・メイリア・アリファニト(酒場女給・女) III
酒場では、そういう話が良くされる。メイリア・アリファニトからの話だけで無く、これは我が輩の実感でもあった。
この『道の灯』において、この本を書き上げるために人々から話を聞いていたところ、酔っ払い顔の連中が幾らでも、面白みのある話とやらを聞かせてくれた。中には聞いても無いのに話に参加してきた者もいる。
それが真実かどうかは分からない。いや、その大半が、何かしら奇跡だの特殊な過程だのが登場して来たため、嘘である可能性は高い。
高いのであるが、大半である以上は、嘘である事上等で語られている。誰しもが素面では馬鹿にしながらも、そういう話を聞くのが確かに好きそうだ。だからこそ、酒を飲みながら話したり聞いたりする。
酒場とはそういう場所であり、酒場で働く女給達は、その手の話を驚く程多様に知っている。
聞き飽きて、語り明かされた物語に、刻一刻と新たな要素が追加され、それらを皆が笑い飛ばす。そんな風景を見つめる仕事なのだから。
そんな一人であるメイリア・アリファニトは、さらにこのオズフリアンクの煽動者の話について、本当につい最近、新たな話な要素が追加された事を教えてくれた。
誰かがそうしたというよりは、皆が似た様な事を感じていたから、話に反映されたというものらしいが、こういうオチが新たに付く様になった様だ。
オズフリアンクの煽動者は、人々を煽動する事でオズフリアンクという街を作り出した。
そんなオズフリアンクの煽動者は、戦争が始まり、オズフリアンクを真っ先に襲ってきたオグマドクト帝国に対して復讐をするつもりであると。かつてオズフリアンク周辺の集落で人々を煽動した様に。
我々は敗北した側なのだと酷く実感してしまう。そういうオチであると我が輩などは感じてしまった。人の力が及ばぬ現実に対して、何か力を持った者の解決を期待する。そういう類の、儚い希望を語る物語であると。
だが、話の中だけでも、戦争相手に対して気分を晴らす様なものがあっても良いとは思う。
反感が高まり、実際に誰かへと襲いかかる事態よりは随分マシであろう。その物語のオチの大半は首が括られたに繋がるのであるし。
もっとも、話すだけで溜飲を下げるこの手の話も、いずれはオグマドクト帝国側から禁令なりが出るやもしれない。そうなれば、お話で終わるはずの熱は、どこへと向かう事になるやら。
何にせよ、そういう物語の変化というのにもメイリア・アリファニトは敏感だった。昔話などというのはどこぞの爺さん婆さんが語り継ぐものだと考えていたが、実際のところ、人がごみごみと集まる酒場でこそ、何かしらの物語は生まれるのかもしれない。
証左と言えば良いか分からないが、先ほどのオズフリアンクの煽動者を戦争中に見たなんて話まであった。紫色に輝く宝石を手に、オグマドクト帝国側へと向かう何者かが居たとか。
戦争があって、敗北があって、古くからの話があって、それを語り合う場があったからこそ、その手の眉唾な話がどんどん生まれていくのだろう。街を防衛している最中、宝石片手に敵陣に向かうなどという事もあるまいに。
何と言っても、この話はメイリア・アリファニト当人が真顔で本当の話だぞなんて伝えてくるのだ。我が輩を担ごうとしている意図がさすがに分かった。
それにしたところで、本気の表情に見えるものを顔に浮かべてくるのだから怖い話である。
だが、不快感は覚えなかった。とにかくメイリア・アリファニトは語りも上手い。どんな内容の話をするにしても、耳触りが良く、面白みがある様な気がしてくる、そういう語りだ。
いずれ歳を経て、その美貌が衰えたとしても、舌の回転が万全なままであれば、それだけで女給として働き続ける事が出来そうな、そういう勢いや強さを感じた。
だが、メイリア・アリファニト自身は将来に対する不安というものを感じてはいるらしい。女給という仕事がそもそも不安定ではあるのだろうが、店そのものである『道の灯』が、オグマドクト帝国側の治安維持官から目を付けられているそうなのだ。
今後、いや、既にオグマドクト帝国の領地として有るオズフリアンクにおいて、元サントクマルク王国の人間であるというだけでも注意しなければならない相手であろうし、酒場での愚痴というのは、叛乱を起こす前の決起に見える事だろう。
酒場の店主とて上手くそこを乗り切る努力はするはずだが、世の中を広く見れば、その手の努力が無為に終わるのは珍しい話では無い。
店主に雇われる女給達にしてみれば、自分達の手の届かない場所で、自分達の将来を左右する交渉が行われているというのだから、気が気では無いのだろう。
かくも酒場女給とは過酷な仕事だというわけだ。我が輩から見ても、メイリア・アリファニトの明日について、幸運を祈るくらいが精一杯であった。
だが、この『道の灯』という酒場も含めて、逞しさを感じる部分もある。
ここには、日々の愚痴や人々の明日への不安があるにはある。だが、それ以上に、それでも明日を生きてやるという思いがあるのだ。酒も噂話も、そこへ注ぎ込むための力となるものなのかもしれない。
例え、国が変わったとしても、その思いがあれば、なんだかんだと生きていけるのではあるまいか。勿論、運不運があると思うが、そればかりは神のみぞ知る話である。
ちなみに、メイリア・アリファニトからここまでの話を聞いた事に対する追加料金は、勿論あった事を付記しておく。こういうのが逞しさというやつだ。なかなか悔しい話であるが。




