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・ナナニ・ロイマー(レイネーレの舟渡し・女)の仕事について I

 レイネーレにおいて良く目に仕事であるが、それでも書くべきか迷った職業に舟渡しがある。

 海側から川へと流れ込むという非常に特殊な自然の現象を見せるシルスマリ川であるが、他の川と変わらず、川の一地点から一地点へと船を渡す職業は必要とされた。

 その手の仕事の中でも、レイネーレにおいて舟渡しと言えば、人が数人。多くても十には届かない程度の数しか乗れぬ小舟を用いた仕事、それも物では無く人を乗せる事を前提としている仕事を指す。

 これがさらに大規模であったり、物の輸送などになれば、また別の名前で呼ばれる仕事になるという事だ。

 他の地域ではもう少し区分が変わってくるかもしれないが、レイネーレでは舟渡しは人を少数運ぶ仕事という体で、他としっかり分けられているとも言える。

 それは何故か。恐らく、文字通り源流を辿るのであれば、海から川へと流れ込んでいく特殊な水の流れにこそ、その理由が見つけられるはずだ。

 この現象は遥か昔から続いている現象であり、尚且つ世界を見渡しても希少である。

 その稀少さと神秘性が、そこで仕事をする単なる舟渡しを、ある種特殊な存在として見る事に繋がった……と、我が輩などは愚考するところである。

 別にそれが不満というわけでも無い。舟渡しがある種の神秘性をもって見られた。地元の祭事の際などには必ず登場する様にもなっていった。それもまた構うまい。

 ただし、その手の祭事には必ずと言って良いほど、色事も関わってくる。

 誰もが利用する割に、誰もが隠したがる事実だ。

 レイネーレで舟渡しと言う場合、まさにその手の職業を指す。

 その舟を漕ぐのはもっぱら女性であり、その舟に乗る客は一度に基本的に一人、やはり基本的に男性が乗る事になる。

 そこらの川岸から川岸まで大した距離も無いのに、大層な額を取られるわけだが、その事に文句を言う客は世間知らずだの野暮だの言われるわけだ。

 だがまあ、野暮だろうと色事に関する仕事をここで書かないというのも不誠実極まる。行商人と同じく、その手の商売はもっとも古いなどと言われる仕事であり、どっちがより古いかは諸説だろうが、どちらもまた、今なお存在するのである。

 その様な考えの元、ここではレイネーレの舟渡し、ナナニ・ロイマーに聞いた内容を書き綴っていく。

 ちなみに客観性を持たせるため、我が輩はナナニ・ロイマーの客になったわけでは無い事も伝えておく。意地とか世間体とかの話では無く、もはやその手の職を積極的に利用する年齢でも無いのだ、我が輩は。

 なのでまあ、多少の金銭を払ったとは言え、正規の客では無い相手にナナニ・ロイマーの態度は良いものとは言えなかった。

 ここで書くべき内容を聞くために、本来のナナニ・ロイマーの仕事はしないまま、我が輩の質問には答えつつ、舟は何時も通りの動きで漕いでくれまいかとの注文する事になったのだ。

 ナナニ・ロイマーが嫌々ながらも受けてくれた事を鑑みるに、むしろまだ良い方の接客態度だったのかもしれぬ。

 さて、そんなナナニ・ロイマーは勿論女性であり、十分に客を取れる程度の年齢でもある。また舟渡しの大半がそうであるのだが、髪を長く伸ばしていた。

 なんでも長い髪はシルスマリ川の水の流れを象徴するものであるとかないとかで、レイネーレの舟渡しの髪は皆長く伸ばされている。

 ナナニ・ロイマーの顔立ちについては、最近評価の基準が分からなくなって来ているのが正直なところであるが、美人に類するものだろう。

 そんなナナニ・ロイマーは、シルスマリ川の下流。いや、流れとしては上流なのであるが、一般の川を思い浮かべるならばそういう表現になってしまう、河口付近の岸辺に小舟を浮かべ、客を待っている。

 多くの舟渡しは、この河口付近に店を開いているというべきか。ある種、縄張りと組合というものが存在するらしい。

 組合の規模が大きい場合、客の目に付き易い場所で客を待つ事が出来るのであるが、それ以外の場所での客寄せに対しては縛りが出来る。もっと言うなら、組合に入っている舟渡しは、組合指定の場所以外では商売が出来ぬか困難であるらしい。

 組合内部での力関係、その時々の客入りの状況等々に寄って、その組合の指定場所も変わるため、その把握だけでもなかなか大変なのだという。さらに言えば、良い場所を用意しているのだからと、組合費も取られるとの事。

 可哀そうな舟渡しなど、その組合費の支払いと生活費だけで精一杯の生活を送っており、この手の実入りの良い仕事をしている甲斐も無いのだそうだ。

 そんなの組合入りの舟渡しに対して、半ば独立しているのがナナニ・ロイマーの様な舟渡しである。

 レイネーレで商売をする上での筋は通してはいるそうだが、一方で組合費だの指定の場所だのの縛りは受けていないとナナニ・ロイマーは語っている。

 では自由で気楽な立場なのかと問うと、そうでも無いとの返答があった。

 組合に入らないという事は、守られないという事であり、この手の商売においてその守られないという言葉は残酷な意味を持っている。客が悪意を持って襲ってきた時、いったい誰が守ってくれるのか? それは過激な例では無く、良くある話の一つであろう。

 もっと言えば、根無し草に毛の生えた様な立場でしかなくなってしまう。病や怪我で一時仕事が出来なくなった場合もまた、自身の力や財力のみで生き抜かなければならないのだ。世の中、他者に縛られていない者ほど不安定なものはあるまい。

 と、我が輩が評価したところで、ナナニ・ロイマーの生活が変わるわけでも無く、心配すれば鼻で笑われてしまう事になろう。

 という事で、世の複雑で解決し難い問題は賢明な諸君の判断や意見に任せてしまい、我が輩がすべき事、ナナニ・ロイマーの仕事をここに書き綴る事にする。

 そんなナナニ・ロイマーという舟渡しの朝はやや遅い。この手の客商売において、朝というのは例え人がごった返していても客は来ないものであり、一方、夜はその反対である。なので、それに合わせた起床時間となる。

 と言っても、さすがに日が暮れてからの仕事というわけでも無く、正午前くらいには遅めの朝食を終え、仕事場へと向かうらしい。

 ナナニ・ロイマーが漕ぐ舟は所定の位置、こちらはある組合が使っている場所を間借りさせて貰っているらしく、そこから知り合いの舟渡しと挨拶などしつつ、シルスマリ川へと漕ぎ出す。

 レイネーレのうちにあるそれらの川は、街の利便性を高めるために水道として用意されたものであったり、自然の力により街が出来る前から存在するものだったり様々だ。

 まるで街に張り巡らされた蜘蛛の巣や血管のごとく、それはある。川の力を借り、川の流れを利用し、時に川を都合良く扱って発展してきた街であるので、そういう構造になる様だ。

 なので、ナナニ・ロイマーが向かえる先はレイネーレのあらゆる場所……というわけには行かない。

 まず、他の組合が縄張りにしている場所には極力近づかない様にしなければならない。法により定められているというわけでは無いが、それでもそれに近い取り決めが組合と街の統治者側でされていたり、組合自体が何らかの強制力を持っている場合もあるため、その怖さを知っている人間ほど、組合の商売範囲には近寄らない様になる。

 さらにレイネーレの舟渡し自体を良く見ない人間というのもいるから、そういう人間が多そうな場所も避ける。

 この見たり聞いたりするだけで不機嫌になる相手は極力避けるというのは兎角大事である。その意識だけで避けられる諍いは驚くほどに多い。

 レイネーレの舟渡しの様な商売が広場で大々的に宣伝される場合も、分かる人間は分かるが、何も知らない人間だと首を傾げる言い回しがされたりするのもまた、問題を発生させないための知恵だったりする。

 例えば、海を遡る摩訶不思議な川の流れと共に、ひとときの夢を見てはいかがですか。 舟には舟渡しとあなたの二人きり。夢を覚まそうとする人は他にいません。

 などという、直接の表現を避ける宣伝がされる。聞き流せる範囲のものとして、耳にした者も多いだろう。

 この手の、多数に対して不快にならないバランスというものは、客商売の上手い人間ほどに意識している。

 なので舟渡しがそこに居るだけで不快と思われる場所には近寄らない。教会だったり、公館だったりが並ぶ表通りなどが特にそうだ。その近くにある裏通りは意外な事にそうでも無い。舟渡しの縄張りという事になる。

 こんな、自由とは程遠いしがらみの中で、個人の舟渡しは日々、仕事場を見つけるのである。


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