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それから三日後、先に帰還した勅使の報告が宮廷内を瞬く間に駆けていった。
我が国が勝利した。皆が待ちわびた一言だった。
からっとした青空が広がり、気持ちのいいそよ風も吹いている。
天候にも恵まれた大広場で、班師表彰が行われた。
壇上の中央には王が座し、左右に高位官僚が立つ。
段下の前列には軍人、後列に文官が並ぶ。
記録係を任されていた藤柯と数人の文官は、広場の端に控えていた。
「霜月」
壇上から王が呼ぶ。
さすが、この国を纏める立場にいるお方だ。
声一つで皆の注意が惹きつけられる。
深みと威厳の両方を併せ持つ声は、藤柯にはどうやっても出せないものだ。
霜月様が中央に進み出て厳かに拝礼した。
「お前の判断力が我が国を勝利に導いたのだろう。ご苦労であった」
「陛下のご威光と部下の尽力によるものでございます」
霜月はさらに深く拝礼し、元の列に下がる。
この一言に彼が軍部長官である理由が詰まっている気がした。
実力もだが、その人柄に憧れる部下も多い。
藤柯は次々と呼ばれていく軍人と王の言葉を淡々と記していく。
「翠嵐」
不意に聞こえてきた名前に、藤柯は驚いて危うく筆を落としかけた。
彼も同じように前に進み出て礼拝する。
耳の下から顎にかけてすっきりした輪郭と高い鼻筋。
黒髪の奥の瞳は何を映しているのか藤柯からは分からない。
隣の文官が肘で突いてくる。
慌てて筆を持ち直して記入していくが、ミミズも這えないくらい酷い線しか書けていない。
「お前が加勢してから状況も好転したと聞いた。戦に傷はつきものだが、よく療養するように。ご苦労であった」
翠嵐は首に巻かれた包帯に左手で触れ、すぐに深く礼拝した。
「身に余るお言葉です」
この声も、いつも藤柯に向けられていたものとは違う。
功績を上げた一人の軍人として相応しく、落ち着きがあり、王と対峙しても物怖じしない、しっかりした声だった。
藤柯は翠嵐から目を離せなかった。
何を記録して良いかも分からない。
ただずっと、彼が列に戻り、藤柯から見えなくなるまで、一秒たりとも目が離せなかった。
その後も恙無く表彰が執り行われた。
王と高位高官が広場から立ち去ると、功績をあげた軍人も大広場を後にした。
記録係として立ちあっていた藤柯も文官の列に倣って広場を出る。
外に出ると、ちらほらと褒め称えられ満更でもない様子の軍人がいる。
その光景を視界に入れつつ、藤柯はたった一人の男を探していた。
身長が高いからすぐに見つけられるだろうと思ったのに全然見つけられない。
手に持っている記録も、この後すぐに他の文官と照合し、まとめて史官に持っていかなければならないのに。
「藤柯さん」
呼ばれた声にはっと振り返ると、紀和が微笑んでいた。
(なんだ…)
藤柯は思い描いていた人物が紀和の隣にいないことに落胆した。
「お疲れ様、紀和」
それを表に出すわけにはいかない。
藤柯は平静を装って返事をした。
紀和も頬や手首に包帯を巻いている。
「ありがとうございます。戦った軍人は皆、医務室に集められて手当を受けていますよ」
僕はもう終わって帰るところです、と言う男の何とめざといことだろう。
そんなにキョロキョロと首を回して探していたわけではないのに、誰のことを探しているのかお見通しらしい。
「そうですか」
「行かないんですか?」
「医官の仕事の邪魔になるでしょう」
「行かないとは言わないんですね」
藤柯はぐっと返答に詰まる。
普段なら食い気味で「行かない」と答えただろう。
藤柯だって翠嵐の状態は気になる。
だから探していたのに、どこに居るか分かった今、あの時の顔を思い出してしまって会うこと自体が怖くなってきた。
(どんな顔をして、どう話しかけたらいいのか…)
班師表彰が終わった直後は、後先考えず勢いだけで翠嵐を探していた。
でも、こうして誰かと話し、時間が経つと小心者の面が顔を出してくる。
何も言わない藤柯を見て、紀和は口を開く。
「先輩が来てから状況が好転したのは本当ですよ。普段あんなのでも、戦場では冷徹で敵をことごとく追い込んでいました。そのおかげで助かった兵士は多いと思います。…だから褒めてあげてください」
「わかっています」
藤柯は口元を歪めた。
わざわざ言われなくても、こんな日に翠嵐に冷たくしたりしない。
そんな事に時間を使うより、今はもっと大切なことがある。
「今日の夜は控えめですが軍部で宴会があるので、今を逃したら今日会うのは無理かもしれません」
藤柯の心を知らない紀和は、そう言うと頭を下げて立ち去った。




