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・メイリア・アリファニト(酒場女給・女) II

 何はともあれ、メイリア・アリファニトは多くの人間と接し、多くの人間が楽しいと思う様な言動を心掛けているというわけだ。

 そう、言動である。メイリア・アリファニトの技術はその表情や身体捌きだけの話では無く、言葉にも掛かっている。

 まずはやはり、言葉を発する際の口調だろう。怒った時は語気を荒く。甘える時は猫を撫でる様に。ジョークを言われた時は本当に楽しそうに笑うし、外れていると判断した時は詰まらなさを隠さない。非常に分かりやすい。そこに感情的な深さなど無い様に聞こえる方が、人間、好印象を受けるのかもしれない。

 少なくともメイリア・アリファニトはそう考えている様子だった。

 さらにその喋りの効果を高めているのが、メイリア・アリファニト自身の知識量であろうか。

 勿論、国の学者や魔法使い達程の知識を持っているわけでは無い。が、世間一般に対する見地というのが驚く程広く、多彩であるのだ。

 左官屋の仕事の愚痴を聞く時、山で大半の日々を過ごす男との接する時、真面目一辺倒で周囲から距離の置かれている人間とむしろ距離を近づける時。その時には、それぞれの仕事や暮らし方を浅くても良いから知っている事が武器となる。上手くやれるかどうかもその知識に掛かっているだろう。

 メイリア・アリファニトはそれが上手く出来ている様にも見えた。しかし、世の酒場通いの多い男性諸君には恐るべき話かもしれないが、メイリア・アリファニトが他の誰よりも優れた女給というわけでは無い。

 サントクマルク王国に限らず、それこそオグマドクト帝国とて、その酒場の多くには、メイリア・アリファニトの様な女給がいるのだ。

 酒場のどこかで、他人は知らぬだろうと自信満々に知識や経験を披露している男の傍らで、まるで初めて聞いた様な表情を浮かべる女給が、内心では男よりその物事を理解しており、それをあくまで内心に留めている風景を思い浮かべて欲しい。

 それが王国のどこにでも見られる一般的風景の一つであるというのは、むしろ怖さを感じやしないだろうか。

 いや怖さなんぞ感じずに接する事が出来るからこそ、酒場が人々の憩いの場になっているのだし、強調する必要も無いか。

 この本を読む諸君もまた、別に酒場について深く考える必要は無い。その日の鬱憤を張らすために酒を一杯とパンとスープを注文する。そういう場所であるだけで十分のはずだ。

 もっとも、入り浸ったり悪酔いしたりする場合は、その行動そのものを色々と考える必要があるだろうが。

 考える必要と言えば、メイリア・アリファニト自身が意図したものでも無いのだろうが、色々と興味深い話を知っていた。

 これも知識の話かもしれないが、先ほどまで書いたものとは違う種類の話ではあるだろう。メイリア・アリファニトは噂話を良く知っているのだ。

 まず酒場というのは酒を飲むために存在するわけだが、そこに居る人間と話をするためにもあるとも言える。

 静かで落ち着いた雰囲気の中で、一人ちびちび酒を飲む類の酒場なんてものは圧倒的に少数であろう。酒を飲むというのは何かと吐き出す行為でもあるのだから。

 なので多くの話が吐き出される。それも好まれるのは盛り上がる類の話、つまり噂話だ。客と違って女給達はそれを素面で聞いているのだから、嫌でも耳に残るわけだ。

 メイリア・アリファニトなど良く人の言動を見聞きする立場なので、より一層、その手の話を憶えてしまうらしい。

 オズフリアンクの誰それがの旦那が、妻に内緒で浮気をしている。あそこのところの子どもは尻に特徴的な痣があるとか言った、下世話で卑近な噂が多いとの事である。

 一方で、その手の噂話は話題に残り難く、すぐ別の話になるらしい。みんな面白がって話す割に、実際は面白いと思ってないとはメイリア・アリファニトの言である。

 その逆に、どうしてみんな飽きないのかと思ってしまうくらいに、何かと話題とされる類の話もあるそうだ。

 どういうものかと尋ねたところ、お話的なのが多いと返してきた。

 お話。噂話など大半がお話だろうと思うのだが、メイリア・アリファニトとの会話を整理すると、ちゃんとした入り方があって、きちんとオチが付いている話をお話だと言っている様子だった。

 ある地域、ある時期のある人が、こういう行動をし、こういう経過を辿り、最終的にこうなった。そういう話である。

 やはりこれも、書いてみればどこにでもある話ではある。しかしそのどれかの要素、もしくはそのすべてが、日常的で無ければ無い程、皆、お話として面白がるのだという。

 具体的には、オズフリアンクの煽動者という話がある。

 まだ、オズフリアンクが街の名前で無く、この周辺の土地を指す言葉であった頃。近隣の村落に煌びやかな宝石で着飾った、おかしな風体の男が出入りする様になったそうだ。

 男はそれぞれの村落を歩き回り、付いてくれば良い事があるぞだったり、大金持ちになれるぞだったりと吹聴して回ったそうである。

 すると、男の見た目に惹かれたのか、それとも単なる好奇心か、それぞれの村落の中から数名ずつ、実際についていく者達が現れた。

 まるで祭りに浮かされる様に男へと着いて行った者達は、その先で何も無い原っぱへと辿り着く。

 そうしてふと、自分達をここへと連れてきた男が居なくなっている事に気がついた。日も既に昇って降りてを三回は繰り返していただろうか。

 どうしたものかと悩む者達であったが、今さらそれぞれ集落に戻るという気持ちでも無くなっていた。男の言葉に乗せられて、どこかの原っぱに置き去りにされたなどと頭を掻きながら、故郷へと戻る気分では無くなっていたわけだ。

 だから、その者達はそこで暮らし始めた。原っぱに雨をしのぐ家を建て、食うに困らない様に畑を耕し、そうこうしている内に男女の中になる者も現れ、子を育み、何時の間にかそこには村が出来ていた。

 それがオズフリアンクである。

 などというのが、このオズフリアンクの煽動者という話の概略だ。

 そんな話は現実的では無いだろうと思われるかもしれないが、それでもこの話はオズフリアンクの住民自身が語り継いできた、街が出来るまでの、ある種の神話とも言える話なのだ。

 オズフリアンクはその出来た当初に、少し不思議な事件があった。そういう話は、メイリア・アリファニトの言う通り、人の耳や記憶に残りやすいわけだ。

 端から聞けば眉唾でしか無い話だろうが、なんでも街の歴史書にも調べると、それを思わせる書き方がされている。などという話もあるそうな。

 我が輩自身が直接調べたわけでは無いため、これもお話の一部ではあるだろう。

 そうだ。このオズフリアンクの煽動者という話は、それそのものだけで無く、尾ひれを付ける話もまた、されがちなのだという。

 例えばきらびやかな格好をした煽動者は、実は貴族の某だ。某国の金持ちだ。などと語りに入れる者も居れば、この物語は比喩や暗喩の物語であり、街を開拓した人々が表立って言えぬ後ろ暗い事件を、この様な物語として残しているのだ。だったりを言い始める者もいる。

 確かに、煽動した男が権力者であり、人々を騙してオズフリアンクを開拓する予定地まで連れてきたが、集めた人々の怒りを被って首を吊られたという脚色は、面白い話になりそうではあるだろう。

 なんなら男はオズフリアンクという街を作る運命を導いた者であり、街を作ったり国を消したりなど思いのままな力を持った精霊なのだなんて突飛も無い話に飛んだりもする。まさに荒唐無稽だろう。

 だからこそ、人の口伝に残りやすい。それが真実かどうかはさて置かれて、より面白い話を人々は語ろうとする。オズフリアンクの煽動者。あの話は聞いた事があるかい? という言葉から、それらは始まり、そうしてこれからも続いていくわけだ。


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