・ファニンガー・イストラ(飛空船造船業・男)の仕事について III
誇りや矜持で始めたものであったが、慈善で始めた事でも無い以上、仕事で利益を出す事は悪いとも言えない。我が輩などは特に言えた義理でも無い。
だが、金稼ぎを単純な喜びにしてしまうのは難が多いのだ。
この手の新しい商売というのは、悪さをしようと思えば幾らでもしてしまえる。というより、何が良く何が悪いのかと言った商売上のルールがはっきりしていないというべきか。
例えば諸君の目の前に飛空船があるとする。なんとか個人で買えるくらいの飛空船だ。性能としては勿論それなり。商人が使う様なものと比較すれば、一度の航空で飛べる距離は半分くらいになるだろうか。
ここまで見て、なるほどと思った者は気を付けた方が良い。なにせ現行、商用と一般向けの飛空船の航空可能距離はそう大きく乖離していないからだ。
肝になる浮遊石と船体の耐久性については、これを書いている段階ですら発展途上も途上であり、用途に寄ってその限界が定まっているという状況にすらなっていない。
だが、事実として商用と一般用の飛空船の価格は違う。何故か?
勿論、使っている素材や建造の際の職人への手間賃等の理由はあるだろう。それでも、それ以上に値段を取っている。単純に、会社の儲けを増やすためである。
何度も言うが、この手の儲けというものを我が輩は否定しない。むしろ、幾らかはったりを混ぜながらも、金を払う相手を納得させるという手腕は、一種の能力とすら思っている。
ただしこれは癖になるし、そこに面白さを覚え始めると、この仕事全体、職人を雇い、工房を用意し、飛空船建造の素材を揃え、すべてを形にした後に、代金を受け、相手へ引き渡すという工程への認識が歪み始めてしまう。
言ってしまえば、足元が疎かになるわけだ。分かりやすく、腕の良い職人を思い浮かべて欲しい。馬の鞍の職人でもなんでも良い。
彼は良い鞍、それこそ他人が大金を支払う程のものを作れるわけだ。多少、その金を吹っ掛けたところで購入する者もいるだろう。
だが、それを続ければどうなるだろうか。その職人自身、自分の腕にどれだけの価値があるのか、分からなくなりやしないだろうか。
腕への金か、鞍の飾り付けへの金か、自分の口先への金か、それとも頭の回りへの金か。客から受け取った金では、それを判断出来なくなる。現実が見えなくなる。そういう瞬間が来るのだ。
ファニンガー・イストラにとってのそれは、かなり最近になってやってきた。
ファニンガー・イストラが一週間の内で汚れた作業着を着る事が無くなり、糊を効かせた礼服を着ている事が多くなって来ていた頃だ。
出資者の一人であり、同じ社を運営する者から、最近は足元が疎かになっているのでは無いかという忠告を、真剣さを混じらせない笑いで流す様になって来た、そんな頃の話である。
当時、飛空船を売るのは一定、商売になる。あれを用いれば、それまで利用出来なかった空の道というのを使える様になるのだから、商品を運んだり、人を運んだり、景色を楽しんだりだって出来るだろう。そういう風に見られる様になっていた。
そんな中で、ファニンガー・イストラ自身も、何か新しい儲けを生み出せるのではないかと精力的だった。
サントクマルク王国内において、既にF&K飛空船共同社は、その手の分野で他に並ぶ者がいないまでになっていた。それこそ飛空船が絡む話題であれば、国の方針にすら口を挟めた程だ。
儲け話を探そうと思えば見つかってしまう。そういう状況にあって、真に必要だったのは、見つかったそれらの商売が、本当に選ぶべきものなのかを考える事であったろう。しかしファニンガー・イストラの場合、より儲けが大きいという基準で仕事を選んでしまった。
察しの良い者ならば既に分かっているだろう。王国軍と契約を結び、軍用の飛空船の製作に乗り出したのである。
先の戦争が始まる少し前から、王国軍は飛空船という存在が、国同士の争いにおいても大きな影響を与えるだろうと予想していた。
自らの領土であるレイネーレにおいて採れる良質の浮遊石が、飛空船建造やその技術を、他国を上回る分野へと押し上げてくれるという算段もあったはずだ。
いざ戦争が間近に迫っているという時期になり、王国軍はF&K飛空船共同社に接触してきたのである。
王国軍が求めた飛空船の要件は、上空より敵軍の動きを偵察できるものである事。上空より火薬を含んだ物体を投下出来るものである事。少数の人員でそれらを実行できるものである事の三つである。
そもそもそれが可能なのかという参考意見を聞く事から、王国軍の接触は始まったわけだが、ファニンガー・イストラはそのすべてが現状でも可能である。ただし数を揃えるとなると、工房の準備や資材調達の関係から、非常に値が張る事になると答えた。
この時期のファニンガー・イストラらしい、実態半分、儲け半分の答えだったが、やはり慎重になるべきだったと、後からではあるが思ってしまう。
ならばそれで行こうと、王国軍側はたやすく答えを返してきた。その瞬間、ファニンガー・イストラは、仕事から降りる事すら出来なくなってしまったのである。
言質を取られた。我が輩などはそう見てしまうところだが、当時のファニンガー・イストラにとっては、数ある商売の中で、旨みのある物が来てくれたという印象しか無かったのだと思う。
王もはや引き返す事が出来ない段階へ足を踏み入れてしまった。ファニンガー・イストラがそう考え始めたのは、恐らく、既に泥沼の中での事だったろう。
当時、やはり戦争は近かった。いや、開戦はまだというだけで、戦争の初期段階とすら言えた時期だ。
王国軍は戦争のための準備に何だってしたし、本当に、何だってさせようと考えていた。
当初、王国軍がファニンガー・イストラに提示していた条件は、あくまで最低限だったのだ。
勿論、技術的なハードルを越える事など出来ないから、飛空船そのものにそれ以上を求められたところで、ファニンガー・イストラ自身断った事だろう。
だが、それ以外の部分については、随分と色々させられる事になったと噂に聞いている。戦時中、飛空船生産のための職人調達の旗頭にされたり、王国軍の秘密作戦に技術顧問として参加させられたり、それこそ、噂の中ですら秘匿される様な事だって、飛空船に関わる事なら、何だろうとさせられたという噂だ。
既にその頃、共同で社の意思決定を行っていた出資者でもある男の一人が、もはや付き合い切れんと、F&K飛空船共同社から身を退いていたのも、ファニンガー・イストラがある種の、暴走と書くべきなのだろう。その暴走を後押ししてしまったのかもしれない。
儲けにならない忠告というものを流してしまう様になったファニンガー・イストラにとって、ここくらいで止めておけ、当初目指した方向とは違う場所へ進もうとしているぞという言葉が、どれだけの意味があったのか。それは我が輩にも分からない。
恐らく、始まった戦争にサントクマルク王国が勝利していれば、その勝利にすべての賭け金を積み上げた形になるファニンガー・イストラは、歴史に名を残しさえしたかもしれない。
だが、そうならなかった。そこがファニンガー・イストラという者と、彼の仕事、飛空船造船業にとって重要である。
ファニンガー・イストラ自身は戦時中、死んだのだ。
ファニンガー・イストラが兵士として前線に出ていたという話は聞かない。そんな立場では無かったろうし、そもそも年齢でも無い。
だが、サントクマルク王国の敗戦が目に見えてきていた当時、何か危険を伴う作戦に関わっていたらしく、その作戦そのものがどうなったかは、身を退いていた我が輩には皆目見当も付かないものの、命を落とす事になったそうだ。
F&K飛空船共同社では特殊な輸送用飛空船の開発を指示していたというのだから、当人にとってはまだまだ働き続けるつもりであったのだろう。
だが、死神がドアをノックする時に至っては、家主が起きてようが寝ていようが関係は無い。死神は万人の家に通じる鍵を持っているのだから。
そうして、サントクマルク王国内で飛空船造船業を牽引していた男が居なくなった。戦争とはかくも突然に、重要人物を世の中から消してしまうものだ。
王国内における飛空船造船業とて、これで衰退していく。遅れてファニンガー・イストラの死を知った我が輩は、当時、そんな風に考えていたわけだが、そうでも無いというのは、諸君らも分かっているはずだ。
王国の敗戦後、レイネーレを領地として接収する形になった、戦勝国であるオグマドクト帝国は、レイネーレの街にいる飛空船関係の職人の引き抜きに掛かったのである。
戦後、自分達はどうなる事か。そもそも戦争用として過剰な人員を抱える形になっていた飛空船造船業に関わる人々は、戦争で死ぬ運命から逃れたとしても、その後の生活苦からは逃れられないかもしれない。そんな不安の中にあった。
だが、オグマドクト帝国はその帝国としての寛容さを示すという大義名分の元、レイネーレにおいて仕事が無くなっていた職人達を雇い入れ、優秀な者などは帝国首都の工房へと誘う事まであったという。
かくして、飛空船造船業に関しては戦後も変わらず、いや一層の賑わいを見せているというのが、この本を書いている時点での現状である。
レイネーレの舟渡しと同様、戦前と戦後、統治する国が変わったとしても、この街は活気に満ちていた。
王国と帝国の戦争など、欠片も影響する事は無かったと言いたげに。
だが、ファニンガー・イストラの死は確かにあって、その影響だってどこかにあるのではないかと我が輩は考えている。
オグマドクト帝国が職人を優遇しているのは、大層な正義があるわけでも無く、管理してくる厄介な者がいなくなったその草刈り場で、今後、他国との戦争や貿易に優位となる飛空船技術と資源を、帝国が気ままに得るための方法でしかあるまい。
ファニンガー・イストラが存命であれば、そこに多少の抵抗も出来たであろうが、運命という川は、シルスマリ川とは違って逆流する事が無い。
オグマドクト帝国は今後、レイネーレをどう扱っていくか。それを決める権利はもはや、サントクマルク王国側には無いのである。
ただ、多少の抵抗というものをしている者とてここにいる。我が輩も実は、飛空船に関わる者なのだ。オグマドクト帝国から、ある種の勧誘を受けた事もあった。しかし、それを断ったのである。
かなり強めに、時におだてと脅しも入りながら、サントクマルク王国の技術を残すためという名目の元、工房の一つでも動かしてみないかという話を持って来られた。
正直、その時は我が輩の心も随分と揺れた。勿論、多少の金銭で揺れ動く我が輩の愛国心ではない。
ただそれはそれとして、明日をも知れぬ身であるのは我が輩とて変わらないから、職を斡旋されれば、飛びつきたくなるというは性である。そこは分かって貰いたい。
しかして、その様な悪魔の誘惑染みた言葉を、我が輩は見事断った。やはり我が輩自身の、国を思う心がそこにあった……と書き切れれば良いのであるが、文字にするにしても、それが出来ない。
誘いがあったその時、我が輩の心にあったのは、ファニンガー・イストラという男であったからだ。
ファニンガー・イストラは飛空船にその人生を捧げ続け、他の追随を許さぬ立場にあった。生前も死後も、サントクマルク王国においてもっとも飛空船に精通した男であり、だからこそ死んだ。
我が輩にはそう思えてしまった。
我が輩自身も飛空船に関わって来たことは何度も書いて来たが、それでも途中、身を退いた側だ。だからこそ戦後、のうのうと生きていられる。
ファニンガー・イストラと我が輩自身を比べて、なんとも皮肉な結果にじゃないか。そういう考えが浮かんでしまったのである。
だから、戦後も飛空船へ深く関わり続ける事は出来ない。運命というより、もう少しゆるやかな、教訓めいた流れがここにあるのではと、そんな風に思えたわけだ。
故に今、我が輩はここでこの本を書いている。すぐに食うに困るわけでも無いが、明日の生活が不安になってくる今日この頃、それでもファニンガー・イストラと違って、我が輩は生きている。その事を噛み締めるため、サントクマルク王国については書き綴っていくのである。
いずれ、王国そのものが解体されようともだ。




