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・ガドギエン・オースポン(飛空行商人・男)の暮らし I

 さて、死人の話はここまでとして、今も生きている人間の話をしよう。とある行商人の話だ。

 街と街を移動して回る行商人を王都の風景の一つとして紹介するというのは、我が輩自身としても妙であると思うが、ガドギエン・オースポンは間違いなく王都の風景の一部として働いている商人の一人である。

 行商人というのはそもそも古く、人が別々の場所で暮らし、増えた瞬間に生まれた、非常に歴史ある職業などという話を聞いた事がある。

 ただ、ガドギエン・オースポンを行商人と呼ぶ場合、それは新しい行商人だと言えるかもしれない。

 取り扱う物品が新しいわけでは無い。彼が行商人として運ぶのは食品やら鉱物等の資源やら、時には家具類や調度品を運ぶ事もあると聞く。この手の行商人は基本、雑食である。それも歴史深いと言えるかもしれない。

 では何がガドギエン・オースポンを新しい行商人にしているのかと言えば、商品を運ぶ方法であろう。

 今、これを読んでいる者がいったい、どういう立場かつどういう時期に読んでいるかは、我が輩には皆目見当もつかない。しかし我が輩がこれを書き綴っている段階では、そのガドギエン・オースポンの商品運搬方法は、サントクマルク王国だけで無く、世界でも新しい種類のものであると言える。

 ガドギエン・オースポンは飛空船を用い、空を移動して物を運ぶ行商人の一人なのである。

 一応、ここで飛空船についても説明しておく事にしよう。時代が移り変われども、この新しく素晴らしい乗り物は、時代を越えて受け継がれていくものであろうし、何より我が輩はそれについて詳しい。是非とも知りたい者達のために、ここで言葉を並べておくのも一興であるはずだ。

 飛空船とは、空を飛ぶ船の事である。何を当たり前をと思われるかもしれないが、この言葉には深い意味がある。

 例えば空を飛ぶと言っても、飛空馬車とか、飛空荷車などとは呼ばない。それはつまり、この空飛ぶ船が、船としての用途を期待されているからに他ならない。

 多くの人や物を運ぶという期待だ。馬車や荷車よりももっと多く、もっと大きく、まさに船としての役割である。

 ただそれはあくまで理念であって、現実の規模としては、我が輩が解説を続ける今の時点において、まさに飛空馬車や飛空荷車程度のものである事も書き込んでおく。新しいこの技術は、現時点では未発達のそれとも言えるのだ。

 飛空船の構造に関しては、単純なものである。空の上というのは優雅な世界に思われるかもしれないが、大地に雨や嵐が起これば、空の世界はもっと荒れる。なので、そういう荒れた世界で、乗り手の身が晒されない様、筒の中に覆ってしまう形になると表現すれば良いのか。そのための最適な形状というのも未だ答えが出る途上であるものの、とにかく全体を何らかの構造で覆い、内側から船そのものを動かす事になる。

 なので、外を眺めるための大型で透明度の高いガラスも必須であり、また頑丈な構造材も必要となる。その点は割高と言えるだろう。

 次に船を空に浮かせる仕組みに関しては、やはりそちらも単純なものになっている。

 古くから存在は確認出来ていた、それ単体が空に浮かび上がっていく浮遊石という鉱物を利用し、それを積み込む事で船全体を浮かせるわけだ。

 単純すぎて、浮遊石の存在が確認された時点から、既に誰しもがそういう事が出来るはずと想像していたのではなかろうか。

 そんな浮遊石の質と、飛空船が浮くだけで無く、向かいたい方へ向かわせるための装置。それらが一定、実用出来る水準に達したので、現在においては、飛空船が実際に空を飛ぶ世の中になったと言えるだろう。

 説明した通り、構造は単純で、一方で未発達の技術故、今後の発展が十分に期待出来るそれと言えるわけだが、一方、明日はどうであれ、今のそれは飛空荷車程度の扱いとは、繰り返し書いておく。

 それがまさに、ガドギエン・オースポンの、行商人としての仕事に関わってくるのだ。

 飛空行商人。そんな風に自らを名乗るガドギエン・オースポンだが、その肩書きが一般に膾炙されていくかどうかは、彼の働きと世間の目に寄るのだろう。ただ、名前だけでどういうものか分かるのは、良い名であると我が輩は評価している。

 ガドギエン・オースポンは荷馬車程度の大きさの飛空船を所有しており、それにより、王都を中心とした商品の運送と販売を行っている男という事だ。

 ガドギエン・オースポンが所有する飛空船“はぐラブ号”は、飛空船としては平均的、特別に遅くも無く早くも無く、詰め込める荷物の量も、まさに荷馬車程度だ。

 つまり、少数の荷物を空路という新しい道を使い、早急に運べる事を売りにしている。

 発展途上が故に、昨今になり始まった商売の形式と言えるだろう。輸送というのは基本的に海路や水路が理想であり、その次が無く、その次の次の次くらいで陸路という選択肢が来る。現状、その陸路より速度の面では幾分マシというのが飛空船の在り方であるため、ガドギエン・オースポンが運ぶものは必然、希少品や緊急を有するものとなるわけだ。

 我が輩がガドギエン・オースポン所有の飛空船用格納庫へ直接向かい、そこでガドギエン・オースポン当人から話を聞いたところに寄ると、仕事の中では貴金属や宝石類を運ぶ商売があれば、それが望ましい、理想の仕事であるとの事である。

 ただし理想の商売とは、要するに同業者同士の争いが激しいという事でもある。

 この王都において、ガドギエン・オースポンの様な空飛ぶ行商人は既に複数名存在し、また今の飛空船が飛空荷馬車という機能が限定的なものである以上、発生する仕事の量に対して、その仕事をしたいという人間はあっというまにあぶれる事になるわけだ。

 注意しなければならないのは、荷物を運ぶ仕事そのものは、人の集まる王都において、十分にあるという事だろうか。

 海でも陸でも無く、空を飛んで物を運ばなくてはならない事態というのは、世の中に多く存在するし、王都においても同様である。

 一方、その仕事の報酬が十分な報酬になるのかと問われれば、なかなかに難しい。

 特に飛空船の整備というのは、飛空船そのものが新しいものであるから、行える場所も少なく、つまりこれも割高である。

 荷物を運び、報酬を貰い、整備のための人員を呼んで、また仕事が出来る状態にした時点で、報酬より多くの代金を支払う事になれば、それは選ぶべきで無い仕事だという事だ。

 そこの見極めもまた、飛空行商人の仕事の範疇であると、ガドギエン・オースポンは語っている。

 例えばこうやって我が輩が話を聞く事の代価に、小銭では無く所有している飛空船の状態を見て欲しいとガドギエン・オースポンは要求してきた。これは我が輩の懐事情を心配してというより、純粋にそちらの方が得だと判断しての事だろう。

 ガドギエン・オースポンの飛空船の調子については、可も無く不可も無しという評価になる事をついでに追記して置く。

 幾つかの試行錯誤の後に考案された、前方がやや丸みを帯びたものになっているその飛空船は、日進月歩する飛空船技術においては、既にやや古くなってきているデザインながらも、十分に空を飛ばせられるものである。

 機関部も一応見たが、ガタが来るまでには後数度の長期の空の旅に耐えられるものだと我が輩の目には映った。

 暫くはガドギエン・オースポンの仕事道具として、これは使える。ここまでが不可の無い部分である。

 可も無いと判断したのは、やはり飛空船が新しい技術から来るものであるという点である。この分野の発展は非常に早く、今の状態からさらに飛空船が悪化したのなら、全面的な整備を行うのでは無く、新しいものを購入した方が、耐久性や商売としての効率も増す様に、我が輩の目には見えた。

 我が輩の話を聞いたガドギエン・オースポン自身、その様な認識を持ってはいるが、昨今の情勢から、その新しい飛空船を購入するというのは中々機会が無いらしく、暫くは騙し騙し今の“はぐラブ号”を使っていく事になりそうだとぼやいていた。商売人の辛い現実というやつだ。


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