表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

金貨と紙幣の降るオークション会場

空は曇りだった。朝の澄んだ空気が肺を満たす。冷たい風が頬を撫でた。アッシュが手配した馬車の中、凛は膝の上で拳を握りしめる。石畳の上を馬車が進む。移り変わる景色を凛は眺めていた。向かいに座るアッシュは銀色の甲冑を着ていた。鋭い視線を向けて窓の外を警戒する。


(元の世界に帰ったはずの人達が攫われていた…?)


「大丈夫かい?」


隣に座るスイが静かな声で尋ねる。


「…はい。知りたいんです。真実を」


スイは微笑んだ。


「そうか。だが、無理はしないようにな」


凛は頷く。やがて馬車は丘の上にある王宮に辿り着く。石造りの城壁が朝の光を受けて白く輝いている。紋章の描かれた旗が風で揺れる。巨大な門の前で馬車が止まった。


「ここが…王宮…」


凛は馬車から降りて門を見上げた。スイが声を潜めて凛に囁く。


「気をつけるんだ。ここでは人間だとバレれば愛玩対象として保護される」


アッシュに聞こえない様、少し離れて話す。


「…はい。分かりました」

(…コロンはしっかり付けてきたから大丈夫なはず)


門番に書類を確認させ、アッシュが先頭に立って城内へ入る。柱が続く廊下を歩く。天井が高く、足音が響いた。窓から差し込む光が大理石の床に模様を描く。壁には歴代の獣人の肖像画が飾られている。様々な耳と尻尾を持つ獣人たちが、厳粛な表情で凛たちを見下ろしていた。


「資料庫はこちらだ」


重い扉の前でアッシュが立ち止まる。鍵が回され、扉が開くと古い紙の匂いが鼻をくすぐった。


「記録は年代順に整理されている。人間の来訪記録はこちらの棚だ」


アッシュが示した棚には、分厚い記録簿が何冊も並んでいた。台帳を開くと、日付と名前と簡単な記録が綴られていた。黒いインクの文字が縦に連なっている。ページをめくり、保護と滞在期間、帰路確認をする。


「この資料…妙だな」


スイが呟く。アッシュが資料を覗き込んだ。


「何がだ?」

「帰還確認済みと書いてあるが…その前だ」


彼が前のページをめくる。


「…保護。王宮の管理下に移行。その後の記録は無し。なのに、帰還したとされている。不自然だ」


アッシュが考え込む。


「…誰かが記録を改竄した?だが、ありえない。資料は厳重管理だぞ。…人間が扉を潜った記録はあるか?」


凛は途方に暮れた声で答える。


「ありません。…どこにも」

「何?」


アッシュが数冊確認する。


「…数年前から無いな。これは…」


スイが険しい声で言った。


「帰還する前に攫われたのだろう。しかも、隠蔽工作までされている」


アッシュが拳を強く握り、壁を殴った。


「ならば、隠蔽に王宮が加担している可能性があるということではないか!」

「それか…アンダーの組員が王宮にまで入り込んでいるか…ですかね」


声が聞こえて来た方を見ると、アッシュの部下である狐の獣人が扉の前に立っていた。


「誰に聞かれているか分からないですよ。御三方」


アッシュが腕を組む。


「内部に裏切り者がいると言うことか」


スイが低い声で呟いた。


「つまりここも…安全では無いということか」


その時、獣の咆哮が王宮に響いた。


「何だ!?」


アッシュが鞘から剣を抜き、廊下に出る。そこには、獣の姿になった熊の獣人がいた。毛深くなり、爪や牙が鋭くなっている。焦点の合わない目からは理性が読み取れない。アッシュが叫ぶ。


「あれは…間違い無い。ブレイカーを使用した者だ!」


熊の獣人の足元には空になった注射器があった。アッシュは剣を構えて獣と対峙する。


「ここは騎士団が対処する!」

「避難しますよ!こっちです!」


騎士団の部下に続いて廊下を走る。


「あれは…どうして…」

「…恐らく、王宮内にいるアンダーの残党の仕業だろう」


スイが悔しげに呟く。その時、通路の間からローブを着た男が飛び出して来た。手にナイフを持っている。切先が鋭く光る。


「危ない!」


スイが凛を庇う。彼は素早く短剣を取り出し、受け止めた。


「…アンダーの残党か…!」


スイは凛に向かって叫んだ。


「お前さんは逃げろ!」


騎士が凛の腕を引く。


「早く逃げましょう!」

「待って…!スイさん達が…!」


引っ張って連れて行かれる。凛はふと、違和感を感じた。


(待って…この襲撃がアンダーの仕業で、王宮内に裏切り者がいるなら…)


凛は目の前の狐の獣人を見上げた。凛の身体が持ち上げられる。


「きゃっ…!?」

「ちょっと大人しくしててください」


外にとまっていた馬車に乗せられる。凛は座席に乱暴に押し込まれた。


「あ、貴方はなんなの…!」

「お察しの通りですよ。…ちょっと眠っててください」


布を口に当てられ、眠気が襲う。凛は目の前が真っ暗になった。



「待て、凛は!?彼女はどこだ!?」


残党を縛り上げたスイが叫ぶ。廊下の奥からアッシュが走って近づいて来る。


「…?助手はどこに?部下と一緒ではなかったか?」


スイは鋭く辺りを見渡し、気づく。


「…彼はどこだ?まさか…やられた!攫われたんだ!」

「何だと!?すぐに探せ!」


アッシュは近くにいた部下達に指示を出す。スイは必死に痕跡を探した。


「これは…」


窓の下を見下ろすと、タイヤの跡と蹄の足跡が何処に続いているのが見えた。


「この跡を追えば…!」


スイは走り、痕跡を追った。


(待っていてくれ、凛!)



その頃、路地裏にて。チェスは新聞の切れ端を眺めていた。彼の足元には倒れたアンダーの残党がいる。地面にはアタッシュケースから飛び出した注射器が転がっている。彼はアンダーの残党の一人を蹴飛ばす。


「言え。誰の指示だ?…この薬をどこへ持っていくつもりだった?」

「お…王宮に…」


チェスが片眉を上げた。新聞に目を落とす。


「王宮絡みだってことか?だとするなら…」


彼は目を凝らし、丘の上にある王宮に目を向けた。そして彼は見つける。逃げる様に走り去る馬車を。


「…あの馬車…王宮の紋章を隠している…知られちゃまずいってことか」


彼は呟く。耳がぴくりと動き、馬車の方へ向く。金色の瞳が違和感を見逃さないよう、注視する。


「…あの馬車が向かっている方角…確か向こうには…」


治安の悪い地区に馬車が走って行く。チェスは黙って目を細めた。



「…ん。ここは…」


凛が目を覚ますと、冷たい床に寝転がらせれていた。起き上がり、周囲を見渡す。凛は檻の中で手足を縛られていた。カーテンの向こう側は見えない。辺りは薄暗かった。


「お目覚めですか?人間さん」

「貴方…!」


狐の獣人が現れた。凛は相手を睨む。


「気の強いお嬢さんですね。今の状況、分かってます?」

「貴方は…アンダーは何が目的なの…!」


凛の問いかけに男が答える。


「人間を飼いたがってる奴に人間を売るのが…このオークションです」


カーテンが開かれる。差し込む光が眩しい。凛は目を閉じた。光に慣れた頃、凛はうっすらと目を開けた。


「…!ここは…会場?」


凛がいたのは舞台袖だった。会場には高級な服を着飾り、アクセサリーを付けた獣人達が居た。彼らは席に座り、オークションが始まるのを待っている。


「雨の日に喫茶店のマスターと一緒に居たでしょう。雨の匂いに混じって人間の匂いがしたんですよ。そして王宮お抱えの占い師の人間が来た、と言うお告げとあんたが喫茶店で働き始めた時期は一致した」


凛は相手の言葉を黙って聞いた。縛られた手足を見下ろす。


(人間と言うだけで…こんな目に合うの?)


「気を落とさないでください。やり方は乱暴でしたけど…人間は可愛がられますよ」


男は笑って言った。自分のしている事は間違っていない、と言う様に。


「帰るより、飼われた方があんたもいい思いが出来ますよ。大切にされますよ」


凛は涙目で睨みつけた。


「嬉しくない!私は帰りたいもの」


時計の針の音がオークションの始まりを告げた。歓声が会場に響く。凛は目の前に広がる光景に悪夢を見ている気分になった。


「皆様、お待たせしました!今回の目玉は…何と人間です!」


獣人達の視線が凛に向く。


「まぁ、可愛い!着飾るのが楽しみ!」

「見ているだけで癒されるな」


凛の顔が引き攣る。この場にいる誰も、悪意は無いのだ。凛は檻の中で後ずさる。


(この人達からしたら保護する感覚なんだ…)


マイクを通して司会の声が響く。


「ではまずは…百マイルから!」


値段の書かれた札が掲げられる。


「私は千マイル!」

「万マイルだ!」


値段が上がっていく。その時、よく通る声が会場に響いた。


「億マイル」


一瞬の静寂の後、会場にざわめきが広がる。


「億マイル!他はいませんか!?」


座席から札は上がらない。


「いないならもらう」


革靴の足音が近づいて来る。スポットライトに照らし出されたその人物に凛は目を見開く。


「チェ、チェスさん…!?」


目が合うとチェスは笑った。


「くく、ははは…お前のその顔、傑作だなぁ!」


おかしくてたまらない、と言う様に彼は笑う。


「な、なんでここに…あ!猫耳カチューシャ!」


凛は頭を押さえるがそこには何も無い。


「お前が人間であることはもう知ってる。雨の日にずぶ濡れになって俺に近づいて来ただろ。邪魔な匂いが薄まってお前の匂いがした」


凛は思い出す。雨の降る夜、喫茶店の前にいた彼をタオルで拭いたことを。


「…あっ!」

「お前、抜けてるな」


チェスの黒い尻尾が機嫌が良さそうに揺れる。


「もうここに長居する気はねぇ」


チェスが凛を抱き抱える。


「へ!?」


首にある首輪を噛みちぎられる。


「不愉快なんだよ」


不機嫌そうに唸るチェスに司会が話しかける。


「ちょ、ちょっと代金は!?」

「あ?ここはもう騎士団に包囲されてんだ。知るかよ」


チェスは笑ってジャンプするとシャンデリアの上に飛び乗った。


「人間を連れて上に逃げたぞ!」


会場が騒がしくなる。シャンデリアが揺れる。抱えられたまま凛は叫んだ。


「ゆ、揺れてます!」

「ははは!」


足場が不安定な中、チェスはバランスを取る。


「舌噛むなよ」

「えっ、嘘ぉ…!?」


彼が窓枠に足をかけた。警備員達が声を張る。


「待て!追え!」


チェスは振り返り、笑って言った。


「あばよ」


窓ガラスを蹴破って彼は会場を後にした。割れたガラスが月の光を反射して煌めく。会場に騎士団を率いたアッシュが突入する。その中にはスイの姿もあった。


「大人しくお縄につけ!」


司会の男やアンダーの残党が逮捕される。スイは混乱する会場で凛を探した。


「凛!どこだ、凛!」


凛はチェスに抱えられたまま、地面に着地し、そのまま連れ去られた。レン組の組員達がチェスを馬車に案内する。


「チェスさん!一体、どこに!?」

「俺の用意した巣に」


彼は微かに笑った。その背の向こう、満ちかけている月が見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ