表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「不登式(ふとうしき)」

作者: 大泉 碧
掲載日:2025/10/30

「また教室で会えたら嬉しいな^^」

「元気になったらおいでよ」

「休み時間いっしょに話そうね」……。


 平日の夕方。担任の西山先生が、学校からの帰りで家に寄った。玄関先で母親と短く話をし、車に乗って去っていった。2人の会話中、立てたくないけれど聞く耳が立った。けれども部屋と玄関は遠いから、時折の笑い声以外は聞き取れなかった。

 母親が笑顔を作って、自室の扉を開ける。「これ、クラスのみんながあなたのためにって」。手渡された薄い緑色の画用紙に、色とりどりのメッセージが並ぶーー二十九ある、言葉の塊。

 画用紙の真ん中に、「〇〇さんへ」と太く濃い字で描かれている。明らかに、学級長の井上君の字だ。その井上君は、「〇〇さんへ」に最も近いところに言葉を綴ってくれている。

「〇〇さん、学校に来ることがしんどいと思うかもしれないけれど、僕たち2組のみんなは〇〇さんが朝、教室の扉を開けてくれるのを待ってるよ! 一緒に文化祭盛り上げられたら嬉しいな」

 ひと月後に迫る文化祭。

 先週、母親が冷蔵庫に貼った学年通信を見た。私の学年は美術の授業で描いた校舎の風景を展示し、クラス対抗の合唱コンクールにも出場するらしい。

 当然、そんな絵は描いてない。合唱曲の名前は学年通信に書いてあったが、いま思い出すことはできない。

「みんな、待ってくれてるわよ」。母は寄せ書きを渡す時、そういった。

 呟く。「みんな、善意だ」。わざわざ学校帰りに家に寄った西山先生も、おそらく寄せ書きを提案したであろう井上君も、応じたクラスのみんなも、このメッセージをざっと読んだであろう母親も。

 まだ私が登校していた4月の中旬、私のクラスの学級目標は「31ー1=0」に決まった。30人いるクラスメイトと西山先生、誰かが欠けたら0になる。そんな意味だ。

 こんな標語が黒板の上に、書道を習っている松波さんの字で、でかでかと掲げられていた。私はその文字を見るたび、美しいと思っていた。なぜだか。

 母親は私のことを相談しに、何度か学校に行った。教室のロッカーに保管していた私の歯ブラシを持って帰ってきたことがあるから、美しい筆跡のあの標語を見たことがあると思う。

 つまりあの教室は今、みんなにとって0なのだ。「0」。

「だけどさ」。もしも私が戻ったところで、それは「31」でないと思う。ていうか、「もともとね」。

 善意の詰まった寄せ書きも、母からの言葉も、西山先生の行動も、この公式が統べている。

 みんな、証明したいのだ。「31ー1=0」が、真であるということを。そして、私という「偽」の要素を排するために、あえて教室に取り込もうとする。

 でも、二十九あるメッセージの主は、「偽」の私を「真」に塗り替える気はないはずだ。そう感じたから私は今、ここで過ごしている。そこまでわかっているから、

「この命題は正しくない」。証明の結論はいつも、揺るがない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ