・ロルゾ・チェイクイン(オズフリアンクの見張り・男) III
では第二に気になるのが、戦時中のそんな厳しい状況の中で、それでも出来る仕事というのはどの様なものであったかという事だ。
見張りは見張りだとロルゾ・チェイクインは答えてきたが、まさか平時に使用している見張り台を利用したりは出来まい。
交代要因など望むべくも無い。その様な状況であれば、やはり平時とは違う仕事ぶりだったはずだと、我が輩は追求する事となった。
しぶしぶというか、面倒臭そうに答えて来たロルゾ・チェイクイン曰く、見張り台については、それでも利用する時はあったと答えて来た。
嘘や冗談では無く、オグマドクト帝国側の目が緩む場所やタイミングがあれば、あえて目立つ見張り台に登り周辺を観察する時もあったそうだ。利用出来るものは何だって利用していたのだろう。タイミングや敵兵の隙、油断と言ったものまで。
とにかく、極力山中に居て、拠点になる地形を把握し、そこからひたすらオグマドクト帝国側を見張っていたそうだ。
既に占領された街を見下ろし、その内側で蠢く敵兵の動きを日一日眺めるというのも、山中の拠点さえ確保出来れば、それ自体は難しい事では無いとのこと。
どちらかと言えば溜まる疲労、寄ってくる獣、飢える腹に渇く喉と言った部分こそ、仕事を困難極まるものとしていたらしい。また、特に危険が多いのは、それらをなんとかするために、山中を移動する瞬間であるそうだ。
人間、変化の少ない物には目が行かない様に出来ているし、一方で変化が多い物へは嫌でも注目する。見張る側も見張られる側もそれらは変わらないとロルゾ・チェイクインは語ってくれた。
実際、山中で敵兵に見つかりそうになった時は何度とあるが、それは見張りの最中では無く、見張りを止めて別の行動をしようと動き出した時だという。
食糧調達のために獣を探している最中。寝床へと帰るために足を進めている最中。そうして、誰も居ないことを確認して見張り台へと登ろうとした瞬間等、ハラハラしたタイミングは、常にロルゾ・チェイクイン側が動いている時であったそうな。
逆にオグマドクト帝国側の動きというのは、ロルゾ・チェイクインにとっては嫌でも目に入ってくるわけだから、やはり見張りそのものについては、まさに見ているだけで得るものがあるのだろう。
ロルゾ・チェイクインが興味深そうに語って来たのは、戦争も末期。帝国に領土深くまで侵攻され、サントクマルク王国の敗北が確実視されていた時の事。
領土の割譲や帝国の王国に対する今後の扱い等、サントクマルク王国側の降伏を意味する様な講和の準備が行われていた様なタイミングであり、オグマドクト帝国を見張るという意義すら薄れて来た、そういう時期の話らしい。
その様な時期において、オズフリアンクはもはや前線とすら呼べず、戦争における後方と呼べる位置にまでなっていた。普通、この様な状況において、帝国兵の規律は緩むものであるはずだ。事実、ロルゾ・チェイクインの目にもそんな変化が映っていたらしい。
だというのに、ある時、そんな兵士達が鋭くなったとロルゾ・チェイクインは言う。鋭くというのは、ある種、全体の動きを捉えた上での比喩だろう。
怠慢に見える様な言動が少なくなったと言えば良いのか。
実際に見たロルゾ・チェイクインにしか分からぬ事だろうが、街の中を監視する役の兵士達が、良くサボったり雑談をしたりしている場所から、人影が少なくなったり、それぞれの動きからふらふらとした部分が抜け、集団として良く動く様になったりといった事だと思われる。
あれは良く分からなかったとロルゾ・チェイクインは言葉を漏らしていた。
戦争が帝国有利になればなる程に、帝国の兵達の雰囲気は軟化し、弛緩していったし、それはロルゾ・チェイクインにとって良く無い事実を伝えては来ていたが、理解出来る状況ではあったはずだ。
サントクマルク王国は敗北する。それももう間近に迫っていると。
だから、それとは逆の事が起こったのが良く分からないのだそうだ。
その後、サントクマルク王国が逆襲を始めたといった事も無く、戦争は終結したのだから、より一層、疑問符が浮かんでいると言ったところか。
我が輩に対しても、あれはどういう事だったのだろうかと尋ねてきたが、勿論、我が輩とて戦争の趨勢やらそれぞれの内実などは門外漢である。
厳しめの指揮官でもやってきたとか、終わり間近だからこそ、気を引き締めたのかとか、そういうはっきりとしない答えを返すしか出来なかった。
むしろその時は、ロルゾ・チェイクインの方が、何やら深い考えを持っている様にも見えた。
というのも、山中でこっそりサントクマルク王国側の兵士と接触があったという話である。それはまさに、この時期に多くあった事だったらしい。
この状況で、気付かれずに敵国に攻め入る事は出来ないかと言った事を尋ねられたりしたそうだが、移動するだけならまだ出来るが、大勢は無理である。重い武器や鎧といったものを抱えて山を越える事だって、帝国側の空気が弛緩している状況ならともかく、むしろ張りつめて来ているから、尚更困難であると返すしか出来なかったと語る。
恐らく、サントクマルク王国は何かを狙っていたが、オグマドクト帝国側もその動きを察していたのではないかとロルゾ・チェイクインは予想していた。
そこまで来ると、我が輩が口を挟める事でも無くなってしまう。むしろ我が輩の好奇心が疼く形にもなってしまった。
だが、我が輩もロルゾ・チェイクインも、実際がどうであったかなどやはり分からないものだ。
話題はそこで止まる事になった。いや、確実に何かはあったのだと、ロルゾ・チェイクインは話に落ちは付けて来た。
戦争が終わるほんの少し前、やはり山に潜み、その時は街では無く、オグマドクト帝国へと繋がる道の様子を観察していた時の事、紫に輝く何かをロルゾ・チェイクインは見たらしい。
昔、山中で見たあの紫の色を、確かにその日も見る事になったのだと。
しかしそれが何であるか、その時もロルゾ・チェイクインには分からなかった。だが一方で、以前に見た時とは何かが違っている事だけは分かったそうだ。
その紫の光は、山の中からでは無く、空。流れ星の様に輝きながら、サントクマルク王国からオグマドクト帝国側へと、まさに流れて行ったのである。
本当に、それは流れ星だったのかもしれない。ロルゾ・チェイクイン自身、なんであったか定かではないと語っている。しかし、輝きや色が確かに分かる程の、流れ星にしては遅く、そうして確かな光であったそうだ。
山の不可思議な現象について、山の中では語るなと先達には言われていたが、空にそれが見えた時に関しては、こうやって街の酒場で語っても良いものなのだろうか。
そんな風に尋ねてくるロルゾ・チェイクインに対して、勿論、我が輩側に返せる言葉も無かった。
戦争の終わりに、サントクマルク王国がその様な現象を引き起こすための準備をしており、ロルゾ・チェイクインにも接触があったなどと妄想する事も可能ではるが、妄想ならばなんだって可能になるのだから、やはり語れる様なものではあるまい。
そんな妄想が掻き立てられる程に、ロルゾ・チェイクインから聞き及ぶ仕事の話に関しては、どれも新鮮であり、独特であり、文字通り住む世界が違っている様に感じられる物だった。
しかし、これもまた文字通りであるが、街と山、地続きに存在する世界の話なのだから、こうやって交流を持ち、話の内容を残す事も出来るのだ。
そんなロルゾ・チェイクインの仕事に対して、何を思うべきなのかは、諸君らに任せてしまうが良いかもしれない。まさに妄想ならばなんだって可能だ。個々人が個々人で、ある種の物語を考えれば良いとすら思う。山の話とはそういうものかもしれない。
例えば我が輩の場合、戦争末期にロルゾ・チェイクインが見た紫色の光について、興味は持ちこそすれ、深刻に考える必要は無いという物語を考えている。
確かに妙な現象であるし、その件で断定的な事は言えないだろうが、万が一、それが悪い事を引き起こす様なものにしても、それは既に起こっているからだ。
サントクマルク王国は戦争に負けた。我等が偉大なる国は今や、存亡そのものの危機にあるのだ。前兆に対して、事はもう終わった後である。
空を流れる紫の光は、ただそれを告げる契機でしかなかったと、我が輩は受け止めているのだ。




