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・ロルゾ・チェイクイン(オズフリアンクの見張り・男) I

 ロルゾ・チェイクインはオズフリアンクの国境側の端。つまり山側で見張りの仕事をしている。

 この手の見張り仕事は王国軍の兵士がするものではないかと思われるかもしれない。しかしてロルゾ・チェイクインは別に兵士というわけでもなかった。

 オズフリアンクの場合、山の向こうから来る者は良きにしろ悪しきにしろ、街に大きな影響をもたらすという価値観が古くから存在している。

 結果、街独自で、その手の来訪者を見極めるという性質を持った、見張り役を用意するという伝統も出来上がったのである。

 ロルゾ・チェイクインはそういう街が選んだ見張り役の一人であり、レイネーレの時に語った、自警隊員に近い存在と言えるだろう。

 自警隊と違うのは、組織と呼べない規模であるという点だ。

 オズフリアンクが役を与える見張り役は総勢で八名。山の中腹に建てられた見張り台に一人と、街側に一人の二名体制四交代で日々の仕事を回している。

 国境沿いの見張り役としては心許ない人数に思われるかもしれないが、あくまでオズフリアンクが用意した見張りの人数であり、王国軍の兵士も別に見張り役を立てているため、人員としてはそれで十分という事らしい。

 また王国軍で無い以上、あくまでオズフリアンクにとっての事情を優先する側であり、王国軍側の見張りとは協力する時もあれば、それぞれの判断で動く時もあったと、ロルゾ・チェイクインは語ってくれた。

 協力する部分としてはその性質から、一日中、誰かしらが見張りに立ちつつ、その結果を日報の形で記録や報告を行うため、お互いの内容に齟齬や抜けが無いかの確認などは、しょっちゅう行っていたそうだ。

 ではそれぞれで違う部分はどうだったかと言えば、ロルゾ・チェイクイン曰く、その違いこそ、ズフリアンクの見張りという仕事の、重要な特徴にもなるらしい。

 オズフリアンクの見張りが見張り台を立てているのは山の中腹と言ったが、勿論そこは見晴らしの良い場所である。その見張り台から、国境を繋ぐ道を見張る。当たり前にそこが仕事場と言えるのだが、そこに至る周辺の山々もまた、ロルゾ・チェイクイン達の仕事場であるのだそうだ。

 オズフリアンクの見張りは山に潜むのである。

 山らしく起伏に富み、また鬱蒼とした常緑の木々が周囲を暗くしてくるその光景の只中は、大凡、人が生きていける場所では無い。

 だがロルゾ・チェイクインは、時にそんな山の中で日々を過ごし、街側で見張る役との調整にも寄るが、一月ほど街へ降りぬ時もあったらしい。

 木の根を枕に、土と腐った葉を寝床にしていたのかなどと尋ねる我が輩に、ロルゾ・チェイクインは苦笑で返してきた。

 そうして、人間はそういう風には生きていけぬから獣とは違う生き物なのだと、言葉でも答えてくれた。

 実際は山の中に幾つか、拠点を用意しているそうである。

 拠点と言っても、小屋だとか家だとかそういうものがあるわけでも無い。

 天幕や寝床とするための何枚かの布。焚き火を囲むためのものと、椅子にも使える石が幾つか。木々の小枝等で作った籠などの細工物等もあれば、それでほぼ完成する、そういう類のものである。

 山に不慣れな人間が見れば、山に捨てられた何やらの荷物に見える事だろうが、それらがあるだけでも、随分と生き易さが違うのだという。

 どこかの国のどこかの森には、そういう生活の延長として、集団で暮らし、山の中に集落を作り出す者達もいるそうだ。そんな事を教えてくれたロルゾ・チェイクインであるが、一方でロルゾ・チェイクイン自身はそういう類の人間でも無いらしい。

 ではいったい、何故、オズフリアンクの見張りは山で長く暮らす事に慣れているのか。

 尋ねてみた我が輩に対して、ロルゾ・チェイクインはヒントでも出すようにこう答えてきた。さっき説明した山の中の拠点は、隣国、オグマドクト帝国側まで続いていると。

 つまりこういう事だ。オズフリアンクの見張りは、オズフリアンク側で見張りをして、そこで来訪するものだけを見張るのでは無く、時にはオグマドクト帝国側まで足を運びながら、そちら側の状況を見張るのである。

 隣国からの影響が強い街である以上、その隣国の様子を監視するというはある種、理屈であろうが、実際に可能なのかと疑問には思う。

 オグマドクト帝国側も、山を抜けた先に集落や兵士達の拠点があるわけで、その手の目をかいくぐれるものなのか。

 我が輩がそんな風に訝しんでいたところ、察してか察していないかを分からぬが、ロルゾ・チェイクインはこう答えてきた。街に住む人間は道を歩いている人間を警戒するものだが、山をうろつく猪や鹿を警戒したりはしないと。

 だから、山の中だけを進み、国境を越える人間が居た場合、その他の獣がそうである様に素通り出来てしまうのだそうだ。

 意外な程に呆気なくそれが出来るなどと言い張るロルゾ・チェイクインに、そこまで簡単に行き来出来るならば、そもそも国の境なんぞ出来んだろうと我が輩は返すわけだが、ロルゾ・チェイクインはやはり笑って答えてきた。

 前の戦争中、それこそオズフリアンクの防壁がオグマドクト帝国に突破された時も後もずっと、わしは山の中で見張り役を続ける事が出来たのだぞと。

 戦争による災禍が痛々しく、略奪を受けた街そのものな、未だあちこちに瓦礫や途切れた道が存在するオズフリアンク。その酒場で、他に聞く者もいただろうに、誰もロルゾ・チェイクインの言葉を否定したり笑い飛ばしたりしなかった以上、ロルゾ・チェイクインの話は事実なのだと思われる。

 占領者であるオグマドクト帝国の兵士などもその場に居た記憶があるが、妄言はやめろなどとも言われなかったし、特段注意も受けなかった。向こうにしたところで既知の話であるのかもしれない。

 なんだったら、オグマドクト帝国側とてそういう役割の人間がいるのではないか?

 伝え聞く戦争開始以降の帝国の動きは、明らかにサントクマルク王国の地理を把握したものであったという。

 つまり、平時も戦時も国境近くには、国境を容易に越えながら、お互いの状況を見張る者達が潜み合っているわけだ。

 日頃感じる事の出来ぬ、人の能力の恐ろしさというものを感じさせる話であるが、その分だけ普段の生活では聞けぬ話を、ロルゾ・チェイクインから聞く事が出来た。

 山へと入り、過ごしながらの見張りという活動は、実際に行う事が可能であったとしても、心が普通で無くなる事が多いのだという。

 結果、いろいろと見る事があるそうだ。

 大型の肉食の獣などは、そういう見るものの一つとして実に恐ろしい物らしいが、同じくらいに恐ろしく感じたが、良く分からぬものも見るらしい。

 これは戦争が始まるよりずっと前、ロルゾ・チェイクインもまだ若かった頃の話だそうだが、ある日、交代のために山中の見張り台へと向かう中、それでも仕事に慣れ親しんできた頃だというのに、ロルゾ・チェイクインは山中で迷ってしまったらしい。

 どれだけ歩いても、見張り台に辿り着けぬ状況になったのであり、迷ったわけではないとロルゾ・チェイクインは表現していたが、まあ迷ったのであろう。

 時間帯はまだ昼よりも前。森の中と言えども、明かりは十分にあったと言うのであるが、確かそういう状況でも人は時折、方向感覚を無くして、同じ場所をぐるぐると回ってしまう時があると、確かどこかで聞いた事がある。

 そんな状況の中だというのに、このまま交代の時間が来てしまうと、自分が仕事をサボったなどと言われてしまうなどという心配を、ロルゾ・チェイクインは抱えていたそうだ。

 悠長な話にも思えるが、本人にとっては時間と共に焦りが増していく状況ではあった。足の動きとて普段により早くなる。しかし、それでも一向に辿り着けぬ。いちいち道無き道を引き返していれば、それこそ時間に間に合わない。

 そんな心持ちの中、足に疲れを感じ始めた頃、森が赤に染まったそうである。さては時間の感覚も無くなり、夕暮れまで歩き続けてしまったのか。

 ロルゾ・チェイクインは最初、その様に思ったそうだが、すぐに違うと気付いたらしい。木々の隙間から見える空は、まだ青々としていた。

 空では無く、森の方が赤に染まっているのである。うっすらと、光りすら放っている様に見えたその光景に驚嘆した若きロルゾ・チェイクインは、溜まらず走り出したそうだ。

 もはや目的の見張り台へと辿り着くためですら無く、ただ森の只中を走った。

 それが良かったのだろうとロルゾ・チェイクインは言っていたが、何時の間にか、見張り台へと辿り着いていたらしい。

 その時間はと言えば、足の疲労は確かに感じているというのに、何時も通りの交代時間、その少し前であったそうだ。

 さっそく、先達の見張り役でもあった交代相手に、先ほど起こった事を話したところ、否定されるどころか、山の中でその様な話をするなと注意されてしまった。

 山の中でその様な話をしていると、もっと寄ってくるぞと言うのだ。

 ロルゾ・チェイクインが見たそれは、何かの前兆であり、前兆を前兆のままで終わらせるには、あまりそういう事を話さない事が大事なのだと。


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