてアッシュは顔を曇らせる。


「今は王宮がそれどころでは無い。むしろ、問題があったのは王宮の可能性がある」


スイは頷く。


「ああ、ここにいた方が彼女は安全だとは皮肉だな。…だが、チェスの本能が暴走する危険性もある。ここで見張り、いざとなれば救出しよう」


その時、アッシュの耳が近づいて来る足音を拾う。


「誰だ!」


素早く鞘から剣を抜いたアッシュは近づいて来た人物が凛であることに気がつく。


「無事だったのか!」


スイが近づき、凛の無事を確認する。


「怪我はないか?何かあったのか…」


スイの足が止まる。彼は目を見開いて凛を見ていた。


「君…その匂い…チェスと番ったのか?」

「えっ…?」


困惑する凛にアッシュが言った。


「マーキングがしてある。だが、ただ匂いを付けただけでは馴染まない。相手を受け入れていなければここまで匂いが混じることは無いんだが…」


アッシュは凛に尋ねる。


「君は、巣篭もりをしていたのか?」

「はい、ずっと巣の中にいました。互いに毛繕い?したり…」

「なるほど…」 


アッシュとスイの様子に凛は戸惑いがちに尋ねる。


「あの、何か問題が…?」


アッシュが首を振る。


「いや、君は…獣人の習性を知らないのだったな」


スイは凛に向き合い、真剣な顔で説明する。


「獣人は巣篭もりをする習性があるんだ。互いに匂いをつけたり、毛繕いをして…互いの匂いを馴染ませることで番になるんだ」

「えっと…つまり…」


凛は羞恥で声が震える。スイが言いにくそうに言った。


「お前さんとチェスは番契約をしている。だがその様子だと…完全では無いようだな。…チェスに発情期が来たかい?」


凛は頷く。


「はい、苦しそうにしてました。チェスさんに言われて…それで逃げて来たんです」

「獣人は匂いが馴染み、番となった相手を求めるんだ。それが発情期なんだ」


(…じゃあ、チェスさんは…私を番だと感じているの?)


凛は巣の中でのチェスの様子を思い出す。普段より無防備だった。巣の中で、凛は安全だと感じていた。2人だけの世界で守られている様に感じていた。凛は俯いた。涙が溢れてしまいそうだった。震える彼女の肩にアッシュがそっと手を置いた。


「…もう夜も遅い。一度スイと共に喫茶店に戻り…明日、王宮に来るといい。帰るかどうかは…君が決めるんだ」


アッシュは優しく微笑んだ。


「人間は守るべき存在だ。俺は…君の道を切り開く」


スイは凛に声をかける。


「この世界に留まるにせよ、帰るにせよ…王宮内にお前さんを狙う者がいる。僕は今度こそ、お前さんを守ろう」


凛は涙を拭いて頷いた。


「はい、私は…決着をつけに行きます」

(チェスさんのこと、元の世界のこと…私は、答えを出すんだ)


遠くには王宮が見えた。その上に月がぽつんと浮かんでいる。満月まで、後一日。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ