・ミタリー・ファンサリア(占術士・女)の暮らし III
他に苦言を呈する内容なんぞ無いものかと我が輩も探したり聞いたりしたものの、ミタリー・ファンサリアはこじんまりとした仕事場と同様に、生活内容も質素なものである。
彼女自身が愛用している茶葉くらいが数少ない生活の贅沢であり、食事なども自分で安い食材を探して料理をしていると聞いた。それらに費やす時間が、占い以外の、生活をする時間と言えるのだそうだ。
人生においてもっとも高い買い物と言えば、まさに今、こうやって占いをしている家と土地を購入した事だとミタリー・ファンサリアは自嘲する様に漏らしていた。
さて、その話を聞いた瞬間に、その時の我が輩における、賢く鋭敏な知能は反応した。
小さくとも王都の土地と家である。ミタリー・ファンサリアのささやかな日々の収入で、それを買う事など出来るだろうか?
何か他に、金銭を得る手段を持っているはず。まさにその手段こそが、王国の生活というものを書き記す我が輩にとって、重要な事であろう。
占いが終わり、さっさと帰れと言ってくるミタリー・ファンサリアに対して、確固たる我が輩の信念を言葉と態度と行動で示したところ、暫く後に、ミタリー・ファンサリアは話を始めた。
ただし、諦めたというより、我が輩の方が罠に嵌ったという表情を浮かべて来た。
ミタリー・ファンサリアは言うのだ。占術について、王立魔法大学で行われる研究に協力した事があると。
その時の我が輩とて嫌な予感がしたものの、聞いたのは我が輩の方であったから、やはり話さなくても良いとは返せなかった。
そんな我が輩の考えを知ってか知らずか、ミタリー・ファンサリアはこう言ってきた。少なくともサントクマルク王国は公的に、占術における運命というものがあるという前提の元、ある種の魔法研究を行ってきたのだと。
ミタリー・ファンサリアはその類の魔法研究における共同研究者として、論文にも名が残されているらしく、それらの収入のおかげで、現在は日に二、三人占うだけの仕事でも、十分に暮らせているのだそうだ。
なんと公的な正さというものをミタリー・ファンサリアは証明してきたわけだ。
せめてもの抵抗として疑ってみた我が輩であるが、その論文の幾つかは、今は難しいものの、いずれは王立魔法大学へ閲覧の申請をすれば、部外者であろうとも許可が出る様になるだろうと、ミタリー・ファンサリアは指摘してきた。そこはお前が苦労をする部分だぞと。
確かに、何かを疑うとなれば、それを疑う側が真偽を確かめねば公平ではあるまい。そこに気付かされた時点で、我が輩の負けであった。
その後、我が輩自身の伝手で、実際に調べてみたところ、ミタリー・ファンサリアの名が記された論文を一つ見つける事が出来たので、より一層、我が輩の肩身が狭くなった事を、やはり公平に記しておく。恥をそのまま見えないままにしておく程、我が輩とて恥知らずでは無い。
ただ、その折、ミタリー・ファンサリアが妙な事を言っていた事を思い出す。どうせ調べたところで分からないだろうが、ある特定の論文については、調べようとして上手く行かない場合、深入りしない方が良いと言ってきたのだ。
先ほど我が輩が調べた論文については、特にその様な経緯など無かったのだが、もし調べる際に、誰かしらの邪魔が入る様なら、大人しく引いておかないと、その身に不幸があるぞと、ミタリー・ファンサリアは占術士らしい忠告をして来た。
それもまた運命やら占いやらの話かと我が輩が問うたところ、どちらでも無く、事実の話であると返された。
王立魔法大学の魔法研究は国内の重要事項を取り扱う事も多く、一般に知らせられない類のものも中にはあるのだという。
そういった研究内容に無遠慮に踏み込むと、手痛いしっぺ返しがあるのだそうだ。運命などで無く、明確な人間の意志に寄ってである。
それを聞いた我が輩であるが、まああるだろうなという感想を持った。人間、隠したい事はあるし、それを暴こうとすれば敵対もしてしまう。それだけの価値がある場合以外は、自ら引いておくのが、上手い生き方というものだ。
例え脅しの類であっても冷静に受け止める。それが我が輩だ。決して怯えなどしなかったと断言しておく。ここにも書き込んでおく。
ただ、ミタリー・ファンサリアが関わる魔法研究についてを追って調べる際、我が輩は冷静に、慎重に、勿論、公開されたとしても不都合は無いはずの論文について調べたので、怪しい振る舞いなどしていない事もついでに記して置こう。
おかしな組織に、後から痛くもない腹を探られるというのも遠慮したいのである。これはあくまで自衛のための知恵であって、国からの見えぬ圧力に屈したわけではない。これもまた、我が輩の心の内にある真実だ。
我が輩が調べたミタリー・ファンサリアの名前が出てくる論文も、ここにその名を書き記す。“集団活動における運命論の影響及び指向性、その高め方についての一考察”というもので、非常に格式張っているが、大した事は書かれておらず、内容も現状の魔法で、占術が運命と呼ぶ事象に対して影響を与えられるものなのかを、運命というものの実在性から検証していくという、なんとも迂遠で結論がどういうものなのかもいまいち判断出来ないものであった。
つまりそれを知ったところで、危害を加えなければならない程の内容では無い。それだけは理解して貰いたい。
第一、知れば危険になる知識というものにミタリー・ファンサリアが関わっているとしたら、長命種でもある当人が、文字通り長々と生きている事をどう説明するというのか。
やはりこれは、ミタリー・ファンサリアなりの脅しでしか無いのだろう。
だから、これを読んでいる諸君の身にも危険が迫るという事は無いであろうし、これから書く事についても鼻で笑って貰って構わないが、今、この本を書き綴っている我が輩の耳に、妙な噂が入ってきている。
というのも、長々と生きていると書いたばかりだというのに、ミタリー・ファンサリアが亡くなったというのだ。
諸事情により、現時点で直接足を運ぶ以外に話の真偽を確認できない状況にあり、我が輩自身それが出来ていない以上、単なる噂としか書くことが出来ないものの、あのまだまだ長生きしそうな、ふてぶてしさと不可思議さを同じくらいに感じさせてくるミタリー・ファンサリアが本当に亡くなったとすれば、それはまさに、運命染みたものを感じざるを得ない。
いやいや、単なる占術士の死に運命も何もあるものか。ミタリー・ファンサリアは我が輩が直接会って話をした時と同様、朝食と同時に占術の準備を初め、自らの家を仕事場として客を待ちながら、昼食時を過ぎてさらにひととき程度の時間で店を閉め、食材探しのために市場に出て後、夕食を行い、就寝するという日々を送り、そのどこかで、あっさり命を失ったのだろう。
我が輩はそう思う事にする。
何とも怪しい職を続ける、怪しい人物の話でしか無いが、それでも、当人の名誉のために、ミタリー・ファンサリアの記録もまたここに纏めさせて貰った。
我が輩が言うのも何であるが、故人の冥福を祈らせて貰う。怪しい人物ではあれ、悪い人物とも思えなかった。だからこそ死を悼む。別にそれは罪でも無いし、誰かからの加害が来るという事もあるまい。
これは運命では無く、我が輩の意志に寄るものである。




