穢れの始末
目を覚ますと、そこは見知らぬ石階段の途中だった。
降りているのか、登ってきたのかもわからない。
名も、記憶も、すべてが霧のように霞んでいた。
ここは何処だろう。
自分はいったい誰なのだろう。
そんなこと、あるはずがないのに——現実に起こっている。
秋風が髪をくすぐる中、石階段を下りていく
「俺たちは、”鬼”と呼ばれる者たちと日々闘っているんだ」
階段を先に降りていく短髪の隊士、潔はそう説明しながら前を進む。
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煙か霧のようなものと共に現れたこの世の者とは思えないモノ。
人々はそれを化け物と呼んだ。
赤と黒が特徴の袴姿の若い隊士、沖は刀を構えて、石階段の下の踊り場のような場所で地面を蹴る。
”鬼”は鋭い牙を生やしており、白い蜘蛛のような見た目をしていた。
熊程の大きさのそれは沖に向かってくる
沖が刀を振り抜く。鬼の前足が宙を舞い、続けざまに尻を断ち切った。
「ほら、あれを見てごらん。あれが俺たちが”鬼”と呼んでいるものだよ」
先ほどの潔は何も心配していなさそうに、そう続けて説明しながら、ちょうどいいと言わんばかりに階段を下りてきた。
そんな彼の声を後目に沖は再び現れた人型の鬼と対峙する。
大きさは大柄の男程、体は筋肉質のそれは藁のような服を纏っていた。
互いに地面を蹴った。刃がぶつかり合い、沖の体が弾き飛ばされる。
地面を転がらずなんとか耐えながら沖は刀を見た——刃こぼれが、ひどい。
「…!」
自身の持つ刀の先は刃こぼれを起こし、中間から根本部分は大きくかけるなどとかなり大きく損傷していた事に驚いた。
これほどの馬鹿力を持つ鬼がいるなんて……。
頭が真っ白になる。それでも次に備えなければと刀を握り直したとき――もう、鬼の姿はなかった。
「…いまのは__」
鬼が消え、一瞬凪いだかのように風が止んだ。
「お疲れ様」
何処からともなく表れた巫女の姿をした者が、箒と塵取を両手に鬼の消えた先へと近づいていく。
鬼の消えた先を見ると、焼け焦げたかのような、小さなぼろぼろになった鳥居が落ちている。
それを手慣れた手つきでサッサと掃き、片づけてしまう巫女。
それを見て忘れていたといわんばかりに短髪の男が一緒に歩いていた少年に声をかける。
「申し遅れたね。俺の名前は潔。潔いとか、潔白のけつでイサギ」
巫女の格好をした者が、鬼の残滓を掃いていた。潔が言う。「あれがミコだ」
先ほど闘っていた若い隊士が沖どうやら彼も記憶がないらしい。
「さっきも紹介できなかったな。このでかい男が木蓮。実は俺の属してる隊の隊長でもあるんだ
これから君も家族になるんだ、よろしくね。春」
近藤春。この名前しか自分にはわからなかった。後の記憶はあいまいで、何も思い出せないというのが少年の事実で、彼はこの世界には綺麗な名前の人間が多いと思った。
そんな彼に、大丈夫だよと肩に手を置いて励ます。潔は誰にでもそうする。包容力のある男だった。
先ほどの摩訶不思議な現象を見て心拍が、かなり早くなって今にも気絶しそうな春は少し落ち着きを取り戻したのだった。
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沖は隊宿舎兼本部の階段を昇っていた。
ふと足元を見ると、アレチヌスビトハギ。通称くっつき虫が廊下の隅から生えていた。
「…ったく、巫女共が、ちゃんと掃除しろよ」
嫌そうにそれを避けようとすると草の端に芋虫がいる。
「っひゃあ?!」
女性の声のような悲鳴を上げてしまった沖はすかさず周りを見渡した。
「誰にも聞かれてないよな……」
誰もいないことを確認して廊下を颯爽と歩くと、角に潜んでいたミコ先ほど片づけた塵取をカサカサと揺らし動かし、
「ここにも草があるよぉー芋虫いるよぉー」
それに再び悲鳴を上げる沖に、ミコは自分でしでかしといて「うるさい…」と声をこぼすのであった。
そんなやり取りをしていた時、聞き覚えのある潔の声が廊下の奥から聞こえた。
どうやら先ほど拾ってきた少年をこの隊本部に連れてきたらしい。
ここは鬼哭隊と呼ばれるどこからか突然現れた鬼どもを討伐すべく生まれた組織の本部。
鬼哭隊には、深紅隊・木蓮隊・そして巫女たちの姫巫女隊という三つの派閥がある。
正式な手続きはないが勝手に深紅隊の隊長についていくか木蓮についていくかで分かれている。
本部長であるお頭は不在ではなく存在せず、もう一つの派閥は姫巫女率いる巫女隊。彼女たちは数は少ないがどうやら一族で構成されているそうだ。
木蓮や深紅隊の中立の立場にいるのが彼女たち、前姫巫女である女性は引退し、現姫巫女はその孫が継いでいるという説明を潔は春に説明していたのが聞こえる
鬼哭隊__鬼を泣かせるほどの強さを持つという言う意味を込め、可能性のある隊士を集め、育て上げる組織。
「彼、記憶がないって言って木蓮や潔に見回り途中に拾われたらしいよ。
君と同じだな沖」
鬼は死臭も血臭も、何もかも残らない。
残るのは巫女が片づけてくれる、鳥居が崩れたかのような屑後のみ。
そんな中、当時見た目が15、6と年端もいかない沖が立っていたそうだ
通報があってそれを見つけた木蓮は彼を保護し、現在に至るというわけだ
「あの春とかいう少年も、君も、どうしてか突然この鬼哭隊に現れた。
巫女である僕らにはとても物珍しくて、不思議なものに見えたよ」
沖の周りを塵取の上に乗ったゴミをカサカサと揺らしながらゆっくりと歩く。
そして肩に手を置いて耳元で囁くように聞いた
「ねぇ、本当に記憶がないの?君は本当はいくつなの?もう沖と出会って3年にもなるのにン不思議なことでいっぱいだよ」
「あぁもう、鬱陶しいなお前は!」
ミコの腕を払った沖は少し苛立った様子で廊下の奥へ歩いて行ってしまった。
そんな彼に「ご飯までに禊を終わらせとけよー!」そんなのんきな声をかけたのだった
深紅隊、木蓮隊、巫女隊。それぞれが仲が悪いように沖は見えていた。
それなのにもかかわらず、出会った当初からミコはよく沖に話しかけていた
ミコはこの鬼哭隊で”最年少”だ。
年が近いのもあってか、よく話しかけに来たり、いたずらを仕掛けたりする。
「深紅隊と木蓮隊、そして巫女の姫巫女隊。三つ巴ってやつさ」
潔は春に笑いながら指を三本立てて説明した。
「どこに入るかは自由、いや……勝手に決まるって言ったほうが早いかな」
今日はよく廊下の角で誰かと遭遇する日だと沖は思った。
そんな彼を見て潔は話を春に続けた
「で、我が木蓮隊しんがりを務めていただいている、沖。
彼も君と同じで記憶喪失なんだ。3年ほど前に木蓮が連れてきた
君と同じだよ春」
その言葉に、室内なのにもかかわらずどこからか風が吹いたような…っこれから自分に何かが起こることを揶揄していることを春は心のどこかで覚悟した。




