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・コルトナグ・バンド(自警隊員・男)の仕事について III

 殴殺ボニー事件は文字通り、レイネーレの舟渡しであるボニー・スミルマが殴殺された事件であり、まさに人々の見目に広がって、自警隊が慌てて動き出す様な事件でもあったのだ。

 ボニー・スミルマの遺骸を掃除屋が片付けてすぐの現場に、コルトナグ・バンドは自らの上役と共に駆けつけたそうだ。

 血糊が生々しく残るその場所に、コルトナグ・バンドは目を背けたくなったそうだが、自らの上役であり、上級隊員という肩書を持っているその男、ライラモン・ふぉるだのふぃるだの……コルトナグ・バンドは良く憶えていなかったが、恐らく貴族の血筋の証明であるフォルだと思われる……ドプス。

 つまりライラモン・フォル・ドプスという名のその男は、むしろその場所にどんどん近づき、しげしげと観察を始めたらしい。

 無給で仕事を買って出ている様な人種だから、そういう行為が好きだったのだろうと不気味そうにコルトナグ・バンドは言う。

 ただ、起きた事件を何らかの形で解決出来る人種というのは、事件そのものを良く観察し、良く理解する人間であろうから、あれこれと観察しているのは良い事ではあるはずだ。

 殴殺されたボニー・スミルマは無惨なものであり、事件の様子を聞くだけでも、これはレイネーレの街中に話が広がるだろうとコルトナグ・バンドは予感した。上役であるライラモン・フォル・ドプスも同様の認識であったろう。

 少なくともライラモン・フォル・ドプスの様な立場の人間が、積極的にやる気を出す類の事件であるわけで、仕事に手を抜いたりする事はあるまい。

 なので前提として、コルトナグ・バンドから聞くライラモン・フォル・ドプスは真っ当な仕事をしているという事で、話を解釈する事にする。

 事件が起こった場所への観察を一旦終えたらしきライラモン・フォル・ドプスは、近くに居て指示を待っていたコルトナグ・バンドが辛うじて聞き取れる程度の声で、普通ではない。もしかしたら次があるかもしれないと漏らしていたという。

 それが何を意味するのかについては、コルトナグ・バンド自身が分からない以上、話を聞いているだけの我が輩とて分からぬ事であろう。

 コルトナグ・バンドとしてはその言葉を、これからさらに仕事が忙しくなるという符丁として受け取ったらしいが、この本では答えを出さないでおく。そういう類の本ではあるまい。

 事実として、以降、コルトナグ・バンドは忙しく街中を走り回る事になったそうだ。

 諸君はもうご存じだろうが、殴殺ボニー事件は以降も犠牲者が出たのだ。自警隊が暇になるわけが無い。

 正確には、知られている限り五名。レイネーレの舟渡しが殴殺されている。同一の人間がそれを行ったというのは、その殺し方から嫌でも分かったそうだ。すべてが殴殺である。どの様な立場や考えがあれ、殴って舟渡しを殺そうとする人間もそう多く無いだろう。

 命の数の多寡でその手の話をするのもどうかと思うが、一つだけでもコルトナグ・バンドが忙しくなる様な事件である。それが五つとなれば、寝る間も無いという言葉が文字通りになる程であったという。

 疲労も蓄積し、さらにいえば、街中で再度の事件が起こるかもという認識が広まるより少し前の段階で、自警隊は見回りの頻度も増やしていた。再び似た事件が起こった場合、もっとも困るのは殺される人間だろうが、次に困るのが自警隊であるからだ。

 これはむしろ意外に思われるかもしれないが、街中において、日々、街の平和を願い続けているのはこの手の自警隊である。何せ、誰かしらが平和を乱せば乱すほど、自分の仕事が増えるのだから。

 しかし、そんな願いも虚しく、殴殺ボニー事件は続く事になり、徐々に自警隊への風当たりも強くなって行ったという。

 日頃、何時もお疲れ様だとか言って来てくれる宿の主人が、凶悪な人間を野放しに酒でも飲んでいるのかと嫌味を言ってくる様になった時などは、さすがに堪えたそうだ。

 そんな日々が続く中、コルトナグ・バンドがどうやって仕事へのやる気を維持していたのかと尋ねてみれば、こっそり、酒だと答えてくれた。宿の主人の言葉が、刺々しくなる事もあるだろう。

 何にせよ、より良い日々などではまったく無く、幾らか給金も割り増しされていたが、その分だけ、街を歩き回った結果の足の痛みも割り増しされていたそうである。

 コルトナグ・バンドのそんな辛い日々が解消したのも、ご存じの通り、事件を起こした犯人が捕まったからである。

 その日の状況について、コルトナグ・バンド自身が憶えている限りのものをここに書き綴っておく。

 それまでの日々と同じく、気分の良く無い朝を迎えたその日、詰め所へと向かったコルトナグ・バンドは、すっかりコルトナグ・バンドの指示役となったライラモン・フォル・ドプス上級隊員より、それを伝えられる。

 レイネーレ自警隊は犯人が狙いそうな舟渡し数人に目星を付けた。我々はこれより、身を隠しながらその舟渡しを見張る事になると。

 要するに囮役を用意したので、それで犯人を釣り出すという事になったらしい。

 自警隊も切羽詰まっていたのだろう。その様な手段は無辜の民への危険が増すのではという意見が出なくも無かったらしいが、状況を解決するにはそれしか無いという判断を覆せる勢いも無かったそうだ。

 さらに言えば、この判断こそ、事件の解決にもっとも繋がったのである。

 物事の善し悪しは結果でしか判断出来ないのだとすれば、レイネーレ自警隊の判断は正解だったと言えるだろう。

 コルトナグ・バンドが囮となる舟渡しの監視を始めたその日のうちに、実際に犯人は捕まったのである。

 犯人の名前はアグラ・グリオ。殴殺ボニー事件の名と共に、その名を知る者も少なくはあるまい。

 遠目で見ても判別出来る程の大男であり、筋骨隆々、禿頭でありながらも体毛は濃い。太い腕とごつごつした拳は、まさに人を殴殺するに適した形をしており、舟渡しの女達をその手で殺害していた事は想像に難くない。

 そういう風な伝聞もまた、諸君らも聞き及んでいる事だろう。

 コルトナグ・バンドが実際に見たアグラ・グリオも、さすがに一軒家を越える禿げ頭の大猿なんてねじ曲がった噂を除けば、世間の伝聞から大きく外れるものでは無かったらしい。

 そう、コルトナグ・バンドはアグラ・グリオを実際に見た事があり、しかも、六人目の被害者になるかもしれなかった舟渡しを見張っていた、まさにその時の事であったらしい。

 自警隊の囮作戦は早々に成功したという事だ。

 夜も深くなって来て、街灯の明かりが街中の一部だけをうっすら照らす。そんな景色の中で、事は起こったという。

 囮役の舟渡しは、むしろ人目に付かない川岸に位置しながら客待ちをしており、しっかり目を凝らさなければ、その囮役すら見逃しそうな暗さであったそうだ。

 だが、アグラ・グリオの大きな影は、そんな闇夜の中でも確かに見えた。

 最初は舟渡しを探す客を装っており、舟渡しへ話し掛ける時も、懐から何かを探す風で警戒させた後、実際は財布を取り出す事で一時の安堵を引き出させる。そういう仕草も夜の闇の中ですら見えていたらしい。

 恐らく、財布と共に、金銭の代わりとするつもりだったのであろう宝石の輝きのおかげか、幾らか視界がマシになっていたとコルトナグ・バンドは語ってくれた。

 そうして、アグラ・グリオと舟渡しの交渉が始まる段になり、徐々にアグラ・グリオの言動が怪しくなり始めたそうだ。

 急に言葉に怒りが混じり、運命だとかそう、あるべき事だとか、神様の囁きだとか、会話になっていない単語が混じり始め、遂には舟渡しへとその大きな拳を振り上げる仕草をした。

 瞬間、コルトナグ・バンド含め、監視のために隠れていた自警隊員達が飛び出し、アグラ・グリオを取り押さえた。

 自警隊員三人がかりで、なんとか押さえ付けられる程の力を見せたアグラ・グリオだったが、最後は自警隊員側が勝利した。無事にというべきかは分からないが、アグラ・グリオはレイネーレの自警隊に捕縛される事となったのだ。

 レイネーレには平穏が戻り、自警隊への評判も平時のものとなった。

 コルトナグ・バンドの日常もまた、街中を歩き回って、酔っぱらいが残した様なゴミだの忘れ物だのへの処理に頭を悩ます日々へと戻っていったのである。

 アグラ・グリオのその後については、多少、我が輩も興味を持ったが、コルトナグ・バンドも知らない様子であった。

 まさにそこからは上役の仕事という事なのだろう。レイネーレの街を震撼させた殴殺ボニー事件の犯人、アグラ・グリオを無事捕縛。その字面と栄誉を求めて、コルトナグ・バンドが上役と考える者達は、最終的な決着に東奔西走していたはずだ。

 彼らにとっての仕事は、継続どころかそこから始まっていたのやもしれない。

 だが、あくまでこの本はコルトナグ・バンドの仕事にのみ視点を当てるものなので、ここで終わる事にする。

 この様な事件が終わった後であろうと、自警隊員の仕事というのは終わる事は無い。

 一つの安堵と共に、今後ずっと続くであろう日々の仕事を、コルトナグ・バンドは変わらず続けたのである。

 コルトナグ・バンドが後に、兵として徴用されるまで。

 ただ、殴殺ボニー事件解決後については、不謹慎ながら仲間達と解決祝いをしたそうである。

 そうして同じ一般隊員同士の酒の席では、よくよく上司の愚痴が飛び出したとの事。

 偉そうにしているが、犠牲者五人はあまりにも多いだろう、もっと早く解決案を出せなかったのかとか、犯人は複数人かもしれないなどと上役達が迷走していた話や、事態解決へと導いた囮を用意して犯人をおびき出す作戦についても、上役達の中でやめておいた方が良いなんて話も出ていた事等々。

 結果が出てみれば、難しく考え過ぎであったろうという愚痴が飛び出てきたそうだ。

 確かな事実として、アグラ・グリオ捕縛後、殴殺事件などは起こっていない事から、上役達は頭でっかちであり、誰の発案かは知らないが、さっさと今回の作戦の様なものをしていれば良かったのだと思う一般隊員は多かったとの事。

 とにかく上役の動きがどうしてか鈍いところがあったから、こんな事になったのだという意見をつまみに騒いでいたそうだ。

 なかなか荒れた祝いの場だったのだと我が輩も思う。ただ、組織の末端で働く者達にとって、この様な発散は、度を過ぎなければ問題無い事も知っている。

 レイネーレの自警隊もまたそうだったはずだ。コルトナグ・バンドが後に自警隊を辞める事になった理由は、素行不良を理由としたものでは無く、やはり戦争への徴兵だったのだから。

 レイネーレの自警隊で勤める者達は上役も一般隊員も良くやっている方ではないか? サントクマルク王国の平和が過ぎ去った今だからこそ、今さらながら、そう思うのである。

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