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・ファニンガー・イストラ(飛空船造船業・男)の仕事について I

 我が輩はサントクマルク王国を彩る様々な生活や仕事をこれまで紹介して来たわけだが、レイネーレの街における風景を書き綴るとなれば、どうしても一つ、特殊な業種について語る必要があると考えている。

 それが本項における飛空船造船業についてである。

 これまでと大きく違うというか、卑近では無くなってしまうというか、いやしかし職業にその様な貴賤を持ち込むというのも本位では無いわけだが、他と比較して、扱う金や権利が多大になってしまう職業である事だけは、先んじて言っておく必要があるだろう。

 これまでとは少しばかり赴きが違う紹介になるのだ。

 この仕事がどの様なものかについて、始まりから話すとなれば、レイネーレの街。そこを遡るシルスマリ川についてになるかもしれない。

 既に書いた通り、河口から内陸へと流れるという特異性を持つシルスマリ川は、何故そうなのか?

 神の御業だったり精霊の気まぐれだったりという言葉も、今に至ってすら見聞きするが、その実、タネは知れている。

 というのも、レイネーレ周囲は、浮遊石と呼ばれる特殊な性質を持つ鉱石の産地であるのだ。

 前述の通り、飛空船を空に浮かばせるための鉱石として利用されるそれだ。

 レイネーレ周辺の土壌にもまた、浮遊石が砂より細かくなった状態で含まれている様で、それがシルスマリ川の河口付近において蓄積し、川へ流れ出し、周辺の水を逆行させるに至るという仕組みであるらしい。

 本来物というのは上から下へと落ちるものであるが、浮遊石は下から上へと浮かび上がらせる。川の流れもまたそれと同種の現象なのだという。

 さすがに川そのものが宙に浮かぶという事も無いだろうが。

 兎角、この不可思議な現象を引き起こすタネというのは、浮遊石の影響が強いわけだ。試しに話を聞いてみた魔法大学の学者曰く、この様な逆転現象は物の動きだけに限らず、ある種、因果だの運命だのも逆行させる場合すらあるとかなんとか。

 我が輩はこれでも地頭が良い方だと自負しているが、あの手の学者の話は、何時だって怪しげでろくでも無いという意識からか、上手く頭に入って来くれない。

 なので、浮遊石とはあくまで飛空船に使われる重要な資源であり、レイネーレ周辺では上質のそれが産出するという事のみを諸君は頭に入れておけば良い。

 そういう話を、我が輩は書き始めているのだ。

 レイネーレはサントクマルク王国において、飛空船を造船する業種がもっとも活発な土地であり、それに関わる人間も大勢いる。

 浮遊石の産地だからというのが一番の理由であるが、海に面しているおかげで、そちらの方向へは飛空船にとっての障害物が無く、離着陸に適した土地柄でもある。

 また、古くは海や川を行く方の造船業も盛んであったから、技能者や経験の集まりも良いというわけだ。

 今に至っても、レイネーレからは多くの飛空船が造られ、空へと羽ばたいている。

 はっきり言って、国を越えた視点からでも、レイネーレ程、飛空船造船業に適した土地というのは少ないはずだ。

 オグマドクト帝国との戦争において、かの帝国がもっとも欲したのはその点とすら言われている程である。

 そんなレイネーレの飛空船造船業に従事する者というのは、大別すれば二種類に分かれる。使う者と使われる者だ。

 この項で紹介するファニンガー・イストラという男は前者、使う者の方と言える。

 ファニンガー・イストラは若い頃、海を行く方の船の船員をしていたと聞く。生まれはレイネーレであったが、物心ついた時に父親が海で死に、その跡を継ぐ様に、ファニンガー・イストラもまた船員となったのだと言う。

 こう言えばまだ格好は付くが、実際のところ、唯一の家族となった母親の生活を支えるため、手っ取り早く金を稼げる道が、ファニンガー・イストラにとってはその道にしか無かったのだろう。

 ファニンガー・イストラの場合、目が良かった。父親もそうだったらしく、その点だけでも父に感謝していると語っていた。

 そんな目の良さを買われてか、王国軍所属の軍船の船員として働く事も出来たらしい。少なくともファニンガー・イストラ自身は、他人よりかは恵まれていると感じていたそうだ。

 何不自由無いかと言えば、むしろ不自由は多い方だったし、軍船の仕事というのは、地上での仕事より命に関わる事も多く、肝を冷やす事が何度もあったそうだ。

 だが、飢える事は無かったし、母を飢えさせる事も無かった。だからファニンガー・イストラにとって、その時点における人生への不満というのは少なかったし、自分は一生、この軍船か、もしくは他の船で経験を活かすしかして生きていくのだろうと思っていたと聞く。

 だが、転機というのは、時に一気に押し寄せてくるものだ。

 まずファニンガー・イストラの耳に、母の死が伝えられたのである。

 稼ぎはあったとはいえ、楽はさせられない生活であり、健康を崩せばそこからは一気にという状況だったそうである。

 そうして、それは転機の一つでしか無かった。

 意外に堅実であったファニンガー・イストラとその母親は、両者ともに金銭面の貯蓄を少しずつであるがしていたのだ。

 やはりこれも大した額では無いが、母の死に伴い、父から母へと渡っていた遺産も受け取り、それを整理してしまうと、手元には当時のファニンガー・イストラにとってそれなりの額となる金銭が残される形となった。

 これが二つ目の転機と言えるだろう。それまではまさに自分を生かすために仕事をしていたファニンガー・イストラであったが、ここに来て、自分の生存以外のために使えるまとまった金を手に入れたわけだ。

 さらに折り良く三つ目の転機もあった。軍船船員としての任期が一旦終わったのである。普段はそのまま継続して雇われる事を選ぶし、その事にも支障が無かったわけで、転機と言えるのかどうかも分からない。

 だがファニンガー・イストラは、自身の状況をある種の運命として捉える様になった。

 ここで何かを始めろ。自分だけを生かすのでは無く、他の者を巻き込む様な、そんな大それた事をしろと、誰かから言われた気がしたらしい。

 神からの啓示などという大層なものでも無いのだろうが、世に影響を与える様な人間というのは、少なからず、心に大望を浮かべる瞬間があるものなのだろう。

 ファニンガー・イストラにとってはそれがこの瞬間であり、空を見上げれば、まだまだ初期も初期、面白い発明がされたぞなどと言われて噂される程度の飛空船の影があった事もまた、転機の一つだったのかもしれない。

 ファニンガー・イストラはその時にあれだと思ったのだと語って聞かせて来た。あれこそ、自分が目指す物だと。


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