表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/28

・アダー・スン・ジャックス(戦争技術実験官・男) II

 そんな安穏とした側であるアダー・スン・ジャックスであるが、戦争開始から少し前あたりに、そこから外れた仕事をした事もあるらしい。

 興味深い話であったので、それも書き残しておく事にする。

 アダー・スン・ジャックス戦争技術実験官にとっての事の始まりは、アダー・スン・ジャックス自身のひらめきから始まる。

 単なる突発的な思いつきとも表現できるかもしれない。

 ある日、昼食の時間に山魚のシチューをスプーンで掬っている最中、アダー・スン・ジャックスはふと、窓の外側の景色を見たそうだ。

 オズフリアンクに用意された庁舎の外にはやや拓けた土地があり、街の子どもが鬼ごっこをしている様だった。

 それは何時もの光景であり、子どもの遊びの内容が日々変わっていく程度の違いしか無いわけだが、その瞬間、アダー・スン・ジャックスには違う発想が生また。

 そうして観察の日々が始まったのだと言う。これを読んでいる諸君も正気を疑うかもしれないが、子ども達の鬼ごっこを観察する日々だ。

 鬼ごっこである以上、追いかける者と追いかけられる者が居て、追いかける者は基本的に一人である。鬼に捕まった者は次の鬼となり、他の子どもを鬼とするべく走り回る。

 観察なんぞ続けなくても、分かり切ったルールであると我が輩は思うわけだが、アダー・スン・ジャックスはそんな鬼ごっこのルールも、時と場合に寄って変わってくると熱く語ってくれた。

 なんでも鬼が増えていくルールの時もあれば、最初からそれぞれの数が決まっていて、全員が捕まるまでの時間で勝敗を決める時もあるのだとか。

 それは素晴らしい観察結果なのだなと世辞を返したところ、そのルールについては、今回の話とは関係ないとの事だった。なんだというのだ。

 アダー・スン・ジャックスの観察で重要だったのは、鬼になる子どもやその順番に、一定の法則がある様に見えた事らしい。

 アダー・スン・ジャックスはそう仰々しく表現していたが、詳しく聞いていると、足の速い子どもや動きの鈍い子どもが居て、大半の子どもが年齢的に深く考えずに相手を追いかけているから、特定の子どもが頻繁に鬼になったり勝ち残ったりする。そんな程度の話であるらしかった。

 集まる子どもの数や人が変わらなければ、それはそうなって当たり前だろうと我が輩が感想を述べたところ、当たり前だからこそ、様々な事象に適用できるなどとアダー・スン・ジャックスは話し始めて来た。

 戦争という行為においても、その様な法則があるのではないか。という発想であるらしい。子どもの足の速さがそうなのだろうか? 良く分からないまま聞いていたので、ここで書ける内容というのも確かなものでは無いのだが、ある種の、誰が考えたわけでも無い流れの様なものがすべてにはあって、勿論、戦争においてもそうだから、そこに手を入れられれば、どのような経過を辿ろうとも、最終的には戦争に勝てるとかどうとかという話であるらしい。

 我が輩の理解力や知識が足りないというのもあるだろうが、アダー・スン・ジャックス自身、確固たる発想に至れていない様にも見えた。

 戦争全体の動きを左右出来る大局的な流れの操作とかなんとか、大層な名前を付けて、論文の形にしつつ然るべき機関へ提出したと語っていたが、その実、アダー・スン・ジャックス自身の認識もまた、あくまで机上で語っている話であり、また具体化できる様な規模の話ではないという理解の元にあったのだろう。

 しかしその後、まさに論文を提出した機関より、さらに詳しい検証と観測の指示が、実験器具や資金などと一緒に来たそうだ。

 アダー・スン・ジャックスにとっては相当に衝撃のある結果だったらしく、我が輩に語って聞かせて来た時も、終わった話だというのにかなり興奮気味であった。

 それだけ普段は評価の少ない日々を送って来たのだろう。かくしてその日より、アダー・スン・ジャックスはそれまでの日々以上のやる気を出し、そのやる気の分だけ、何時もとは違う怪しげな事を始めたという目で見られる様になったわけである。

 実験器具は独特、それを使用する目的も曖昧、さらに資金が降りてきたと言っても限られている。そういう中で働くアダー・スン・ジャックスは、さそがし珍妙な行動を繰り返している様に見えた事だろう。

 アダー・スン・ジャックス曰く、その手の実験器具の中でも、小さな紫色をした宝石の様な器具の扱いには、随分苦労したと愚痴を漏らしていた。

 それは一見して、片手で納まる程度の単なる宝石なのだそうだが、ある種の籠の様なものに入っており、内側からその籠を押すという動きをするのだという。そうして、持っている人間が立っている位置に寄って、その押す強さや方向が違ってくるという。まったくもって良く分からない代物である。

 恐らく、魔法関係の技術が用いられたものである事は分かるとはアダー・スン・ジャックスも言っていたが、それより先はさっぱりな様子であった。

 生真面目と言うべきか、考え無しと言うべきか、以降、ひたすら、オズフリアンクの街中を歩き回り、あらゆる場所で、その器具が押す強さや方向を書き留めていく日々をアダー・スン・ジャックスは送り続けそうだ。器具そのものの意味すら分からないまま。

 その分の資金は貰ってしまった以上仕方なかったかもしれないが、アダー・スン・ジャックス当人すら意図が不明な行動である。

 傍から見る事になった周囲の人間にとってはより一層、奇異な目で見ていた事は想像に難くない。

 この悩みの量が一定越えると、あいつは何をしているんだ。もしや街に多大なる被害をもたらすための儀式の準備をしているのではないか。そもそも普段からサラダの食べ方が気に入らなかった。どうして山菜の中に混じったベーコンをわざわざより分けて、最後に食べるのか。などと言った、怒り混じりの風聞に晒されただろう。

 ただ、アダー・スン・ジャックスにとって幸か不幸か本当に分からぬ話であったろうが、謎の器具による資料集めが一段落する頃には、さらなる実験は求められず、資金提供も無くなったらしい。

 結局、その実験はあくまで実験の範囲で終わり、実用に繋がる何かが見つかったわけでは無かったと言ったところか。

 そんな結論を出した我が輩に対して、アダー・スン・ジャックスの方は、そうでも無さそうだと返してきた。

 それはアダー・スン・ジャックスのある種の意地というわけでも無く、資金の提供や資料集めの依頼が無くなった後も、意見を求める書簡が何度も届いた事があるらしい。

 しかも王立魔法大学所属の研究室からであったという。

 当初、アダー・スン・ジャックスへ実験の依頼を資金として出してきた機関から、さらに専門性と集団としての規模を持った組織が、アダー・スン・ジャックスが上げた研究を継続している。そんな手応えがあったのだそうだ。

 もっとも、その書簡の内容と来たら、アダー・スン・ジャックスから見ても、語句と語句の間に魔法関係技術の知識が豊富に混ぜられ、求めてくる意見にしても、資料としてまとめた各地点の器具の反応について、魔力量を込みで考えた場合の印象だとか、発想の起点となった子ども達の鬼ごっこの動きに関して、外部要素からの影響はどれだけ排除出来てるかといった、細かく、アダー・スン・ジャックスもそこまで考えていなかった事柄ばかりであったらしい。

 中には、魔法分野の話題では無く、そこらの占術士がハッタリをかましているだけでは無いかと思わせてくる、意味が良く理解できない言葉とてあったとか。

 手紙の返事には普段使っていない頭の部分をひたすら働かせる事になったとアダー・スン・ジャックスは語っていたが、そのうち、書簡が送られてくる事は無くなって行ったらしい。

 我が輩の想像としては、この人物はあまり役に立たないなという評価がされたのだと思うわけだが、確定した事では無いし、何よりアダー・スン・ジャックスの名誉のために、結論は出さないままとしておく。

 専門分野の話題というのは青天井で、専門家が理解出来ぬ専門的な話題とて時にはあるし、そういう分野は才能に寄る部分が大きい。アダー・スン・ジャックスにその才能が無かったとしても、別にそれは誰のせいでもあるまい?

 言える事はと言えば、こんなものがアダー・スン・ジャックスという男の、戦争技術実験官という仕事の一風景であるという事だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ