・メイリア・アリファニト(酒場女給・女) I
この本において最後の紹介となるのが、酒場の女給、メイリア・アリファニトである。
オズフリアンクに幾つかある酒場兼宿をしている店で雇われた女であり、年齢は二十一になるそうだ。
我が輩の見立てではさらに年が三つは上だと思うのだが、深く詮索しない男子としての在り方が我が輩にもある。
酒場の名前は『道の灯』。なんでも店主の祖父の代に、夜中歩いていると何かが妙な明かりで人を迷わせてくるというおかしな話が流行ったらしく、では夜だってちゃんとした明かりを灯せる店を作ってやれという考えから、その名と共に店を始めたらしい。
店はオズフリアンクの大通りに面した場所に建てられており、その道の端と端はそれぞれサントクマルク王国とオグマドクト帝国へ繋がっているのだから、確かに道を照らす店というわけだ。
道を進み、そこに面した酒場の扉へと入れば、客が十数人は入る事が出来るだろう大きさの客間と、相応の椅子と机の数があり、二階部分が宿用の部屋となっている。一般的な構造と言えるが、大きめの店とも言えるだろう。
それだけ日々、客が来る見込みがあるのだろうが、それくらいの客を捌かなければ、場所税を払いつつ儲けを出すというのは難しいのかもしれない。
この大きさや広さを見ただけでも、店主一人で客の相手をするのは難しいと分かる店であるため、当たり前に女給が雇われている。
店主は入ってくる客の確認と金銭の受取り、そうして女給への指示を常に行っており、酒場内部で料理を作り、酒を入れ、皿を客の前のテーブルに運び、客が立ち去れば皿を引いて拭くなどと言った仕事のすべては、この女給達が行っているのだ。
そんな女給の一人として、メイリア・アリファニトも働いている。
ただしメイリア・アリファニトは他の女給とは少しばかり仕事の内容が違っている。いや、やる事は他の女給とまったく同じなわけだが、給金は多めのものを貰っているそうだし、実際、店内での動きも他の女給とは違っていた。
その違いは何かと説明するならば、その見目麗しさにあると言えるだろうか。
それなりに世間というものへの視野が広い我が輩の目からしても、メイリア・アリファニトの外見の美しさは平均のそれより上であろう。
サントクマルク王国やオグマドクト帝国の中で随一などと言えば言い過ぎにはなるだろうし、それがオズフリアンクという言葉に変わったとしても、そこまででは無いだろうとはなるかもしれない。
ただ、同世代の中ではとか、それこそ店の女給の中ではという言葉になれば、確かに一番となる。それくらいの美貌を持っている様に見えた。
その美貌が客寄せにもなっているのだ。女給として働くだけでも、それは客と距離が近くなる行為であり、彼女が甲斐甲斐しく世話をしてくれるから、『道の灯』で一杯やろうという人間が出てくる。店に通い続ければ、何かの切っ掛けで仲良くもなれるかもなどと思う常連とているはずだ。
卑近な話ではあるのだろうが、人の暮らしとはそういうもので作られていると言って良い。
メイリア・アリファニトにしてもその振る舞いは、まさにそれを仕事としている風だった。
身持ちは固く、愛想は振りまくが、身体を売ることは無い。『道の灯』はそういう店では無いわけだ。いや、そういう店であっても、レイネーレの舟渡しがそうである様に、下賤などと言えはしないのだろうが。
何にせよ、メイリア・アリファニトは女給としての働きとその顔と振る舞いに寄って、給金を得ているというわけだ。
それだけを書くと、見た目だけで得をし、実に他人からやっかみを受けそうだなと思われるかもしれないが、これでなかなか他人より働いている。
この手の仕事は、見た目だけで通用するという物でも無いのである。
酒を飲み、そこに美人が居て、ちょっかいを出したくなる男も居る。ただし店がいかがわしいものでは無いというのなら、そんな男を上手く捌ける技能というのが、この手の仕事には必要になるわけだ。
これもまた技能である。我が輩もメイリア・アリファニトと直接話をした結果として、まず間違い無く、メイリア・アリファニトは先天的に男のあしらい方を身に着けている魔性では無く、繰り返しの経験に寄ってそれを手に入れている側だと感じた。
例えばメイリア・アリファニトの表情だ。酒場内で客と話をしている時、皿やカップを下げている時なども、メイリア・アリファニトの表情は多様だ。良く笑い、良く悲しみ、良く怒っている、様に見える。
そのどれもが、我が輩から見ても自然な物に見えるわけだが、これは我が輩側の経験に寄るものなのだろうが、自然さの中にどうにも違和感が混じっているとも思えた。
この我が輩側の経験というのは、作った表情というものを、これまで多く見て来たという経験である。
人間、笑みの裏で実は多彩な感情を抱いているというのは良くある話であろうが、メイリア・アリファニトの表情を見て感じたのは、むしろ我が輩自身の感覚を疑ってしまうくらいの違和感であったのだ。
全部作り物だ。どこかで薄っすら、そう感じてしまったのである。客に露骨に尻を触られて、怒り、怒鳴り、店主に言いつけに行くその時の表情ですら、作られたものだと我が輩の直感は伝えてきていた。
他の客から、客の仕事内容を聞いている最中であった我が輩であるが、その時になり、メイリア・アリファニトという女給の話を書いてみたいと強く感じた。故に勇気を出して話を聞いてみたという経緯がある。
これでは酒場で人気の女給を口説きに向かう男の様な動きでは無いかと自分でも思うわけだが、幸運な事に、これも我が輩自身の、歳を重ねた外見が幸いしてか、女遊び目的の男だと思われずには済んだ。
サントクマルク王国の風景について書き残しておきたいという話をすると、むしろメイリア・アリファニトは納得してくれもした。国がこんな状況で、そういう事を考えてる人も居るのかとか、そういう言葉を返して来た記憶がある。
そうしてまず聞いてみたのが、先ほどの表情についてだった。我が輩は作り物だと感じたが、実際のところどうなのだろうと率直に聞いてみたわけだ。
その時、メイリア・アリファニトはけらけらと笑ってみせた。その表情については、先ほどまであった違和感が無くなったもの。つまり正解であった。
メイリア・アリファニト曰く、酒場で給仕をしている時は、どんな時でも表情は作っているし、心の中だって、上手く自分に言い聞かせる事も出来るのだそうだ。
客が自分に尻に手を向けて来ただって? 刃物や槍でも無し、騒ぐ程の事でも無いだろう? そんな風に考える事が出来るのだそうだ。
なら、尚更怒ってみせる必要は無いではないか。そっちの方が客の気分が良くなるはずでは? そう尋ねてみた我が輩に対して、メイリア・アリファニトはきょとんとした顔をしながら答えて来た。
怒ってみせた方が、絶対に楽しいだろうと。
人間、自分がこういう行動をした時、相手はこう返す。その予想が当たる方が、余程気分が良くなるもの。いや、安心するものだとメイリア・アリファニトは言うのである。
騒ぐために酒場に来る客というのも多いが、それ以上に、自身が過ごす日々の一風景として酒場に来る客が居て、そういう客は安心を求めている。だからそれを提供するのだと、メイリア・アリファニトは言う。
これには我が輩とて驚いたものだ。メイリア・アリファニトは客商売についての理解が出来ている。相手が居て、相手が望むものをどう高く売りつけてみせるか。もしくは、高く売れないならどう上手くあしらうか。それが分かっているのだ。
これが出来るというのは、まさに天性では無く、経験として身に着けたものであるという事だ。物覚えが早いという才覚などはあるやもしれないが、根には、どれだけ人に接して来たかという部分があるのだ。蟷螂の目がどちらを向いているかを知るには、蟷螂を多く見るしか方法が無いというやつだ。違ったか?




