・ザリンジ・ホスマン(清掃人・男)の暮らし II
などといった前提の元に、ザリンジ・ホスマンが、彼の一家を支えるための報酬内容について、さらに踏み込んだ話をここにさらに記す。
というのも、ここからの話はあまり表立って喧伝するものでも無いためだ。
本書を読み進める諸君も、この様な光景もまた王都の一風景であると理解し、あまり事を荒立たせず、以降を読み進めていただきたい。
ではまず、率直にどの様な話かをここに記すが、ザリンジ・ホスマンは清掃作業の対象として廃棄された物品の内、価値があると判断したものを、捨てず、然るべき業者に売り払っている。
その様な行為が許されるのかと思うかもしれないが、ザリンジ・ホスマン当人にも言われて調べてみたところ、明確に捨てる物として清掃人に掃除を指示した場合、サントクマルク王国の法においては、その所有権が一時、指示された清掃人に移るのだそうだ。
ある種、法の不備というか独自解釈も含まれては居たが、それでも、廃棄する予定のゴミであり、実際にそれを捨てろと指示を受けた者が、こっそりそのゴミを懐に入れたところで、それを罰する明確な法が現状無いというのが、実際のところであった。
これは王都に限らず、サントクマルク王国の清掃人の間では周知の事実であるらしく、清掃人の主な収入源の一つに、ゴミの選別から価値のある物を見つけ、業者に売るという行為が、当たり前に存在しているのだそうだ。
道端に落ちている小銭を想像して欲しい。それを諸君は拾い上げる。そうしてそれを懐に入れる。その行為への罪悪感というのは、それほど大きいものであるかどうか。
さらに言えば、他人も同じ事をしている場合、それをする事への抵抗感も薄まるだろう。生活のためという理由も付け足せば、もはやその行為は立派な仕事の範疇となるわけである。
勿論、表立って言える行為では無いし、騒ぎになれば問題視もされるだろうが、ザリンジ・ホスマンが清掃人としてその仕事をしている間、彼らサントクマルク王国の清掃人達は、上手くやっていたと表現するべきかもしれない。
少なくとも我が輩から、そのような事は道徳的では無いのだから止めるべき行為だろうなどという言葉が飛び出す事は無かった。
無論、これは我が輩とそれを取り囲む環境の結果であるが、諸君らのうちの多くの者もまた、こういう感想を持つであろう。
今さらであると。
むしろ、ザリンジ・ホスマンからその手の話を聞く中で我が輩が興味を持ったのは、その廃棄される予定のゴミを選別して、業者に売ってしまうという行為の詳しい内容であった。
ゴミはゴミではないか? 一家族を養えるほどのものなのか? その様な疑問に対する好奇心が生まれたのだ。
それらの行為は、同業者の中において狩りの獲物と表現されているらしく、高く売れればそれは武勇伝にもなったという。
とある街の清掃人などは、下水の清掃作業の際、遥かな過去、先史文明の遺物として、絶対に消えぬランタンなるものを発見し、巨万の富を築いた事があるそうだ。ただし、どこの誰かは誰も知らないらしく、清掃人達が自らの夢を語る上で、良く聞くお話の様な物であるらしい。
その手の話は、神に頼まれて空の雲を清掃しとか、捕まえたネズミを殺さずに逃がしたら、後に人の女になって現れ一夜を共にしてきたとか、そういう話と共に語られるわけである。ただまるっきり嘘でもあるまい。事実として巨万とはいかずとも生活費になっているのだから、安易に馬鹿に出来る話ではないのだ。
ザリンジ・ホスマンの場合、懐に入れるゴミが魔法大学から出たものであるというのが、この手の話にさらなる信憑性を与えていた。
同業者の間でも、魔法大学の清掃人というのは実入りが良いと評判で、清掃人に欠員が出る事が稀ですらあるのだそうだ。その職に就ける者とは相当なコネと幸運があるのだそうだ。
ちなみにザリンジ・ホスマンの場合、知人に魔法大学を卒業した魔法使いがいて、そのツテで今の清掃人という職に就いたそうで、コネがあった方に分類されるだろう。
試しにザリンジ・ホスマンに、どの様なゴミが金銭として高く取引される事になったかを尋ねたところ、多いものは石、高いものも石と答えてきた。
一種の謎掛け染みた言葉であったが、我が輩が悩み始めるより前に、すぐにザリンジ・ホスマン自身が説明もして来た。
まず多いものとしての石は、緑光石である。街灯の光源などにも利用されているあれだ。
私も聞きかじった話でしかないが、あれはどこぞの国の魔法大学が魔力だの何だのの測定器として利用されていたものが、一般に流布する中で光源として利用される様になった物らしく、現在でもその多くが魔法大学内部で利用されているとの事である。
そうして、そういう特色を持っているだけの石である以上、良く欠ける。街灯での利用であれば多少の欠けはケースに納めてしまえば大した問題にもならないが、魔法大学では学問やら研究での利用目的であるからか、そこまで必要なのか? と思ってしまう程に精度を追及するものらしい。
その点に関して、学問というものへの飽くなき探求と呼べば、響きが良くなるものかもしれないが、魔法大学内の緑光石のうち、その要求に耐えられぬ水準のまま納品されたもの、また利用や運搬の最中に欠損が生じたものは、躊躇無く廃棄されてしまうという現状があるそうだ。
そこには一定の問題があると、一時、会社の経営者としてその能力を振るっていた我が輩としては苦言を発したくなる。
実際、その緑光石の購入費用にも臣民諸君の貴重なる税が使われていると聞けば、どうにかするべきだと諸君も真剣に考えたくなるのではなかろうか?
この様に書き綴ってみれば、ザリンジ・ホスマンのこっそりとした金稼ぎについても、我らが生きて来た王国における、ある種の効率性というものが見えて来る気がする。
廃棄品として指定されたその緑光石は、質的に劣ると言っても、見る人間からは価値がまだあると考えるからこそ、ザリンジ・ホスマンもそれを売り払うという発想へと至るのである。
ザリンジ・ホスマンの手から業者へと売り払われる、少なくない量のその緑光石は、店先で安上がりに購入出来る光源の類として、今、夜中でありながら執筆を続ける我が輩の手元から紙全体に掛けてを、確かに照らしてくれているのである。
と、些か卑近な話になりがちなのは、緑光石がそれほどに我々の生活に根差しているものであり、尚且つ、ザリンジ・ホスマンが多い方の石と表現するだけの意味がそこにあるからであろう。
ならば、高い方の石とは何か。我が輩が好奇心を疼かせながら尋ねてみたところ、ザリンジ・ホスマンは妙な顔を浮かべて来たのを記憶している。
自分から言っておいて、言い難い事がある。いや、話しても別に構わない内容ではあるのだが、それはそれとして、ペラペラと話をするべき内容でも無い。そんな感情が、喉に引っ掛かっている様な、そんな顔をしたのだ。
大方、さっきまで話をしていたような、表立っては言えないが違法でも無い、その類の内容がザリンジ・ホスマンの頭の中に浮かんでいるのだろうと、その時の我が輩は見ていた。
ただ、ザリンジ・ホスマンの口から語られたのは一風変わった奇妙な話であった。




