・ガドギエン・オースポン(飛空行商人・男)の暮らし III
想像に留まらずつい尋ねてしまった我が輩に対し、意味深な笑みを浮かべてくるガドギエン・オースポンだったが、話を逸らすためか、それとも予想通りだったか知らぬが、自分は人よりもっと危ないものを運んだ事はある。などと嘯いてきた。
それは他人が聞いても良い話なのかと再度尋ねた我が輩であったが、興味を持った以上は最後までとばかりにガドギエン・オースポンは話を続けてきた。
ガドギエン・オースポン曰く、既にすべて終わった話であり、知られたところでどうとなる物でも無いから、この様な本に載せたって構わないとの事であるそうだ。
ただ、残す意味はあるかもしれないから語るのだという。
その瞬間だけはふざけた笑みを消して、真剣な表情を浮かべていたから、我が輩としてもそれに答える形で、この本に書き残させて貰う。
それは、ガドギエン・オースポンからこの話を聞いた時点において、どうして懐具合に余裕があったのかにも繋がる話であるらしい。
つまり、直近で密輸を行った時の話となる。
前述した通り、密輸品そのものは、出来る限り他人にも当人にも接点少なく扱うというのがガドギエン・オースポンのやり方らしいが、一方で計画段階においては、慎重に話を聞くのだそうだ。
密輸品そのものに、怪しい臭いを嗅ぎ取った時は特にであるとのこと。
その話を聞き、語っている密輸品とは、それほどまでに危険な物だったのかと尋ねる我が輩に対して、危険物ではあったろうが、それ以上に、良く分からないものだったとガドギエン・オースポン当人は語ってくれた。
それは宝石であったらいし。
ガドギエン・オースポンが表立って行っている仕事においても、積極的に受けている商品であり、その点の実績を踏まえての依頼だったのだろうとガドギエン・オースポン自身は想像していた。依頼者から明言はされていないらしい。密輸品を運ぶ時は何時だってそうらしいが。
だから、これから語るのもガドギエン・オースポンの想像でしかない。
そんなガドギエン・オースポンの想像に寄ると、どうしても表向きの宝石の輸送や行商を行う実績の中に、その密輸品としての宝石を紛れさせる必要があり、その確かな実績を持つのがガドギエン・オースポンしかおらず、だからこそ選ばれたと言うのだ。
その話に関しては妙である。いや、密輸という仕事に関して、公明正大に生きている我が輩はまさに門外漢であるからして、何が妙で何が分かりやすいかなど分かったものでは無いが、ガドギエン・オースポンの言葉に対しては、確かにおかしかった。
犯罪の片棒を担がされたというのに、それを選ばれたなどと言ってしまうものだろうか? この話を聞いた時も、その点に妙だと感じたわけだが、ガドギエン・オースポンの舌が回り始めていたため、黙って聞く事に専念した。ここで口を閉じられては、書くべき内容が一つ減ってしまうと考えたのである。
実際、面白い話は聞けた。
ガドギエン・オースポンが密輸する予定の宝石というのは、見た目は確かに宝石であるが、文字通り危険なもの。比喩でも何でも無く、ある種の軍事的な物資なのだそうだ。
その効用や効能、どうして宝石の見た目をしているかは分からない。というより、提示された報酬から、ガドギエン・オースポン自身が危険物だと判断したらしい。
だから深く足を踏み込まない。それこそガドギエン・オースポンが考える、この手の仕事のコツの一つであるとは、ここにずっと書いている事である。
ただ、その語りから、我が輩にも分かってしまう事があった。確かにこれは終わった話ではあるのだ。
ガドギエン・オースポンが仕事を受けた時期、そうしてその宝石が軍事的な物資であるという話から、これをガドギエン・オースポンへ持ってきたのは、サントクマルク王国軍の関係者という事だ。
これで諸君らもまた、既に終わった話であるというのは理解出来るだろう。だから安心して欲しい。これを追求する者はもう居ない。
何にせよ、その宝石の見た目は紫の色をした、美しいそれであり、大きさはこぶし大。ただ、それが何の宝石なのかは、宝石に詳しいはずのガドギエン・オースポンでも分からなかったそうだ。
もしかしたら宝石としての価値があるのでは無く、何らかの反応を示す物資。それこそ爆発したり火を放ったりする、文字通り危険物である可能性もあったから、必要以上に慎重に扱ったと、ガドギエン・オースポンは溜め息混じりに話を聞かせて来た。恐らく、当時の苦労を思い出していたのだろう。
国軍関係かつ、危険物であり、報酬も不自然に高かった。そういう内容はガドギエン・オースポンで無くとも、商売の才や経験が多少なりともあれば、要注意となるに決まっている。
それでもガドギエン・オースポンがその仕事を断らなかったのは、仕事を受けた当時の情勢もあったからだろう。
ガドギエン・オースポンがその時期に、まとまった報酬を得られる仕事に飛びつかないはずが無いのだ。飛空船での行商を行うガドギエン・オースポンがその時期、商売上困窮していた事は、想像に難く無い。
これで痛い目に遭えばそれみた事かという教訓話になるのだろうが、ガドギエン・オースポンは前述した通りに商品を受取り、指定された場所、この点は案の定らしいが、当時は前線にもなっていた都市、オズフリアンクにまで運び、宝石をその都市の宝石商へと売り払う事に成功したのだそうだ。
密輸仕事の代価である様に、不自然な程に高い額で。
最終的な運搬先は、オズフリアンクの軍関係施設では無いのかと我が輩は疑問を持ったわけであるが、その点は、表向きに出来ぬ仕事だったからこそ、宝石商を挟んでいるのだから、深入りするべきでは無いとガドギエン・オースポンに注意された。事が終わった後も、この手の話は後に残る部分があるからと。
兎角、間に多くの人と行程を挟む仕事であったらしく、それにしては報酬も高く、運んだ物の危険度と重要度も分かるとガドギエン・オースポンは結論を出していた。
それ以上は、ガドギエン・オースポンも語らない。語る内容がそもそも無いのだろうが、無用に調べるのは不味いという判断もあったのだろう。そのおかげと言うべきかは知らぬが、ガドギエン・オースポン自身は今も商売を続けられている。
なので、これは王都を拠点にするガドギエン・オースポンという飛空船を用いた行商人の、仕事の一例として、諸君も受け止めれば良い。
我が輩が個人的に気になった事と言えば、何故にガドギエン・オースポンという個人にその手の仕事が来たのかである。背景を想像すると、非常に重要な仕事だった様に思えるのだが、その重要さと比較し、ガドギエン・オースポンがその道の精通者と言い切るのは、持ち上げ過ぎだと我が輩は考える。
その道がどの道かは知らぬが、兎角、ガドギエン・オースポンは一般という言葉から大きく外れない類の人間であるという事だ。我が輩含めて凡百の人間が属するそれに、当たり前に分けられる者である。
だからこそ、サントクマルク王国の暮らしを紹介するこの本に載せる事を決めた一人でもあるのだ。
故に、何故、ガドギエン・オースポンが? もしやこれまでの話も、嘘を並べ立てたものであるのか。
これを書いている時点でも、未だにその手の疑念が晴れぬのは、ガドギエン・オースポン自身も、その点に対して確証を持てていない様子だったからだろう。
ガドギエン・オースポンもまた、不法不正とは言え、どうしてこの様な仕事が自分に持ち込まれたのか、いまいち理解出来ておらず、仕事を持ち込んできた人間に尋ねてみたらしい。
するとその相手は、世辞を返すばかりだったという。
ガドギエン・オースポンという人間は、行商人として運ぶ商品を、自らの物とは思わず、あくまで間に自分を挟んでいるだけの、商売品として見るという自負がある。今回密輸する宝石だって、自らの所有物とはしないだろう。その点が素晴らしいのだと。
ガドギエン・オースポン当人の矜持ではあるが、宣伝文句でもあるため、他人が知っていておかしい言葉では無い。
我が輩や、この本を読んでいる諸君もまた、既に知っている事だろう。
相手はそんな言葉を返すばかりで、やはり話として深入り出来なかったらしい。もう少し詳しく聞く事も出来たろうが、それはやはり、ガドギエン・オースポンの方針として、この様な仕事には深入りしないという考え方もあり、語ろうにも語る物が無いという様子であった。
歯抜けが多く、なんとも曖昧で、本当かどうかも分からない。そういう類の話であるからこそ、我が輩に語れたというのもあるだろう。
我が輩自身が紙に話を残したとしても、やはり、どうという事も無いはずだ。恐らく。
そんなガドギエン・オースポンの仕事と、少しばかり変わったその内容であるが、勿論、飛空船を用いた行商人として、一般的な仕事というのも行っている。むしろそっちの方が多い。
話を聞いた時も、その様な一般的な仕事の準備をしている最中であった。何でもこれまでは王都を中心に、サントクマルク王国内の都市と商路を結ぶ事を主にしていたが、情勢が変わってしまった影響から、隣国であるオグマドクト帝国の都市まで足を伸ばしてみるつもりらしい。
隣国への飛空船で乗り入れる事への許可に、商売上必要な言語を学び、尚且つ、これまで接点の無かった隣国にツテを作る必要等々、準備にしてもやるべき事が多く、まだ懐に余裕のある今の段階でしか出来ない事なのでそうで、随分と忙しそうであった。
対価ありとは言え、我が輩との話に付き合ってくれた事は、紙面でも感謝を述べておく。
何にせよ、今の時期、新しい事を始めてみるというのは悪くない判断である。我が輩とて慣れぬ事であり、初めての事でもある本の出版なるものを始めようとしているのだから、お互い、良い未来が待っていると思いたいものだ。
すべては移り変わっていく。変化の流れは大きすぎて、個人個人は流されるばかりであるが、それでも良い流れを掴もうともがき続ける。ガドギエン・オースポンとはその様な一般人として、今日も行商人を続けているに違いない。




